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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第5章 贖罪の天使 編

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第107話『止まることより進むことを』

「――」


 吹雪の止んだ世界で、フラムは氷像の表面を撫でた。

 フラムも人並みの体温をしているはずなのに、どれだけ長く触れてもその表面に水滴が浮かぶことはない。どうやら普通の氷と違って、簡単には溶けないようになっているらしい。


 赤くふやけた指先を抱え、感情の消えた(まなこ)をしたフラムは氷の中に閉じ込められたリリアを見つめた。


 彼女は驚いたような、怯えたような表情のまま停止している。恐らくまだ生きてはいるのだろうが――それでも、フラムの心は楽観的にはなれなかった。


「フラム!」


 突然、後ろから声をかけられて振り向く。すると、


「……あ、のーとん、さん」


 息を切らして肩で呼吸をしている、ノートンの姿がそこにあった。


 数時間前に着たばかりの迷彩服がもう血塗れになっている。恐らく、白装束との戦闘があったのだろう。そう察すると同時に、彼に同伴しているはずのミレーユが居ないことに気がついて嫌な想像が頭をよぎった。


 不思議と、フラムの表情はぴくりとも動かなかったが。


「リリアは……氷使いにやられたんだな」


 歩み寄ってきたノートンが氷像に触れ、フラムは力なく頷く。


「……はい。僕の、力不足のせいで」


「いいや、お前のせいなんかじゃない。生存しただけでお前は十分だよ。責任感が強いのは良いが……全て1人で気負おうとするな。とにかくリリアの身体は一旦、海岸に待機している船の方に運ぼう。動けるか、フラム」


 相棒の凄惨な姿を見ても、あまり動じずにことを進めようとするノートン。冷静沈着とも言えるが、言い換えれば冷酷非道にも思えるその素振りに、フラムの中であってはならない苛立ちの感情が生まれ始める。


 どうして、仲間がこんな姿になっても悲しもうとしないのか。

 どうして、リリアをこんな目に合わせた自分を叱ってくれないのか。


 処理班として前線に居るから、日常茶飯事なのか? だからと言って全く安否を気にかけないというのは、それは仲間の命を軽んじているのではないか?


 戦わなかった、何も出来なかった立場の癖に、そんな意地の悪い疑問ばかりが湧き上がってきて、フラムは冷えた瞳のままノートンに問いかける。


「あの」


「なんだ?」


「どうして、怒らないんですか。リリアさんのこと、お嫌い、なんですか」


 そう言っている間にも、胸中で感情が渦を巻く。激情のあまり喋り方が拙くなってしまったが、ノートンはフラムが何を言いたいのかを悟ったらしい。ノートンはふと真面目な顔つきになって、寒さで耳を染めて白い吐息をし、


「怒る時間は、残念ながらない。俺は一刻も早くリリアを助けたいんだ」


「――!」


「怒る気力も怒る体力も、ない。その力は全て、これ以上の被害を出さないために使いたい。それに、怒られずともお前は1人で反省できているだろう。なら、俺に怒られる必要はない。代わりに、これから出来ることを考えるんだ」


 諭すような真っ直ぐな目に、フラムは何も言えなくなってしまう。

 目を伏せ、口を結び、青年は静かに声を絞り出した。


「……はい」


「じゃあ、リリアを運ぼう。持ち運びづらいから……仕方ない、槍の部分だけは折っておく必要があるな。後でリリアに怒られないと良いが……はは」


 苦笑しながらもリリアの持つ槍に手をかけ、鉄製の上に氷の塗装がされたそれを一瞬で曲げ折るノートン。パキ、と意外に呆気ない音がして矛と柄が落ち、流石にフラムも困惑してぴくりと彼の頬が動く。


 だが――やはり、彼は完璧超人だ。強くて賢くて、いつも落ち着いている。フラムの何倍もリリアや仲間のことを考えていた。自分とは大違いだ。


 自分じゃなくて彼がここに居たら、リリアは無傷でいられたし、バーシーも倒すことが出来たんじゃないだろうか――と、そう考えずには居られなかった。





 凍りついたリリアを2人で担ぎながら、船の方へと進んでいく。


 スプトーラ大森林の中は先程の戦いが嘘のように静まっていて、無言で歩くフラムとノートンの間には長いこと静寂が降りていた。

 しかし道中、流石に気まずくなってフラムから声を上げる。


「ミレーユ、さんは、どうしたんですか?」


「それが、逸れてしまったんだ。俺が白装束と戦っている最中に見失って……マオラオには、船の方に戻ったらミレーユを『監視者』で探すように頼んでいるから、もうじき行方がわかるとは思うが」


「え、マオラオさんとレムさんが仮拠点から居なくなってたのって、」


「あぁ、退避させたんだ。ここで全滅するわけには行かなかったからな」


「なんだ、よかった……」


 エラーに消し去られたわけではなかったのか、と安堵するフラム。しかしまだ安心できないことがあるのに気づき、


「あ、あのっ、そういえば」


 フラムは次の会話の口火を切り、エラーのことについて話す。


 人を消し去る力を持った少女が居ること、その少女はヘヴンズゲートの呪術師に作られたこと。その子にフラムの分身体が殺されてしまったこと、まだその子が周辺に居る可能性があることなど、自分の中の情報は全て打ち明けた。


 すると、ノートンは振り返らずに足を動かし続け、


「拍手で、相手を殺す少女……。それが本当なら、対処のしようがないな。作った人間の命令に従って殺し回ろうとしてるなら、見つけ次第その子が手を叩くよりも先に殺すしかないわけだが……呪術、か。イヴに聞けばあるいは……」


 と、フラムの知らない人間の名を挙げて深く考え込んでいた。


 それから少しすると、2人はスプトーラ大森林を抜けて海岸に到着した。そこには変わらず船が浮かんでいて、マオラオとレムの姿が甲板にあった。やはり戦闘があったらしく、2人とも迷彩服が血塗れだ。


 大した怪我はなかったようで、どちらもピンピンしている。が、


「あれ、なんかちょっと……雰囲気……暗い、ですね」


「……」


 遠目に見える彼らは、俯いて何かを話しているようだった。

 どんな表情をしているのかまではわからないが、傍目に見ている感じ、あまり良い雰囲気ではなさそうだ。


 ――少しして、マオラオが浜辺を歩くこちらに気づいた。氷のクリスタルの中にあるのがなんなのかに気づいたようで、暗かった表情を更に暗くしたが、彼はその後すぐにタラップをかける作業に取り掛かった。




 彼らが気落ちしていた理由がわかったのは、それからすぐのことだった。


 リリアを船の中に保管した2人はマオラオ達と共に甲板に戻り、何があったのか事情聴取をする。すると、レムが事のあらましをぽつぽつと語り始めた。


 まとめると、まずノートンに退避命令を出されて船に戻った後、何故かミレーユの無線機がマオラオの無線機とずっと繋がっていたらしい。

 それで彼女と誰かの会話が聞こえてきたので、船の中にあるレーダー探知機でミレーユの無線機の位置を割り出し、『監視者』でその方角を見ていたところ、


「こいつぁーあの兎のお嬢ちゃんが、イツメ=カンナギって女に頭を握り潰されるところを見ちまったんだとよ。トマトみてえにグシャアッと」


「それは、つまり……ミレーユが死んだのを、見たのか」


「……せや」


 力のないマオラオの声が、声を震わせるノートンの問いを肯定。すると、空間を支配するのは痛いほどの沈黙だ。そこへ浜に打ち寄せる波の音が響くが、その心地よい響きも今は、心にできた空洞の大きさを自覚させるばかりであった。


「……ただ、代わりに得れた情報もあんねん」


「情報……ですか?」


 フラムが恐る恐る尋ねると、マオラオは無言で頷いた。


「ミレーユさんが拠点の中で無線機を起動して、長いこと通信を繋いでくれはったおかげで、拠点の……スプトーラ学院の位置は知れたんや。やから、『監視者』が使える限界まで、学院の構造や白装束の人数も調べたんやけど……」


「――何か、めぼしい情報はあったか?」


「いいや、ノートン。端的に言うと、乗り込むことは出来ひんな」


「……どういうことだ?」


 怪訝そうな顔をするノートン。レムは事前に理由を聞いているようで複雑な表情をしているが、何も知らないフラムは同様に困惑している。


 乗り込めないとなると、当初からの予定が崩れてしまう。計画は途中から作り直しだ。そうせざるを得ない理由が、マオラオの見た世界にはあったというのか?


 続きの言葉を期待する視線を受け、マオラオはとうとうと語り出した。


「学院の中は迷宮みたいに入り組んどって、人数もこっちの3倍はゆうにあった。それに……なんか、地下に無数の機械人形? が置いてあってん、よくわからんかったけど……兵器かもしらん。乗り込めば一網打尽にされることは確かや」


 やから、とマオラオは言葉を継ぎ、


「地の利を使われへんよう、そして勢力を小分けに出来るよう、アイツらをまとめて外に出させる必要があると思うねんな――ってのを、オレは今から本部に連絡しよぉ思っとる。計画を、1から立て直すんや」


 はっきりと告げた時、大森林の枝葉が波のように煽がれてざわめいた。





 1時間後、オルレアス本部へ通信が入った。


「内容は以下の通りよ」


 いつもの会議室にて1人起立するフィオネが、背後に置いたホワイトボードを全体に見せる。そこには乱れのない美しい字で、マオラオからの通信の内容が簡易にまとめられており、円卓の間は少しの間静寂が訪れた。


「……ふむ。外での戦争、とな」


 一通り読み終えた国王ブルーノが、興味深そうにつぶやく。


「拠点である旧スプトーラ学院の中は入り組んでいて、かつその人数は推定3万。大体アタシたちの2倍ね。拠点に居た人数だけでそれだから、世界中に分布している人数を考えるとどれほどになるか……10万では済まないでしょうね」


「それでもし拠点内に突撃したとて、数万の応援を呼ばれて挟み撃ちにされる可能性がある。だから、外での戦争に切り替えようというわけですわね」


 ノートンもリリアも不在の処理班の、代理リーダーとして呼ばれたシーアコットが、慎ましやかに扇子で口元を隠しながら納得の表情を浮かべた。


「ええ。旧スプトーラ学院は森で囲まれているけど、200メートルほど離れた地点に(ひら)けた荒野がある。そこでなら伸び伸びとした戦争が出来るわ」


「しかし――屋外の戦闘には難点もあるかと思われます」


 声を上げたのは凛々しい顔つきの老人だ。実年齢は60代後半だったはずだが、洗練された雰囲気により20歳は若く見える。


 勇気ある彼の異議に、フィオネが微笑をたたえた。


「あら、マーコス軍事副大臣。どうして?」


「屋内なら下から攻めて上に追い詰めるだけですが、屋外だと敵に逃げ道を与えてしまうことになります。スプトン共和国は2つの国と繋がっていますし、海にも面していますから、逃走経路は十分にあるかと……」


「いいえ、奴らの逃げる場所は限られているわ。――この地図を見てもらえるかしら」


 フィオネが大きな世界地図を広げ、磁石でホワイトボードに貼り付ける。


「スプトン共和国が海に面しているのは南と東。南はすぐ下に大南大陸があるわ。海賊が蔓延り、呪いの使用によって生まれる邪気を浴びたことで動物が変態した『呪獣』――更には『砂の民』も居る。逃げ場には不向きすぎるの」


「……呪獣、ですか?」


 不思議そうな顔をするマーコス副大臣に、フィオネは『えぇ』と頷く。


 元々『呪獣』というのは国家自体が機密的な『水都クァルターナ』を囲むクァル砂漠で発生した存在なので、そんなに有名なものではなく、彼――マーコス副大臣が知らないのも無理はなかった。


「巨大化したサソリ、毒を持ったネズミ、他にも色々あるらしいけれど……呪いの気を受けて、異様な生態変化をしてしまった動物たちをまとめてそう呼ぶわ」


 そして、そういった呪獣は数十年前から確認されていたのだが、最近は特に大南大陸で呪術の使用が進み、ついに『海にも呪気が流れ出した』という報告があり、


「貿易船が体長約50メートルの巨大魚1匹に沈められた、なんて話もあるわ。まぁ、魚そのものは通常2メートル程度とされるダイナンマグロだったんだけど、呪力のせいで巨大化・凶暴化したらしくて」


「……なんと」


「まぁ、当然こんな危険な海に逃げるわけがないわよね」


 驚く副大臣を前にフィオネは髪をさらりと払い、細長い指で地図を指す。


「となると逃走先は2つの国家か東の海というわけになるけれど、当然東の海からはアタシたちが攻め入ってくる。仮拠点も恐らく東に置くでしょうから、こちらに逃げ込むような真似はしないわね。自滅と同意義になるもの」


「……確かに、そうですな」


「そして2つの国家だけど……見ての通り、デルガ王国とスプトン共和国の国境は山岳地帯になっている。つまり、逃げ込むとしたらこっち」


 フィオネはそう言って、スプトン共和国の北西を指差した。そこにはディエツ連合国という国との国境があり、その国境地帯は森林で占められている。


「だから、逃げられないようにこの森を焼き払う必要があるわ。とりあえず木を切り倒して、道を塞いでおくのはノートンとマオラオの役割ね。そうなると……兵士団から数人、火付け役として人員をお借りするわ。いいかしら?」


「は、はい」


「それじゃあ、詳しい内容をこれから決めていきましょう。――長く、なるわよ」


 美丈夫の紫紺の双眸が、妖しげに輝いて細められた。

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