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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第5章 贖罪の天使 編

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第98話『悪童3人+1コロシアム』

 イヴが文章を書き終えた瞬間、カッと閃光が走った――かと思うと、身体が突然ふわりと浮き上がったような心地がした。


 少しすると、木々のざわめきと土の匂い、そして日差しの暖かさを感じる。


「……?」


 ゆっくりと目を開ければ、そこは森の中であった。


 外の世界は冬だというのに、緑の葉が生い茂っている。空気は春のように暖かく冬服のままで来てしまったので少し暑いくらいだ。色々と奇妙ではあるが決定的におかしかったのが空の色で、目が覚めるようなピンク色をしていた。


「すっげぇ色……」


 木々の間から見えるピンク色を見上げ、ギルは呟く。

 恐らくは外の世界と本の中の世界をギル達が区別できるように、イヴが配慮して作中の空をピンク色にしてくれたのだろう。そうでなければ、彼の色彩感覚を疑うことになってしまう。あの青年には一体世界が何色に見えているのか……。


「……つか、俺ら初期地点はバラバラなんだな」


 周囲に誰も居ないことを確認して、顎を摘むギル。

 普段の模擬戦闘も全員バラバラに散った状態から進めるので、恐らく同じ始まり方になるようイヴが設定したのだろう。しかしどうあれ、初参戦のジャックはこのスポーン仕様に困惑していそうだ。早く誰かが見つけてあげなければ。


 ――実戦は、堂々と向かい合った戦いでない場合もある。


 そういう時の対応の仕方も覚えなければ、いくら力が強くても意味がないのだ。暗殺上等、奇襲上等。実戦を見据えたこの訓練こそが、戦争屋の模擬戦闘である。


「じゃあ、ひとまずどっかに奇襲掛けに行くか……今日のメンバーだと正直ジャックが1番怖ェんだよなァ」


 鉄パイプで近距離対応、電撃で長距離も対応。

 能力の特性上、攻撃はもちろん身体を雷電にして防御も可能な上、光速で動けるのでスピードもあり、更に特殊能力と相性がいいので疲弊しにくいと来た。


 これでもし頭まで良かったら、この世界はジャックのものだっただろう。そう考えるとあのアホさは、バランス調整のためにあるのかもしれない。


「次にマオラオだな。最近アイツも人外極めてる気がすんだけど」


 単純なパワーで言えば戦争屋最強だろう。

 打たれ強く、打撃系の攻撃はあの少年にはほとんど通用しない。スピードはジャックには劣るだろうが、走りながら地面を壊す辺りを考えると決して侮れない。


「で、最後にシャロだが……」


 正直、前述の2人に比べるとかなり劣る。――劣るが、決して油断できない。

 何せ特殊能力も体質もなしにあれだけ動けるのだ。純粋な人間の枠組みで考えれば彼の実力は余裕でトップクラスだろう。つまり、『絶対にギルが勝てる』とは言い切れないだけの戦力を彼は有しているのである。


 さてその一方、ギルの所持品は爆弾と拳銃とナイフ。手首には一応例の射出機を装着している。舞台が糸を巡らせるのに最適な森の中であったのは好都合だった。

 この所持品と自分の力で、どれだけ上述の3名に対抗できるか――。



「みーーーーっけ!!!」

「っぱそこから来るよなァ!!!」



 声が降ってきた瞬間ギルは振り向き、太腿に縛り付けていた携帯用革鞘シースから愛用の武器を引ったくる。

 間髪いれずに刃を振るうと、ガギィン、と強めに金属が擦れ合った。

 短剣の刃と大鎌の峰が交わり、双方の力できりきりと震えるが、シャロが重力に任せてふわりと着地。即座に後ろへ跳ねて下がったことで、距離が生まれた。


「今日は本気でお前を殺せるなァ、シャロ」


「おぅおぅ殺してみろってーの! もっともシャロちゃんが勝つんだけどね!」


 大鎌の柄を握りしめながら、ふふんと得意げに鼻を鳴らすシャロ。

 どこか楽しそうなのは久しぶりに身体を動かせるからなのか、それとも純粋に誰かを殺せることに快楽を見出しているからなのか。


 偉そうな口ぶりだが、事実彼に隙はない。ギルが向こうへ攻め入るにはシャロの防御態勢を崩して隙を作る必要がある。


 冷静に状況を見極めながら、とにかくギルは煽ってみよう、とシャロを見ながら言葉の続きを考えた。大抵こういう時のシャロは煽れば3分の1の確率でキレて、無鉄砲な攻撃態勢にシフトチェンジしてくれるのだ。


「威勢がよくて結構なことだァ。死んだ後の言い訳は今のうちに考えておけよ?」


「待って。それより勝った時の決め台詞考えるのに忙しいから、いま」


「勝たねーんだから必要ねェだろそんな――」


「気が早いよー、万年風俗通い。まだ負けが決まったわけじゃないのに横からいちいち。あのさー、『せっかちすぎ』ってお店のお姉さんにも言われなぁい?」


「んな行ってねーし、言われたこともねェわ童貞がよォ!!!」


 聞くに耐えない会話をしながら、仕掛ける瞬間をじっと見定める両者。お互いに見つめ合い、目で牽制をし合って隙を見計らう。


「――ッ!」


 動いたのはほぼ同時。ぐっ、と2人が間合いを詰めたその刹那、どこかで黄色い閃光が走り、山が崩れるような轟音が響いた。





 一方、マオラオは焦っていた。


 ジャックが先程から執拗に追いかけてくるのだ。その粘着力は強く、こちらが態勢を立て直す暇もなく次から次へと電撃を繰り出される。阻害しようと殴って山を崩してみたものの、自身が雷電となることで圧死は回避されてしまった。


 どうしてそこまでの執念で追いかけてくるのか。逃げることに必死のマオラオに思い当たるとすればただ1つで、実際にそれは合っているらしかった。


「ジャック君さぁ……マオ助のことまだ納得いってないんだよネェ……」


「やーかーらー、変な目で見てへんって言うたやろ何回も何回も!! あんさんこそシスコン? ブラコン? わからんけど拗らせすぎとちゃうか!?」


 飛んでくる電撃を右へ左へとかわしながら弁明し、般若のような表情のジャックから必死にフィールド中を逃げ惑うマオラオ。するとジャックが鉄パイプの先端で地面を小突き、瞬間、マオラオの周囲に電撃で出来た檻が展開された。


「ッ……!」


 雷電の格子に体当たりする寸前、急ブレーキをかけるマオラオ。

 辺りを確認するが、だめだ、四方全てを囲まれてしまっている。脱出するなら上か下しかないが、上に飛び出た瞬間檻の外から電撃で撃ち殺される未来が見えた。


 なので、逃げるなら下だ。マオラオが足元の地面を強く踏みつけると、蜘蛛の巣状にヒビが入って地面が吹き飛んだ。クレーターのような穴が生まれ、マオラオの身体が下に吸い込まれる。


「なッ……マオ助!?」


 自滅しようとしたのか、と雷電の檻を解除して穴に駆け寄るジャック。

 その直後、バネのように赤い影が飛び上がってきて、


「――敵の心配なんて優しい人やねえ。ほんま人間がよう出来とるわ」


 くふふと(みやび)な笑みを溢す影は、ジャックの頭上でぎゅんと腰を捻って回転蹴りを横っ面に叩き込む――否。


 影もといマオラオの足は寸前、鉄パイプで止められていた。おかげさまで蹴り砕くはずだった頭蓋は健在である。こめかみに汗をかいたジャックが強気に笑うと、直前まで嘲笑が覗いていた薄紅色の瞳に警戒が浮かび上がった。


「……っ」


 マオラオは重力に引かれてクレーターに戻ると、手足を駆使してジャックとは反対側の土壁(つちかべ)をひょいと駆け上がる。その最中にも矢のように電撃が飛んできたが、ロッククライミングの要領で土壁を移動して、マオラオはその全てをかわし、


「あのパイプ……絶対強度おかしいやろ……」


 ものの数秒で向こう側に辿り着くと、振り返ってジャックと対面する。

 そして割と真面目に困りながら、『監視者』の副作用的な超視力でジャックの挙動を隅々まで監視していると、不意に光が空間を走り抜けた。直後、ジャックの姿は目の前から消え去っており、


「っ!? どこに……ッ!」


「――じゃあなマオ助!」


「っ!?」


 突然背後から声がして、マオラオは振り向く。

 すると、ピストルの形に作った手の指先に、バチバチと弾ける光を充填しているジャックの姿を見つけて少年は即逃走した。その走りはさながら弾丸だ。


 森の木々の合間を縫うように走り抜けて、ジャックから距離を取るマオラオ――とはいえ、向こうが使うのは光速の技だ。マオラオでも逃げ切ることは出来ない。なのでこの環境をフル活用する必要がある。


 マオラオは風のように逃げながら考える。流石のジャックも、森の中で無闇に電撃を乱射するアホではないはずだ。ならば姿を消すことで撹乱して、ひとまずジャックに攻撃を躊躇わせ、裏から奇襲をかける作戦で行こう。


「……っし」


 目の前の道を確認すると、構造をよく覚えてから『監視者』を発動。

 視点をジャックに合わせて彼の様子を確認する。


「あいつの視点やと、オレの姿は見えたり見えなかったり……やな。距離感わかりにくいんとちゃう? 電撃の準備したまんまで(ほう)けとんのは、もしかしてあの高速移動は他ン技の発動中は使われへんのか――ああっ!?」


 困った様子のジャックが、『とりあえず』みたいな顔で電撃を発射したのを見て変な悲鳴を上げるマオラオ。まさか森ごと焼こうという気なのか。


 しかし、そんな考えがよぎったとほぼ同時、


「なっ……!?」


 『監視者』を解除して振り返ると、視界いっぱいに広がる電光。輝きを目視した瞬間全身に激痛が走り、血管の全てをなぞっていくように身体中を電気が巡る。


「がぁぁぁぁっ!?」


 ――全身にしがらむ電流から解放された時には、身体から焼け焦げたような匂いがした。そのまま、マオラオは吸い寄せられるように膝を崩し、顔面から倒れる。

 丁度額の辺りを、地面を這う木の根にぶつけた。


 ――いった。足に全く力入らん。


 指や足先がビクビクと痙攣するほどの電撃を受けてもなお、マオラオの脳内にはそんな淡白な感想しか浮かばなかった。意外と自分の痛みに関心がないのだ。


「アハハ、勘で撃ったら当たっちまったヨ。大丈夫?」


 本気なのか煽りなのかわからない心配の言葉を掛けながら、地面に伏せるマオラオを見下ろしに傍までやってくるジャック。常人なら明らかに致命傷の攻撃を浴びせておきながら、かける言葉が大丈夫? とは何事なのだろうか。


 そんなことを考えながら、マオラオは痺れる手足を動かし、芋虫のようにゆるゆると這ってジャックの足首を掴む。


「……しか、仕返しや。あんさん……ほんまに、爪が甘いねん、なぁ!」


 ゴギっ。あり得ない音がして、ジャックの足が変な風に折れた。


 あまりに簡単に折れたので、数秒ほど骨折した本人も呆然としていた。

 折った犯人がへらりと笑うと、ジャックは遅れて痛みを自覚したのか筆舌に尽くしがたい悲鳴を上げた。人外じみた唸りは怪獣の咆哮(ほうこう)と言っても良いだろう。


 ジャックは後ろに飛び跳ね、尻から転び、痛みによる生理的な涙をどうどうと滝のように流しながら、右へ左へと転がり回っていた。


「痛い! マジ痛い! 何それ足ってそんなに簡単に折れんノ?? 超やばいめっちゃ痛いィィィィィァァアアアァァァァァッッッ!!」


「……割と余裕そうやね。でもどないする? お互い身体動かんし、決着つかんから元の世界帰れへんし、1時間経つまでずぅっとこのまんまか? 最悪やな」


「やだ! あと何分も待てない! 痛くてジャックくん泣いちゃう!!」


「普通に余裕やんけ、なんや泣いちゃうっていてこます(・・・・・)ぞコラァ」


 などと言い合っていると突然、前触れもなくジャックの身体が淡く輝きだし、光の粒子となって霧散した。


「……え、あ?」


 呆然としていると、マオラオの身体も輝き始める。そして同様に姿を消した。

 後からイヴに聞いた話だが、重症を負った2人はシステムにより戦闘不能という形で処理されたらしく、1時間経つよりも先に元の世界に帰還したのであった。





 その頃、ギルとシャロは未だに交戦していた。

 長い戦いの間にギルの爆弾は全て使われたが、どれもシャロにダメージを与えることは出来なかった。


 ギルの爆弾はピンを抜いてから約7秒後に爆発する仕様なのだが、全てシャロに打ち返されてしまうか、打ち返すのが間に合わない時は避けられてしまうのだ。

 ちなみに打つときは大鎌の柄がバットの代わりとして扱われる。


 なので距離をとって、銃撃戦に持ち込んでみたりもしたのだが、


「やっぱ人間やめてんじゃねーかよテメーも!!」


「んーそうだね、天使か……それとも小悪魔ってところカナ?」


 ふざけたことを言いながら、大鎌をふるんと回して銃弾を全て跳ね返すシャロ。大鎌に当たるカン、カン、という音と同時にギルの真横を弾が走り抜けていって、死なないとわかっているのに冷や汗が出る。


「オメェはンな名前似合わねーよ、『死神』がお似合いだわ!」


 そう言いながら弾の切れた拳銃を放り出し、両手ナイフにシフトするギル。

 当初はリーチの問題で長距離攻撃に変えて挑もうとしたが、爆弾も銃弾も全て打ち返されたので結局ナイフに原点回帰だ。

 なんだかんだナイフが1番収まりが良いな、などと思いながら、ギルはシャロとの距離を詰めた。当然、白刃の侵攻は大鎌の峰によってせきとめられる。


「やだあ、シャロちゃんそんな怖くないもん!」


「言っとくが超怖ェからな、キレも前回より上がってる気ィするし」


 しかし大鎌は、峰の防御さえ崩してしまえば懐に入りやすい。

 武器が大きいぶん振る方向の転換には時間が要る上、刃は柄の先端にしかついていないので使用者とゼロ距離になってしまえば攻撃が入らないのだ。


「エッ、本当っ!? 動き良くなった!?」


 武器を下ろしはしないものの、ぱっと顔を輝かせるシャロ。兄を彷彿とさせる喜色満面にギルは若干困惑した。――想定以上に喜ばれている……。


「ホントホント」


 ギルは肯定しながら短剣の刃を大鎌の峰の横に滑らせ、鎌を頭上へぎりぎりと押し上げる。そして鎌の下に身体を捻じ込める空間を作ると、


「うい、隙あり」


 鎌を押し上げたまま片脚を軸として重心を寄せ、浮き上げたもう一方の足で拳法のように蹴りを打ち込み、腹を突き飛ばすことでシャロのバランスを崩した。


「……ッ!?」


 鎌の位置をずらされた時から妙だと感じ、笑みが崩れ始めていたシャロはついに血相を変える。だが、その頃には彼の華奢な体躯は吹き飛んでいて、少年は砂埃を巻き上げながら肩の辺りから地面に入った。


「……いっ! たぁ……!」


「ハッ、お前もジャックと変わんねェなァ? 同じ血の流れをよォーく感じたわ。センスはある癖に些細なことで気ィ逸らしてばっか。ちったぁ相手の行動の先を読んだ方がいいんじゃあねェの?」


「――はは。……って、思うじゃんか?」


「……は?」


 辛そうに肩を動かしながら、しかし笑みを含んで上体を起こすシャロに眉根を寄せて歩みを止めるギル。その手前、少年はオーバーオールの内を漁り、もぞもぞと手を動かすと何かを取り出して放り投げる。


「意外かもだケド、実はウチちょぉっと手癖悪くてさぁ」


「なっ……」


「『死なばもろとも』だよ。――感謝して死んでね?」


 微笑むシャロが手放したのは、ピンの抜けた、ギルの爆弾だった。

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