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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第4章 冥府の番犬 編

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番外編『アントニー=プッチ生存録』③

 翌日、フラムが目覚めたのは昼の12時過ぎであった。


 明らかに身体の調子から『寝過ぎた』と判断し、慌てて上体を起こす。すると、目の前の景色は昨夜見たものとは全く別のものになっていた。彼の眼前の光景は医務室というよりも、どこかお屋敷の一室、と言った方が相応しいだろう。


「――え?」


 フラムは困惑しながら、昨日起きたことを思い起こす。


 記憶がない中ピンチに陥っていた自分をジュリオットが助けてくれて、王城の医務室で頭を診てもらって、何も異常がないとされて驚いていたら『フィオネ』と名乗る男性に『死の匂いがする』と言われたのだ。


 うん、そこまでは確かに思い出せる。

 フラムは自分の記憶力が確かであることに安堵する。


 だが、これはどういうことだ。


 自分は昨夜王城の医務室で眠ったはずで、こんな――いかにも客人用、といった部屋で寝泊まりした覚えは一切ない。

 もしや――と彼が悪寒に震えていると、ふと部屋の扉が開けられて、


「あぁ、起きていたんですか、フラムさん」


「あっ、ジュリオットさん……」


 目の下に隈を作った青年が現れて、フラムは彼に詰め寄った。


「これは、どういうことですか……!?」


「まぁ……ついて来て頂ければ、わかるかと」


 どこか言いにくそうなジュリオットの様子に違和感を覚えつつ、布団を剥いで寝台から降りるフラム。昨夜医務室で着せられた寝間着のままだったが、誘導されてそのまま彼の後ろについていく。退室すると、きぃと扉を閉めた。


 部屋から出ると廊下が広がっていて、周囲にはフラムが寝ていた場所と同じような部屋がいくつもあるらしかった。

 その建築には流石にここが『お屋敷』であることを意識せずにはいられず、一体どこへ連れて来られたのかとびくびくしながら廊下を進んでいく。


 しばらく進むと、不意にジュリオットがとある扉の前で足を止めた。


「ここを開けてもらえますか」


「えっ? なんで僕が……こ、怖いですよ、ジュリオットさんが開ければ良いじゃないですか……!」


「開けて!!! もらえますか!!!」


「うぇっ、あっ、ハイッ!!!!!」


 ジュリオットの剣幕に押されてつい、ドアノブを握ってしまうフラム。


 何が出てくるのだろうか。扉を開けた瞬間殺されるとかないだろうか。もしかしたら不気味な実験室に繋がっていて、今から全身を解剖されるとかないだろうか。嫌な想像を巡らせながら、フラムはなるようになれと目を瞑って扉を開ける。


 すると、


「おはよ〜〜!! おめでとう〜〜!!」


 ――少女のような高い声と共に、パァンと何かが弾ける。


 それがクラッカーの音であると気づいた時、フラムのすぐ目の前では沢山の色が煌めいていた。金、銀、赤、緑、青――他いくつもの色が空中を舞いながらきらきらと光を反射して空間を彩っており、フラムを歓迎している。


 ――歓迎?


「……ちょっ、どういうことですか」


 しばらく驚愕に声を奪われて、それから絞り出すような声で尋ねる。


 フラムの前には、1人の小柄な少女――いや違う、匂いが男性だ。

 使用済みのクラッカーを手にしているオーバーオールの少年(・・)がおり、彼より奥にある大きく長いローテーブルには豪勢な食事が並べられていた。まるで今から誕生日会か何かでも始めるかのようだ。


「一体、どういう……」


「――まぁ、率直に言えばフラムさん。貴方は我々に誘拐されてここにやってきました。そして今から始まるのは貴方の歓迎会です」


「ハーーーッ!?」 


 絶叫すると周囲に響き渡り、ジュリオットや薄茶髪の少年が耳を塞いだ。自分で聞いても中々うるさかったかもしれない。


 しかし、謝っている場合ではなく、


「誘拐って僕が寝ている間にですか!?」


「えぇ。途中で起きて暴れられたら困るので、睡眠剤を注射して……」


「どっ……」


 開いた口が塞がらないフラム。昨夜、起きたらフィオネになんて言って断ろうかと考えていた時のアイデアが今の衝撃で頭からすっ飛んでしまった。


 フラムが硬直して、口をぱくぱくと開閉していれば、今度は後ろから『おー』と呑気そうな声が掛けられる。


「起きたんだァ犬っころくん」


「犬っころくん……!?」


 微妙な呼び名に驚いて振り向くと、そこに居たのは目つきの悪い少年だった。


 17歳くらいだろうか。少年の赤い三白眼の目を見た瞬間、『ひっ』と間抜けな悲鳴を上げてフラムは1歩あとずさる。なんだこの殺人鬼みたいな目は。いいや、戦争屋のメンバーだろうかられっきとした殺人鬼なのか。


 ――でも、こんな少年が? 戦争屋なのか?


 怪訝な目で少年の全身を眺めていると、とうとう役者は全員揃い、


「あら、みんなして出入り口に集まって邪魔ね」


「なっ、フィオネさん……!!」


 全ての元凶とも言うべき人物が廊下に現れて、フラムは身体を強張らせた。その隣で少年が『先に食ってるから』とフラムの横をすり抜けて食堂に入る。


 ――ここで言わねば、もう止められないだろう。


 握り拳を作って決心すると、フラムは口を開き、


「あの、フィオネさん、僕……!」


「まぁ、そう焦らなくてもいいわ。その前に部屋に入りましょうか。立ち話も疲れるでしょう? あと、そういえばジュリオット……」


「ちょっ……」


 駄目だ、もうおしまいである。勇気を出して振り絞った言葉が煙を払うようにふわりと躱された。何よりショックだったのは、強引な制止ではなく柔らかい言葉に打ちのめされてしまったことだった。フラムの精神はとっくに死亡済みだ。


 一方彼の心境などつゆ知らず、フィオネは困ったように片頬に手を添えて、


「ノートンがどこに居るか知ってる? ずっと探しているんだけど、全く見当たらなくて……フラムを運んだ時には居たはずなのに」


「あぁ、ノートンさんならば一足先に王都へ向かわれましたよ。修復作業を手伝いたいとかで、早朝に出発されていました」


「王都の修復作業に……あらそう。大した奉仕精神ね。アタシは力仕事は好きじゃないから、そういうのに参加しようって気にならないんだけど……そうね、王国との関係が拗れるのも嫌だし、アタシからも支援は後で送っておこうかしら」


 そうジュリオットと軽いやりとりをして、犬耳の青年の横を通り抜けていくフィオネ。そこからくるりと踵を返してフラムは逃げ出そうとするが、まだ彼の傍にはジュリオットがおり、細い骨のような腕に捕らえられてしまう。


「気持ちはわからなくもないですが、貴方の参加は必須事項ですので」


「ひぃ……」


 縮こまりながら連行され、ご馳走が並べられた席の1つに座らされるフラム。


 ちら、と海色の目で食卓を伺う。

 ここにある料理は全て高級料理店を思わせるクオリティだが、これは戦争屋の誰かが作ったのだろうか。でも、思えば昨日の夜にフィオネは『戦争屋には家事が出来る奴が居ない』と言っていた。

 ということはこれら全て、注文して届けに来てもらった料理なのだろうか?


「これは、昨日のパレードの夜に本来出されるはずだった食事の一部よ。パレード自体がぶち壊されて出る幕を無くしたから、アタシが少し貰ってきたの」


 フラムの思考を見透かしたかのように、フィオネが絶妙なタイミングで答える。


「なるほど……だからこんなに豪勢なんですね」


「えぇ。そしてこれは貴方の歓迎を記念するものよ。おめでとう、貴方は今日から立派な戦争屋の一味よ、ええ」


「犯罪者に立派も何もないと思いますけど……」


「細かいことは良いのよ。それに貴方は戦いに手を出す必要はない。ただ、少しの間ここに居候して欲しいだけよ。大丈夫、置いておく必要がないと分かったらすぐ自由にしてあげるわ。もちろん、ある程度の路銀は融通しましょう」


「むしろ今融通して頂きたいんですけど……?」


 フィオネの言葉にいちいち突っ込みながら、フラムは手前に置かれたフォークを取ろうとして――手を引っ込める。食欲に負けてつい食べそうになったが、このご馳走に手をつけてしまえばもはや逃れることは不可能だ。


 ……既にもう、不可能な気がしなくでもないが。


 しかし、昨日の昼から何も食べていないのは事実である。このまま何も食べなければ餓死して死んでしまうだろう。死か、それとも犯罪者の言いなりになるか。


 究極の選択を前にして、タイミングの悪いことにフラムの腹が鳴った。


「……ッ!」


「ほら〜、お腹空いてるなら食べなよぉ、別に毒なんか入ってないよ?」


 腹が鳴ってもなお目の前のステーキを食べようとしないフラムに、未だに名前のわからない薄茶髪の少年が不思議そうに見つめてくる。


「あ、それともなぁに? シャロちゃんが食べさせたげよか?」


「いっ、良いです……要りま――」


「ねぇ。聞きたいのだけど、この契約ってそんなに貴方にとって不利かしら?」


「……え?」


 金髪の美丈夫に問われ、フラムはぴくりと肩を跳ねさせる。


 ――この契約が、自分にとって不利かどうか。


 彼の言う契約というのは、もしフラムが戦争屋になったら、フラムをフィオネの手元に……つまり、恐らくはこの『お屋敷』に置いておく。

 という話のことだろう。


 確かに記憶がない今、フラムは自分で自分の証明が出来なくなっている。つまり1人で動くことすら難しいのだ。そして昨日のテロのせいで、オルレアス王国の行政も混乱続きである。しばらくはろくに機能しないだろう。


 頼れる親戚や知り合いが居るのかすら自分にはわからない。

 両親も死亡したと聞いている。今までがどうだったか知らないが、とにかくこれから自分の面倒は全て自分で見なくてはいけなくて、けれど『自分が自分でわからない』などと言っているような人間を雇ってくれる聖人も中々居ないだろう。


 目先の命を考えるのであれば、戦争屋への加入は『美味しい』と言える。


 けれどこの先だ。もしフラムが生臭い仕事に関わらなくて良いのだとしても、この先命をどこかから狙われる危険性だってある。捕虜になるかもしれない。

 戦争屋は既に1つの国に喧嘩を売っているのだ、これからもそういう戦いをしていくならば普通にありえる展開である。


「それだけが気がかりで……」


 ――胸中を打ち明けると、食堂はしんと静まって、緑髪の少年の咀嚼音と食器の擦れる音だけが響いた。


 だが、


「……つまり」


 女性らしい柔らかさを持った、しかし男性らしく低い声が沈黙を破る。


「戦争屋の人間だと外部にバレなければ良い。つまり、アタシ達が貴方の情報漏洩を必要最低限に留めれば問題はない、ということよね?」


「えっ……と、そう、なんですかね……?」


「そうよ」


「そうだよ」


「そうですね」


「そうだろ」


 まさかの満場一致である。もはや自分の主張が何かわからなくなってきた。フラムは『ひぃ……』と情けない悲鳴を上げながら目を回して、



「わっ……わかりましたよ! わかりました!! 僕が家事をやれば皆さんは僕を守ってくださるんですよね!? そういう約束で良いんですよね!!??」



 ――完全に、言いくるめられてしまった。





 それから1ヶ月後。


 幸いにも記憶を失くす前は家事に慣れていたのか、家事を行うにおいてフラムは絶好の適性を見せ、完全に戦争屋インフェルノの家事担当として定着していた。


 広々とした屋敷の管理も、『冥府の番犬(トリプレット・ヘッズ)』という分身の能力があるのでどうにか毎日やり遂げている。

 洗濯物を干して、朝食を作って、部屋の掃除をして、少ししたら昼食を作って、買い出しに行って、洗濯物をしまって、風呂を洗って、夕食を作る。


 繰り返しそうしているうちに、完全にその生活リズムが染み込んでいた。そうしていつのまにか、家事をすることに責任感を覚えていて、毎朝目が覚めると『今日はこれを作って、これを買おう』と主夫らしい思考が脳内を巡るのである。


 もう持たなくても良いことに責任感を持ってしまうのだから、恐らく、自分はダメ人間の世話をしてしまうタイプであった。


 以前は3日に1回、最近は7日に1回ほどそう思う。


 けれど日が経つにつれて、無理やり勧誘された恨みが溶けるように消えていた。洗脳されているような心地に腹が立ちつつも、それより不足している食材を覚えるのに精一杯という状況だった。


 ちなみに、


「今日の買い物は……卵と豚肉とネギと……牛乳、あと卵……あれ?」


 そんなことを呟きながら、今日もまた洗濯物を干し、フラムは屋敷の中に戻る。


 ――ふと。


 リネン室に(かご)を戻すために1階の廊下を歩いていると、玄関の方からシャロの叫び声が聞こえた。


「誰かーー!! フラムーー!!」


「……? はい、なんですかー!?」


 シャロの慌てた口調に足取りも自然と速くなり、フラムはスリッパをぱたぱたと鳴らしながら玄関に向かう。すると、そこには既にジュリオットがおり、その奥、玄関口には海帰りらしくビーチサンダルを履いたシャロと、


「……??」


 そのシャロに手を繋がれて、困ったような、恥ずかしいような表情でそっぽを向いている、何故かびしょ濡れの――背の小さな少年が居た。


「誰ですか、その人は……なんでびしょ濡れなんですか……?」


 フラムが反応に困りながら尋ねると、シャロは『んーとね』と思案し、


「この子、上手く喋れないみたいなんだケド……名前は『まおりゃお』って言ってたと思う。あんねあんね、海の向こうから流されてきて、そこの浜辺に打ち寄せられてたんだよ。具合悪そうだからちょっとの間看病させてくんないカナ……?」


「「――はい?」」




 ――戦争屋に、また新たな厄介ごとが持ち込まれた。






番外編『マオラオ=シェイチェン生存録』に続く……(?)

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[一言] シャロちゃん、なんでも拾ってくる...
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