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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
90/197

太陽は輝くか、鷲は空を舞うか1






「グラウンドを包む 大歓声」

「それは全て バルサの力となる」

「賞賛も 罵倒も 関係ない」

「全てバルサの 栄光の礎となる」


 試合前だというのにスタジアムに響く歌声。

 中神久司の耳に響く、熱狂的なコアサポーターが歌うそれはバルセロナ・リベルタの応援歌だ。


「今日もサポーターのみんな、いい歌声だね」

「クラシコほどではないがな」


 晴天のエスタディオ・オルグージョに響く歌声を聞いて久司の後ろにいる縮れ毛の少年は上機嫌に言い、彼の後に続いた無表情の大柄な男性は淡々とした口調で言う。

 少年はフェルナンド・エステル。男性はダニエル・ガスパール。久司と同じバルセロナR2に所属するチームメイトであり、トップチーム出場経験もある選手だ。

 久司がバルセロナRのトップチームデビューをしたのはついこの間、数日前の試合だ。相手は降格争いをしている下位チームであり交代出場した時点で5-0と言う大差をつけていた試合だったが、トップチームデビューを果たした。

 試合時間は20分弱。ゴール、アシストと言う目に見える結果はなかったがドリブル突破やチャンスメイクで──片手で数える回数ほどだが──チームに貢献しており、翌日の地元紙やスペインの大手スポーツ紙では可も不可もないデビュー戦と評された。


「ねぇヒサシ。今日はこっちでよかったの? アウェーサポーターのいる席の方がヤナギを応援しやすいよ?」

「確かに。いくら日本人、それも日本代表のチームメイトとはいえここで”黒鷲シュヴァルツ・アドラー”の応援をしてそれが知れ渡ったらただではすまんぞ」


 三人がいるところはクラブ関係者のみ観戦が許されている席だ。 すぐ傍にはメディア関係者たちがいる座席もある。

 二人の発言はもし久司が大声で柳を応援してしまい、それがメディアやチーム関係者に知られてしまった時のことを危惧しているのだろうが──


「大丈夫だ。どちらか一方を応援するつもりはない」


 むしろ久司としては思い入れのあるバルセロナRを応援したい気持ちの方が若干強い。

 とはいえ日本人選手の中で小野以外で自分より明らかな格上である柳を応援する気持ちも少なからずある。心情的にバルセロナRが6、柳が4と言ったところか。


「試合は公平に見るつもりだからな」

「そうか」

「うーん、最後までそうだといいけど……」

「そんなことよりもだ。この試合どう見るよ」

「「バルサの勝ち」」


 声をそろえて言う二人に久司は思わず半目を向ける。

 物心つく前からバルセロナで育ち今の今までバルセロナ一筋だった二人。現在のチーム状況も考慮すればそう言う答えが返ってくるのは予想できてはいたが。


「じゃなくて。どういう展開になると思うんだ」

「激しい点の取り合いかな。5-3でバルサってところかな」

「いや、俺がいないから6-4でバルサだろう。マヌエルのところは穴になるだろうし」

 

 面白くなさそうにライバルの名前を口にするダニエル。

 久司、フェルナンドより4つ年上の22歳である彼はシーズン開幕直前までトップチームに在籍して、レギュラー争いをしていた。代表ではスペインU-23の絶対的レギュラーでありスペイン代表候補選手でもある実力者だ。

 そんな彼が現在バルセロナR2にいるのは開幕前の最後のプレーシーズンマッチで重傷を負ってしまったからだ。半年にわたる治療とリハビリを済ませた彼は今年3月から練習に復帰、コンディション調整のためにセカンドチームに籍を置いている。

 ちなみに同い年でありレイ・マドリーのラウルと共にU-17スペイン代表の主力だったフェルナンドは久司より数ヵ月早くトップチームデビューを済ませている。将来のバルセロナRを担う選手として注目されている一人だ。


「どちらも3失点は覚悟しているんだな」

「それはそうだよ。相手チームのロート・バイエルンの攻撃力は欧州でも指折りだ」

「俺のいないバルセロナRでは2失点は確実だろう」


 あっけらかんとした様子の2人。とはいえ久司もそこに深くは突っ込まない。

 点は取られる。だがそれ以上に点を奪って勝つ。それが今のバルセロナRと言うチームなのだから。


「む、スタメンの発表だな」


 ダニエルが言うのと同時、観客席の上に設置されている電光掲示板にスタメンの姿と名前が大々的に表示される。

 当然最初はホームチームであるバルセロナRだ。システムはいつもと同じ4-3-3のワンボランチ。

 まずGKはホセ・メンディエタ。31歳のスペイン代表GKであり世界的GKの一人だ。

 次に表示されるDFはクリストフ・ヘルベルト。ドイツ代表不動の右SBでありDFのポジションならどこでもこなせる器用な選手だ。彼に続いて表示されるのはオランダ代表のエドガー・レップ。攻撃的SBとしては世界トップレベルの選手でもある。

 CBの二人はポルトガル代表のマヌエル・ルイ。ちなみに23歳と若く、昨シーズンはダニエルと共にCBのレギュラーポジションを争っていた人だ。高齢化した主力選手が移籍し、ダニエルが怪我をしたことでレギュラーの座をつかみ取った。

 もう一人はカルロス・ロドリゲス・フェリペ。彼もダニエルやマヌエルと同世代であり22歳と若いが、三者の中では頭一つ飛びぬけている。また19歳の時にスペイン代表に初選出され、以降代表の常連となった実力者だ。


(4バックは現時点のベストメンバー。さて次は……)


 マヌエルの顔を見てダニエルが眉を顰める中、続くスタメン紹介。次は中盤に移り最初に映った人物を見てサポーターが歓声を上げる。

 ワンボランチの位置にいるアンドレス・サンタマリア。バルセロナRの攻守の要でありカンテラ育ちの名手だ。スペイン代表ではアシオン・マドリーのフランシスコと共に中盤を統率している。

 次の右SMFはスウェーデン代表のラルフ・ラーション。チーム一の快速でありエリア外からの強烈かつ精度の高いミドルを武器としている。

 そして最後の左SMFはチームの10番を背負うディエゴ・セバスティアン・オルテガ。アルゼンチン代表でも10番を背負っており”アンタッチャブル”の異名を持つ天才ドリブラーだ。一部ではAマドリーのミカエルの上位互換とも言われている。


「この様子じゃFWもベストメンバーかな」


 フェルナンドの言葉通り、最後に発表される3トップは現時点のバルセロナRのベストFW達がメンバー入りする。

 まず右FWはコロンビア代表の絶対的エースストライカーであるアルベルト・ギジェルモ・ロドリゲス。なんでもできる万能型ストライカーだ。

 続く左FWは若干18歳にしてブラジル代表、そしてバルセロナRのレギュラーの座をつかみ取った怪物。”ゾディアック”No1プレイヤー、ロナウド・ジ・ソウザ・アシス・リベイロ。

 そして最後は世界一のストライカーとも言われ、ドイツ代表のジークフリート・ブラントと並び称される点取り屋、アルフレッド・オマール・ケンペス。

 ディエゴと共にクラブ、アルゼンチン代表の絶対的主力であり、プロになってから得点王を七度受賞している別格のストライカーだ。


「みんな盛り上げるねぇ」

「少し耳が痛いぐらいだが」


 先程以上に大きく太くなるサポーターの声援。しかしその永遠がアウェーチームの紹介に移った途端、ブーイングに切り替わる。

 アウェーチームであるRバイエルン。システムはバルセロナRと同じ4-3-3のワンボランチ。GKはドイツ代表のアンドレアス・バルト。

 4バックの右SBはスペイン代表のフリオ・ドラード、左SBはウルグアイ代表のブルーノ・レブロン。CB二人はイングランド代表のジェフリー・アダムス、ドイツ代表のクルト・フリードリヒ。

 三人の中盤、ワンボランチはドイツ代表のドミニク・ハイデンライヒ、右SMFも同じくドイツ代表のフランツ・ヴァレンシュタイン、左SMFはブラジル代表のアントニオ・マルケス。

 そして3トップ、右は予想通り久司と同じ日本代表である柳、左はオランダ代表のエリック・ヨハネス・ファン・ニステローイ。そして中央はドイツ代表のジークフリート・ブラントと言う面子だ。


「やっぱり出場してきたね”黒鷲”」

「まぁ当然だろう。アレックスやアレンも悪くないが今季の実績や最近の調子から考えて奴が出場しない理由がない」

「……まぁな」


 チームメイトからの畏怖と賛辞を聞き、久司は誇らしく思うと同時、わずかな嫉妬も覚える。


「実力はロナウドが上。だが瞬間的なら柳は並ぶか、上回る可能性もある」

「ロナウドもそうだけどあのスピードにドリブルは本当反則だよね。”わかっていても止められない”レベルだよ、アレは」


 チームメイトの会話に久司は心中で同意する。

 実際、柳の実力はアルフレッド達に匹敵すると思うし、今季の実績はロナウド達と比べても遜色がない。

 二年目だというのに柳は今季リーグでは22ゴールを上げており、トップのジークフリートとは4ゴール差しかない。CLでも9ゴールと得点王ランキング3位の位置にいる。

 一方のバルセロナR、アルフレッドはリーグで28ゴール、CLで首位の11ゴール。ロナウドはリーグで21ゴール、CLではアルフレッドに並ぶ11ゴール。アルベルトはリーグ12ゴール、CLでは7ゴールをマークしている。

 一年目の成績や活躍でも世界中を騒がせたが、今季はそれをはるかに上回るものとなっている。冬にオファーを出して断られたバルセロナRだが、移籍シーズンになったら再アタックするなど言う噂や、クラブのとあるOBは獲得すれば、ロナウドと共に10年はバルセロナに栄光をもたらすだろうと太鼓判を押している。


(さて柳にロナウド。二人の勝負はどうなるかね)


 どちらも実力、勢いもあるトッププレイヤー。今日の試合で何もしないというのはあり得ない。

 そう心中で呟き、久司は入場ゲートの方へ視線を向けるのだった。






◆◆◆◆◆






「こんにちは鷲介。会えて嬉しいよ!」

「ああ。俺もだ」


 入場ゲートにやって来るや、青と臙脂色のユニフォームを着たロナウドがこちらに寄ってきた。

 試合開始直前に漂うピリピリとした空気を無視したような態度に呆れながらも、鷲介は差し出された手を握る。


「とうとう君と戦える。マルコにマリオ、他のゾディアックたちも一目置いている君。

 楽しみでしょうがないよ……!」

「俺もだ。”ゾディアック”No1プレイヤーと言われるお前がどれほどのものか、ようやく実感できる。

 期待を、裏切るなよ」

「言うようになったね鷲介」

「はっ、真面目そうに見えて中々生きがいいじゃねーか」


 言葉とともに姿を見せたのは優しそうな金髪の男性と、小柄だが尊大な様子のくせ毛の男だ。

 鷲介は金髪の男性に微笑み、言葉をかける。


「お久し振りですクリストフさん。

 そちらは初めましてですね、ディエゴさん」

「おう。世界No1の選手、当代最強最高の10番、ディエゴ・セバスティアン・オルテガだ。

 この間は俺たちの子獅子が世話になったな」

「子獅子?」

「ミカエルのことだ」


 小さく鼻を鳴らすディエゴ。ライバルとして認めた相手をこき下ろすような物言いに鷲介が少しむっとした時だ、ディエゴの後ろに現れたバルセロナRのユニフォームを着る赤髪の男性がチームの10番を嗜める。

 アルフレッド・オマール・ケンペス。現時点でのスペインリーグとCL得点王であり、ジークフリートと同格と言われている世界最高峰のストライカーだ。


「ディエゴさん、いい加減ミカエルのことをそう呼ぶのは止めましょうよ。

 ここに来たばかりならともかくあいつも今やAマドリーの絶対的主力。前季の試合でも最後の最後で引き分けにされたでしょう」

「はっ、チームはともかく俺は負けてねぇぞ。それに内容でもこちらが優勢、いや圧倒していただろうが」

「逆に圧倒されている時間帯もありましたよ。その時に追いつかれたんですから」


 試合前だというのに言い争うクラブの中心選手二人。

 鷲介があっけにとられる間にも二人は互いの意見をぶつけ合う。それを見た鷲介は思わずクリストフの肩を叩く。


「あの、クリストフさん。いいんですか」

「気にするな。ディエゴが相手チームの選手を無駄に挑発してはアルフレッドや他のメンツに諫められる。

 よくある光景だ」

「そうそう、昔と変わらずガキなんだよなー。ディエゴの奴は」

「クラブでも代表でも、アルフレッドの奴は大変だ。何せディエゴを唯一抑えられるのはあいつだけだからな」


 クリストフにフランツ、ジークまでもが続く。慣れ親しんだフランツ達を見て、鷲介はもしかしていつもこんな様子なのかと思ってしまう。

 彼らの言う通りなのか、バルセロナRのチームメンバーは二人を見つつも止めに入る様子はない。いや、それどころか両者に生暖かい視線すら送っているものもいる。


「とにかくだ! あいつなんざ子獅子で十分だ!

 そいつも”黒鷲”なんて呼ばれているようだが、俺からすれば黒ヒヨコよ!」

「……すまないヤナギ君。ディエゴさんは実力を認めている相手はどうも見下す傾向がある。

 あまり気を悪くしないでくれ」

「ま、日本風で言うとツンデレだな。

 べ、別にお前なんか大したことないんだからねと言っているようなものだ」

「試合後ミカエルや君のことを褒めていたのに。本当に素直じゃないんだ、あいつは」

「アルフレッド、クリストフ、ラルフ! 変なこと言ってんじゃねーよ!」

「あはは。今日もディエゴさんは元気いっぱいだなぁ」

「ま、いつも通りなのはいいことだ」


 入場ゲート内に漂う和気あいあいとした空気。先程まであった静かなピリピリとした空気がほとんどなくなっていた。

 エスコートキッズたちもリラックスした様子だ。


(そういえば以前見たバルセロナRのドキュメンタリー番組で似たような光景があったけど、あれ本当の映像だったのか)


 まだユース時代の時、欧州全域で放送されているサッカー番組”EUフットボール”がランダムに行う一日限定チーム密着取材と言う企画で、眼前のような光景がTVに映っているのを鷲介は見た。

 プロチームらしからぬアットホームすぎる雰囲気に、ともに見たミュラーやユースのチームメイトと共に「嘘くさい」だの「そう見せるように作っている」だの好き勝手言っていたが──


「ふん、まぁいい!

 俺たちは今日もいつも通りプレイをして、いつも通りに勝つだけだ。Rバイエルンだろうとな」


 傲然と言い放つディエゴ。だがその言葉に鷲介は反論しない。

 バルセロナRがホームスタジアムで無類の強さを発揮することは知られており特にここ三年の間、ホームでの試合で負けたことは一度しかない。

 今年の前季もスペイン三強であるAマドリーには引き分け、レイ・マドリーには勝利していた。そのため欧州のほとんどのサッカーメディアはオルグージョでの試合はRバイエルンの運が良ければ引き分けに持っていけるだろうと予測していた。


「そうですか。なら今季ホームでの初敗北を与えるとしましょう」

「そうだな! しっかり勝って下馬評を覆し、欧州中をあっと言わせようじゃないか!」


 鷲介、そしてフランツの大声に温和だった空気が一瞬で四散する。

 ディエゴは歯を剥き、ロナウドが瞳を輝かせる中、アルフレッドが前に出て、言う。


「勇ましいことだ。

 だがそれぐらいの気合を持ってくれないと、こちらも張り合いがない」

「全力で叩き潰させてもらおうか」


 親しみと嬉しさ、そして戦意が入り混じった視線を向けてくるエドガーへ、鷲介も不敵に微笑む。

 そしてゲートに鳴り響く入場の合図。欧州サッカー連盟のテーマソングと共にピッチに降り立つ22人のサッカー選手。

 無駄なく素早くセレモニーを終えピッチに散っていく鷲介たち。客席とピッチの距離が異様に近いスタジアムをぐるりと見渡し、最後にセンターサークル内にいるアルフレッドとロナウドを見る。

 すると直後、ロナウドがこちらを見つめてくる。そして視線でこう言ってきた。


(愉しもうぜ)


 それに対して鷲介は小さく頷く。そして心中で──おそらくロナウドもだろうが──こう付け加える。


(ああ。愉しもう。そのうえで俺が、Rバイエルンが勝つ!)


 そしてカタルーニャの空に試合開始の笛が鳴りびく。

 CL準々決勝、バルセロナR VS Rバイエルンの試合が開始された。






◆◆◆◆◆






 ホームチームサポーターの大歓声を聞きながら、鷲介は敵陣に下がっていくボールを見ながら移動していく。

 バルセロナRイレブンはダイレクトとワンタッチパスでボールを移動させる。その様はまるで川を流れる水のように淀みない。

 

(試合映像を見て分かっていたけど、本当にパス回しが上手いな)


 パスの速さに正確さは今まで戦ったどのチームよりも上手く、綺麗だ。

 またボールを貰う、パスを出す選手の動きも周囲と見事に連動しており無駄がない。

 敵の見事すぎるパス回しを目の当たりにしていた時だ、ボールを抑えたクリストフがいきなりロングボールを自陣深くに放り込んできた。

 慌てて鷲介は飛んだボールの先へ視線を向ける。バルセロナR陣内の右サイドから逆──Rバイエルンの左ハーフスペースに飛んだボールへ、いつの間にかポジションを左へ移動していたアルベルトとジェフリーが飛び上がる。

 競り勝つアルベルト。頭でボールをマイナスへ落とし、それをディエゴとラルフがダイレクトパスで右ハーフスペースにいたロナウドにボールが繋がる。

 ゴールへ迫ろうとするロナウドの前に立ちはだかるブルーノ。ロナウドは強引に中から突破しようとするがそれはフェイク。反転して上がってきていたアンドレスにパスを出し、バルセロナRのレジスタはダイレクトでチップパスを放った。

 

(まずい!)


 アンドレスの右足より放たれた何気ない浮き球。しかしそれはRバイエルンのペナルティエリア内に落ちようとしており、それに対して真っ先に反応しているのがダイアゴナルランで左ハーフスペースより突っ込んできたアルフレッドだ。

 試合が始まってからいつもより下がり目の位置にいたアルフレッドの電撃的強襲に、クルトとアンドレアスは一瞬反応が遅れる。そして現時点のCL得点王はどフリーでシュートを放つ。

 やられたと思う鷲介。だがアルフレッドのランニングボレーシュートはゴールバーに直撃してラインを割った。

 それを見たバルセロナRのサポーターの声援は驚きから落胆に変わる。だがそれも一瞬と言うべき短い時間。アルフレッドの字である”赤獅子”の名前がスタジアムに連呼される。


(なんて動き出しだ……。あれがアルフレッド・オマール・ケンペス。ジークさんと並び称される男か)


 ジークのオフ・ザ・ボールと遜色ないアルフレッドのそれを見て、鷲介は視線を厳しくする。

 世界最高峰のストライカーの一人であるアルフレッド。彼の経歴は鷲介たち”ゾディアック”が圧倒されるほど見事なものだ。

 17歳でアルゼンチンリーグのボカFCでデビュー。二年目でリーグ得点王に輝きスペインリーグの強豪、ヴァレンティーアFCへ移籍。

 初年度からレギュラーと得点王を獲得し、その活躍ぶりを見たバルセロナRは大量の違約金と移籍金、年俸を用意。また先んじてバルセロナRで活躍していたディエゴの誘いもあったらしく、アルフレッドはバルセロナRへ移籍。

 そこから彼は27歳になる現在まで、五度の得点王を獲得した。つまりプロとなって10年間、七回得点王の称号を得ているのだ。

 またCLでもジークと並び四度の得点王となっている。まさしくアルゼンチンが、バルセロナRが世界に誇るスーパーストライカーと言っても過言ではない。

 アルフレッドの危険さを実感する一方、鷲介はアンドレスにも鋭い眼差しを向ける。先程の、まるでアルフレッドがそこに来ることがわかっていたかのようなチップパス。あれは偶然ではない。狙ってやったのだ。

 スペイン代表の中盤には二人の司令塔がいる。一人はグループリーグで戦ったAマドリーのフランシスコ。もう一人がアンドレスだ。

 中盤はどこでもこなせるが本職はボランチの2人。代表でも不動のレギュラーとなっている。それは他のメンツより実力があることもあるが、それ以上に二人がかみ合っているからだ。

 Aマドリーのフランシスコは守備的ボランチ、アンカーよりの選手だがアンドレスは攻撃的ボランチ、レジスタとしての印象が強い。フランシスコに比べてアンドレスは深い位置から一気に加速して前線やゴール前に姿を見せることが多々あるからだ。

 アンドレスが蹴ったボールが敵陣へ飛んでいく。ジークが落としエリックが拾うも、すぐにクリストフに詰められ、慌てて近くの味方にパスを出す。

 それを素早い動きでカットするアンドレス。つい先ほどまで鷲介の近くにいたのにボールがジークの方に向かったのと同時、彼はそちらへ走っていった。

 これも偶然ではない。彼はフランシスコと同じ、LV4のフィールド・アイ保持者なのだ。数秒先の未来すら見通すその目を使い彼は積極的な攻守で味方のチャンスを生み、敵の勝機を潰すのだ。


「ゴール前、注意してください!」


 鷲介が自陣ゴール側に叫ぶと同時、アンドレスは足元にあるボールを一気に最前線にいるアルフレッドへ蹴る。

 クルトを背負いながらボールを収めたアルフレッド。側に寄ってきたディエゴにパスを出すと見せかけ、反転して切り込む。

 一瞬ディエゴに気を取られたクルトもアルフレッドへ体を寄せる。しかしクルトのチャージをものともせず赤獅子は強引に突破する。

 アルフレッドの武器は三つ。ジークに匹敵するオフ・ザ・ボールとシュートパワー。最後の一つが長身頑強な体躯を前面に出した力任せのドリブル突破だ。


(今のクルトさんを、ああもあっさりと……! カールの上位互換って認識は間違いじゃないってか!)


 だがクルトも簡単に引き下がらない。少しでも体を寄せて腕を伸ばし、アルフレッドの突破を少しでも遅らせる。

 それが功を成したのか寄せてきたアンドレアスのグローブがアルフレッドの放ったシュートを見事弾き、それをドミニクが拾い、ブルーノへボールを渡す。

 そして彼の鋭い眼差しが鷲介に向けられるのと同時、鷲介は動き出す。


(来い!)


 右ハーフレーンからセンターレーンに動く中、ブルーノからロングボールが放たれる。

 エリック、ジークを超えたそのボールはバルセロナRの高い最終ラインを斜めに飛びだした鷲介の前に転がる。世界最高峰のスピードと称えられる足を生かして左ハーフレーンでそれを拾った鷲介だが、眼前にクリストフが立ちはだかる。

 小さく息をつく鷲介。クリストフは不敵に微笑み、言う。


「さて、どれだけ成長したのか見せてもらお」


 クリストフが言い切るより早く鷲介は動く。彼の左手側を突破し敵ゴールへ向かう。直後マヌエルが立ち塞がるがダブルタッチでかわし、ペナルティエリアへ侵入する。

 クリストフ、マヌエルは実力者だ。特に前者はドイツ代表不動の右SBでありワールドクラスと言っていいだろう。

 だがレオナルドにニコといった世界トップ、最高峰のCBの守備と比べれば、若干甘い。

 かつてはほぼ封殺されていたクリストフだが、その両者との激闘で研磨された今の鷲介にとっては難敵ではあっても、二人ほどの強敵ではなかった。

 鷲介の放ったシュートは飛び出してきたホセの横を突き抜け、バルセロナRのゴールネットを揺らした。






◆◆◆◆◆






 クリアーされたボールが鷲介のいるセンターサークルへ飛んでくる。しかしそれを胸トラップでキープしたのは横から飛び出したアンドレスだ。

 そして彼は即座にパスを出し、ボールはディエゴの元へ。ドミニクがチェックに行くがオーバーラップしてきたクリストフとのワンツーで彼をかわし、クリストフから帰ってきたボールをダイレクトで蹴って、ボールは右ハーフレーンにいるロナウドの元へ。

 ボールを受けると同時、前を向くロナウド。それと同時に突っ込んでくるブルーノだが、ロナウドは鷲介のようなアジリティを見せ、強引に彼を抜き去ってしまう。

 ペナルティエリアに侵入しようかと言うロナウドを見てヒヤッとする鷲介。だがロナウドの横から飛び出してきたクルトがロナウドとボールの間に体を入れ、ペナルティエリア内にこぼれたボールをアンドレアスがキャッチするのを見て安堵する。


(はまってくれたとはいえ、あいつの突破は冷や冷やするな。……俺も相手にこんな気分を味わわせているんだろうか)


 前半9分にいきなり先制されるもバルセロナRは攻撃の圧を緩めない。

 バルセロナRの伝統と言えるショートパスとオフ・ザ・ボールを組み合わせた戦術、ティキタカを用いてRバイエルンゴールへ攻めてきている。

 その攻めは苛烈の一言だ。現在前半二十五分ぐらいだが失点してもおかしく無いシーンが三つもあった。

 まず前半13分、ディエゴがダブルタッチでドミニクをかわし、ロナウドとのワンツーでペナルティエリアライン上からミドルを放つ。しかし直前に立ちはだかったジェフリーが足で弾いた。

 鷲介をカルロスとエドガーが挟み込んでボールを奪った17分、アンドレス、ラルフがダイレクトでアルフレッドに繋ぎ、ゴール周辺で動き走る味方を囮にして単独で切れ込む。だが立ちはだかったクルトの足が強引に突破しようとしたアルフレッドの足元にあったボールを蹴りだし、難を逃れる。

 そして24分のロナウド。敵陣中央でボールを収めた彼は、寄ってきたフランツとドミニクを南米のドリブラーらしい技術のドリブルで突破し、突破直後に寄ってきたブルーノをスピードに任せた動きで抜き去る。

 鷲介と同じ”ゾディアック”の3人抜きにスタジアムは沸くが、ペナルティエリアに入りあとはシュートを撃つだけと言った時、飛び出してきたアンドレアスがボールを抑えてしまった。

 これ以外にもいくつか危険なシーンがあり、それがあるたびにホームサポーターからは大歓声が沸き上がる。

 無理もない。試合はホームチームであるバルセロナRがRバイエルンを押しまくっているのだ。負けているとはいえ一点、惜しい場面が続いているこの状況、楽観、期待するなと言うほうが無理だろう。

 とはいえ前半30分を経過した現在、鷲介もジーク達チームメイトもその表情は真剣だが一方的に攻められているチームのそれではない。当然だ。ここまでの試合の流れは全てこちらの想定内なのだから。


(ここまで予想通りに攻めてくれるなんて、少し怖いな)


 バルセロナRはポゼッションによるボール支配率を高くした攻めで敵を圧倒する場合がほとんどだ。

 そしてそのサッカーは真価を発揮すれば無類の強さを発揮する。元々このクラブの所属選手はみな、パスが上手い選手ばかりだが、近年は特にその傾向が強く現メンバーはその中でも随一とさえ言われている。

 数年前のスペインリーグの試合ではそのサッカーで、宿敵であるレイ・マドリー相手に4-0の大差で勝利したこともある。

 それ故にバルセロナRと戦う──勝つことを念頭に置いている──クラブは彼らのティキタカを十全に発揮させないようにするか、発揮させたうえでその攻撃を耐え忍びカウンターで倒すか、どちらかの戦法を取る。

 Rバイエルンは後者を取った。理由は単純だ。その方法でバルセロナRに攻撃させた方が、彼らを倒せる可能性が高いからだ。


(世界最強のポゼッションとパスチームのバルセロナR。でもあんた達の弱点はわかりやすいんだよな)


 圧倒的なボール保持で攻めるバルセロナR。チーム全員がそれに加わっているそれだが、ショートパスをつなぐためか陣形がコンパクトであり最終ラインが高いという欠点がある。

 鷲介の先制点はまさにそれをついたもので、前半20分と28分に繰り出したカウンターもエリックとジークが裏に飛び出して相手ゴール前まで迫った。

 また本来、バルセロナRのポゼッションサッカーはあらゆるポジションの選手がゴール前に来て得点を取るものだ。だがここ一、二年──ロナウドが加わってからと言うもの前線メンバーがゴールを決めることが大半だ。ロナウドたちの能力が高すぎる故に、彼らを絡めた攻撃が多くなっているのだ。 

 クルトとジェフリー、そしてフランツはここ最近練習が終わった後、クラブハウスのビデオルームに残りバルセロナRの攻撃パターンを分析。それを元に今日の試合、コーチングで味方を動かしては彼らがゴール前に来るよう誘導、最後で嵌めて取っているのだ。

 攻撃サッカーを信条とし、世界最強と言われる3トップを抱える超強力な攻撃陣。それに頼り切っている敵チームの心理を読み切った守りは抜群の効果を発揮していた。

 再びバルセロナRの攻め。アンドレス、ディエゴ、ロナウドにオーバーラップしてきたクリストフがドリブルとショートパスを繋ぎ、最後はアルフレッドとロナウドの動きに釣られてできた守備の穴にディエゴが侵入する。

 だがそれもクルトたちの予想内だったのだろう。ディエゴがペナルティエリアに入ろうとしたその時、横からドミニクがボールを奪おうと立ちはだかる。

 ディエゴはまた抜きでドミニクをかわし、今度こそRバイエルンのエリアに入り込もうとするが、それより先にジェフリーがボールを奪い、大きく縦に蹴りだす。

 

(よし、カウンター!)


 敵陣に飛んできたボールとそれを競り合おうとするフランツとカルロスを、鷲介はすぐ後ろのセンターサークル内で見る。

 競り勝ったフランツはこちらを見ると同時にパスを出してくる。ボールを抑えた鷲介にエドガーが寄ってくるが、鷲介は迷うことなく左足でチップパスを出す。

 左ハーフレーンを越えようとするボールに走り追いついたのはエリックだ。ギリギリの飛び出しでオフサイドにならなかった彼はゴールに向かうが戻ってきたカルロスが立ちはだかる。

 19歳でスペイン代表デビューし、レギュラーとなっている秀英。パス精度と並び彼が極めて優れているところは鷲介に匹敵すると言われるアジリティとスピードだ。

 両者がにらみ合った一瞬後、エリックは左に動く。鋭い切込みだが、俊足のカルロスは見事反応してついていっている。

 しかしエリックはすぐさま逆側に切り返す。その動きは先程よりもわずかに速く、しかも彼はグラウンダーのセンタリングを入れてきた。パスを選択したのだ。

 エドガーや過去の試合映像を見てあのような場面では単独で挑むと予想していたのか、カルロスの反応はわずかに遅れた。そしてややマイナス気味のボールへ鷲介が駆け寄る。


「ホセ、飛び出せ!」


 アンドレスの叫びと同時に動くバルセロナRのGK。一瞬ループシュートを撃とうかと思うが、エリックからのパスはシュートと思うような強く速いボールだ。

 ダイレクトで、しかも脇か股を抜くシュートを撃つ。できるかできないかはともかく鷲介はそう決断した時だ、右耳にチームのエースの声が届く。


「スルー!」


 言葉に従う鷲介。そして鷲介の足元を通り過ぎたボールに鷲介より少し遅れて走ってきたジークが駆け寄る。

 Rバイエルンのエースストライカーにボールが渡ったのを見てホセが体を彼の方に向ける。ダイレクトでシュートを撃つと思ったのか前に出て体を大きく広げる。

 しかしジークは右足でボールをトラップ、上に浮いたボールを左足でボレーシュート。右足ほどの精度がないにもかかわらずボールはピッチを低くバウンドしてホセの脇を抜け、ゴールネットを揺らした。

 前半33分、再び驚きと悲しみの声がエスタディオ・オルグージョを揺らす。チームメイトと共にエースを祝福して自陣に戻る中、鷲介は相手イレブンを観察。

 

(さすがに少し堪えた様子だな。……まぁごく一部は悦んでいるけど)


 キラキラと瞳を輝かせているロナウドと怖い笑みを浮かべているディエゴ、アルフレッドを見て鷲介は思う。


「フランツさん、まだ向こうは余裕がありそうです。どうしますか」

「確かにそうだな。……もう一点取りに行って心を折ろうか」

「いえ前半はおおむねプラン通りに進んでいますし、このまま監督の指示通りに行きましょう。

 無理して攻めに転じて失点でもすれば、あっという間に追いつかれます」


 フランツにドミニクが異を唱える。彼の危惧は大げさではない。

 バルセロナRの反撃はまさしく怒涛と言う勢いだ。今季リードされた試合がいくつかあったがそのほとんどは一点を返すと瞬く間に同点、逆転して勝利している。

 中でもその印象が強いのは二月にあった現在リーグ4位のヴァレンティーアFCとの試合だ。後半十五分まで0-2と劣勢だったが、ディエゴが一点を返すとそこから火のついたような怒涛の反撃がはじまり最終スコアは5-3と言う快勝の結果となった。


「んー……そうだな。ドミニクの言う通りにするか。藪をつついて蛇を出す様な真似は避けよう。

 前に出るのは相手が攻めの勢いを落とした時で良い。合図はクルトに任せる」

「はい、伝えてきます」


 ドミニクとクルトが言葉をかわしてすぐ、試合再開の笛が鳴り響く。


「”太陽デル・ソール”! ”太陽”!」

「”赤獅子”! ”赤獅子”!」

「”アンタッチャブル!” ”アンタッチャブル!”」


 地響きのような声がスタジアム内に響く。字を連呼されるロナウドたちは変わらぬ様子で前に出てくるが、全体的に下がっているRバイエルンの守備を完全に打ち崩せない。

 そして前半ロスタイム間近、鷲介の目にもバルセロナRの勢いと攻めが衰えているのがわかった。クルトを見ると彼は平静な顔をしているが、視線は攻撃時のそれだ。

 ロスタイム表示ボードが掲げられたとき、ボールを収めていたクルトはさっと手を上げる。それが合図だったのか今日、ほとんどオーバーラップをしていなかったブルーノとフリオの両サイドバックが一気に前に走り、Rバイエルンイレブンも動き出す。

 クルトの縦パスが自陣センターサークル前にいるドミニクに入る。近くにいたラルフとロナウドが挟み込もうとするが、寄ってきたフランツにボールは渡り、フランツもダイレクトで敵陣センターサークルのすぐ外にいるアントニオへパスを出す。

 アントニオは前に回り込んできたアンドレスをまた抜きでかわし前へ。そこへクリストフが距離を詰めてくるが即座にすぐ右のセンターレーンにいるジークにパス。そしてジークはダイレクトの浮き球をバルセロナRの右サイドに出し、それをオーラップしてきたブルーノが抑え、一気に突き進む。


(パスサッカーはバルセロナR(お前たち)だけの十八番じゃないんだよ!)


 Rバイエルンの相手のお株を奪うような攻勢に戸惑うバルセロナRを見ながら鷲介は動く。その間にもブルーノは左サイドからハーフレーンに移動し、敵陣深くに切れ込む。

 ペナルティエリア近くまで来たブルーノにカルロスが寄っていくがブルーノはすぐに右にパス。自分と並走していたエリックがボールを収めたのを見た瞬間、鷲介はペナルティエリアに走りこみ、ボールを要求。


「ボールを!」


 もしボールが来れば鷲介は当然シュートを打つ。だが、そんなことはあり得ないと確信している。

 そして思った通り、声をかけた次の瞬間、エリックは右足でシュートを撃った。エリックに立ちはだかったマヌエルだが鷲介の動きに気を取られたのだろう──もちろんそうなることを期待して鷲介は動いた──エリックのシュートに対して反応が遅れ、ボールは彼の横を通過する。

 横にジャンプしながら右手を伸ばすホセだがボールにグローブは届かず、ボールはバルセロナRのゴールネットを揺らす。

 そして電光掲示板のスコアが0-2から0-3へと切り替わるのだった。






リーグ戦 20試合 22ゴール8アシスト


カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト


CL 6試合 9ゴール2アシスト


代表戦(二年目)7試合 13ゴール3アシスト

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