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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
87/197

新生日本代表、始動






「一つでも勝ち星を落とせば即脱落! 全勝のみがW杯への唯一の道のり!

 みなさんこんばんは西倉憲保です! あと少しでW杯アジア最終予選、日本対オマーンの試合が開始されます。

 さて解説の谷さん。改めて現在のグループAの状況について説明をお願いします」

「はい。グループAは日本、韓国、シンガポール、オマーン、イラクの五チームが所属しています。

 そして最終予選の五試合を終えて順位は1位韓国、勝ち点15。2位イラクは勝ち点12。

 三位に我らが日本、勝ち点7。四位はオマーン勝ち点5。5位ウズベキスタンは勝ち点4。最下位はシンガポール勝ち点0となっています」

「改めて見てもまさかと言う結果ですね。史上最強と名高い日本代表がまさか前半戦を終えて3位。しかも二位のイラクとは倍近い勝ち点が離れています。

 もし仮に日本が全勝しても韓国、イラクの勝ち星次第で3位のままということも可能性も十分にあります」

「うーん、まさしく先が見えないイバラの道。しかし勝ち続ける以外、W杯の舞台に立つことはできません! 

 スタジアムに駆け付けたサポーターの皆さん。TVやネットで見ている、ラジオで聞いている人達。応援をお願いします。あなたたちの声が、思いが、日本代表に力を与えてくれます。

 さぁ、本日の試合に挑む新生日本代表のスターティングイレブンの発表です!」

「システムは4-3-3のワンボランチ。GKは川上克人。クラブでは直近三試合連続クリーンシートです。

 4バック、右SBは田仲祐希、先日の試合では同じリーグ所属のイラク代表FWドゥルガム選手を見事押さえきっています。

 CB秋葉栄太郎、JリーグNo1CBの防御力は健在で、川上選手と同じクラブでは三試合連続クリーンシートを達成しています。

 CB井口弘樹。イングランドリーグ、Cハンプトンに所属しており先日の試合ではセットプレーからの見事なヘディングを決めています。世界相手にも一歩も引かない強靭なDFです。

 左SB大文字直康。今季ドイツリーグで好調なチームの一つ、ハンブルク・フェアアイン不動の左SB。今季は左サイドからのクロスがいくつもアシストになっています」

「ここまではいつもの常連ですが前線、攻撃陣は大きく変わっています!

 中盤、まずボランチは初選出の岩永和久。アルゼンチンリーグのボカFCに所属しており、日本人離れしたパワーあふれるプレイを得意としています。

 右SMFは小野勝。代表、クラブでも唯一無二の選手です。そして左SMFは代表最年少18歳のうちの一人、中神久司です。所属クラブバルセロナR2では22試合出場して11ゴール10アシストという凄まじい結果を残しています。

 スペインリーグ一部や他の五大リーグ一部のクラブからのオファーが殺到しているそうですが、所属クラブは売る気はないらしく来季、又は今季終盤にてトップチームデビューをするのではないかと言う話もあります」

「そして3トップは右から柳鷲介、鹿島勇司、小清水一輝の三人です。

 クラブは降格圏ですがゴールとアシストを量産し、チーム内における得点王アシスト王の両方を獲得している鹿島選手。世界レベルのポストプレーによるキープ力、アシストはチーム随一と言っていいでしょう!

 U-23オリンピック代表の活躍を経てイングランドリーグ一部に昇格したアルビオンFCに移籍した小清水選手は、前季こそ世界一フィジカルが厳しいイングランドリーグ一部への適応に苦しみ、途中出場やベンチ外など機会に恵まれませんでした。

 しかし後半戦は一転してスタメン出場に恵まれ、後半戦8試合出場して4ゴール2アシストという結果を残し、チームの残留争いに貢献しています。小柄ながらも粘りがあり、飛び出しも得意なストライカーです!」

「そして! 紹介は不要でしょうが一応しておきましょう。

 怪我人が続出した前季では孤軍奮闘と言う活躍でクラブチームを引っ張っており、怪我人が戻ってきた後季でも変わらず結果を残してチームの勝利に深くかかわっています。

 また世界最高峰の舞台と言えるCLでも欧州の強豪とも渡り合っており、先日イングランドの強豪、ブルーライオンCFCとの激闘の末の勝利にも大きく貢献しています。

 ドイツリーグの絶対王者、Rバイエルン所属、柳鷲介選手です!

リーグでは19試合出場、19ゴール6アシスト。CL6試合出場、9ゴール2アシスト。まだ18歳でこの記録、まさに日本が世界に誇る至宝と言える選手です!」

「新監督の手腕や代表初招集をいきなり二人スタメンにする等不安要素がないわけではありませんが」

「新たな、若々しい力に満ちた新生日本代表の勝利を信じましょう!」






◆◆◆◆◆






「ははっ、凄い歓声だな」


 ピッチに入ると同時に聞こえてきたサポーターの声に、後ろにいる中神が驚きと嬉しさが混じったような声を上げる。

 確かに彼の言う通りだ。鳴り響く日本コールに鷲介たち選手の名前を呼ぶ声。その熱量や数の多さは今までの代表戦のどれよりも多く、大きい。それだけこの危機的状況を何とかしてくれと思っているのだろう。

 セレモニーを終えてピッチに散る両チーム。相手オマーンのスタメン、システムは前回と変わりない。そして彼らも気合が入った顔つきをしている。


(まぁ当然か。何せ3位と4位の直接対決なわけだし)


 勝ち点5のオマーンは日本以上に厳しい状況だが、彼らはプレーオフを通過して本戦に出場するつもりのようだとメディアは書いていた。

 そしてそれは事実なのだろう、彼らは所属するクラブの直近の試合が終わってすぐ日本にやってきて調整をしていたそうだ。相手の監督はメディアに対し、100%のコンディションで試合に挑めると胸を張っていたらしい。

 時差ぼけなどの不安材料は一切ない万全の体勢。初っ端から難敵ではあるが、この程度に臆していられない。何せ日本は全勝しなければならないのだから。


「さてと! それじゃあ勝利をもぎ取ってきましょうかね!」


 鹿島と共にセンターサークル内でボールに触れている小清水が元気よく言う。初めてのフル代表戦だが緊張と言ったものは全くない様子だ。頼もしい。

 その様に鷲介が小さく笑むと同時、審判の笛がピッチに鳴り響く。再びサポーターからの歓声が響く中、W杯アジア最終予選第六試合、日本対オマーンの試合が開始される。

 ボールを後方に戻しながら前に出る日本に対し、オマーンはアウェーと言うこともあってか全体的に下がっている。システムは5-3-2だが、前回日本戦でゴールを決めたアブドゥルアジーズの相方で快速ストライカーのアリー・アルバルシに偏った5-3-1-1の形になっている。明らかにカウンターをするであろう形だ。

 また鷲介にもマークがついており前回と同じヤアクープに加えて、そのすぐそばには要注意人物の一人であるナセル・ハブシがついている。ポジションはDMF。ポジショニングが上手く、またかつてJリーグにいたこともあるそうだ。

 サポーターの大歓声が響く中、早速ボールが自陣から敵陣に向かう。それをチームメイトたちが捌き、また動いて敵ゴールへ向かう。

 ヨアヒム監督のサッカーはパスサッカー。しかし長年日本代表がやっていたポゼッションではなく常に前に向かい中と外、両方から攻める攻撃的なサッカーだ。

 パスも状況に応じてショート、ロングを使い分け、攻め方も中央とサイドを切り替える。クラブで言うならバルセロナRに似ている。

 とはいえそのサッカーで攻めるも日本はアリー以外が自陣に残り5バックを敷いたオマーンを崩せない。相手はとにかく失点しないよう守備ブロックの形成を最優先にしているからだ。また鷲介にはマークが二人ついたことで攻撃は必然的に中央と左に偏る。

 しかし鷲介は慌てず動き続ける。これは十分に予想できたことで監督からも対処方法を授けられているからだ。


「そりゃあっ!」


 前半十分が過ぎたころ、敵陣中央からいきなり中神がミドルシュートを放つ。いつもならパスを出す場面でのシュートにオマーン代表の面々は一瞬反応が遅れ、ボールはゴールに向かう。

 25メートルもあった距離からのロングシュートはゴール左に飛ぶも、少し曲がってバーに跳ね返る。それをオマーンDFが拾い、カウンターをしようとするが、その直前に小清水がするっと近づき、ボールを奪う。

 おおっとサポーターがどよめく中、鹿島、鷲介はボールを貰うべく動く。自分より長身の相手に迫られるも小清水はバランスを崩さず浮き球のパスを出し、それにペナルティエリアに侵入した鹿島がヘディングで合わせるが相手DFの体に当たり、ゴールラインを割る。

 CKが防がれクリアーされるも前線にいるアリーやアブドゥルアジーズに届く前に井口たちがインターセプト。再びボールは日本にわたる。

 ボールを収めたのは今度は小野だ。ドリブルを始めた彼にオマーン選手が接近するも彼はあっさりとかわし、鷲介を見る。

 しかしパスを出したのは逆側だ。オーバーラップしてきた直康がボールと共にサイドを駆け上がり、オマーンDFをフェイントでずらし、センタリングを上げる。グラウンダーのセンタリングを小清水がスルーし後ろから走ってきた中神がダイレクトパス、それがペナルティエリア内にいた鹿島に届き、彼はゴールに振り向くと同時、ダイレクトシュートを放つ。

 DFの合間を縫って飛んだボール。しかしゴール左に向かったそれはポストに当たり、ラインを割る。悲嘆の声がスタジアムに響くが、鷲介は笑みを浮かべる。


(なるほど、監督の言う通りこれなら俺はゴール前に集中するだけでいいな)


 相手は当然ながら鷲介のドリブル突破を警戒し、必ずマークを一人、二人はつける。なら最初から鷲介のドリブルを攻撃の選択から省けばいい。相手の一人か二人は鷲介に集中しているため実質10対10、または10対9。状況に変化はない。

 マークされた鷲介はあちこちに動いて相手守備陣をかく乱し、最後だけ飛び込むだけでOK。鷲介のスピードなら一瞬の動き出しでマークをはがせるのだから。監督の話の時、小野と中神が言っていたことだ。

 そして今、その攻撃が惜しい場面を二つも作り出した。鷲介はボールにこそ関与しなかったものの、二人の言う通り動いてはオマーンDFたちをかく乱していた。攻撃が惜しいシーンが続いたのは鷲介の動きにオマーンイレブンの全員が気を取られたからだ。

 また小野たちはわざとこちらに視線を向ける、振り向くなどして鷲介を攻撃に関与させるかもしれないという疑念を相手に叩きつけ、相手の集中を削いでいる。


(さて、そろそろ本格的に動くとしましょうか)


 鷲介を介さない──しかし介すかもしれないという疑念が混じった日本の攻撃にオマーン守備陣は少しずつ綻んでいく。そしてそれを小野と鷲介、二人のワールドクラスは見逃さない。

 小清水が下げたボールを収めた小野が、ペナルティエリアすぐ近くの左サイドからシュートのような強烈なグラウンダーセンタリングを上げてくる。

 オマーンDFが反応できないそれに鷲介はしっかりと反応、マークについていたヤアクープたちを一瞬の加速の動き出しで振り切りペナルティエリアに侵入、小野の高速センタリングを足元にぴたりと収める。


(このぐらいのボールならフランツさんから何度も受けているからな)


 そう思いながら鷲介は即座にシュート。効き足ではない左のシュートだがボールは弧を描き、相手DFをかわしてゴール左に突き刺さった。


「ワアアアアアアアアアーーーーーーー!!」


 前半16分の待望の先制点に沸くホームサポーターたち。鷲介も小野と一緒に彼らの前へ駆け寄り、右腕を振り上げる。


「ナイスゴール」

「ファーストタッチが先制点とか、洒落てるな!」

「まだまだ、この調子でどんどん点を取ろうぜ」


 傍に寄ってきた小野と中神に鷲介はそう言って自陣に戻る。

 再開された試合。オマーンは一転して前に出てきた。エースのアブドゥルアジーズやサイドや裏抜けを狙うアリーに向けてボールを送ってくる。

 しかしその動きやボール回しには乱れがあった。痛烈な攻撃を受けたボクサーが反射的に相手をけん制しようとして繰り出すようなそれだ。

 井口たちは落ち着いてそれを防ぎ、弾く。また岩永も練習時やアルゼンチンリーグの時のような荒々しいチャージで相手を吹き飛ばし、攻撃の芽をつぶす。

 そして日本のカウンター。今回はさすがに鷲介も攻撃に絡み、動揺しているオマーンDFたちの間をボールが通り抜け、瞬く間に日本のスリートップは相手ゴール前に到達。


「ほぃさぁ!」


 チャージを受けながらもパスを出す中神。ペナルティエリア中央に飛び込んだ鷲介はそれを受けるふりをしてスルー。ボールはつい先ほど鷲介とポジションを入れ替えた鹿島がゴール右で収める。

 相手DFが距離を詰めるも鹿島は落ち着いてワンフェイントを入れてかわしシュート。ボールはネットに突き刺さり、電光掲示板のスコア表示が1-0から2-0に切り替わる。

 日本の勢いは止まらない。前半27分、相手ゴール前で粘った小清水が倒されて得たFKを小野が直接叩き込み3-0に。そして前半ロスタイムが終わろうかと言う時間、ゴール正面20メートル近くでボールを収めた鷲介はヤアクープにナセル、そして最後に立ちはだかったDFをドリブルで突破しこの試合2得点目をゲットした。


「いやー真っ向から戦えばこうなるとはわかっていたけど、実際になるとちょっと拍子抜けするな」

「油断するなよ。まだ後半が残っている。せっかくだからクリーンシートで終わらせよう」


 控室で和気あいあいと話す鷲介たち。不謹慎だが仕方がない。結果、内容共に圧倒しており、控室に戻るオマーンイレブンの顔には諦めと絶望しかなかった。

 後半は怪我をしないよう気を付け、また適度に点を取ろうという話を皆がしていると、記者会見を終えたヨアヒムが戻ってくる。


「みんな、素晴らしい前半だった。私も誇らしい気持ちでインタビューを済ませてきたよ」


 ニコニコと微笑み言うヨアヒム。年齢相応の、好々爺と言った表情だ。


「さて、それでは後半45分、パスのスピードを上げてプレーをしてくれたまえ」


 微笑みながら言うヨアヒムに鷲介は頬を引きつらせる。仲間たちも絶句している。

 ヨアヒムが口にしたそれは、前半を終えてリードしていたら実行すると言っていた。しかしこの状況下で本気だとはだれも思っていなかったようだ。

 かくいう鷲介もそうだ。ヨアヒムが口にしたそれは実戦でやるにはリスクが大きすぎる、やるとしても試合を決めた残り15分程度だと思っていた。それがまさか後半フルに使えと言い出すとは。


「監督、せめて試合時間が残り十分程度になったらするというのは駄目ですか」


 自分同様の危惧を抱いたのだろう、せめて時間限定にしようと小野が口を挟むが、ヨアヒムは笑顔で拒否する。


「せっかく4点ものリードがあるのだよ。後半目一杯使わなければもったいないよ小野君。

 仮に同点に追いつかれても今の君たちなら五分もあれば余裕で勝ち越せるだろう?

 今は最終予選と言うこれ以上ない緊張感があり真剣な試合。やるには絶好のシチュエーションだ。

 柳君、小野君、頼むよ?」


 超一流の監督が放つ威圧が含まれた笑顔のヨアヒムに小野、そして鷲介は頷く。──いや、頷かされてしまうのだった。






◆◆◆◆◆






「あ」


 春己が声を漏らすのを聞くと同時、広助の視界に試合のスコアが4-1に切り替わったのを見る。

 後半14分、オマーンのエース、アブドゥルアジーズによる得点だ。インターセプトされたパスからのカウンターからの失点だ。


「あちゃー、やられましたね。でもまぁあと3点ありますし、大丈夫でしょう」


 頭を抱えながら、しかし軽い口調で言う春己。それを広助は無視して眉間にしわを寄せる。後半からどうも日本代表の様子がおかしいのだ。

 どうしたことか、パスのスピードや出すタイミングが速くなっている。そのスピードは小野や柳などが所属する欧州トップクラブのそれだ。

 そのパスに対してピッチ上のサムライブルーたちにはパスミスやトラップミスなど、小さいミスがいくつも見られるようになっていた。問題がないのは柳と小野、ついていけているのは中神。ギリギリ及第点は鹿島、井口、田仲。他の面々は落第だ。


(なぜいきなりパススピードを上げたんだ?)


 オマーンは上げなければいけない相手でもないし今は大量リードしている状況で上げる必要もない。全く意味が解らない。

 失点後も日本代表イレブンはパススピードを元に戻さない。それにより発生したミスによってボールを奪われ、オマーンのカウンターを食らう。完全な悪循環だ。

 そして再び日本ゴールが揺れる。後半21分、岩永のパスをカットしたアブドゥルアジーズが日本DF陣の裏に浮き球のパスを送る。

 それを快速のアリーが追いかけて追いつき、飛び出してきた川上の頭上を越すループシュートを放った。

 4-2と切り替わるスコア表示。春己が「あ、あれ?」首を傾げる。


「せ、先輩。何か変じゃないですか。選手たちは妙にミスが多くなっているというか」

「気づくのが遅い。後半からパススピードが上がっているせいだ。この2失点はそれによるミスを奪われた結果だ」

「え、な、なんでいきなりパススピードを上げたりしたんですか?」

「俺が聞きたい……!」


 苛立ちを込めて広助はそう返し、PCのモニターに映ったヨアヒム監督を睨む。

 2失点にも動じてないこの様子。間違いなくこの人が指示を出したのだろう。

 立て続けの得点にオマーンの勢いが増す。メンバーを一気に3人入れ替え、プレスやチェイシングが激しくなる。日本もメンバーチェンジはするが、プレー自体は変わらない。

 日本はやはり変わらずスピードを上げたパスを回してはそれを奪われ危機に陥るというピンチを繰り返す。とはいえ後半30分を過ぎると上がったパススピードに全員がようやくかみ合った動きを見せ始める。

 が、そんな日本の出鼻をくじくようなことが後半33分に起きた。カウンターで攻めるオマーン、ロングボールが一気に日本ゴール前に飛び、それをアブドゥルアジーズが収める。

 前を向いた彼へ井口、秋葉の2人が立ちはだかり大文字も横から接近してくる。ボールを奪えると広助が思った時、オマーンのエースは一人で日本DF陣に突っ込む。

 一気に距離を詰めてきたアブドゥルアジーズに秋葉が驚き見せる一瞬の隙。それをアブドゥルアジーズは見逃さず、強引なドリブル突破で秋葉の横を突破する。

 突破したアブドゥルアジーズに井口が接近するが、フランスリーグで活躍するストライカーは突破した勢いのままさらに前に進み、ペナルティエリアに侵入してしまう。

 シュート体勢になるオマーンのエースストライカー。しかしシュートが放たれる直前、井口がギリギリ間に合い前を塞ぐ。


(よし!)


 広助が心中でガッツポーズをするのと同時、アブドゥルアジーズは左足を振りぬく。強烈なグラウンダーシュートは井口の股間を通り過ぎる。

 それを防ごうと体を広げる川上。しかしボールは川上のわずかに空いた左脇を通過し、日本のゴールネットに突き刺さってしまった。


「え、ええええーーーーーー!??」

「馬鹿な!」


 春己、そして広助が同時に驚愕の叫びをあげる。しかし現実であり、スコア表示が4-3に変更される。


(アブドゥルアジーズ……! ここで底力を見せてくるか)


 あと1点となったオマーンはさらに勢いを増して日本に迫る。一方の日本は一点差までに詰め寄られたことに完全に浮足立っており押される一方だ。頼みの柳や小野にも満足にボールが渡らず、交代で入ってきた選手たちにもその空気が伝播して動きが良くない。

 そして後半40分、オマーンにビックチャンスが訪れる。中神のパスをカットしたムハンマドから始まるカウンター。そして最前線にいるアブドゥルアジーズのダイレクトパスにアリーが飛び出す。

 GKと一対一となったアリーは、一瞬動き出しが遅れた川上の横にシュートを放ち、ボールはネットを揺らしてしまった。


「……!」


 まさか、まさかの同点弾にもはや春己も広助も声がない。

 唖然とする広助。だが数秒して気づく。主審がゴールを認めていないこと、今のアリーの飛び出したギリギリオフサイドになっていたことにだ。


「あ、危なかった……」


 土偶のような間抜け面で完全に呆けた表情の春己を見ながら、広助は大きく安堵の息を吐く。まさに首の皮1枚つながったような気分だ。

 日本ボールで再開される試合。前線にボールが飛ぶが、広助としては後方でボールキープをして試合を終えてほしい。これ以上心臓に悪い場面を見たくはない。

 そう思っている広助の視界に再び日本の高速パス回しが映る。この期に及んでそれを続ける代表選手たちに苛立ち思わず机をたたいた時だ、


「ん?」


 小野からの高速パスを受けた中神が前を向きドリブル突破をすると見せかけて上がってきた小野にボールを返す。そのボールを奪おうとオマーンDFが迫るが、小野は中神とのワンツーでその選手をかわし、すぐに前にパスを出す。

 攻撃に傾倒したオマーン守備陣の合間をぬった、彼らが一歩も動けないような超高速のスルーパス。弾丸のような勢いで通過したそれを飛び出した柳がペナルティエリアギリギリ外でトラップし、すぐに前を向く。

 慌てて動き出すオマーン守備陣だが遅すぎた。柳は最初の一歩でエリアに侵入している。そしてGKが慌てて距離を詰めてきたのを見てシュートを放ち、ボールはGKが決して届かないところに飛んで、ゴールネットに突き刺さった。


「お、おおおおおーーーーーーーーー!」


 興奮のあまり、飛び上がる春己。それを見ながら広助は再び大きく息を吐く。

 先程の九死に一生を得たのとは違う、勝ちを確信した安堵の息だ。

 そして広助が思った通り数分後、試合は5-3で終了。新生日本代表は何とか初戦と言う難関を突破できたのだった。





◆◆◆◆◆






「おはよう。朝からふくれっ面して、どうしたの?」


 大学内にあるベンチにて可愛い顔を膨らませていた裕子にかすみは声をかける。

 すると彼女はきっとこちらを睨み、言う。


「おはようございますかすみ先輩! 昨日の代表戦見ましたよね!?」

「ええ。シンガポール戦よね。いろいろあったけど勝ったことはよかったわ」

「そうです! 良かったのは勝ったことだけです!」


 うがーと吠えるような声を出す後輩。とはいえその気持ちは十分にわかる。

 オマーン戦の数日後に行われたW杯アジア最終予選第七節、日本対シンガポール。4-2で勝利したものの内容は散々足るものだった。グループ再開、明らかな格下であるシンガポール相手になんと前半で2点先行されたうえ、リードされて前半を終えたのだ。

 日本はオマーン戦とはシステムこそ同じだが、メンバーは大きく変えてきた。GKは兵藤。DFは右から田仲、海原、佐々木、そして初招集の中山ケイタ。中盤のボランチは高城、両サイドハーフは小野と中神。FW3人は右から鷲介、九条、沢村。オマーン戦と比べてスタメンを7名入れ替えていたのだ。

 しかしそれだけなら、まだよかっただろう。問題なのは先行された前半、オマーン戦の後半のようなパススピードで試合を勧めたことだ。

 鷲介や小野のパススピードに代表ではサブとしてベンチにいる時間が長い面々はオマーン戦のメンバー以上にミスをしてしまい、そこを相手に突かれての2失点だった。

 パスミスが選手に影響したのか、攻守でもちぐはぐが続き、中神の見事なFKで1点返すのがやっとという有様だった。

鷲介も切り込める場面でもパスを選択しておりドリブル突破での回数も非常に少なかった。それでもパススピードが元に戻った後半、3得点全てに絡んだのはさすがと言える。

後半10分、中山のロングセンタリングをジャンピングボレーで合わせて同点に追いつき、逆転弾の後半23分は相手DFを一人かわして出したパスに交代で入った鹿島がボールを相手ゴールに叩き込んだ。そして直後の26分には鹿島、中神とのパス交換による攻めでシンガポール守備陣を切り裂き、最後は中神がこの試合2点目となるゴールを決めて、試合を決めた。


(最終予選は何よりも勝利だけが重視される。とはいえ昨日の試合は酷かったわね)


スコア──それも後半だけ見れば快勝と言ってもいいが、後半も前半のちぐはぐさが最後まで残っておりミスをしたりいくつかのピンチを迎えたりなど、圧倒と言う内容ではなかった。前半戦で戦った時の方がよっぽと圧倒していたと言っていい。


「監督も監督です! あんな試合をしておいてインタビューや会見ではにこにこと笑っているなんて!!」


 TVで見たヨアヒム監督は試合内容の悪さは認めつつもメンバーが少しずつ自分が求めるプレーに近づいていると言っており、笑みを崩しはしなかった。

 そんな監督にアンチ気味の記者が挑発するかのような質問をしたが、ヨアヒムは笑顔を崩さずやんわりとした口調と巧みな言葉づかいでそれらを逸らし、撥ねのけていた。

 また二戦でプレースピードを変えたことに対する質問は当然あった。だがそれにはヨアヒムは鷲介や小野といったワールドクラスのプレイヤーの速度を標準とするためだと言っていた。

それを聞き、さすがにかすみも眉をひそめた。それではオマーン戦、シンガポール戦の半分は、実践の体を成した練習のようなものではないか。


「柳くんたちのプレー速度に合わせるって言うのはわかりますけどね! それを本番の最終予選で、しかも45分も使うなんてどうかしていますよ!」


 裕子と同じコメントがネットでも溢れている。また今すぐにでも次の代表監督を探したほうがいいのではないかと言うものもあった。


「確かにどうかしているわ。でも不思議でもあるのよ。

 あのヨアヒム監督が、なんでこんな無謀なことをするのか」


 パスによる攻撃サッカーや初招集したメンバーをいきなり使用するのは引退する以前の彼だ。しかし今回のように本番の試合で自分が指揮するチームを自分の手で苦境に陥らせるような真似はしたことがない。

 裕子の言う通り意図はわかる。だがそれは今すぐにやる必要があるとは思えない。本戦出場を決めた後の親善試合でやればいいはずだ。

 今空の人となっている鷲介にも試合の後、携帯で電話してみた──今回は都合がつかず家に帰ってこれなかった──が、そのあたりは彼にもわからないという。

 しかしかすみは彼が嘘を言っていることに気づいていた。従姉弟とはいえ二人の距離は姉弟に近い。とはいえ言わなかったのは代表選手としての守秘義務と、おそらく鷲介が抱いているであろう理由に確信が持てなかったからだろう。何かに気づきつつも口に出せない。鷲介の話し方からはそんな印象を受けた。


「わかりませんよ。でも何とか勝ててよかったです。

 柳君たちに新顔三人もしっかり活躍しました。これからも呼ばれそうですね」


 勝利以外で唯一の明るい話題がそれだ。小野や鷲介たち代表の主力に小清水、岩永、中山など初招集の三人はリーグでの好調ぶりを維持し、期待値に外れない動きを見せていた。

 小清水は結果こそなかったものの前線で粘りあるキープ力を見せ、岩永はイエローを一枚もらったものの激しくも強靭なフィジカルで相手のパスやシュートを防ぎ、カウンターの起点にもなった。中山は持ち味である走力を存分に生かしシンガポール戦ではアシストを記録している。

 全員二十代半ばか、それ以下の年齢。この調子を維持すれば裕子の言う通り代表の常連となりそうだ。

 そして鷲介も二戦で4ゴール1アシストときっちりと結果を残している。ドリブル突破の回数こそ減ったが、ゴール前でのストライカーとしての嗅覚や反応はリーグやCLの時と何ら変わりがなかった。

 今回の代表戦、総括すると注目選手はサポーターの最低限の期待に応え、監督は応えなかったというところか。いや二戦とも勝利したことを考えると、監督もぎりぎり合格というべきなのだろうか。


「しかし次の6月はイラクと韓国。しかもどちらもアウェー2連戦。

 この調子じゃ不味いですよね……」

「さすがに上位のチームだし、今回のようなサッカーはしないと思う、けど」

「どうなりますかねぇ……」


 そう言って天を仰ぐ裕子。かすみは何とも言えない。

 ちなみに韓国とイラクだが今月の結果はどちらも1勝1分け。双方に勝ち点4が加わっている。現時点での順位はこうだ。


1位:韓国 勝ち点19 

2位:イラク 勝ち点16 

3位日本 勝ち点13 


 6月、2つとも勝てば──と言うよりも勝たなくてはいけないが──韓国とイラクが残り1試合勝利しても勝ち点は大きく近づく。しかし負けた場合は予選敗退の文字が背後にくっつくぐらいの距離まで迫るだろう。

とりあえず最低限のノルマは達成した今回の代表戦。しかし残り三戦──いや正念場となる6月、一体どうなるのか。雲が多い青空を見上げ、かすみはそう思うのだった。

 





リーグ戦 19試合 19ゴール6アシスト

カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト

CL 6試合 9ゴール2アシスト

代表戦(二年目)7試合 13ゴール3アシスト


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