疾風と黒鷲は空を駆ける1
「今日も今日とて、ミュンヘン・スタディオンは満員御礼。両サポーターも試合が始まってもいないのに、盛り上がっているねぇ」
「CLの決勝トーナメントだ。当然だろう」
隣に座っているマルコにカールは言う。二人がいるのはミュンヘン・スタディオンのホームサポーター席の隅だ。
ライバルクラブでありスタジアムをホームとするロート・バイエルンと共にCL決勝トーナメントに進んでいるレヴィアー・ドルトムント所属の二人がここにいるのは、彼らのCL決勝トーナメント第一回戦は来週にあるからだ。
「おっ、両チームの選手が練習に出てきたか」
かけているサングラスをずらし、マルコは言う。彼の言う通り、見事に整備された緑色の芝に、今日対戦する両チームのメンバーが散っていく。
マルコと同じくサングラスをずらしてカールは試合前練習を行うチームの様子を見る。どちらもリラックスしておりいい雰囲気だ。
そしてその中で注目選手に目を向け、最後に自分と同じく”ゾディアック”と呼称されるライバル二人へ目を向ける。
「柳とヴェルス、どちらも調子よさそうだなー」
「ああ。リーグでの好調ぶりをそのまま持ってきたような、いい動きをしている」
名前が同じなためか、マルコはオランダの”ゾディアック”──マルコ・ステーフェン・ヴェルスを苗字で言う。
今季、怪我により出場試合数が少ない柳だがリーグでは15ゴール6アシスト。CLでも6ゴール決めている。出場試合数から平均するとスコアポイントは1.2と1.5。一試合に一度は結果を残しているのだ。
一方のヴェルスだが彼は怪我もなくレギュラーとして試合に出場している。そして後半戦に入ってからも好調のまま結果を残し現時点で10ゴール11アシスト。CLでは1ゴール4アシストを決めている。
「Rバイエルンはどうなるかな」
視線を細め、マルコは軽快な動きをしているヴェルスを見る。彼もそうだがカールもいろいろ思うところがある。
なにせブルーライオンCFCとはCLのグループリーグで対戦したのだ。結果は1勝1敗。ホームでのスコアはカールのゴールもあった2-1で勝利し、アウェーではヴェルスのゴールにより0-1の敗戦。
どちらの試合も厳しいもので、ブルーライオンCFCは欧州トップクラスの鉄壁を誇るRドルトムントに負けない守備を見せていた。スコアがそれを証明している。
そしてこうも思う。──もし、対戦したのが決勝トーナメントならRドルトムントが敗退していたと。
「さて、ようやくスタメンの発表だ」
練習していた両チームのイレブンと入れ替わりでスタジアムにある大型スクリーンに表示される今日のスターティングイレブン。
ホームのRバイエルンのシステムは従来の4-3-3のワンボランチ。GKはアンドレアス。4バックはフリオ、ジェフリー、クルト、ブルーノと言ういつものメンバー。
中盤ボランチは最近、リーグ戦でベンチスタートだったロビンが入り右にフランツ、左はアントニオだ。
そしてスリートップは柳、ジークフリート、アレックスだ。好調な三人がそろって出場している。
アウェーのブルーライオンCFCも同じくいつも通りの3-5-2のダブルボランチ。GKはスコットランド代表のコリン・バーク。3バックは右から元イングランド代表のトレヴァー・マクナイト、現役イングランド代表のキース・ハズラック、20歳にしてスーパーイーグルス──ナイジェリア代表に選ばれているハミルトン・オグだ。
中盤五人のダブルボランチはアイスランド代表のラグナル・ゲイルソンとデンマーク代表のヨン・ニールセン。二人ともクラブ、代表共に不動のレギュラーだ。
そして前三人の右SMFは前季まで隣接するライバルクラブであるレヴィアー・ゲルセンキルヒェンにいたドイツ代表のゲルト・アイスナー。左SMFはオランダの”ソディアック”、” 疾風”の異名を持つマルコ・ステーフェン・ヴェルス。CMFはクラブ、コートジボワール代表の絶対的エースでありアフリカ最優秀選手を3度受賞、今季のチームの得点王でもあるディディエ・ケイタ。
最後のツートップは右にウェールズ代表のレイ・ゴールドン。左にはイングランド代表でスポーツカー”マクラーレン”の異名を持つ、リーグ屈指のスピードを持つマイケル・ライトだ。
「やっぱりニコさんは出場しないみたいだね」
マルコの呟くような声にカールは思わず顔をしかめる。
ニコ・アサノヴィッチ。ブルーライオンCFCのレギュラーCBだ。クロアチア代表でも不動のメンバーであり、チームメイトであるポウルセンと同等の世界最高峰CBの一人。
(一般的評価ではポウルセンさんに及ばないと言われていたが、間違いだったな)
グループリーグでのアウェーでの敗戦は、間違いなくカールが彼に抑え込まれたのも理由の一つだ。あそこまでDF一人に屈服させられたのはかなり久しぶりだ。
しかし守備の要を欠いているにもかかわらずアウェーチームは平静──と言うより不敵な雰囲気がある。自分たちのサッカーに絶対の自信を持っているようだ。
カールは視線をアウェーチームから柳に移す。相手からの圧を身近で感じている柳だが、彼も他のメンバーと同じくリラックスした様子だ。アシオン・マドリーとの初戦の時のような緊張した様子はない。
(同格との試合で一皮むけたか)
ライバルの頼もしいメンタルにカールは小さく微笑む。
そして試合開始の笛の音が鳴り響き、ライバルの初めてのCLの決勝トーナメントが始まった。
◆◆◆◆◆
よどみなく回されるボールを見ながら鷲介は自分のポジションに移動する。そして到着したところで改めて、群青色のユニフォームを着ている相手チーム全体を見る。
(なるほど……。ジークさんたちが言っていたとおり、Rドルトムントに似た雰囲気だな。
試合のデータに表れている守備型のチームっていうのは間違いなさそうだ)
どのチームにも個性と言うものがある。攻撃型、防御型、トータル型といったようなものが。
例えばドイツリーグの場合、Rバイエルンはトータル型、Rドルトムントは守備型、Rゲルセンキルヒェンは攻撃型といったように。
今日、相対しているブルーライオンCFCはRドルトムントやグループリーグで対戦したアシオン・マドリーと同じ守備型だ。もっともそれはあくまで大雑把な評価だ。守備を主にしつつも積極的に前に出るチームもあるし、攻撃力が高いチームもある。
そしてブルーライオンCFCは──
「こっちへ!」
相手のパスミスをロビンがカットしたのを見て、鷲介たちFWたちはボールを要求する。中央に留まるジークにやや下がっていくアレックス、鷲介は逆に裏に抜け出すのを狙い、前に出る。
ロビンから縦パス一本は来ず、ボールはアレックスの元へ。そこへトレヴァーが猛烈な勢いで突っ込んできては、激しいチャージを仕掛けた。
驚き、戸惑いながらもアレックスは倒れずフォローに来たアントニオへボールを渡す。だがアントニオにもラグナルが体を寄せてくる。ドリブルでかわそうとするアントニオだがラグナルはしつこいマークで突破を許さない。またアントニオの背後から無表情のゲルトが迫ってきている。
「中に出せ!」
フランツが言うと同時、二人に挟まれそうになっていたアントニオからボールが出る。それを言った本人のフランツがセンターサークルまでやってきてダイレクトで右──鷲介の元へパスを送る。
いつもより強く速いパスに少しトラップが乱れるも前を向く鷲介。そしてぎょっとした。自分のエリアにハミルトンが迫っていたからだ。
(は、速い……!)
驚愕と同時にハミルトンが足を伸ばしてくる。だがそれをギリギリ察知した鷲介は瞬間的に加速して右に振り切る。
だがそのままドリブルとはいかなかった。何故なら急加速でボールの軌道が乱れ、こぼれたそれをいつの間にか下がってきていたマルコがスライディングでカット、ボールがラインを割ったからだ。
「残念だったな」
そう言って鷲介のそばに立つマルコは微笑を浮かべている。こちらの戸惑いを看破しているといったその顔に鷲介は軽く苛つく。
(イングランドリーグのトップにもなると、これほど速いのか……)
イングランドリーグの特徴の一つとして、積極的なプレッシングがある。ユース年代にも浸透しているこれだが、世界トップのスピードと瞬発力を持つ鷲介にとってユースのそれはさしたる脅威ではなかった。
だがトップ、しかもリーグの頂点を競うチームのプレッシングは想定以上だった。映像で見ていても何とかなるだろうと思っていたが、そんな甘い思い込みでは今のようにボールロストするだけだと実感する。
(ヴォルフFCの運動量に正確なポジショニングによるプレッシングが加わったってところか)
前半が始まり10数分経過して、イングランドリーグ随一、あのRドルトムントと同等の守りを持つと言われるブルーライオンCFCを鷲介はそう評する。
ブルーライオンCFCはとにかくよく動いてはこちらのチャンスになりそうな場所へ真っ先に移動し、鷲介たち前線の選手に圧力をかけてくる。またはあえて突撃してきては隙を生み、そこへ飛び込んだRバイエルンの選手たちを嵌めてボールを奪取、又はプレイを遅延、阻害してくる。
結果ゴール前まで行くも決定的チャンスはほとんど生まれない。前半10分にあった一つのチャンス──フランツの弾丸のようなパスを収めたジークが即座に反転、背後のマーカーを振り切ってミドルシュートを撃ったのがあったが、枠内に飛んだボールを相手GKが横に飛び、伸ばした手で弾いてしまった。
鷲介も最初のボールロスト以降、相手チームを探るためパスを出すことを優先にしていたが、次第にドリブルや裏へ抜け出しを狙う。だが、突破しても即座に他の選手がカバーにくる、または危険ではない場所へドリブルさせられているということがいくつもあった。
そしてブルーライオンCFCの攻撃も、守備同様厄介だ。さすがリーグ三位のチームというべきか、RドルトムントやAマドリー同様、守備重視チーム=攻撃が弱いという法則にあてはまらない危険な攻撃を見せる。
前半17分、アレックスの足元からこぼれたボールを拾うキース。彼はすぐにRバイエルンの左サイドにいるゲルトへパスを出す。
流星のような早く強いボールを胸トラップ一つで抑え、前を向くゲルト。ブルーノが突撃するも、彼の足が伸びる直前、ゲルトは正面を向いたまま、中へボールを送る。
ボールが転がる空いたスペース。そこへ猛烈なスピードと共に走りこむのはブルーライオンのキャプテンで10番のディディエだ。
「ロビン、遅らせろ!」
ジェフリーがそう叫び、ロビンがゲルトからのボールを収めようとしているディディエへ迫る。
187センチのロビンと188センチのディディエ、体躯にほとんど差がない両者はRバイエルンのアタッキングサード中央で激しくぶつかり合う。振り向きフェイントをかけて突破しようとするディディエに対し、ロビンは引きながらも抜かれるのを許さない。
Rバイエルンの守りが固まってきたところで、ディディエは反転しボールを下げる。上がってきていたヨンはダイレクトでRバイエルンの右サイドへパスを出す。
やや遅いボールにマルコとフリオが寄っていく。そして両者がぶつかるんじゃないかと鷲介が思った時だ、マルコがいきなり加速してボールに触れて前に蹴りだし、自身も加速した勢いで前に出ていたフリオを抜き去ってしまった。
「なっ!?」
再構築されたばかりの守りを一瞬で壊され、鷲介は大きく目を見開く。敵チームの選手にサイドを単独で突破される光景にホームサポーターから悲鳴が上がる。
ペナルティエリアまで切れ込んだマルコは寄ってきたクルトをフェイントで翻弄、隙ができたところで中に折り返す。
ゴール右に上がったボールへ飛びつくレイとブルーノ。高さ、パワーともに勝るレイがボールを頭に合わせ、中に折り返す。
そのボールをマイケルが外に動いてできた中央のスペースに走りこんできたディディエがダイレクトミドルシュートを放つ。しかしシュート直前でマークしていたロビンが伸ばした足が邪魔になったのか、シュートは精度を欠いてアンドレアスの正面に飛び、GKの腕に当たってゴールラインを割った。
「げっ!」
鷲介が中央に下げたボールをラグナルにカットされた24分、インターセプトしたラグナルはすぐにボールを前に送る。そしてボールを収めたゲルトはこれまたすぐにロングパスをRバイエルン陣内深くに送る。
(どこに出してるんだ!?)
ボールの行き先を見て思わず鷲介は仰天する。飛んだ先はRバイエルンのゴール左側、しかもDFを超えてラインを割りそうな勢いだ。
精密機械のようなパスが武器とされるゲルトらしからぬミス──と鷲介が思ったその時だ、そのボールにマイケルが全力で走っていた。
スポーツカーの異名を持つマイケルは速い。だがいくらなんでも無理だろう。そう鷲介が思っていたが、なんとマイケルはボールがゴールラインを割ろうとしていたところでジャンプし、ダイレクトパスで中に折り返す。
鷲介はもちろん、DFラインの面々も驚愕したためか、反応が一歩遅れる。そして唯一折り返されたボールにレイだけが反応しており、シュートを放った。
だがロングボールをダイレクト、しかもジャンプしての折り返しのパスは精度が悪く、ゴールポストのすぐ横のゴールラインを割ろうとしていた。レイもスライディングシュートでゴールに叩き込もうとするが反応はしていたものの動きは遅く、右足にミートしたボールはゴール外側のサイドネットを揺らす結果となった。頭を抱えるレイを見て鷲介はもちろん、チームメイトたちも安堵の息を漏らす。
(まったく厄介な両サイドだ)
ブルーライオンCFCの攻撃は今のようなサイドからの攻撃が多い。特に今季からゲルトが加入したことでサイドからの攻撃率が昨季に比べ向上しているというデータもある。
「でも、そろそろこちらも反撃させてもらおうか」
そう呟き鷲介は視線を細める。
アンドレアスのゴールキックのボールが空高く飛び、ジークとキースが競り合う。競り勝ったジークが落としたボールをアントニオがサイドに開いていたアレックスへ渡す。
ドリブル突破すると見せかけてボールを後ろに下げる。オーバーラップして来たブルーノとのワンツーで前に飛び出すアレックス。ボールも彼の前に落ち、Rバイエルンの攻撃は左サイドで展開される。
それと周囲を見ながら鷲介はゆっくりと中に動いていく。もちろんすぐ近くにハミルトンの視線を感じるが気にしない。
左ハーフラインにいたフランツに戻されるボール。その瞬間ジークが動き出しフランツもパスを放つ。
フランツがボールを蹴った瞬間、鷲介はペナルティエリア中央にいたところから外へ動く。しかしボールがジークに届く直前、叫に、中へ方向転換する。
「スルー!」
鷲介の声にジークは従ってくれた。飛び出していたジークは来たボールをスルーする。──そしてそのボールに鷲介が駆け寄った。
「おおおっ!」
右からハミルトンが体を寄せてくるが構わず左足でダイレクトシュートを放つ。左のインサイドで蹴られたボールはゴールポストに当たり、中に跳ね返ってゴール枠内に突き刺さった。
「よし、先制点」
鷲介が呟くと同時、スタジアム中に歓喜の声が爆発したかのように響き渡る。
駆け寄ってきたチームメイトと共にサポーターの前でゴールパフォーマンスをして自陣に戻る最中、鷲介は苦渋の表情のブルーライオンCFCイレブンを見て、思う。
(俺の動きまで察知できる人がいたら、今のゴールは生まれなかったよ)
走力を生かした的確なポジショニングと嵌めて取る守り方をするブルーライオンCFC。しかし彼らの守備の致命的欠点はボールを持たない選手の動きを察知する精度が低いことだ。
例えばRドルトムントではケヴィンかポウルセン、Aマドリーではフランシスコ、またはレオナルドがそうだった。彼らは最初から、鷲介や他の前線メンバーがボールを持っていないときの動きさえも考慮した守りを構築していた。
ジトっとした目を向けてくるマルコに鷲介は満面の笑みを見せる。さらにマルコの視線が鋭くなるのを見て鷲介は背を向ける。
前半30分に生まれた先制点は攻めあぐねていたRバイエルンを活性化させる。得点して勢いに乗ることもあったが、戻る途中、鷲介と同じくブルーライオンCFCの弱点に気づいていたジークにフランツ、クルト、アントニオがほかのメンバーに教え、そこを突くような攻撃を開始したからだ。
弱点を突かれながらも見事な攻守を見せるブルーライオンCFC。前半36分、マルコのドリブルからディディエ、レイとボールを繋ぎ、最後はマイケルが──アンドレアスの飛び出しに防がれるも──ペナルティエリアに侵入してシュートを放つ。
その直後、こぼれ球を拾ったクルトからのロングボールをアレックス、アントニオが繋ぎ上がってきたフリオへサイドチェンジ。そのフリオから出たロングスルーパスへ鷲介が走り、必死の形相のハミルトンを緩急のフェイントで振り切ってグラウンダーセンタリングを上げる。そのボールを飛び込んできたジークが先制点の時のようにスルー、マークを振り切ったアレックスがフリーで合わせるが、キースの飛び蹴りのようなブロックでボールはネットを揺らさない。
だがロスタイムに入った直後、アレックスとアントニオがセンターサークル左でボールを収めたラグナルを挟撃してボールを奪取、それを見て飛び出した鷲介にロブスルーパスを送る。飛び出しボールを収めようとする鷲介の元にハミルトンとマルコが寄ってくるが──
(残念だが、ドリブルはしないんだよ)
飛んできたボールを鷲介はダイレクトで中に折り返す。ボールはペナルティエリア前の、誰もいないところに転がる。
ピッチ上で見たら、パスまたはトラップミスと思うだろう。──だがそのボールにはチームのエースが走りこんでいた。
距離にして20数メートル。彼からしたら十分な射程距離だ。鷲介のその思いに応えるように、ボールへ駆け寄ったジークはダイレクトロングシュートを放つ。
少々浮き上がった強烈なシュートは前に出ていたコリンの頭上を越えてゴールネットに突き刺さる。直後、再びRバイエルンサポーターが沸き、スクリーンに表示されていたスコアが1-0から2-0へと切り替わった。
リーグ戦 16試合 15ゴール6アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト
CL 4試合 6ゴール0アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト




