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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
48/197

CL開幕







 満員のサポーターで埋め尽くされているミュンヘン・シュタディオン。試合開始直前の今、ほぼ赤色のサポーターで埋め尽くされた観客席を見て鷲介は小さく身を浮かべるが、わずかに見えた赤と白のユニフォームを着たサポーターやフラッグを見てすぐに真剣な表情に戻る。


(とうとう、CLカンピオーネリーグが始まるんだな)


 そう、今から行われる試合はCLの初戦、ロート・バイエルンVSアシオン・マドリーの一戦だ。グループ突破の本命と言われる両チームが初戦からいきなり激突するのだ。

 相手陣地のセンターサークルに目を向けると、コイントスでボールを選択した相手チームのFW二人がいる。そしてその一人──ミカエルがこちらの視線に気づくと、不敵に笑う。


(相変わらずのふてぶてしさだなー)


 アウェーであり相手チームのサポーターが大勢いる中でも全く怯む様子を見せないアルゼンチンの天才。数ヶ月前であった時のふてぶてしさは健在のようだ。そして右SMFで出場しているペドロも静かな戦意を体から発している。

 主審が笛を吹き観客が声を上げる中、とうとうCLが始まった。。ボールを後ろに下げるAマドリーを見ながら改めて鷲介はその陣容を確認する。

 システムは4-4-2のボックス型。まずGKはメキシコ代表の正GKハビエル・レジェス。A・マドリー不動の正GKで、北米No1とも噂高い名手だ。

 右SBは元スペイン代表のモデスト・モレーノ、左SBは若きセルビア代表、21歳のイゴール・ミトロヴィッチ。イゴールは頻繁にオーバーラップをする攻撃に長けたSBだ。

 CBの右はブルガリア代表のフリスト・ミハイロフ、左にはDFリーダーを務めるレオナルド・フェレイラ・モラエス・オリヴェイラ。A・マドリーはもちろん、ブラジル代表においても守備の要であり南米最高とも言われる世界トップレベルのCBだ。

 ダブルボランチの右は元パラグアイ代表のリコ・テジェリア。左はチームキャプテンを務め、スペイン代表においても攻守の要と言われるフランシスコ・ソラ。世界トップクラスの守備的ボランチだ。

 右SMFは先日対戦したアルゼンチン代表のペドロ・アマージャ、左SMFはポルトガル代表随一の高速ドリブラー、サウロ・ドゥラン。監督曰く鷲介に匹敵するスピードを持っているそうだ。

 最後にFW二人。右FWにはスペイン代表の二大エースストライカーの一人であるイグナシオ・サリナスがいる。強靭なフィジカルを生かしたポストプレーやボールキープをしつつ、高い身体能力とアジリティを生かしたドリブル突破を得意としている。また三年連続スペインリーグにて20ゴール以上を上げシーズンの最後まで得点王争いをしていた危険なFWだ。

 そして左は言わずもなが、”ゾディアック”が一人、ミカエル・アルマンド・レオン。鷲介と同じ年でありながらすでにスペイン有数、世界トップクラスのドリブラーとして評価されている神童だ。


(向こうはまごうとこなきベストメンバー。一方のRバイエルンは──)


 ベストとは言えない布陣の自チームを鷲介は見渡す。GKはアンドレアス。右SBはウクライナ代表のアンドリー・デウィッチ、左SBはブルーノ、右CBはジャック、左CBはクルトだ。

 中盤ボランチはドミニク、右SMFにアントニオ、左SMFはカミロ。前線は右から鷲介、ジーク、エリックだ。

 さて、スペイン三強と言う強敵相手に、しかもCLという舞台にいきなりトップチーム昇格したばかりのジャックに移籍したてのドミニク、またサブメンバーであるカミロ、アンドリーが起用されているのは当然理由がある。

 前日各大陸で行われたW杯予選。その予選にて本来クラブのスタメンだったフリオにジェフリー、ロビンにフランツは試合中に怪我をしてしまったのだ。ロビンは数週間で直る軽いものだがフリオ、フランツは二週間から一月、ジェフリーは完治に最低二ヶ月かかると言われている大怪我だ。

 それでもCLと言う大舞台、変わりのサブメンバーであるスペイン代表のビクトル・サリナスがいるのだが、彼は戻ってきた後、風邪をひいてしまい結果としてジャックがスタメンに起用されることとなってしまった。


(全くこんな序盤で怪我人が複数出るなんて……。よく聞く話だけど自チームで起きたら、堪らないな)


 代表戦に出場した、または合流した前後に怪我、または体調を崩すと言うのは珍しくはない。だが一チームで複数、となるのは滅多にはない。

 運のなさを鷲介が嘆いていると、A・マドリーがまわしていたボールがいったん止まる。足元にボールを収めたのは少し高い位置にいるレオナルドだ。

 ほんのわずか遠い目をしたレオナルド。そして次の瞬間チェックに行ったジークの目の前でボールを蹴る。強く蹴ったのかボールは悠々とセンターサークルを超えて一気にRバイエルンのDFラインへ。


「!」


 飛んだボールへ真っ先に飛びついたのはイグナシオだ。後ろからジャックが迫るが、彼は左サイドに逃げる。

 当然追うジャックとアンドリーが彼に迫る。二人に挟まれようとしていたその時だ、イグナシオは左足のかかとでボールを蹴る。

 踵で蹴った割に強い勢いのボールを収めたのはミカエルだ。ドリブル突破しようとする気満々の彼へドミニクが向かっていくが、対峙した次の瞬間、日本代表との試合でも見せたあの不可思議と思うダブルタッチであっさりとかわされてしまう。


「クルトさん! ブルーノさん!」


 いきなり迎えた大ピンチに思わず鷲介は彼らの名を叫ぶ。ペナルティエリア直前までやってきたミカエルにクルト、ブルーノが対峙する。

 ワールドクラス二人相手に一切怯まず向かっていくミカエル。体を揺らしながら右サイドへ向かっていると後ろから手を上げたサウロ、右サイドから飛び出したペドロがボールを要求している。

 

(どちらにボールを出す?)


 そう鷲介が思ったその時だ。ミカエルは動いた。ただし鷲介が思ったのは全く違う行動だ。

 一気に加速して右サイドに突進したミカエル。ブルーノたちも鷲介と同じくフォローに来たペドロたちに気を取られていたのか、わずかに反応が遅れた。

 そしてペナルティエリアに侵入したミカエルはブルーノがシュートコースを塞ぐ直前で右足でシュートを放つ。効き足ではなかったためか、Rバイエルンゴールの左に向かったボールはポストに当たり跳ね返る。

 だが安堵はしなかった。何故ならポストに当たったボールをペナルティエリアに飛び込んできたイグナシオがダイレクトでシュート。ボールはアンドレアスの伸ばした手をかすめて、ゴールネットに突き刺さった。


「……!」


 悲嘆の声でスタジアムが揺れる。開始いきなりの失点に鷲介は声もなく唖然とするだけだ。


「こんなにあっさり失点するのかよ……」


 ゴールを決めたイグナシオだが、決してフリーだったわけではない。シュートの瞬間までジャックがマークに付いておりシュートを撃ったときもコースを限定していた。


「ま、CLだしたな。ドイツリーグの試合だったら防げていたかもしれねーが」

「デビューして以降スペインリーグで二桁得点を維持し続けているイグナシオ相手だ。ジャックたちが頑張ったいたのは見ていたし、責められないな」


 いつの間にかそばに寄ってきていたエリック、ジークは淡々とした口調だ。見れば彼らはそこまで驚いた様子はない。予想はしていたが想定内と言った感じだ。

 

「さてと、ホームだしまだ前半。さっさと取り返そうぜ」

「ああ。鷲介、行くぞ」

「あ、はい!」


 彼らに戸惑いつつ、鷲介はセンターサークルに入る。そして前半十分もたたないうちに二度目のキックオフの笛が鳴る。

 

(みんな、落ち着いてるなー)


 ボールが回り、動くチームメイトを見ながら鷲介は思う。戸惑った顔をしているのはジャックだけだ。

 いやおそらく鏡を見たら自分の同じ顔をしているのだろう。開始直後に先制されるなどリーグ王者のRバイエルンの試合では──自分が知る限り──なかったことだ。

 しかしここはCL。欧州各クラブの王者やそれに劣るとも勝らない強豪たちが集う場所。こういう展開は珍しくは無いのだろう。


(なら、失点直後の反撃も、珍しくはないよな!)


 回ってきたボールをトラップすると同時、前に振り向く鷲介。先制してからのA・マドリーの陣形はやや下がっており、ゴール前にも人数がいる。

 だがそれは前に出ているRバイエルンも同じこと。そう思うと同時、鷲介はドリブルを始める。

 当然、すぐさま寄ってくるA・マドリーイレブン。DMFのリコが距離をつめるが鷲介はスピードで強引に抜き去る。


(チェックが甘い。そんなんじゃ俺は止められないぜ!)


 右サイドから中に切れ込んでいく鷲介にA・マドリーのDFリーダーであるレオナルドが迫る。目が合った瞬間、ポウルセンに迫る圧を感じた鷲介は急停止と急反転、オーバーラップしてきたアンドリーへパスを出す。そしてボールを受け取ったアンドリーはいきなり相手ゴール前にボールを上げる。

 ロングパスの精度に優れたアンドリーのボールは弧を描いてペナルティエリアに侵入し、ジャンプしたエリックの頭に合う。だがヘディングを放つ直前、フリストが前を塞ぎ、ボールは彼の腹部に当たり跳ね返る。

 こぼれ球に鷲介、そしてイゴールが駆け寄る。スピードは明らかに鷲介の方が速いが、位置的に近かったイゴールがこぼれ球をクリアしてしまう。


(ちっ!)


 心中で舌打ちしながら振り返る鷲介。大きくRバイエルン陣内に飛んだボールは前線に残っていたイグナシオたちを超えて残っていたクルトが収める。

 そしていきなりクルトはロングボールを蹴ってきた。間をおかずセンターサークルを再び超えたボールは敵陣中央にいたジークが胸トラップで抑える。


「ジークさん!」


 トラップした直後、フランシスコからチェックを受けたジークに駆け寄る鷲介。ジークはこちらを振り向き、しかし左サイドに上がっていたブルーノにヒールでパスを出し、彼とのワンツーでフランシスコを振り切って前に出る。


(距離二十数メートル。打てる!)


 ジークの射的距離になったのを見て鷲介が笑みを浮かべる。だがその前をA・マドリーの守備陣が固め、さらにレオナルドが距離をつめてくる。

 あれでは打てない。そう思った鷲介の前でジークは右足を大きく振りかぶる。それを見て鷲介が驚くのと同時、レオナルドも走るスピードを上げ、完全に前を塞ぐ。

 こぼれ球を拾おうと鷲介が備えた次の瞬間だ、ジークはなんとシュートフェイントでレオナルドをかわして前に出た。そして今度こそジークの『竜殺しドラッヘ・モード』という字を思わせるキャノンシュートが放たれる。

 効き足ではない左足にも拘らず蹴られたボールのスピードは右足と遜色ない。地を這う低空の『竜殺し』は前を塞いだDFたちの間をすり抜け相手ゴール左隅に突き刺さる。


「ジークさんっ!!」


 前半九分──失点から十分もたたない同点弾に鷲介はサポーターのように歓喜の声を上げ、エースに駆け寄るのだった。






◆◆◆◆◆







「ははっ。やってくれるじゃねぇか……!」


 喜ぶ赤のイレブンたちを見ながらミカエルは歯を剥く。

 怒りは無い。ただ少しは驚いている。スペインでも一、二を争う守備力を誇るA・マドリーがこんな早い時間で失点するとは。


「さすがはドイツ代表のエースストライカー。世界一のFWと言われるだけのことはあるってわけか」


 ミカエルの目から見ても彼は現役選手のストライカーの中では突出している。総合能力で彼より上はいるが、FWとして最も重要な”点を取る”能力に関しては他の追随を許さない。

 今のシュートがまさにそれだ。ゴールから二十数メートル離れた距離でしかもレオナルドと言う世界トップレベルのCBが立ち塞がり、さらにその後ろにはAマドリーのDFたちが備えていた。

 だがジークのシュートはA・マドリーたちの守備陣のわずかな隙を容赦なくつき、ボールをネットに突き刺した。しかもゴール左にポジションを取っていたハビエルがもっとも届きにくい居場所を狙って。


(カシムのロングシュートの凄まじさにあの精度。なるほどフリーにしたらもっとも危険だと言われるだけのことはある) 


 ロングシュートしか能のないイランの”ゾディアック”を思いながらミカエルは自陣に戻る。

 再開される試合。同点とし勢いづくRバイエルンがAマドリーを押し込むが、ミカエルは自チームを小さな笑みを浮かべながら守る味方からボールを来るのを待つ。


(R・バイエルン。ジークフリートを中心とした攻撃陣は確かに欧州でも上位に入るが、バルセロナ・リベルタやレイ・マドリーほどじゃないな)


 勢いに乗りながらも逆転弾を奪えない相手チーム、そしてAマドリーのいつも通りの堅固な守備を見てミカエルは思う。

 Aマドリーの基本戦術は堅固な守備によるカウンターやシュートカウンターによる速攻だ。攻撃に傾倒したチームが非常に多いスペインリーグにおいてその戦い方は相手チームのサポーターや過激なAマドリーサポーターからも非難の声が上がるときもあるが、ミカエルは微塵も気にしていない。

 なぜならサッカーという一点が貴重なスポーツにおいて守備は攻撃以上に重要視されるものだと思うからだ。そして今日もAマドリーの要と言うべきプレイヤーは見事な活躍を見せている。

 同点直後、アントニオからの速く正確なスルーパスが守備陣を突破しようとする。だがその直前でフランシスコが足を伸ばしてインターセプト、こぼれたボールをフリストが拾う。

 次は前半十七分、オーバーラップしたウルグアイ代表のブルーノのパスをゴールまで受けたエリックが反転、一気にゴールに向かおうとするがレオナルドが立ち塞がり突破しようとする彼からボールを強奪する。


(さすがクラブ、代表においても守りの要と言われる二人。さて、そろそろ点を取りに行くとするか!)


 そう思い動くミカエル。すぐさま逆転しようと攻めまくっていたRバイエルンだが、ホームのサポーターの応援に後押しされているとはいえベストメンバーでない彼ら。いつもの攻撃より多少雑だ。

 そしてライバル認定したヤナギはイゴールに苦戦していた。彼ほどではないがスピードがあり、また技術やポジショニングに長けた彼の守備に鷲介の最大の持ち味であるスピードが幾分か封じ込まれている。

 ヤナギもイゴールを抜き去ったことはあったがレオナルドたちがすぐさまフォローに入り、最終的にシュートまで持って行けていない。


(攻撃疲れの間隙を突いた失点。これは効くな……!)


 そう思っているミカエルの元へAマドリーのカウンターによるボールがやってくる。すぐさま前を向くがその前に立ちふさがるのはブルーノだ。


(また南米予選やさっきのように抜き去ってやるよ、ブルーノ・レブロン!)


 心中で呟きながらミカエルはドリブルを始める。待ち構える彼に対しミカエルは味方へパスを出すふりとタンゴのステップを思わせるフェイントを繰り出し、彼の姿勢が左に傾いたのを見て、その逆へ突破しようとする。


(よし、これであとはGKだけ──)


 そう思ったその時だ、足元にあったボールを反転したブルーノのスライディングが蹴り飛ばしてしまう。

 反射的にジャンプして接触を避けたミカエルはボールがラインを割るのを見届けるとすぐさま足を出したブルーノへ視線を向ける。


「危ない危ない」


 スライディングからゆっくりと起き上がるブルーノは小さく笑んでいた。その笑みが非常に癇に障ったが、何とかこらえる。


(ふん、まぐれだな)


 そう心中で呟くミカエル。だがその後の二度の対峙でも彼を突破することはできなかった。

 一度目は得意のダブルタッチで抜き去ろうとするも、ボールと体が離れたほんのわずかな隙を突かれ、体を入れられてボールを奪取された。二度目はクルトを突破した直後、ファウルギリギリの強い当たりでバランスを崩しボールを強奪された。


「おやおや、アルゼンチンの神童君は調子が悪いようだ」

「……っ!」


 歯軋りをしながら怒りを噛み殺すミカエル。過去何度も突破できていた相手に幾度も封じられる。このような屈辱は初めてだ。

 奪われたボールだがフランシスコたちによって奪い返された。Aマドリーのショートカウンターが炸裂しボールはRバイエルンのペナルティエリア正面に来たミカエルの元へ来る。しかしまた立ち塞がるのはブルーノだ。


(今度こそ!)


 対峙するブルーノに対しミカエルはエラシコを繰り出そうとしたその時だ、ブルーノが一気に距離をつめてきた。


(なっ……!)


 今までと全く違うそれに虚を突かれたミカエルは一瞬、反応が遅れる。そしてそれをブルーノは見逃さず、ミカエルの足元からボールを奪い前にボールを蹴りだす。

 慌てて振り向くミカエル。自陣深くに飛んだボールはジークフリートとレオナルドが競り合う。右サイドに流れたこぼれ球に駆け寄ったのはヤナギで、彼はダイレクトでシュートを放つ。

 ダイレクトにも拘らず抑えの利いたいいシュートはゴール枠内に向かう。だがコースが甘く、ハビエルがパンチングで弾きCKとなった。

 それを見てミカエルが安堵したその時だ、イグナシオが近くに寄ってくる。


「流石と言うべきかブルーノ・レブロン。しっかりとお前に対する対策をしていたようだ」

「対策? そんなもの今までもされていましたよ。なのになんで今日は……!」


 苛立ち左手で髪を荒々しくかくミカエル。その手をイグナシオは止めて、静かな声で言う。


「落ち着けミカエル、熱くなるな。そしてレブロンを甘く見過ぎだ。

 彼はお前ほどの才能もないがボールを奪うことに関しては世界トップクラスと評され、特にお前のようなテクニックに長けたドリブラーからは脅威とされている。サッカーIQも高い。

 この間の南米予選で戦った際、お前の実力を実感し、封じる方法を考えたのだろう。そして今日、お前が抑え込まれているのは彼がお前に対して全く油断せず、お前が彼を見くびっているからだ」


 心中をズバリ指摘され、ミカエルは言葉に詰まる。説教されるかと思い見ると、彼はいつも通りの落ち着いた表情だ。


「南米予選での試合や先程の先制点の突破は見事だ。だがお前が彼への認識を改めないと今日は悉く抑え込まれるぞ。

 ワールドクラスのプレイヤーにも差はあるが、その差はほんのわずかなことで埋められる程度のものでしかない。今日のお前が抑え込まれているようにな」

「……なら俺が侮らなければ、突破できるわけですか」

「はっきりとはわからん。あいつはまだ二十代半ばでこれ以上厄介な存在になる可能性もある。だが今までよりは可能性は高くなるのは間違いないな。──頼むぞ」

「はい……!」


 ミカエルが首を縦に振ると同時にAマドリーの右コーナーからボールが蹴られる。

 いち早く動いていたジークフリートが跳躍しヘディングを放つがレオナルドが顔面でブロックし、そのこぼれ球をペドロが拾うと鋭い眼差しを前線──ミカエルたちへ向けてくる。


(こっちへ!)


 そう念じながら走るミカエルの元へボールがやってくるが、そこへカウンターに備えて自陣に残っていたクルトが近づいてくる。

 彼を見てミカエルは迷わずジャンプし、ペドロからのボールを頭でパスする。そして敵陣のセンターサークル付近に転がったボールにイグナシオとジャックが走るのを見ながらすぐさま走り出す。

 敵陣に突撃するAマドリーと自陣に全力疾走するRバイエルンの両イレブン。ミカエルからのボールを収めたイグナシオは体を張ってボールキープし、左サイドに上がってきたサウロにパスを出す。

 Aマドリーにおけるスピードドリブラーであるサウロはそのスピードを生かしてRバイエルンの右サイドを一気に駆けあがる。だがペナルティエリア近くまできたところでジャックが距離をつめ、また上がっていたアンドリーが彼に近づく。


「イグナシオに出せ!」


 ペドロのコーチングに動くサウロ。だがパスを出すふりをしたサウロは左足のエラシコでジャックを揺さぶる。

 彼のフェイントに釣られたジャックだがすぐさま体勢を立て直し彼との距離をつめる。だがそれと同時サウロは左足で強いグラウンダーのパスを出していた。

 そしてそのボールをダイレクトでシュートするイグナシオ。だがシュートしたのと同時、クルトが跳躍して右足を出し、彼のシュートを弾く。

 こぼれ球にかけ寄るペドロとドミニク。両者スピードはほぼ同じだが、位置的に近かったペドロの方がいち早くボールを収め突っ込んでくる彼の股の間を抜いたパスを出す。


「行け! ミカエル!」


 イグナシオの声を聞くと同時、ミカエルはペドロからのパスを受けて反転。ペナルティエリア正面でブルーノと対峙する。

 前半にも拘らず、すでに今日五度目のマッチアップ。勝率は一勝四分けと大分不利だが──


(もうあんたを侮らない。リュディと同等だと思って挑む!)


 昨季のCLで対戦したフランス代表の中核プレイヤーであり世界一と謳われる左SBに挑む思いでミカエルは前に出る。

 まっすぐ正面から近づくミカエル。そしてブルーノの守備範囲に入り体を左にわずか傾けたのと同時、ブルーノの体が左に動く。

 それを察知したミカエルは彼の足が伸びてくる直前、左足にあったボールを右に蹴り自身も右へ動く。彼と入れ替わるような形で前に出る。

 だがブルーノからの圧は消えない。左側から感じる近づく彼の気配からやはり先程と同じくすぐさま反転してきているのだろう。

 そしてそれだけではない。RバイエルンのGKアンドレアスもゴール右に体を寄せてきている。このまま強引にシュートを撃ったとしてもおそらくは防がれるだろう。


(だがこれで終わりじゃないぜ!)


 先程スライディングが来たタイミングのほんの一歩手前でミカエルは止まり、ルーレットで右から左に180度回転し、Rバイエルンゴールを正面に捕える。

 視界の左にゴール前を塞ごうとするクルト、右には慌てて左に移動するアンドレアスとスライディングの体勢でピッチに転がっているブルーノの姿が映る。

 それらすべてを見たミカエルの体は自然に動く。ダブルタッチでボールをクルトの股間を通し突破、左へ移動していたアンドレアスの逆方向にボールを蹴り、ゴールネットに突き刺した。


「っっしゃあ!」


 ミカエルは両手を広げ、難敵ブルーノを制して勝ち越し弾を決めた喜びを爆発させるのだった。






◆◆◆◆◆






「……!」


 眼前で見せられたミカエルのスーパードリブルに鷲介は言葉もなく、ただただ大きく目を見開くばかりだ。

 ワールドクラス二人を突破したルーレットとダブルタッチのコンビネーションドリブルは 勝ち越し点となったシュートも素晴らしい。

 腰に手を当てながら鷲介が心中で褒め称えていると、Aマドリーイレブンとひとしきり喜んだミカエルは勝ち誇ったような表情でRバイエルンメンバーを見渡す。


(……野郎)


 それを見てむっする鷲介。しかし試合時間がまだあることを思い出し、熱くなった頭を落ち着かせる。

 

「鷲介」

「はい、取り返しましょうアントニオさん──」

「次はお前がゴールを叩き込め」

「はっ?」


 眼前に来たアントニオの言葉に思わず鷲介は聞き返し、気づく。目の前に立つ冷静沈着な表情のブラジル代表の額に青筋ができていることに。


「ボールは俺たちが渡すから、頼んだぞ」

「きっちり同点にしてくれ」


 硬い表情のカミロ、ドミニクも口調に苛立ちが混じっている。明らかにミカエルのあの顔がカチンと来たのだろう。


「あの皆さん、ちょっと冷静に──」


 イラつくのはわかるが──そう思いながら鷲介が熱くなっている中盤三人を落ち着かせようとした時だ、すぐ側までやってきたジーク、エリックまでもこんなことを言う。


「あのガキの勝ち誇った顔をお前が変えろ」

「頼むぞ鷲介」


 あからさまに怒っているエリックに冷静に見えるが怒りの炎を瞳に宿したジーク。今まで見たことがない大人げない二人の様子に鷲介は頬が引きつるのを感じる。

 言ってすぐ二人は視線を自陣に戻っているミカエルに向けて、鷲介も彼らの視線を追う。すると頬の引きつりが消え、変わりに眉が自然と吊り上るのを感じた。


「……わかりました。全力を尽くします」


 ゆっくりとRバイエルン陣内を歩いているミカエルの表情を見て、鷲介は頷く。

 Aマドリーの”ゾディアック”の顔はこれ以上ないぐらいの、ふてぶてしいものとなっていた。相対する相手全てを見下すような傲慢極まりない顔つきだ。

 なるほど、確かにこれはイラつくしチームメイトが怒るのは無理もない。そう思いながら鷲介はボールがセットされたセンターサークルに入り、主審の笛が吹かれた直後、ボールに触れる。

 前半三十分に勝ち越し点を許した試合。試合の状況はAマドリーに二点目が入る前と変わらないが、ところどころに違いがある。

 勝ち越したAマドリーは守備の方に力を注ぐ。勝ち越したと言う余裕からかさらに前に出て、ポゼッションを高めるRバイエルンの攻撃をフランシスコたち要の選手を中心とした守りでことごとく弾き返す。

 攻撃はイグナシオとミカエルの二人のカウンターだけとなっていたが、しかしその二人がポジションに関係なく動き、Rバイエルンゴールを脅かす。また二点目を決めたミカエルは先程までブルーノに抑え込まれていた様子から一転、流麗であり玄妙というべき動きやポジショニングをからめたドリブルでRバイエルンのDFラインを翻弄する。

 そしてホームのRバイエルンは先程以上に激しく動き手はボールを回すもAマドリーの守りをあと一歩のところで崩せず、またアントニオたちからは先ほど言った通り鷲介にボールが回ってくる。


(前半のうちに同点に追いつきたいが……!)


 パスを受けた前を向いた鷲介の眼前にイゴールが立ち塞がる。今日鷲介のマークに付いている、この21歳の若きセルビア代表がこれまた厄介なのだ。

 鷲介に匹敵するスピードやアジリティを生かしたDFを駆使し、何よりそれを発動するタイミングが鷲介の動きに合っているのだ。おかげで昨シーズン身に着けた緩急のフェイントにもほとんど惑わされてくれない。


(あの若さで欧州トップクラスの守備チームで不動のスタメンになれるわけだ。……でも!)


 何度も対峙し、抑え込まれていた鷲介も打開策がないわけではない。後ろを向いてフォローに来たアンドリーにボールを渡し、敵ゴール前へ走る。

 アンドリーから逆サイドにボールが飛び、左サイドから攻め込むRバイエルン。カミロにエリック、そしてフォローに来た面々が動いてはボールを回し敵陣深くに攻め込む。


「鷲介!」


 エリックが強引に打ったシュートのこぼれ球を拾ったジークから、中央にいた鷲介の元へボールが来る。ゴールの方へ向いた鷲介の視界にはレオナルドとイゴールの姿が見える。

 ゴールに向かって突撃する鷲介にイゴールが距離をつめてきた。レオナルドもジーク達に気を使いつつもボールを持った鷲介の方へ寄ってくる。

 緩急のフェイントからの中に入ると見せかけての右へ切り返す。だがやはりイゴールはそれに反応している。


(見事な反応と動きだよ。でも──)


 右へ動いていた鷲介は途中で急停止し、大きく左へ切れ込む。やや遅れてそれに反応するイゴールだが、やはり・・・フォローに来ていたレオナルドに気づいていなかった。

 試合の映像を見たり、マッチアップして確信したのだ。イゴールは自分のようなスピード系ドリブラーと相対するとき、普段より少しだけだが周囲が見えなくなる。もちろんそれはほんの少しであり、いつもはレオナルドやからコーチングを受けて修正しているのだろうが、今現在彼は自分だけではなくジークの方にも気を回しており、そこまでする余力がないのだろう。

 そして今イゴールは鷲介の動きに釣られてレオナルドがカバーする範囲まで侵食している。本来守るべき彼の左手側はがら空きだ。そして鷲介はその隙を見逃すほ鈍くも、遅くもない。


「イゴール!」


 レオナルドに呼びかけられてハッとした表情となるイゴール。だがそのとき鷲介はすでに動いていた。三度右へ切り返す。全力の切り返しと空いたスペースへの突撃だ。

 一気にエリアへ侵入した鷲介。左側から焦った様子のレオナルドとイゴールが寄ってきているのが見えるが、もう遅い。そう思うと同時右足を振るう。

 スペインリーグでも名GKと名をはせているハビエルもボールに反応しているが、それだけだった。鷲介の右足が蹴ったボールは伸ばした彼の左腕の上を通過し、ゴールネットを揺らす。


「──よしっ!」


 CL初ゴール。そして約束通り同点弾を叩き込めたことに安堵しながら鷲介は右腕を振り上げるのだった。







◆◆◆◆◆






「鷲くん!」

「ナイスゴール!」

「よくやったぞ鷲介ー!」


 歓喜の大音声を響かせるサポーターと同じく、由綺、イザベラ、そして空也が喜びの声を上げる。光昭は声こそ上げないものの両手を叩き、右拳をぎゅっと握ってはチームメイトに囲まれる鷲介を見て笑みを深める。

 形もミカエルと酷似しており彼がテクニックならば鷲介はスピード、互いの長所を前面に出したワールドクラスのDF二人を突破してのゴール。見事以外の感想がない。

 クラブで育った若きストライカーの見事なCL初ゴールにスタジアムのサポーターの声援はさらに大きく、熱くなる。そしてそれに応じるようにRバイエルンはもちろん、Aマドリーも今まで以上に激しくピッチ動き回る。

 前半終了間際の同点弾の熱を保ったまま、後半も攻勢に出るRバイエルン。Aマドリーも前半のように守りに力を置きつつも、Rバイエルンの勢いに呑まれまいと全体的に前に出ては積極的な守備を展開、まあ攻撃へのスイッチへの切り替えが明らかに速くなっており鋭いカウンターを繰り出す。

 グループリーグの、それも初戦だというのに決勝トーナメントさながらの激しい試合展開。両チームのエースにキープレイヤーが躍動し、”ゾディアック”両名がさらにそれに拍車をかける。共に真逆のドリブラーが相手守備陣をかき乱す。

 後半、共に”ゾディアック”の両名が再び互いのゴールネットを揺らす。後半開始直後、DFラインから飛びだした鷲介がダイレクトボレーでボールを叩き込み、その十分後にはミカエルがループシュートでネットを揺らす。

 しかしこれはどちらもノーゴール。鷲介はオフサイドに引っかかり、ミカエルはシュートを撃つ前ブルーノを強引に押しのけて突破したことがファウルとなったためだ。

 正真正銘のゴールは二人の先達、世界のサッカーの最前線で長年戦い続ける男たちが決めた。後半三十分、中盤でインターセプトしたフランシスコが一気に前線へボールを送る。これをイグナシオが落しミカエル、サウロとつなぎ、最後は全力で走りあがってきたペドロがペナルティエリアギリギリ外からミドルシュートをRバイエルンゴールに叩き込んだ。

 Rバイエルンはその数分後、マークを引きはがし中央でフリー、ボールを収めて突破するアントニオのスルーパスにジークフリートがDFラインから抜け出す。鷲介と違う絶妙な飛びだしはオフサイドにならず彼はダイレクトでシュートを放つ。しかしそれにレオナルドが体を張って防ぎ、こぼれ球をつめた鷲介のシュートはイゴールが弾く。だがペナルティエリア正面にこぼれたボールに真っ先に駆け寄ったエリックは前を塞いだフリストを強引に突破、左足の強烈なシュートで三度追いついた。

 そして試合は最後まで攻防共に激しく動きつつゴールネットにボールが揺らされることは無く、3-3の引き分けで終わるのだった。






◆◆◆◆◆







「終わった……」


 鳴り響く試合終了の笛を聞き、鷲介は空に向かって大きく息をつく。

 そして直後、ずしりと体が重くなる。どうやら試合の緊張感で感じていなかった疲労が今一気に来たようだ。


「お疲れ様」


 優しい声でそう言ってくるのは先程まで鷲介のマークに付いていたペドロだ。彼は息が弾み疲れが顔に出てはいるが、まだ余裕がありそうに見える。


「初めてのCLでフル出場。途中でへばるかと思ったけど最後まで走り切ったね。大したものだよ」

「ありがとう、ございます」


 正直、歩くのもおっくうだがそれをみせるわけにもいかない。鷲介はできる限り普段通りの態度を見せようと踏ん張る。


「確かに。ミカエルの奴はCLでは途中でへばって後退していたからね。今日はようやく走り切れたようで何よりだ」


 そう言って側に寄ってきたのはフランシスコだ。彼はにこりと微笑み、鷲介の肩を優しく叩く。


「噂にたがわぬ実力だった。私たちのミカエルと同等と言われるのが嘘ではないことが今日、世界中に知れ渡っただろう。

 ラウルが君に注目している理由もよくわかったよ」


 宿敵の名を言われ、鷲介は大きく目を見開く。


「ラウルを知っているんですか……? 俺に注目している……?」

「彼も君と同じくついこの間A代表に呼ばれたんだ。そこで”ゾディアック”たち──とりわけ君のことを詳しく話していたよ。極東の島国で出会った、自分に劣るとも勝らない輝きを持つ選手のことを」

「……あいつが」


 意外な事実を知り驚く鷲介。対戦した二度とも鷲介のいたチームは完敗したというのに。


「──だが次はこうはいかない。CLグループリーグ最終戦はAマドリー(我々)のホームスタジアムだ」

「そこで完膚なきまでに決着をつけて証明してやるぜ。Aマドリーがお前ら(Rバイエルン)より強いことと、俺がお前より格上ってことをな」


 ペドロの言葉を引き継ぐようにミカエルが言う。勝ち越し点を決めた時のように尊大な態度で。

 CLと言う舞台、そしてRバイエルン相手にも以前と変わらぬ様子のミカエルに、鷲介も不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。


「それはこちらのセリフだぜ。12月もあればこちらの怪我人も全員快復する。ベストメンバーで全力で倒させてもらう」

「ハッ、上等だ。最終戦はグループリーグ一位をかけた決戦だ。それまで必ず全勝しておけよ」


 そう言って立ち去っていくミカエル。一方ペドロは困ったような表情を浮かべ、フランシスコは労うように彼の肩に手を置く。


「やれやれ。オリンピアFCにセルティック・グラスゴーも決して侮ってはいけない相手だと言っているのに。あとで説教しなくてはいけないな」

「いや、ああ言いつつミカエルはそれはよくわかっているだろう。むしろこの試合でよりモチベーションが上がったことを喜ぶべきだな。

 それではシュウスケ・ヤナギ君、次は我々のホームスタジアムで会おう」

「12月、楽しみにしているよ」


 二人と握手、そして抱擁を交わす鷲介。静かに立ち去っている二人を見送りながら、鷲介は空に向かって大きく息を吐く。


「これがCLか……」


 鷲介としてはこれほど消耗するとは思っていなかった。RドルトムントやRゲルセンキルヒェンのよぅなドイツリーグトップクラスの強敵と対戦するような感じになると思っていた。

 しかしいざ対戦してみるとそれに似て非なると言うのが感想だ。Aマドリーの攻守もそれら二つのチームとはどこか微妙に違っていたし、やりづらさもあった。そしてCLと言う大舞台の重圧が加わり、疲労として現れたのだろう。

 

(でも、確信もできた。やれないこともない……!)


 欧州、いや世界最高峰と言ってもいい舞台のCL。そこで今の自分が通用できる実感を得たことは何よりも大きい。今は一試合でバテバテだが、出場するにつれて慣れていくだろう。昨季の自分がドイツリーグに順応したように。


「次はギリシャのオリンピアFC。今度こそホームで勝つぞ」


 小さく呟いて鷲介は整列するためゆっくりと歩いて行くのだった。






◆◆◆◆◆






「おはようございますっっ!」


 クラブハウスが目の前に使づいた時、背後から妙に元気のいい声を掛けられ秋葉栄太郎はびくりとする。

 振り向けばつい最近、来季からトップチーム昇格を果たした若手、鈴村隆俊の姿があった。 


「……おはよう。ずいぶん気合が入っているな。どうした」

「秋葉さんは昨日のCLの結果、知らないんですか? 鷲介がデビュー戦でゴールを決めたじゃないですか!」


 鼻息荒くしない内容を語る鈴村。普段はおとなしく試合中も冷静な彼だが、柳が絡むと妙に熱くなる。


「まぁあいつの実力なら不思議ではないからな」

「はい! おかげで僕も気合が入るってものです!」


 ふんすと鼻から息が出そうな顔つきの鈴村から少し距離を取る栄太郎。


「毎回苦労する最終予選ですけど鷲介がいる代表チームなら、さすがに楽勝ですかね」

「いや、それでもそう簡単にはいかないだろうな」


 断言する栄太郎。確かに柳の実力はフル代表の中でも飛びぬけている。いや個人的に個人能力なら小野さえも凌駕していると栄太郎は思う。

 しかしそんな柳に致命的に欠けているもの。それはアジアでの戦いの経験値だ。

 隣にいる隆俊は本戦こそ漏れたものの、U-17W杯のアジア予選メンバーに選ばれており数試合は出場している。しかし柳は予選は怪我で辞退し本戦からの出場。そしてそれ以前も代表には縁がなかった。

 先日のシンガポール戦にてようやくアジアのアウェーでの試合を経験したが、たった一試合ではW杯最終予選における経験値としては物足りなすぎる。


「そうですか……。でも秋葉さんたちがいますから大丈夫ですよね」

「……そうだな」


 無難にそう返す栄太郎。実際数度の代表合宿で顔は見たことはあるが、ほとんど話したことがないのが実情だ。むしろドイツでプレイする、一時期同僚となっていた大文字が良く彼に注意しているとこは見たことはあるが。


(とはいえ放置しておくってわけにもいかないな……)


 先日に最終予選のシンガポール戦後のことだ。小野から秋葉たち年長者たちに柳をよく見ておくよう頼まれたのだ。

 彼は凄い。順調にいけば間違いなく将来の日本代表の中心人物となる。だがまだ十八歳という若者。潰れないよう年長者である自分たちがしっかり見ておかないと、と。


(次代のエース。それは俺も異論はない。だが……)


 それを代表全員が素直に認めるとは思えない。特にその話を聞いていた時の堂本は無表情だった。

 年代別代表からの長い付き合いから、それが理解はできるが納得ができないと言うものであることが栄太郎にはわかる。


(柳も柳でまだ子供なところもあるしな……)


 普段は大人しく真面目と見られがちな柳だがやはりまだ十代の子供なのか率直にものを言いすぎるところがある。

 そしてビッククラブに所属していること、また彼らに引けを取らない自分の実力に自信を持っているからか時折代表メンバーを見下すような態度、言動を取る。

 その辺りをよく見て、時には指摘しなければいけない。調子に乗った若手がそう言った理由でチームに溶け込めず実力を発揮、また才能を開花しなかったと言う話はいくらでもあるのだから。小野の言いたいことはそれなのだ。


(まぁそれよりさらに酷い中神もいるが……)


 初めてのフル代表合宿で騒ぎを起こした”天才”の傲慢な笑みを思いだし眉をひそめる栄太郎。代表に名を連ねるメンバーは誰もしそれなりに強い我は持つが、あれは強すぎる。

 とはいえ小野や鹿島のメンバーの様子から見えるに昔からのようなので直ることは期待していない。まぁ小野や鹿島たちに任せておけばいいかと放置を決める栄太郎。


「さて、今から練習だ。柳のことはそろそろ頭の片隅に置いておけよ」

「はい! デビューする来シーズンに備えて頑張ります。来シーズンは一つでも多く出場機会を確保、そして数年後、フル代表で鷲介に会えるよう頑張ります!」

「人の話はしっかり聞けよ」


 聞いているようで聞いていない若手の頭を栄太郎は軽くはたくのだった。




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