王者との戦い2
歓喜するRバイエルンのイレブンたちをガブリエルは呆然とした顔で見ている。
まさに流れるようなボール回しによるゴールだった。クルトからロングボールをルディがポストプレーで落とすと、それを拾ったカミロ、アントニオがダイレクトで右サイドのカスパーへ。
そしてボールを受けたカスパーに直康が距離を詰めるが、彼はは前に飛びだすと同時に後ろにヒールパス、これをオーバーラップしてきたフリオがダイレクトでセンタリングを上げる。弧を描いた早いボールにハンブルクFの守備陣の誰もが反応に遅れたその時、当然のように反応していたアレックスがマークを振り切って頭で合わせ、ボールをネットに叩き込んだ。
「なんだったんだ、今のパスワークは……」
まるでゲームのようにボールも選手も動き、決まったゴールだ。だがガブリエルが驚いているのはそれ以上に一つ一つのプレイスピードの速さだ。機械じみた正確さを持ちながら明らかにハンブルクFよりもワンテンポ早い。
TV中継のCLやビッククラブ同士の戦いで似た感じのシーンは時々見るが、これほどの速さだとは思わなかった。
このスピードを知っているであろうハンスや直康たちはもちろん、強気なペアさえ無言で表情を歪めている。
「早くボールをくれ!」
そう叫び手でボールを要求するのはウーゴだ。彼らしくない強い物言いに皆は驚いているが、再び催促され慌ててボールを前に出す。
再開される試合だが、そこからはまさしく一方的な展開となっていった。得点したことホームであることがホームチームに勢いをもたらすことはよくあることで当然Rバイエルンも例外ではない。
鮮烈なゴールシーンを目の当たりにしたハンブルクFが浮足立つ中、赤の軍団は容赦なくハンブルク陣内に攻め込む。正確さと柔軟さを併せ持つ動きを見せ、ボールをキープし正確に回し続ける。
そうなると当然ハンブルクFは守勢に回らざるを得ず、そして攻め込めない。
(くそおっ!)
得点までのボール回しも速かったが、それでもガブリエルは何とかついては行けた。しかし得点後のスピードはギリギリだ。一瞬でも気を緩めれば──
「ガブリエル! ルディがフリーだぞ!」
「マークを外して何やってる!」
ボールの動きに気を取られすぎていたガブリエル。ペアとヤンに怒鳴られ、慌てて彼を探す。
そして自分の後ろ──ペナルティエリア近くの右サイド──にいるのを発見すると同時に、ペアから声が響く。
「そっちに行ったぞ!」
マークに行く途中、自分の後ろにいたルディへボールが来る。難なく胸トラップした彼にガブリエルは一気に間合いを詰めてボールを奪おうと足を伸ばす。
しかしルディはその巨体に見合わない鋭い切り返してガブリエルのタックルをかわすと、中央にパス。アレックスたちのオフ・ザ・ボールの動きにペアたちが惑わされ、できたスペースへアントニオが走りこんできて、ダイレクトシュートを撃つ。
勢い良くゴール左の枠内に向かうボール。だがハンスが伸ばした手が当たりゴールは許さない。
だがガブリエルは安堵しなかった。いや正確にはする暇さえなかった。こぼれ球に真っ先に反応していたカスパーがそれを蹴りだそうとしていたペアより早く触れ、ボールをハンブルクゴールに叩き込んだからだ。
「く、う……」
再び喜びに沸くRバイエルンのサポーターたちと赤のイレブンを見ながら、ガブリエルは苦渋の声を漏らす。
前半三度目のキックオフ。しかしハンブルクFの面々の動きは完全に縮こまっている。ガブリエルも前に出ることに恐怖を感じている。
(いや……こんなときには鷲介に!)
困った時の神頼みではないが、こういう状況でセザルがいない場合は彼に頼るしかない。今日の試合フリオやクルトに負け続けているが、彼ならばRバイエルンの強力な守備陣をかいくぐれるはず。
そう強く思い彼に向かってロングボールを送り込むガブリエル。皆もそう思ったのか鷲介にボールを集める。
しかし現実はどこまでも非情で無慈悲だった。ボールを持った鷲介の動きはいつも通りいい感じで、いけるような雰囲気はある。だが彼の高速フェイントやドリブルをブルーノがことごとく防ぐ。また飛びだしやオフ・ザ・ボールの鷲介の動きにクルトがほぼ完ぺきに対応する。してしまう。
(これが……世界最高峰クラブとの実力差なのか)
あの鷲介──”ゾディアック”と称されたものですら太刀打ちできない。その事実にガブリエルは大きくショックを受ける。
そして攻撃では相変わらずRバイエルンの選手たちが好き勝手にボールを回している。そしてアレックスたち前線はもちろん、ボランチであるロビンさえも上がってきてはシュートを放つ。
この絶望感、ユース時代にも鷲介に味あわされた。だがあの時よりもずっと大きく、重い。ユース時代は鷲介たち数名を要警戒していれば事足りはしたが、Rバイエルンのトップチームは陣内にいる全ての選手が要警戒対象だ。
かつてない相手チームのボールスピードと重圧を味わう中、前半36分、ロングボールがハンブルクF陣内の右サイドへ向かう。それをアントニオがトラップしてボールを奪いに来たドミニクをあっさりかわすと、ゴール前にボールを入れる。
「何度も何度もやらせるかっ!」
ペアがそう吠えてアレックスとの競り合いに勝利する。だがこぼれ球はカミロが拾いまたしてもRバイエルンボールに。
すぐさま寄っていく仲間たち。だがカミロそれらを相手にすることなく右にパスし、オーバーラップしていたフリオへ渡す。
(クロスか、それとも中に切れ込むのか)
そう思うガブリエルの眼前で、スペイン代表のSBはどちらでもない選択をする。少し溜めると再び中央にボールを戻す。
カミロがそれに寄っていきそばにいたヤンがチェックに行くがカミロはスルー、そのボールへアントニオが走りこんでくる。
「前! がら空きだ!」
アレックスにカスパーの二人がペアたちをひきつけたためか中央がぽっかりと空いてしまっている。ゴールまでおよそ25メートルほど。ミドルが得意な彼にとっては十分な射程距離だ。
すぐに動くペアたちCB二人。だがそれより早くアントニオが右足を振りかぶった方が早かった。
グラウンダーの弾道で放たれたミドルシュート。ゴール右隅に向かったそれにハンスは反応している。
止められる。そう思ったガブリエルだが、その弾丸のようなシュートにハンスより先に触れたものがいた。カスパーだ。
彼は外から中に、まるで放たれた矢のような勢いで飛びこむとアントニオのシュートに左足を伸ばす。結果、つま先にボールは当たり勢いは弱くなるが軌道は大きく逆に変化。
しかしそれはゴールにはならない。近くにいたガブリエルが真っ先に駆け寄って、ボールを蹴りだしたからだ。
(よし、これで一時だが)
ピンチを脱したと安堵することはできなかった。何故ならガブリエルが蹴りだしたボールに跳躍したアレックスのカラテキックのように伸ばした足が当たったからだ。
思い切り蹴ったせいかボールは勢いよくペナルティエリアを跳ねゴール左へ。先程のカスパーのシュートで動きを止めていたハンスは大慌てでボールを追いかけるがボールに勢いがあり、いた場所が悪かった。彼が伸ばした手は届かず、ボールはゴールネットに収まった。
「何だよ今の反応。今のシュートは……」
まだ、まだ反応するのはわからないでもない。アレックスは身体能力に長けた選手だ。だがこちらのクリアボールを狙い澄ましたかのように足を伸ばすなど、狙ってできることなのか。ストライカーとしての本能なのか。
理由ははっきりとは分からない。だがスコアが3-0になったと言う事だけは手を叩きあうRバイエルンの選手を見ればわかる。
3-0。前半だけで。また試合時間は半分以上残っている。
「勝てない……」
三度沸く赤のサポーターと選手たちを見ながら、ガブリエルの口から絶望に染まった声が漏れた。
◆◆◆◆◆
「勝負あったかな」
三点目が入り喜ぶRバイエルン陣営を見て鷲介が歯軋りをしていると、クルトの冷静な声が背後から響いてくる。
挑発、揶揄するようなその響きに鷲介はいつも通りだと思いつつも眉をひそめる。Rバイエルンユース出身の先輩だがジークやフランツと違い鷲介は彼が少し──いや、かなり苦手だ。
ずけずけはっきりとモノを言う所以上に態度がいちいち冷淡なのだ。何をしても大したことがない、認めないと言っているように感じるのだ。出会った時はもう少し優しかったのだが──
「まだ試合時間は半分以上残っていますよ」
「それがどうかしたのかい? 僕たちがハンブルクF相手に四失点するとでも? 仮にあのセザル・パトリシオが後半から出場しても、可能性は限りなくゼロに近いよ。
そして君がいる以上、僕たちは決して気を抜かないし何もさせない。今までのようにね」
ため息まじりに言うクルト。彼の言葉にむっとくる鷲介だが、言っていることはもっともなので返す言葉は無い。
「ところで鷲介、そのユニフォーム、良く似合っているね」
「? はぁ……」
「何だったらずっと着ていればいいんじゃないかな。──君の空いた番号は英彦が着てくれると思うよ」
クルトの言葉に鷲介は冷や水をぶっかけられたような気分になる。
そして次の瞬間、彼を強く、強く睨み返して、言う。
「……夢を見るのも大概にしたらどうですか。あの人はRバイエルンにはいない」
「彼ほどの才能ならばすぐに戻ってこれるさ」
「どうですかね。怪我が完治して数ヶ月経ちますが、どこのチームとも契約したって噂すら聞かない。
そんなざまで戻ってこれるほど、Rバイエルンは甘いチームではないでしょう」
鷲介がそう言うと、今度はクルトが怒りを帯びた瞳で睨み返してくる。
「黙りなよ。それ以上の暴言は許さない」
「暴言? 事実だろうが。
確かに英彦さんは凄かった。でもそれは過去の話。あの時の英彦さんじゃ今のRバイエルンのトップチームには割って入れないさ」
「君にあいつの何がわかる!」
「少なくとも同期びいきしているあんたよりは理解できているさ!」
「お、おい! お前ら何やってる!」
いつ掴み合いになってもおかしくない二人の間にブルーノとフリオが割って入る。
「わずか半年でレンタルされた分際でずいぶん生意気なことを言うじゃないか。そこまで言うならプレイで証明して見せたらどうだい!?」
「言われなくてもしてやる! 四回ボールをそっちのゴールに叩き込んでやるよ!」
「ク、クルト。いい加減落ち着け、な?」
「鷲介も。どうどう」
二人に宥められ、また更に引き離される二人。鼻息荒く去っていくクルトを見送ると鷲介もフリオに謝罪をし、肩を怒らせて自陣へ戻っていく。
(ずっと着ていればいいだと? 代わりに英彦さんが着るだと? ふざけやがって!)
自分と同じユース出身の素晴らしい先達。チームを離れたとはいえ尊敬する先輩の親友であるクルトとはいえ、あの物言いには流石に我慢がならない。
三点目が入り軽く絶望していた鷲介だったが、彼の言葉で強引に気合が入る。負けん気が噴火した火山のようにモリモリ吹き上がってくる。
「おい、何揉めていたんだ」
「大したことじゃありません。──それよりもこの試合、勝ちに行きますよ」
駆けよってきたレネにそう言い、鷲介はそばにいるウーゴを見て、言う。
「ボールをください」
短い、しかし頑強な意思を込めた鷲介の言葉に彼は少し気圧されるも、頷く。
前半四度目のキックオフの音を聞きながら、鷲介は目を凝らす。意識を張り巡らす。
(見ろ、視ろ、観ろ──)
今まで注力していた意識を、より強く深く敵陣、自陣に向け、動き出す。
Rバイエルンの守備網に粗は無い。だが今日、わずかではあるが鷲介が突破できたことからも隙がないわけでもない。
いや、どんな守備とて人が形成する以上、必ず隙は生まれる。それを見逃さないよう、鷲介は今まで以上に周囲の状況を観続ける。
三点目が入り、ますます応援熱が上がるRバイエルンサポーターの声援を受けて、ホームチームの絶え間ない攻めは続く。だがそれでも奮起するペアを筆頭にハンブルクFはギリギリのところで防いでは守る。
そして前半7本目となったCKのボールを拾ったガブリエルからセンターサークルにいた鷲介に向かって、ロングボールが放たれる。
(これが前半最後のチャンス!)
すでに時計はロスタイムに入っており時間も経過している。鷲介は近くにいたロビンを鷲介同様カウンターに備え前にいたレネとのワンツーでかわすと単独でRバイエルン陣内へ突撃する。
CKにより手薄となっている敵陣にはアンドレアスとクルト、そしてブルーノだけだ。鷲介が攻め込んだことで観客席から悲鳴と声援が入り混じっているのを聞きながら鷲介は突き進む。
そしてRバイエルン陣内の中間を過ぎた辺りでブルーノが一気に距離を詰めてきた。鷲介はかわそうとするが彼は巧みな動きと細かいポジション修正を繰り返し、抜かせるような隙を見せない。
さらにクルトもじわりじわりと距離を詰めてくる。また監督の指示なのか上がって来たレネ達味方にもロビンらが近くにいたり、またはマークに走ってきている。CKで上がっていたジェフリーたちも本来の位置へ近づいてきている。
単独で行くしかない。そう決意すると鷲介は緩急織り交ぜたフェイントでブルーノを突破しようとする。だが右に切り返した瞬間、彼が体を寄せてきた。
奪われる。そう確信した瞬間、鷲介は動く。──ようやく、思ったように体が動いてくれた。そう思うと同時にダブルタッチでブルーノを突破する。
「んなっ!?」
ブルーノの驚愕の声を耳にした直、今度はクルトが迫る。ダブルタッチ後の離れたボールを刈り取ろうとする動きだが、鷲介とてそれを予測していなかったわけではない。
一瞬早く右足を伸ばしボールを左へ軽く蹴る。そして彼の股を通り過ぎたボールへ全速力で追いつく。
(よし!)
この試合が始まってブルーノやクルトにずっと抑えられていた鷲介ではあったが完全、完璧と言うわけではなかった。あと数歩、または一歩ぐらいで何とかなる。決して敵わないような相手でないことを漠然だが感じ取っていた。
初めての二人纏めての突破に鷲介がかすかに微笑んだその瞬間、笑みのまま鷲介は表情を固まらせる。何故ならばペナルティエリア直前に飛びだした鷲介の足元とボールに、アンドレアスのスラィディングが迫っていたからだ。
驚き、しかし反応する暇はなかった。彼が伸ばした足は綺麗にポールだけを弾き、それを戻ってきたフリオが拾い、前に蹴りだす。──そして前半終了のホィッスルが鳴り響く。
「俺がいることを忘れてもらっては困るな」
立ち上がり鷲介を見下ろすアンドレアス。しかし鷲介は小さく笑みを浮かべて、言う。
「忘れていませんよ。思った以上にアンドレアスさんの飛び出しが早いのに驚いただけです。
次は、それを踏まえて動きます」
「そうか。怖いな」
アンドレアスは肩をすくめるとクルト、ブルーノと共に入場入口の方へ向かって行く。
アンドレアスに押されるように歩いているクルトがわずかにこちらを振り返り、鋭い視線を向けてくる。
(負けないぞ)
真っ向からクルトを睨み返し、鷲介もロッカールームに向かって歩き始めるのだった。
◆◆◆◆◆
「くそっっ!」
ロッカールームに入った途端、荒い声を出したクルトに誰もが目を丸くする。無理もない。チームの中でも極めて冷静な彼がこれほど声を荒げたことはいったいいつ以来なのか、ジークフリートさえも覚えていない。
「おいおいクルト、ちったあ落ち着けよ」
「ずいぶん冷静ですねブルーノさん。鷲介なんかにあれだけ綺麗にかわされておいて」
「いや、まぁ。さすがにさっきのシーンはあいつの勝ちを認めざるを得ないだろ。──……それとチームを離れているとはいえチームメイトに”なんか”呼ばわりはするもんじゃねぇぞ」
八つ当たり気味なクルトにブルーノは若干身を引きつつも視線を逸らさない。
クルトも自分の言が過ぎたものであるとわかっていたのか、小さい声で謝罪する。
「フリードリヒ少し落ち着こう。ブルーノの言うとおりだ。もう鷲介は”なんか”で片付けられるレベルじゃない。
瞬間的な実力ならば君や俺たちと同等と評価するべきだよ」
「それは流石に過大評価じゃないですかフリオさん。匹敵はしても同等とまでは」
「俺はそう思うしジェフリーにアンドレアス、ブルーノも同意見だよ。ね?」
いつも通りの淡々とした表情のフリオはそう言い、名前を上げた面々に視線を向ける。彼らは何も言わず静かに頷き、フリオの言葉を肯定する。
「監督はどう思います?」
「フリオの見立て通りだと私は思う」
「ジークさんは?」
「……ま、今の鷲介がこちらに対しての脅威であることは変わりはないな。前半最後、もしアンドレアスさんが危機を察知して飛び出してきていなかったら、ほぼ間違いなくネットを揺らされていただろう」
ジークフリートがそう言うとクルトは不満げながらも、納得したようだ。Rバイエルンの若きDFリーダーは大きくため息をつくと監督に向き直り、問う。
「それで後半はどうするんですか。鷲介のことも」
「プラン通り前半でリード、それも三点差をつけることができた。後半は流石にペースを落す。危険な状態にならないのであればある程度は自由にボールを持たせてもいい。
鷲介に関しては前半通りクルト、ブルーノの二人に任せる。大丈夫だな?」
「もちろんです!」
「ま、やってやりますよ」
クルトらしからぬ熱い返答と不敵な笑みを見せるブルーノ。彼らにジェフリーとフリオ、さらにロビンが加わり守備や鷲介に対して綿密な打ち合わせが始まる。
その横では監督がアレックスら前線のメンバーに声をかけて褒めたり、修正事項を述べている。それを眺めている横のフランツが彼らしからなる小さい声で話しかけてくる。
「しっかし早いもんだな若者の成長と言うのは。一年も経たずしてブルーノたちに近づきつつあるとは」
「ええ。全く驚かされます」
鷲介の才能に疑いを持つ者はこのチームにはいない。ジークフリートも彼が順調に成長すれば20代前半で世界クラス、いやトップクラスに到達すると見ていた。
だがプロの試合に出始めて9ヵ月弱で世界クラスの領域に片足を突っ込むとはさすがに驚いてはいる。”ゾディアック”の成長速度が尋常でないことはカールやロナウドを目の当たりにしてわかってはいるが、それでもだ。
(百年に一人の怪物と言われるのは、誇張ではないな)
いつぞや監督が将来Rバイエルンの10番を背負うことになると言ったのを聞いた時、さすがのジークフリートも自分がいる以上過大評価だと思っていたが、眉唾な話ではないかもしれない。
それを証明するように鷲介以外のほとんどの”ゾディアック”たちは現時点で所属するチームの重要な戦力、またはエース候補になっている。レヴィアー・ドルトムントのカール、レイ・マドリーのラウル、バルセロナ・リベルタのロナウド等等。
特にRドルトムントのカールは昨季同様ゴールを重ねており現在18ゴールで得点王ランキング3位。一位のジークフリートとは7ゴール差があるとはいえ、それでも17歳という年齢では驚異的な成績だ。
「後半は間違いなくあのセザル・パトリシオも出てくるだろう。どうなると思う?」
「彼が出てもそう簡単に状況が大きく変化するとは思えません。ですがもし一点でも入ったら念のため、アップを始めてたほうがいいと思います」
「俺もそう思うぞ!」
いつも通り部屋に響くような大声を出して頷くフランツ。そんな彼へ話していた面々が冷たい眼差しを向けてくる。
体を小さくして謝罪するキャプテンを見てジークフリートは嘆息するのだった。
◆◆◆◆◆
「おや、俺たちより早くピッチに出てきているとは。勝っているチームらしからぬ様子だなぁ」
鷲介の後ろでピカピカのユニフォームに身を包んだセザルが呑気そうに言う。赤のユニフォームを着る選手たちから漂う雰囲気は彼の言うとおりリードしているチームとは思えない。
そしてその全員から威圧的な眼差しを向けられているのを鷲介は感じている。特にブルーノ、クルトからは粘着質のような視線が突き刺さっているように思えるのだ。
「ま、レンタルに出ている自分のチームの若造にあれだけやられればムキになるのはわかるってもんだ。──どんどんボールを出すからな、頼むぜ黒鷲」
「わかっています」
相手チームがどれだけ警戒しようがやることは変わらない。0-3。このスコアを覆すため、こちらを侮っているクルトをぎゃふんと言わせるため全力を尽くすだけだ。
主審のホイッスルで後半が開始される。センターサークル内で鷲介が触れたボールをレネが後ろへ出していく。予定通りセザルがヤンと交代で投入された後半。システムそのものに変更はないがDMFのヤンのポジションにウルリクが入り、ウルリクがいた右SMFにセザルが入っている。
さて後半だが、監督やセザル、そして鷲介が予想した通りRバイエルンは全体的に大人しく下がり目だ。必要最低限の動きはしているが、こちらがボールを運んでも危険な距離にならない限り前半のような機敏な動きや対応はしない。
(前半のように積極的に来ないのは助かるが……かといってこのままでもこっちが不味いんだよな)
今のRバイエルンはとにかくまず失点をしない、守備に力を入れている。となればハンブルクFとしては前半のように攻めた後のカウンターでゴールを狙うと言った真似ができない。
(しっかしボールが中々来ないな。何故だ?)
後半のハンブルクFだが、監督はレネと鷲介二人にボールを集めサイドから攻めると言われた。だがどういうわけかセザルたちは左のレネばかりにボールを集めている。鷲介にも来ないわけではないが、ボールが来たときはブルーノたちがしっかりと距離を詰めてきており、サイドを突破するのは厳しい状況ばかりだ。
Rバイエルン陣内の左にボールと選手が集中して十数分が経過したその時だ。レネから返されたボールを収めようとしているセザルから突き刺すような強烈な視線を感じる。
(来る!)
そう思うと同時にセザルから飛んでくるボール。オフサイドに引っかからないよう飛びだし鷲介は追いかけるが、数秒走って愕然とする。
(な、長すぎる! 追いつかん!)
自陣、センターサークル付近からセザルが出したボールはRバイエルンの左サイド──鷲介の右サイド──深くに飛んで行っている。
追いつけない、無理。そう鷲介が思ったその時、後ろのセザルから「走れ! 追いつく!」と怒声に近い声が飛んでくる。
その声に押されて失速しかけた鷲介の脚は再び全速力で走る。セザルの言葉を信じたのではなく、反射的なものだ。
(本当に追いつくのかー!?)
疑念を感じながらも全速力でボールを追う鷲介。100m10秒台と言うサッカー選手としては世界最高クラスの俊足は見る見るうちにボールとの距離を詰めていく。
そしてピッチを二度跳ねたボールが右サイドのコーナーフラッグ近くのラインに近づいたのを見て、鷲介はスラィデイングを敢行。足を伸ばし、ボールが完全にラインを割る前に、抑える。
(ほ、本当に追いついた。我ながら大した足だ。……って自画自賛してる場合じゃない!)
気を荒く吐きながらも鷲介は慌てて立ち上がる。当然だが後方から追いかけてきたブルーノやクルト、さらにはゴールからはシュートコースを体で塞ぎながらじわりじわりと寄ってきているアンドレアスの姿がある。
「ペナルティアークにボールを出せ!」
どうするか迷っていた鷲介に呼びかけてくるのは監督だ。とっさにそこにボールを出すと、レネが走りこんできている。
だが彼の側にはジェフリーがいる。彼単独ではジェフリーを突破するのは厳しい。そう思ったその時だ、鷲介の出したボールをレネはダイレクトでマイナス方向にパスすると、セザルがそのボールを足元に収める。
そして彼はRバイエルンゴールへ直進する。そんな彼に反転したクルトが向かって行く。
勝負は一瞬でついた。クルトの突進をセザルはするりとかわし、前に出る。あまりにも自然かつ滑らかなその動きに、思わず鷲介は目を奪われる。
クルトをあっさりとかわしたセザル。ペナルティアーク右のすぐそばにいる彼とゴールを阻む選手はGKのアンドレアスだけだ。絶好の得点チャンス。
(よし! まずは一点──!)
鷲介が心中で驚きと喜びの声を上げたその時だった。かわされたクルトが鋭く反転してセザルに食い下がる。
ボールに向かって伸ばした足はセザルの足元にあったボールと、彼の脚に激突。バランスを崩したセザルは想いっきり体勢を崩してしまう。
「セザルさん!」
鷲介が叫ぶと同時にピッチに転がるセザル。そして鳴り響くファウルのホイッスル。
「大丈夫ですか!?」
先日のヴァイス・ツィーゲKとのことが脳裏によぎり鷲介は血相を変える。
「おう、全然平気だぞ」
しかしすくっと立ち上がるセザル。その無事な様子に鷲介は大きく安堵の息を漏らす。
そして彼の背後ではクルトが主審からイエローカードを提示されている。彼らしくないプレイだったが、まぁイエローは当然だ。
立ち上がったセザルへアントニオ、そしてクルトが謝罪する。35歳の超ベテラン選手は少しも気にした様子も見せず彼らと抱擁を交わすと、下がるよう指示。
そしてRバイエルンの面々が壁を作る中、セザルは悠然とした様子でピッチに立ち、ゴールに視線を向けている。
ボール付近にいるのはウーゴとセザル。しかしまず間違いなくセザルが直接ゴールに向かって蹴るだろう。根拠はない。ただ不思議とそうするような雰囲気があるからそう思っただけだ。
主審が笛を吹き、ウーゴとセザルが同時にボールに向かって走る。わずかに早くボールに駆け寄ったウーゴが右足を振るうが蹴ったふりなためボールは微動だにしない。
そしてウーゴと入れ替わるように飛びだしたセザルが左足を振るう。セザルの左のインステップキックが見事ボールに当たり、左斜めのドライブ回転がかかったボールは壁を超えてゴール左に向かう。
そのボールにアンドレアスも反応しており手を伸ばし、ボールに触れる。それを見て防がれたかと心中で叫ぶ鷲介だが、実際ボールに触れているのはアンドレアスの広げた人差し指と中指だけだ。結果としてボールは彼の二本の指を押し切り、ゴールネットを揺らした。
「よっしゃああああああっ!」
これ見よがしにガッツポーズするセザルにウーゴはもちろん、鷲介も駆け寄っていく。見事一点を返したチームのエースを賞賛するために。
◆◆◆◆◆
「ナイスですセザルさん!」
「見事なFKです!」
喜び抱き着いてくるチームメイトを抱擁しながらセザルはちらちらとRバイエルンイレブンに目を向ける。
(さて、上手く乗ってくれるといいんだが──)
そう思いながら視線を送リ、小さく笑む。彼らの表情が失点前と後では明らかに変わったからだ。
ホイッスルと同時にRバイエルンイレブンは──前半ほどではないが──前に出てくる。明らかに一点奪われたことにプライドが傷ついたのだろう。
といっても全員が全員と言うわけではない。右SBのフリオ、CBのジェフリー、DMFのロビン、GKのアンドレアスと言った面々は前に出始めた選手たちとのうまくバランスを取るようポジションを移動させており、またコーチングを出している。
Rバイエルンの攻撃をハンブルクFのDF陣は必死の表情と動きで何とか凌ぐ。前半のように圧倒されないのはチーム全体の意識が一つになっていないからだ。
ベンチで見ていたセザルは前半、Rバイエルンの攻撃には点を取ること、こちらを早々に諦めさせるといったものが感じられた。故にベンチからセザルは監督と同じくとにかく守備に専念するよう叫び続けた。──まぁRバイエルンの怒涛と言う攻撃の前に混乱、圧倒されたチームメイトたちに効果はなかったが。
そして後半、Rバイエルンは三点──サッカーではセーフティともいえる差をつけたためか明らかな余裕、そして油断があった。正直、気を抜きすぎていないかと思うほどにだ。
やるべきプレイはしている。だがどうにもプレイの端々に強者の傲慢さ──自分たちが負けるはずがない──というものがあったのだ。もちろん彼らを油断させるべく、鷲介を有効活用するべく、わざとレネのいる左サイドを重点にボールを集めたが。
その証明に先程のクルトの対応だ。突破できる自信はあったがああもあっさり抜けた上、フリーになるとは思ってなかった。正直突破した瞬間、油断しすぎだろうと相手に突っ込んだほどだ。
(今のRバイエルンもいいチームだ。だがフランツがいないのであれば、付け入るすきは十分にある)
Rバイエルンの試合を見ていれば彼がどれだけチームメイトたちを纏めているかわかる。ベンチにいる彼に変わって今日のキャプテンはGKのアンドレアスだが、やはりフランツに比べると影響力は強くない。
「セザルさん!」
インターセプトしたウーゴがボールをこちらへ出してくる。選手同士の意識に齟齬が感じられるRバイエルンのイレブンは動きやポジション取りも前半と比べれば差異が生まれている。
今までのハンブルクFならそこを突いても簡単に開いてゴールに行けなかっただろうが、今の自分達には黒鷲がいる。
「鷲介!」
Rバイエルン陣内のセンターサークルにてボールを収めたセザルはワントラップ直後、敵陣の左サイドへパスを出す。
先程のような長い、しかしゆっくりとしたボールに飛びだした鷲介が走る。世界最高峰と言われるスピードを持つ若きストライカーはそれに追いつくや寄ってきたブルーノをフェイントで惑わし、後ろへボールを下げる。
鷲介からのボールを収めるガブリエル。そこへロビンが走っていくがガブリエルはすぐさま上ってきた鷲介にボールを返す。そして再び足元にボールを収めた鷲介も自身の右──Rバイエルン陣内中央へ走っていたセザルにボールを折り返す。
(良く見えているな)
世界クラス相手でも慌てず冷静な対処をした鷲介を心中で称賛しながらセザルはボールに向かって行く。だがそこへ気合を入れた表情のクルトが走ってくる。
さすが若くしてドイツ代表、Rバイエルンと言う世界トップクラスの代表とクラブのメンバーとなっただけのことはある、的確な読みと動きだ。──だが経験に置いてはセザルの方が圧倒的に上だ。
ボールが足元に来る直前、セザルは鷲介を睨む。それだけで彼がこちらの意図を察し身構えたのを見てセザルはダイレクトでボールを蹴る。
強く、右足のつま先でボールを蹴る。Rバイエルンの左に出たそのボールは最初こそ勢いがあったものの、つま先と言う不安定な場所で蹴ったためかすぐに勢いが弱まる。
だが問題はない。鷲介が拾いやすいようわざとそう言う風に蹴ったのだから。そして予想通り裏に飛び出した鷲介がボールを拾いブルーノが体を寄せる前に中にボールを出す。
鷲介から出たグラウンダーパスにレネが駆け寄っていく。ジェフリーより早くボールに触れた彼はそのままダイレクトでシュートを撃つがアンドレアスが距離を詰めていたせいもあったのか、ボールはホストを掠めラインを割る。
「ナイスシュートだレネ! その調子で頼む!」
ぱんぱんと手を叩き、明るい声でセザルは言う。実際、相手がRバイエルンクラスでなければ入っていてもおかしくなかった。
(しっかしまぁ、本当頼れるやつだぜ)
そう思いながらセザルはレネと会話をしている鷲介に目を向ける。
優れた選手は単にチームの戦力となるだけではない。味方の技量や気力も上げる存在となる。ハンブルクFにとってまさに|彼(鷲介)がそうだ。
ハンブルクFに来てからというものの、世界の最前線で磨かれたセザルのパスに応えられる選手はほとんどいなかった。17歳しかしという若さにも拘らず彼はそれに応え、こちらのパフォーマンスを上げてくれている。
当人の実力もあるだろうが、世界トップクラスのクラブで揉まれたのもあるのだろう。セザルが思い描く絵にぴったりとはまるよう動き、完成させてくれる。これなら追いつくのも不可能ではない。
(王者さんよ、あんたたちの若手は最高だな)
揶揄を込めた呟きを心中で発し、セザルは下唇を舐めるのだった。
◆◆◆◆◆
ハンブルクFゴール前にアントニオの鋭いパスが通り、それをカスパーがダイレクトでシュートを撃つ。しかしGKハンスが前に出てボールを弾く。
ペナルティエリアに零れたボールをアレックスが押し込もうとするが、彼の放ったシュートはハンブルクFの若きSBガブリエルが身を張ってゴールを守る。
再びゴール前に転がるボールだが、今度は流石にハンブルクの選手が大きく蹴りだしてしまう。サイドラインを割ったそれを見て、クルトは眉間のしわを深くする。
(くっ、またか……!)
あと一歩のところで点が入らない。そんな状況が何度も続いている現状にクルトは心中で歯噛みする。
セザルの見事なFKで一点返された後、チームメイトたちは猛反撃に出た。王者たる自分たちが降格争いをしているチームからゴールを奪われたという事実にプライドが傷つけられたからだろう。
クルトもそれはよくわかる。だがら攻めに攻める仲間たちを咎めはしなかった。監督からも制止の言葉もなかった。
しかし今ではその判断に少し後悔をしている。なぜなら──
「カウンター来るぞ!」
アンドレアスがそう言うと同時に、敵陣センターサークル近くで味方のパスをインターセプトしたセザルがロングボールを蹴る。Rバイエルン陣内にできた、しかも味方がいないスペースに正確に放たれるボールにブルーノを振り切った鷲介が疾走し、収める。
(セザル・パトリシオ……! これほどの選手だったのか!?)
彼との対戦経験は二度ほどあるが、そのどちらも彼はあまりぱっとしていない選手だった。全盛期は世界トップクラスと言われていたそうだが、その名残は全く見られなかったからだ。
しかし今日の彼はいつもとは別人のようにピッチを動き回っており、またドリブルのキレやパスの精度も段違いだ。
セザルのパスを受け、ゴールに向かってドリブルを開始する鷲介。その彼に追いついたブルーノがさっそくボールを取りに行くが、なかなか突っ込む様子が見られない。
そうこうしているうちに鷲介はフォローに来た味方とのワンツーでサイドに飛びだす。世界トップクラスの俊足を存分に生かして左サイドを駆け上がり、ボールを奪うべく突っ込んできたブルーノを得意の高速フェイントで惑わすとパスを出す。
長いマイナスのボールを収めるのはクルトと同い年のポルトガル代表のウーゴだ。ボールを収めた直後の彼にフリオがマークに行くが、ウーゴは振り向きもせず右にパス、ペナルティアーク左に転がったボールに走ってくるのはまたしてもセザルだ。
「鷲介が来ているぞ!」
アンドレアスが言うとおり左サイドから弾丸のように突っ込んできている鷲介。そんな彼へセザルはパスを出す。
左、右へと揺さぶられできたスペースへのパス。だがそれはクルトも読んでいた。すかさず距離を詰め、若き同僚に迫る。
「二点目、いただくぜ!」
「させないよ!」
クルトが短く返答すると同時に鷲介は左に動き、ペナルティリアに侵入しようとする。
その動きにクルトは心中で舌を巻く。驚いたのはスピードではない。鷲介のボールをもらう動き、ドリブルする動きの鋭さ、滑らかさにだ。クルトが知っている彼のドリブルは例えるならば最低限の形を揃えたガラスナイフのようなものだった。鋭く切れ味はいいがところどころ不恰好で壊れやすい。
しかし前半、そして今の彼は腕のある職人が作り上げた刀を思わせる動きだ。鋭く、しかし柔剛どちらも併せ持つ鋼のような──
だがそれも読んでいたクルト反転、抜こうとする鷲介にショルダーチャージを放つ。押されよろめく鷲介にクルトはさらに体を入れ足を伸ばすが、それよりわずかに早く鷲介は動き、寄ってきた味方FWにパスを出す。
鷲介からのボールを受け取ったFWレネの近くには当然ジェフリーがいる。すぐさまジェフリーが強烈なフィジカルコンタクトでレネを圧倒、ボールを奪おうとするが体勢を崩しながらも彼もまた右──やや下がり目の位置にいた鷲介にボールを返す。
(くっ!)
シュート体勢の彼を見てクルトは慌てて前を塞ごうとする。だが僅かに遅く鷲介にミドルシュートを撃たれてしまう。
「任せろ!」
ぶわっと冷や汗を感じると同時に聞こえてくるアンドレアスの声。振り向けばゴール右隅でボールを押さえている彼の姿がある。
「くそっ!」
悔しがる鷲介の声と起き上がり笑みを浮かべるアンドレアスを見てクルトは安堵し、すぐに気を引き締める。
今のシュートブロックもクルトが知る鷲介ならば体のどこかに当たるか、もしくは当たらずともゴール枠内に向かうことはなかったはずだ。
(……認めたくはない)
アンドレアスが蹴りだした反撃のボールで再び仲間たちが攻撃に転じる。だがボールをキープしたアントニオが側にいたハンブルクFの選手二人からチェックを受け、あっさりとボールを奪われてしまう。
彼らしからぬミスだがクルトは彼を責める気はない。先日の激闘だったCLに加えて今日の試合、フランツがいないため攻撃のかじ取りを行っている彼の負担、疲労は大きい。勢いづく相手に押されても不思議ではない。
そしてCLでの疲労で動きが鈍くなっているのは彼だけではない。クルトはもちろんブルーノたちもそうだ。それでもハンブルクFにこうまで押されているのは鷲介とセザル、彼ら二人が想定以上のパフォーマンスを発揮し、それに他のメンバーが触発されているからだ。
奪われたボールをポンポンと繫ぐハンブルクF。Rバイエルン陣内中央辺りでボールを受け取ったセザルはロビンからのチェックを受けながらも鋭く左に切り替えすと同時にパスを出す。
Rバイエルン左サイドに飛んだボールを収める鷲介とそれを奪おうとするブルーノ。今日の試合や練習で何度も目にしたマッチアップはブルーノが圧勝していた。だが今眼前では、緩急を織り交ぜたフェイントで鷲介がブルーノを突破してしまう。
(認めたくはない! けど……!)
左サイドから真っ直ぐ直進してくる鷲介。クルトは上がってきているセザルたちを警戒しながらも彼を止めるべく距離を詰める。
そしてペナルティエリアに入る直前でマッチアップ。ぎらぎらとする彼の視線を見てゴールを狙っていると直感したクルトはカットインからのシュートを想定し、身構える。
その直後、左に動く鷲介。先程よりも──ほんのわずかだが──速く澱みのない動きにクルトはほんの少し反応が遅れるが、それでもシュート体勢となっている鷲介の前に飛びだす。
(防いだ!)
そう思った時だ、鷲介は左──マイナス方向にパスを出す。それに走りこんでくるセザル・パトリシオ。
「中ががら空きだ!」
セザルの背後にいるロビンの声にクルトは空いた中央を埋めるべく反射的に動いていた。
しかしセザルは鷲介からのボールをシュートせず、前にダイレクトパスを出す。
「……!」
ピッチの真ん中へ移動した自分の左を通りすぎるボールにクルトは大きく目を見開き、後ろを振り返る。やはりというべきかそのパスを受け取ったのは自分の左裏に抜け出した鷲介だ。
しかしペナルティエリアに侵入した鷲介に対応していたのはアンドレアスだけだ。シュートコースを体で防ぎつつ前に出ている。
今度こそ防いだとクルトは確信した。しかしその確信は次の瞬間、裏切られる。アンドレアスがシュートブロックするべく体を広げるより──ほんのわずかだが──早く、鷲介は左足を振りぬいていた。
鷲介の左足によって放たれたシュートはアンドレアスの開いた両足の間を通過し、ゴールネットに突き刺さった。
「っしゃあああああっっ!!」
鷲介は喜びの絶叫を上げてサポーターの前に向かい、右腕を天に向かって突き出す。いつものゴールパフォーマンスからは喜びがあふれている。
抱き着いてくるセザル、肩を叩くウーゴたちに喜色満面な表情を向ける彼を見ていると、側にアンドレアスとブルーノがやってくる。
「やられたな」
「そうっすね。……悪いなクルト、アンドレアスさん。俺のせいだ」
「謝るなよ。俺も飛び出しが遅れたんだ。あれで充分かと思ったが鷲介の奴がそれを上回った」
「アンドレアスさんの言うとおりです。僕もアンドレアスさんも止めることはできました。でもこの結果です。──鷲介が僕たちを上回っただけです」
うつむき、唇をかむブルーノの肩を叩き、クルトは言う。
認めたくはない。だが今までの彼を、そして今のゴールシーンを見てもう認めざるを得ない。
「もう、僕たちが知っている鷲介ではありませんね。フリオさんの言うとおり、鷲介は僕たちと同格と認識するべきです」
いつも以上に疲弊していたとしてもここまでRバイエルン相手に結果を見せているのだ。偶然、まぐれと判断するほど愚かではない。
クルトは個人的に鷲介があまり好きではなかった。いや、はっきり言って嫌いと言ってもよかった。何せ英彦が怪我をした原因の一つが彼だからだ。
そんな彼が17歳と言う若さでトップチームに合流したことも気に入らなかった。自分や英彦は三部にあるリザーブチームを経て20歳でようやく上がれたというのにだ。
しかし今、クルトは好悪の感情を超えて鷲介を認めた。認めざるを得ないプレイをしたこともあるが、認めたことで同時に気づいた。──自分が彼の活躍をどこか喜んでいることに。そして思い出したのだ、英彦がいた時はそれなりに仲が良かったことも。
(僕、ツンデレだったのかなぁ)
好きな相手には素直に好意を示す人間だと思っていたのだが。自分の新たな一面を発揮し微かに苦笑する。
しかしすぐに表情を引き締め、周りを見て言う。
「残り一点差。ハンブルクFは、鷲介はますます勢いに乗って攻めてくるでしょう。──格上だと思いながら相手をしましょう」
旅立ち、想定以上に大きく強くした後輩。だがこのまま素直に負けてやるほど優しくはないし、先輩としてのプライドが許さない。
これ以上好きにはさせない。自分と同じく表情から完全に油断が消えた仲間を見ながらクルトは強く思った。
◆◆◆◆◆
「よくやったっっ! 鷲介!!」
「にぃにぃー!」
鷲介のゴールに沸くハンブルクFサポータ。その中で空也が立ち上がりガッツポーズをし、サーシャの膝上のリーザが喜ぶ横で由綺も拍手を続けている。文句なしの見事な得点だ。
「これはいろんな意味でRバイエルンにはダメージがあるだろうな。さーてどうなるか」
楽しげに兄、光昭が言う中、後半Rバイエルンの二度目のキックオフがなされる。
一点差にされたことでさすがに試合の流れがハンブルクFにあることに気が付いたのか、赤のイレブンのボール運びはやや落ち着いたものとなる。
だがハンブルクFイレブンは相手が落ち着くのを待ったりはしない。ピッチのセザルが皆に声をかけ、積極的に前に前に出てはプレスしスペースを潰す。
非常にいい感じだ。今この時ハンブルクFはRバイエルンと互角に渡り合っている。
「あ、またインターセプト。セザル選手、今日は別人みたいに動きがいいな」
兄の言うとおり35歳とは思えないぐらい生き生きとしている。5歳ぐらい若返ったかのような動きだ。
インターセプトした彼はボールをサイドへ蹴り、前に走っていく。ウーゴ、上がってきた大文字選手らが連動してボールを巧みに動かし、Rバイエルン陣内中央にやってきたセザルへボールがやってくる。
ボールを収めようとするセザルにロビンが前半のような元気っぷりで迫る。しかしセザルはそれをスルーし、下がってきた鷲介がボールを収める。
「にぃにぃー! がんばれー!」
母親の膝の上でわちゃわちゃと動きながら声援を送るリーザ。それが聞こえたのかそうでないのかわからないが、彼は寄ってきたブルーノを緩急がついたフェイントで翻弄、オーバーラップしてきた味方にパスを出すと見せかけ中に切れ込む。
そこへすぐ寄ってくるクルトだが彼がボールを奪う前に鷲介は左足で右サイドにパスを出す。右サイドに流れたボールに上がていたガブリエルが追いつくと、すぐさまグラウンダーのセンタリングを上げる。
それに猛スピードで飛び込んでくる鷲介。彼のスピードにクルトやブルーノが置き去りにされているが、もう一人のCBであるジェフリーが反応している。
しかし鷲介はそのボールをスルーしてしまう。──そしてそれを受け取ったのはジェフリーが離れたことでフリーとなったもう一人のFWレネだ。
「同点だー!」
叫ぶ空也。沸くサポーター。だがレネがシュートに行こうとしたその時、フリオが彼の前を塞ぐ。
それでもシュートに持ち込んだレネだが、もうその時すでにアンドレアスがシュートコースを潰しており、彼の放ったシュートをパンチングで弾き、ボールはラインを割った。
「ぬあー惜しいっ!」
「ええ。もう少しでしたね。さてこのままハンブルクFの勢いに押されて同点に──とはどうやらならさそうだ」
「兄さん? それは──」
どういう事かと尋ねようとしたその時だ。スタジアムが揺れた。
いや実際には揺れていない。だがそう錯覚するような衝撃が体を揺らしたのだ。
「うるさいよー」
スタジアム全体から湧くあまりの音量にリーザが泣きだし、サーシャが慌てて慰める。
いったい何が。そう由綺が思っているとスタジアムの電光掲示板に選手交代が表示される。
そしてそれを見て、由綺は大きく目を見開く。
「ダブルエースの同時投入とは。Rバイエルンも確実に勝ちにきたようだな」
後半二十分ちょうどに電光掲示板に表示された選手の名前はジークフリート・ブランド、フランツ・ヴァルトシュタイン。
Rバイエルンとドイツが誇る世界的スタープレイヤーの名前だった。




