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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
25/197

王者との戦い1






「今日も付き合ってくれてありがとうなガブリエル。直康さんにペアさんも」


 居残り演習を終えてクラブハウスを歩く中、鷲介は付き合ってくれたチームメイトに礼を言う。


「いいよ別に。僕からすれば君とのマッチアップはこれ以上ない練習になる」

「同じく。ま、お前からすれば物足りないとは思うがな」


 直康の言う通りやや物足りなくはあるが、それでも付き合ってくれるだけでありがたい。練習は誰かがいた方がはるかに効率がいいものだからだ。


「次節からようやくベンチに入れる俺としてはこれ以上ないさび落としになっている。ありがたいぐらいだ」


 そう言うのは190台の長身の黒髪の青年だ。彼はペア・アッカーマン。セザルと同じく怪我により離脱していた二人目でハンブルク・フェアアインのCBだ。

 強靭なフィジカルを生かしたパワーあふれるDFが特徴だが、それが災いしたのか昨シーズン終盤に怪我をし、今季前半戦の途中で一度は復帰したものの再び怪我をしてしまい長期離脱となってしまったのだ。

 ガブリエルやウーゴと同じく幼いころからハンブルクFの下部組織、ユースで育ちウーゴと同時期にトップチームデビューを果たす。そして今現在ではチームの主軸の一人でありドイツU-23に選出されているという。


「しかし復帰戦となる予定のゲームが昨季の王者、ロート・バイエルンとはなぁ」


 ペアの言葉に鷲介は頷く。そう次節は首位であり鷲介がいたチーム、Rバイエルンなのだ。

 ちなみに先々週最大のライバルであるレヴィアー・ドルトムントをホームで迎え撃ちジークのゴールで見事勝利。首位を奪還している。


「なぁ柳。率直に聞くけど勝てると思うか?」

「はっきり言うけどほぼ無理でしょうね。真っ向勝負すれば前半だけで虐殺されますよ」


 今のハンブルクFの守備ではジーク達をとても止められない。仮に亀のように引きこもり、鷲介たちFWも守備に務めたとしても前半で失点する可能性は非常に高い。

 ルディとスレイマニはもちろん要注意だが、何よりジークのオフ・ザ・ボールと正確無比な強力なシュートを止められる守備陣はリーグの中で上げるならRドルトムントを含めて三チームぐらいだ。そしてその三チームさえもジークに得点を許しているのだ。


「でも付け入る隙がないわけではありませんよ。Rバイエルンは二日前のCLカンピオーネリーグで大激戦を繰り広げましたからね」


 CLのRバイエルンの試合は当然、すべてチェックしている。そして選手行われた決勝トーナメント1回戦の試合、イングランドリーグのマンチェスター・アーディックとのゲームは今年のCLの中でも一、二を争うほどの試合だと思っている。

 ホーム、アウェーどちらの試合もノーガードの殴り合いのような試合内容でゴールを量産。結果Rバイエルンが僅差で競り勝ち、ベスト8に勝ち残っている。


「怪我人も出ていますし、主力の何名かは休ませてくるんじゃないでしょうか。向こうからすればこっちはサブでも勝てる相手だと思っているでしょうし」

「言うなー。でも確かにサブの面子もそうそうたるメンバだからなー」

「特に注意する選手はユングストレーム選手とアウメイダ選手ですね。今季スタメンも幾度かあった人だし」


 ガブリエルの言葉に鷲介は頷く。アレックス・ユングストレーム。今季は10ゴールを上げているスウェーデン代表の若きストライカーだ。長身ながら足元の技術もありドリブル、パス、FKも上手い。そして加入した昨季と違い今季はルディからポジションを奪いつつある。

 カミロ・アウメイダは31歳のポルトガル代表。アントニオやスレイマニと同じドリブラーだがパスも上手く、何よりベテランの域に達しているのに運動量も豊富と言う実に厄介な人物だ。アントニオからスタメンを奪われたものの実力に陰りはいまだ見えず、また本人は奪還する気満々な人だ。


「引き分ければ御の字ってところだな。試合状況によっては勝ちを捨てることも考えなくちゃいけないかもなー」

「ペアさん、そんな弱気な」

「いや事実だろ。大体Rバイエルンに勝つなんてよっぽどのことがない限り──うおっ」

「あれ、みんな揃ってどうしたんだい」


 ペアの悲観的なコメントを遮ったのは曲がり角から飛びだすように姿を見せたウーゴだ。


「俺のいつもの居残り練習に付き合ってもらっていたんです。……ところでそんなに急いでどうしたんですか」

「忘れ物を取りに戻ってきたんだよ。多分ロッカールームにあると思うんだ」


 そう言って早足でロッカールームの方へ向かうウーゴ。いつになく焦った様子の彼を見て目を瞬かせる鷲介たちは顔を見合わせると、誰が言うともなく彼の後を追う。

 そしてロッカールームの扉を開け中を見ると、パスケースを大事そうに抱えたウーゴの姿があった。


「ああ、見つかってよかった。……あれ、みんなどうしたんだい?」

「いえ、ウーゴさんが焦っている姿が気になってちょっと様子を見に来たんです。でもその様子じゃ目的の物は見つかったみたいですね」

「ああ。思った通りロッカールームの中にあったよ。全く僕も迂闊だ、自分の大切なものを忘れてしまうなんて」


 黒いパスケースを胸元にしまうウーゴにペアがからかうような口調で声をかける。


「そのパスケース何が入っているんだ? もしかして彼女の写真とかか?」

「それもあるけどね。ま、僕にとってはお守りの様なものさ」


 ポンポンとパスケースをしまったところを叩き、微笑むウーゴ。

 そんな彼と一緒に再び玄関先に向かう鷲介たち。しかしその途中、医務室に入っていくセザルと監督の姿を見る。


「セザルさん、どうしたんでしょうか。今日は特に強い接触や怪我はしていなかったと思うんですけど」

「単に足の状態を診てもらうだけじゃないのか。何せ次の試合はRバイエルンなんだからよ」

「用心に用心を重ねってわけか。まぁありそうな話だな」


 ガブリエル、直康、ペアが特に気にする様子もなく話す中、ウーゴは妙に神妙な顔つきだ。


「……本当にそれだけかな」

「ウーゴさん?」


 鷲介の呼びかけにウーゴは応えずゆっくり、静かに歩み寄ると、医務室の扉のすぐ横にしゃがみこみ微かに扉を変えて聞き耳を立てる。


「ウーゴさん、ちょっとまずいですよ」

「気になるんだ。さっきのセザルさんと監督の顔が。普通じゃなかった」


 いつもと同じに見えたが。そう思う鷲介の横、ペアが同意する。


「言われてみれば、雰囲気が少し違うようには感じたな」

「もしかして足の怪我か、それ以外の故障が発覚したとかですかね……?」


 ハンブルクF出身者三人が同意し、彼らもウーゴに続いて扉近くにより聞き耳を立てる。

 鷲介は思わず直康を顔を見合わせる。どうするかとアイコンタクトをかわした二人の日本人は少しの逡巡の後、彼らに続く。


『……うむ。問題は無いな。この様子なら日曜日のRバイエルン戦には出場できるだろう』

『それは何より。まぁそうでなくても動けるんなら出場しようとは思っていましたけどね』

『セザル。そうだったら私は許可を出さないよ』

『まぁまぁウーゼさん。少しぐらいは見逃してくださいよ。今季でスパイクを脱ぐ俺です、最後ぐらい俺のサッカー選手としての人生に付き合ってくれた相棒と少しでもピッチを走りたいんですよ』

「えっ? う、おっ!?」


 セザルの発言に鷲介が小さく息を呑んだその時だ。突然扉が開き、医務室特有の薬剤の匂いが外に吹き込んでくる。


「うわっ、扉が開いた!」

「おいウーゴ。お前何やってるんだ!?」


 慌てるガブリエルとペア。しかし扉を開いた当の本人は微動だにしない。


「……君たち。そこで何をしているんだね」

「盗み聞きとは感心しねぇぞ。プライバシーの侵害ってやつだ。訴えるぞ?」


 咎めるようなチームドクターとからかうようなセザルの声。監督からもやや冷ややかな視線が向けられている。

 しかしそれに応答せず、愕然とした声で問うウーゴ。


「セザルさん、スパイクを脱ぐってどういうことですか……?」


 震えを帯びた彼の声にセザルは笑みを微苦笑に変える。数度頭をかき、少し逡巡するも扉の側にいる鷲介たちに向き直り、言う。


「……うーん、聞こえてたかぁ。──言葉通りの意味だよ」

「そんなっ……!」

「話を聞きたいのなら扉を閉めて中に入れ。おおっぴらにする話じゃねぇからな」


 硬質なセザルの声に鷲介たちは自然と従う。

 そして全員が医務室に入り、鍵を閉めたところ改めてセザルは皆を見渡すと口を開き、


「これは極秘事項だから他のメンバーには絶対言うなよ。──さて、改めて言うが俺は今季でスパイクを脱ぐ。つまり引退する」

「マジですか」

「冗談じみた物言いだったからてっきり嘘かと思っていましたけど……」

「あのなー、いくら俺でもそう簡単に引退なんて口にするかよ。本気も本気、マジだ」


 軽い口調のセザル。しかし瞳は本気のそれだ。


「やっぱり足が理由ですか」

「体力的にきついとかフランや生まれてくる二人目の子供のことに集中したいとか細かい理由はいくつかあるが一番はそれだな。──正直、限界なんだわ俺もこいつも」


 そう言って右足をさするセザル。練習中や試合中はサポーターやソックスで隠れているその場所にはうっすらだがいくつもの線──手術跡が見える。


「今季もフル出場した試合も多くない。潮時だと思ってな。

 ま、そういうわけで俺は今季で引退するが、最後にチームが二部に降格するのは俺としてもいろいろ不満が残る。そう言うわけで残り試合、全員一丸となって頑張ろうぜ。

 そして柳、お前にとっては色々と意味のある一戦だ。言うまでもないと思うが気合入れろよ。全力を尽くせよ」

「もちろんです」


 昨季リーグ王者、ドイツリーグ最強のチームでありレンタル元が相手なのだ。100%で挑まなければ相手にすらならないだろう。


「頼もしいことだ。──ハンブルクFうちの若い連中も負けるなよ」


 即答する鷲介にセザルはいつもの笑みを浮かべガブリエルとペア、そして最後にウーゴを見る。

 引退するベテランからの期待の視線にガブリエルは上ずった声だが「も、もちろんです!」と返しペアは「当然」と頷く。ウーゴもやや遅れて返事を返すが、その声に力はなかった。






◆◆◆◆◆






「セザルさんが引退かー。寂しくなるなぁ」


 クラブハウスを出たところでそう言いながら背筋を伸ばすペア。そして彼はウーゴの方を向き、言う。


「あの人に気持ちよくスパイクを脱いでもらうため、必ず残留しないとなウーゴ」

「ああ、そうだね……」


 セザルの引退発言のショックを未だ引いているのかウーゴの表情は暗く言葉には力がない。

 これまずくないか。そう鷲介が思ったその時だ、ペアはウーゴに近づき、言う。


「本当に分かってるのかお前」


 鼻と鼻がくっつく至近の距離で見つめ──否、睨みあう二人。

 いきなりのペアの豹変に鷲介はもちろん、二人も固まってしまう。だがその豹変ぶりを見て彼が何を言いたいのか鷲介は漠然と悟る。


「い、いきなりなんだよ。わかっているさ……!」


 ウーゴが怒ったような声を出すが、ペアはそれを全く意に返す様子がない。それを見て鷲介は確信した。やはり彼はウーゴの変調に気が付いている。

 いや気が付かないはずがないのだ。彼はウーゴと同じハンブルクF育ちなのだから。


「んな魂が抜けたような顔で言われて誰が納得するよ。マイヤー、直康、お前らはどう思うよ」

「ええ? えーと……」

「……今はセザルさんの引退のショックがあるからそう見えるだけじゃないのか。明日にでもなれば理解しているだろう」

「ハッ。この弱メンタル野郎がそんな図太い神経を持ってるとは思えねーな。──ヤナギ、お前は?」

「心配です。本気で試合に臨めるとは思えません」


 鷲介がそう返すと、ウーゴは怒りの表情を向けてくる。


「柳くん、僕は腐ってもプロだ。確かにセザルさんの引退はとてもショックだけれど、次の試合までにはしっかりとメンタルコントロールはできる。馬鹿にしないでくれないか」

「かつてと違いビビり入ったプレイしかしていない奴が言っても説得力ねーぞ」


 ペアの言葉にウーゴは彼に向き直ると、今度はウーゴが彼に対して顔を近づける。


「僕はビビってなんかない!」

「昔のお前を知る俺やセザルさんがそう思ってるんだよ! お前がどう思っていようがな!

 なんで前に出ねぇ! シュートを撃たねぇ! 攻守ともに躍動するのがお前のサッカーだっただろうが!」

「経験と共にプレイスタイルを変えていくのは当たり前だろう!」

「変える必要はねぇだろう。スペインでもかつてのスタイルでやれていただろうが。それが何で今みたいなプレイスタイルになっちまったんだよ!」


 至近距離で言い合う二人を見て流石にガブリエルたちが割って入る。

 荒く息を吐く二人の間に入り、鷲介は言う。


「ウーゴさん、俺はペアさん見たくビビりとまでは言いません。でも今のあなたはかつての積極性の半分もない。

 Rバイエルンとの試合、セザルさんがいない時はあなたがチームの攻撃を指揮しなくちゃならない。今のままならゴールは奪えませんよ」

「鷲介、お前がいても駄目なのか」

「俺でも非常に厳しいのは間違いないですね。マークにつくのはおそらくブルーノですが、この人は憎らしくなるほど厄介な相手です。簡単に突破はできません。

 でも何より危険なのはRバイエルンのDFを統括するクルト・フリードリヒです」


 クルトは鷲介がRバイエルンジュニアユースに入団した時からの付き合いだ。その分彼の特徴や厄介さは骨身にしみている。


「あの人を完全に突破するにはかつてのあなたとセザルさんがいて初めて成功する可能性が見えてくるほどです。

 俺にはあなたがどうして今のようになったのかはわかりませんけど、ペアさんの言うとおり今のままならRバイエルン戦、あなたは何もできずに終わりますよ。残り試合も少ない。少しでも勝つ可能性を高めるため、やるべきことがあるんじゃないですか」


 鷲介の言葉にウーゴは視線を鋭くし、しかしすぐに顔をそむけて立ち去っていく。

 ウーゴの姿が見えなくなったところで鷲介は小さく息をつき、その肩にペアが手を置く。


「言うなぁお前。さすがセザルさんが見込んだだけのことはあるってか。

 ま、俺に便乗していうのはちょっと情けなかったが、まぁ及第点だな」

「やっぱりペアさんもセザルさんから相談を受けていましたか」

「当然だな。というかあいつの様子がおかしいことに真っ先に気がついたのが俺とセザルさんだしな」


 協力者は他にもいると言っていたが、彼もその一人だったわけだ。


「さて、いざ決戦前にえらいことになったがどうする?」

「言うべきことは言いましたよ。あとはウーゴさんがどうするか賭けるしかないと思います。それとRバイエルンが攻撃、守備陣どちらもベンチメンバーを多く入れてくれることを」


 そう言いながらもそれはありえないと心中で結論付ける。CLがあるとはいえリーグ戦でも余裕がない。おそらく攻撃、もしくは守備どちらかはスタメンで固めてくるはずだ。

 その光景を脳裏にくっきりと思い浮かべ、鷲介はため息をつくのだった。






◆◆◆◆◆






「それじゃあまた明日」

「ああ。お休み」


 ガブリエルと別れ、鷲介は自室に入る。この部屋はハンブルクFのユース寮の個室だ。ハンブルクFにレンタルするとき、ユースの寮に入ることを鷲介が望んだためだ。

 室内には必要最低限の家具に机とPC、そして二段ベットがある。もっともこの部屋は鷲介だけが使用しているので、上段ベットには色々と荷物を置いていたりする。

 本来ユース寮は二人一部屋なのだがさすがにそこは色々と配慮してもらい、空いている部屋一つ丸々使用できるよう取り計らってもらった。

 風呂、そして夕食を終えた現在、鷲介は自チームとRバイエルンの直近の試合映像を見ようとPCに座る。


(ウーゴさん、少しは変わっていたようだったけど……)


 先日のセザルの引退とペア、鷲介の言葉がよほど効いたのかRバイエルンとの試合前日までの練習の間、チームメイトの誰よりも気合が入っていた。

 また紅白戦などでは以前に比べて前に出るようになっており、ミドルを放つ場面も見られた。だが幾度も彼の過去の映像を見ている鷲介や過去の彼をよく知るセザルからすれば、満足できるほどではない。

 なんというか、無理矢理しているように見えるのだ。過去の彼は自然にできていた分、見比べるとそれがよくわかる。またいつも穏やかな表情も強張っており僅かな陰影もちらついていた。


「怒ってるのか話しかけても事務的な対応だったしなぁ……」


 そう呟きながら鷲介はPCを操作してまずハンブルクFの試合映像をチェックしようとしたその時、突然スマホが鳴り響く。

 PCの横に置いたスマホを手に取れば着信欄には『由綺』の名前が表示されている。


(何の用だ?)


 今日の練習後、彼女とは話したばかりではある。明日の試合見に行くと言ってはいたが、もしかしたら何か都合が入ったのだろうか。

 そう思いながら電話に出る鷲介。するともしもしと言う前に大きく可愛らしい声が響いてくる。


『にぃにぃ~! リーザだよ~リーザ~』

「あ、ああ。聞こえてるぞ。と言うか何でリーザが由綺のスマホを?」

『それは俺が貸したからです。あ、ちなみに由綺は今風呂だ。──あいつの裸体を想像することを許してやるぞ』

「想像するまでもなく知ってますから結構です。てか、なんで俺の家にいるんですか修一さん」


 スマホの向こう側にいる日和田家次男に突っ込む鷲介。


『いや何。暇だったから由綺と一緒に遊びに来てな。んでリーちゃんが駄々をこねたから由綺が泊まることになってついでに俺も泊まることになったわけだ』


 リーちゃんとは彼がリーザに付けた愛称だ。


「すいません意味が分かりません。由綺は分かるとしてもなぜ修一さんが泊まることになるんでしょうか」

『おいおいおいおいつれないなー。ハンブルクにいる遠いお前に代わってリーちゃんと度々遊んでやっているんだぜ』

「それは由綺から聞いているので知っていますし感謝していますよ。もしかしてリーザが駄々をこねましたか」

『んにゃ、俺が由綺が泊まるなら俺も泊まるってこじつけただけ。……ついでにお前がいない間にリーちゃんの兄貴ポジションを奪ってやろうかとちょっと考えていてな』

「そうですか。──すいませんが親父に変わってもらえますか。俺から兄と言うポジションを奪おうとする不埒物がいるので家から追い出せと言わなければなりませんから」

『はははははは。冗談だ冗談。いやー相変わらずのブラコンでなによりだ』


 軽快そうに笑う修一。こういう冗談を言う所は由綺と兄妹と感じさせる。


『あ、そうそう。明日の試合俺も見に行くからな。──あと鷹野の奴も来るらしい』

「!! それは本当ですか……!?」


 鷹野と言う名前を聞き、鷲介は思わず立ち上がってしまう。彼の名前を聞いたのは久しぶりだ。


『ああ。まぁあいつがどっちを応援するかはわからないけどな。──ああ、ごめんごめんリーちゃん。すぐ変わるからな』

「ちょ、ちょっと修一さん──」

『にぃにぃ~!』


 再びスマホから元気な異母妹の声が響いてくる。一通り相手にした後リーザと変わった母親から修一が風呂に入ったことを伝えられ、変わりに風呂上がりの恋人から詳しい事情を聞き、お休みの挨拶をしてスマホのスイッチを切る。


「英彦さんが見に来るのか……」


 久しく口にしていなかった彼の名を口にする鷲介。鷹野英彦たかのひでひこ。二年前までRバイエルンにいた同じ日本人であり、将来を嘱望されていた選手だ。

 そして鷲介にとっては同郷の頼れる先輩であり、憧れの人でもあった。スピードは無いもののするするとDFを突破していく姿には幾度も驚かされ、そして魅了された。

 しかしトップチームに上がる直前、彼はユースのとある試合で選手生命が断たれるかもしれないといわれるほどの大怪我を負い、それの治癒とリハビリに専念するためチームを退団。以降、個人的なコンタクトはほとんど取れていない。

 ただ親友のクルトは別のようにで、何かしら重大なことがあった時彼が一言伝えてくれている。


「絶対に無様な姿は見せられないな……」


 あの人に魅了され、尊敬し、そして守られた・・・・鷲介としては、今の自分を余すところなく見てもらう必要がある。いや見てもらいたい。

 全力の中の全力を出す。そしてRバイエルンを倒す。鷲介は改めてそう思い、PCに向き直るのだった。





◆◆◆◆◆






「久しぶりだな鷲介。元気にしてたか?」


 選手入場口に到着しエスコートキッズと手を繋ごうとした時、聞き慣れた声が鷲介の耳に入る。

 声が聞こえた視線を向ければエスコートキッズを連れたブルーノ、クルトの姿があった。

 そしてRバイエルンのほぼすべての選手が鷲介の方へ視線を向けている。

 すでに発表されているスタメン表から彼が今日のスタメン、鷲介とマッチアップするRバイエルンの左SBであることは知っている。

 予想していた通りRバイエルンのGK、DFは全員ベストメンバーだ。システムもいつもと同じ4-4-3。KGはアンドレアス、DFは左からブルーノ、クルト、ジェフリー、そしてフリオ。

 中盤はアンカーにロビン、左アントニオ右カミロ、FWは左からルディにアレックス、そしてアレックスや鷲介と同じサブのブラジル代表カスパー・アラニス。ジークとフランツはベンチだ。

 ハンブルクFはGKハンス、DFは左から直康、ペア、先々週復帰したトム、ガブリエル。中盤二人のボランチは左ヤンと右ドミニク、左CMFにウーゴ、右SMFにウルリク。ツートップはいつもと同じ左にレネ、右に鷲介だ。


「見ての通りですよブルーノさん。今日はよろしくお願いしますね」


 しかしブルーノはにやりと見下すような笑みを浮かべると、顔を寄せて小声で言う。


「よろしくされるほどの試合になればいいけどな。──前半で勝負がつくような展開にならないことを祈るぜ?」


 明らかな挑発を鷲介は聞き流す。

 ブルーノが離れ、次に来たクルトは言う。


「話は聞いていると思うけど今日は英彦が来ている」

「はい、聞いています」

「悪いけど今日は何もさせないよ。復帰前の彼に景気をつけてやりたいからね」

「それは俺だって同じです。──俺がここプロにいるってことをあの人の目に焼き付けてもらいたいですから」


 いつになく真剣なクルトを真っ向から見つめる鷲介。数秒クルトの黒色の瞳と見つめ合った後、鷲介は自分のエスコートキッズと共に列に戻る。

 選手入場のアナウンスが聞こえピッチに歩いていく両チーム。試合前の記念撮影や相手チームとの握手、諸々の行事を何事もなく終え、選手たちはピッチに散っていく。


「相変わらず赤いな……」


 ピッチの具合を確認しながら赤く染め上げられたバックグラウンドや観客席をぐるりと見渡す。シーズン開始時に見た時は圧倒され、同時に頼もしく感じたものだが、今は静かな重圧感を感じる。


(レンタルとはいえ敵チームにいるからかな)


 多少ある紺と白、黒のフラッグを持つハンブルクFサポーター席を見て鷲介は視線を固定し、気付く。サポーターの塊の隅っこに両親と妹を膝に乗せた由綺(恋人)の姿があることを。

 しばしじっと見つめるが英彦の姿は無い。やはりというべきか、彼はRバイエルンサポーターのどこかに紛れ込んでいるようだ。


(ま、いいけど)


 味方チームのサポーターから視線を外し、鷲介は改めて相手チームを直視する。

 自然にジワリと汗が浮かび、頬を流れる。放たれる圧力は凄まじく、あのレヴィアー・ドルトムントと同じか、それ以上だ。


(負けるかよ)


 かつてないほど激しいゲームとなる。それを確信しながらも鷲介は彼らを睨み返す。

 そして主審の笛がピッチに響き、Rバイエルンボールで試合が開始される。ルディが触れたボールをカスパーが後ろにパスする。ポンポンとテンポよくボールがパスされ、あっという間にRバイエルン陣の最終ラインに到達する。

 そしてそのボールをクルトが止め、わずかに視線を細くする。それを見て鷲介が思わず後方を振り返ったのと同時に、彼から長いロングボールが放たれる。

 速く強いロングパスはセンターサークルを悠々と超えて一気にハンブルクFゴール前へ。それに飛びつくルディとガブリエル。

 A代表とU-17代表とのマッチアップはやはりと言うべきかルディがあっさり競り勝つ。頭で落としたボールをカミロが拾い、しかし近くにいたドミニクがチェックをする間もなくすぐに右へパス。

 ハンブルクF陣内やや中央でボールを受け取ったアントニオにヤンがチェックに行くが、彼は後方を見もせずダイレクトヒールでボールをパスし右へ疾走し、ヤンがそれに釣られる。


(中央! がら空きだ!)


 鷲介が心中で悟ると同時、ボールを収めたロビンがぽっかり空いた中央のスペースへパスを通す。速いそれをトラップして前を向くのはペナルティアークに飛び込んできた若きスウェーデン代表のストライカーだ。

 彼の前にはトムがいる。しかしアレックスはそれを気に留めることなく左右に体を振ってマークをずらすと、いきなりシュートを撃つ。

 だがそれはペアが伸ばした足によって弾かれ、横にこぼれたボールを直康が拾う。チェックに来たカスパーをヤンとのワンツーでかわした彼はしばしサイドを疾走、センターラインを超えたところでウーゴへボールを渡す。

 ボールを収めたウーゴへロビンがチェックに行くが、ウーゴは背中を向けたまま上手くボールをキープ。近くにいたフリオが近づくとフォローに来た直康にボールを渡し左サイドに向かう。


(今度はRバイエルンあんたたちの真ん中ががら空きだぜ!)


 そう心中で叫びながら鷲介は一気に加速、ブルーノを置き去りにする。そしてボールを要求しながらRバイエルン陣内の中央にできたスペースへ走りこむ。

 直康から飛んできたボールを収める鷲介。ゴールを向けば正面やや右にクルト一人だ。フリオは釣りだされ、ジェフリーはレネにマークに付いている。


(挑む!)


 強く思いクルトに向かって行く鷲介。彼の射程距離に入る直前、いつもの高速シザースを繰り出す。

 それを見てクルトは動かず腰を落とし待ち構える。三度目のシザースで鷲介が左にかわそうとしたのと同時にボールへ足を伸ばしてくる。

 こちらのタイミングとばっちりあった正確無比なインターセプト。流石だ。──だがその読みは昨年までの話であり、クルトがそう来ることを鷲介も読んでいる。

 90%のスピードで繰り出していたシザースから100%のスピードによる右への切り替えし。結果、鷲介はクルトをかわしRバイエルンゴール前へ向かう。

 これで残るはアンドレアスだけ。そう鷲介が思ったその時だ、突然視界の右隅から何者かの脚が伸びてきてはボールを蹴りだし、それをアンドレアスがキャッチする。


「なっ……!?」

「おいおい。まさかあの程度の動きで俺を振り切れたなんて思ってたわけじゃないよな?」


 愕然とする鷲介に投げかけられる言葉。声の方──右へ振り向けばスラィディング体勢から体を起こしているブルーノの姿がある。


「いやー、まさか本当にクルトの読み通りに動くとはなー。びっくりだぜ」


 笑うブルーノの言葉に鷲介はハッとすると、クルトの方を見る。

 彼は何も言わない。しかしその態度がブルーノの言葉を肯定している。


「もう一度言うよ? 今日の試合、君には何もさせない」

「……!」


 読んだと思っていたのに、あっさりと上を行かれた。その事実に鷲介は歯噛みする。

 再び始まるRバイエルンの攻撃。的確なパス回しと無理のないサイドチェンジでハンブルクFの陣形をゆさぶりゴールに迫る。

 特にこちらの弱点である空中戦を挑んでくるがそこは復帰したペアが大活躍。長身屈強な体を生かして飛んでくるボールを弾く。

 そして中盤ではいつになく積極的なウーゴがコーチングと味方とのコンビプレーでロビンたちのマークを外しては鷲介たち前線へボールを送る。


「悪いけどここから先へはいかせねぇぞ!」


 右サイド、ペナルティエリアから10メートル弱と言った距離でウルリクとのワンツーで再びボールを収めた鷲介にブルーノが迫る。


ブルーノこいつを突破できれば大チャンスだ)


 Rバイエルンの右、フリオとジェフリーが高い位置にいる現在の状況だ。彼をかわせばスピードに任せて一気にゴールに迫れる。

 鷲介はそう思うと一気にブルーノへ距離を詰め、また彼も同じように近づいてくる。

 そして両者の間合いに入る少し前から鷲介はスピードを落とし、体を揺らす。それにブルーノの視線が揺れたのを見て鷲介は全力で左へ曲がる。

 

「甘いぜ!」


 こちらのフェイントに惑わされずついてくるブルーノから足が伸びてくる。しかし鷲介はそれを待っていた。

 左に曲がった次の瞬間一気にスピードを落とし、ぽっかりと空いたブルーノの股間にボールを通すとまた加速。突破する。


「うおっ!?」


 驚くようなブルーノの声を聞きながら鷲介は心中で喝采の声を上げる。そして一気にゴールに迫っていくが、右サイドからペナルティエリアに入ろうとしたところで再びブルーノが迫ってくる。


(また抜きしたボールが少し長かったから、追いつきやがったのか!)


「悪いがここまでだ!」


 距離を詰めるブルーノ。鷲介は一瞬、センタリングを上げようかと考えるがエリア内にクルトがいるのとジェフリーがレネをマークしているのを見て諦め、再び彼に突っ込んでいく。

 連続しての二度目の対峙。鷲介はより加速──100%のスピード──しては距離を詰めると、そのスピードのまま左に曲がり左足を振り上げる。

 当然ブルーノが反応するが鷲介は知っている。こちらの全力加速による動きにブルーノの動きがわずかに遅れることを。そして一瞬でも隙があれば鷲介ならシュートを撃つことができる。

 ペナルティエリア右、左足の45度シュート。今まで決めてきた必殺の形だ。


(よし! 一点──)


 決まったと思ったその時だ、左足を振り上げた状態の鷲介とボールの間にブルーノが割って入ってくる。

 全く予想もしていなかったブルーノの動きに鷲介は驚愕、混乱し、あっさりとボールを奪われる。

 ボールを奪ったブルーノはクルトにボールを渡すと、倒れている鷲介を見下ろして、言う。


「何驚いているんだお前。まさかとは思うが自分のスピードに俺がついていけないとでも思っていたのか」

「!!」


 図星に鷲介が言葉を返せないでいると、ブルーノはこれ見よがしに肩をすくめ、嘲笑する。


「お前がそれを判断したのは練習でのことかもしれねぇがな。自惚れるな小僧、お前如き本気を出さなくても押さえられたんだよ。まぁ一年弱で俺に本気に近い実力ものを出させたことは褒めてやってもいいけどな。

 それにしてもレヴィアー・ドルトムント戦の教訓が生かされてねぇな。単純なスピードだけじゃ俺たち──世界クラスに太刀打ちできないことはわかっていただろうが」


 反射的に立ち上がり、彼と睨みあう鷲介。その時、スタジアムから歓声が沸きそして一拍後、スタジアム中から声援が轟く。


(まさか!)


 ハンブルクFゴール前に振り向けば想像した通りの光景となっていた。ゴール前に項垂れるチームメイト、喜ぶRバイエルンの選手たち。──ゴールネットに収まったボール。


「やっぱりよろしくされるほどの試合には、なりそうもねぇな」


 電光掲示板にでかでかと出る前半12分の1-0と言うスコアを見る鷲介の背後から、つまらなそうなブルーノの声が聞こえてきた。






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