準々決勝、日本対アルゼンチン(1)
試合開始時間間近となり、控室から入場ゲートへ向かう鷲介たち日本代表。到着した入場ゲートには先に到着していたアルゼンチン代表の姿がある。
雑談している彼らは体力、気力共に充実している様子だ。そして鷲介たちを見るや笑顔を浮かべて近づいてきた。
久司とディエゴは挑発するような笑みを浮かべあており、それをアルフレッドが落ち着かせている。ティトは柔和な笑みで顔なじみの直康、鹿島と喋っている。
本村はダミアンと共に肩を叩きあっており、そして岩永ら一番顔なじみが多いのかアルゼンチンリーグ所属のメンバー数名に囲まれているも、全く物怖じしていない。
そして鷲介にはミカエルとペドロ。昨季のCLで対戦したアシオン・マドリーの二人が声をかけてきた。
「久しぶりだなシュウスケ。まさかW杯の、しかも準々決勝で顔を合わせるとは思ってなかった」
「へぇ、それは俺たち日本がグループリーグで敗退すると思っていたってことか」
「それもあるしお前たち日本なら2位通過して逆の山になると思っていたからな。──だから素直に褒めてやるよ。よくここまで来たな。偉いぞ」
胸を張って言う、相も変わらずの上から目線な態度のミカエルに鷲介は苦笑する。
そんなミカエルの頭を軽く叩くペドロ。ミカエルからの抗議を無視して鷲介に声をかける。
「昨季ぶりだねヤナギくん。君の活躍は耳に痛いぐらい聞こえてきているよ。そしてこのW杯でもそれに違わぬ活躍だ」
握手を交わし鷲介をほめたたえるペドロ。
でも、と彼はいったん言葉を切ると、その優しい顔に戦意を浮かび上がらせる。
「君の活躍も、日本の快進撃もここまでだ。
ここから先に進むには君たちでは役不足。それをこの試合で証明させてもらうよ」
「そうですか。なら俺は俺たち日本代表がW杯を取れる資格のあるチームだと、今日の試合で証明しますよ」
「それは楽しみだ」
静かに目線を交わす二人。握っていた手を放しペドロは顔なじみである堂本の下へ向かい、楽しそうに話し始める。
「あの人も俺に負けないぐらいの負けず嫌いだからな。去年もロート・バイエルンに負けた後はしばらく機嫌が悪かったんだぜ」
「それはお前もじゃないか? 次のリーグ戦の試合でゴールを決めるもレッドカードもらって退場していたし」
「ああん?」
凄むミカエルに鷲介も鋭い視線をぶつける。
しばらくお互いあのダメなところ、過去の失敗談の言い合いとなるが、両者の間の空気は穏やかだ。
互いにわかっているのだ。これは体に蓄積されている燃えるような戦意のガス抜きだと。
「と、そろそろ時間か。さっきの大言、ピッチで証明してもらうぜ」
「望むところだ」
互いに挑発的に睨み合い、すぐに苦笑。背を向けてチームの列に並び直す。
審判と共に両チームイレブンはピッチに入場。アルゼンチンサポーターの熱狂的な声援が響く中、鷲介たちサムライブルーは勤めて冷静に試合前セレモニーをこなす。
そして握手を交わし──ほぼ全員から鷲介は睨まれ──コイントスも終わって、両チームのイレブンはピッチに散っていく。
センターサークル内にいるミカエルとアルフレッドを見た後、鷲介は改めて対面するピッチを見渡しアルゼンチン代表のスタメンを確認する。
まずシステムは3-4-3のダブルボランチ。GKはアマデオ・ルケ。イタリアリーグの強豪アシノ・ナポリ所属であり十年以上正GKを務める名選手だ。
スリーバックはチームキャプテンを務めるクリスティアン・ロメロ。岩永が所属するボカFCに所属している。レイ・マドリー所属のレネ・マスチェラーノはクラブと同じく代表においても守りの要だ。そしてJリーグの絶対王者、ソルヴィアート鹿嶋のダミアン・ディアス。
ダブルボランチは二人ともアルゼンチンリーグのリーベルFC所属。29歳のホアキン・シメオネに10歳年下のマルセロ・デ・パウル。
前二人はスペインリーグのバルセロナ・リベルタ所属、代表の10番であるディエゴ・セバスティアン・オルテガと同じくスペインリーグ、アシオン・マドリー所属のペドロ・アマージャ。
そして今大会最強のスリートップと言われる三人。ドイツリーグの強豪レヴィアー・ゲルセンキルヒェン所属のティト・アイマール、ディエゴと同じバルセロナR所属、ジークと並び世界最強のFWともいわれるアルフレッド・オマール・ケンペス。
最後はもちろんアルゼンチンの至宝、”ゾディアック”が一人、ペドロと同じAマドリー所属のミカエル・レオンだ。
(岩永の言っていた通りだ。でも嫌な感じに落ち着いているな)
アルゼンチンから感じる圧は同じ優勝候補のイタリアと遜色はない。しかし重厚ながらもどこか余裕がなかったイタリアと違い、アルゼンチンの圧には緩みがある。
そしてその緩みは余裕、油断から発せられるものではない。どんなことをされても受け止め正面から粉砕する、いわば王者が放つ圧だ。
(まぁいいけどな)
とはいえ緩みは緩みに違いない。ならそれを存分の利用させてもらう。
そう思いながら鷲介は久司たち日本代表イレブンを見渡す。こちらの視線に皆は小さく頷く。
主審の笛が鳴り響き、大歓声が巻き起こる。準々決勝、日本対アルゼンチンの試合がスタートする。
アルフレッドが触れたボールを受けたミカエルはすぐ後ろにボールを渡し、それを鷲介たち日本が追いかける。
レネが蹴り上げたボールが一気に最前線へ。ジャンプしたアルフレッドとテツが競り合いこぼれたボールをディエゴが拾う。
そしてすぐに右サイドへパス。それを収めたティトの前を直康が塞ぐが、ティトは中に入っていくと見せかけて外に行き、食い下がる直康を強引に突破。
直康に追尾されながらもティトは日本陣内深くまで侵入し、クロスを上げる。早いシュート性のそれに飛び込むのはダイアゴナルランでペナルティエリアに侵入したミカエルだ。
井口が前を塞ぐがそれに構わずダイレクトでシュートを放つミカエル。ボールは井口の股間を抜いて日本ゴールに迫るが、兵藤がしっかり押さえてくれた。
開始早々のシュートにアルゼンチンサポーターは大いに盛り上がる。それを聞きながら鷲介は今の攻撃に絡んだ四人を見て視線を細くする。
(なるほど。確かに今までの相手とは違うな)
今まで対戦した国と比べても総合的能力ではあまり変わらない。ただ彼らの攻撃に対するアクションはかつての対戦相手よりわずかに速い。
それはコンマ数秒という微細な差だが、このレベルになるとそれが非常に重要だ。仲間たちが最後までシュートに持っていかれたのはそのためだろう。
兵藤のスローインで再開される試合。ボールを繋ごうとする日本にアルゼンチンはプレスをかけてくるが、群れのように連動した日本の動きとボール回しはそれをかわす。
そしてボールがセンターラインを越えて相手陣内にいる久司の下へ。マルセロが立ちはだかるが久司はフットサル仕込みのテクニックで彼をかわし前に出る。
アルゼンチン陣内を突き進む久司に日本サポーターは声援を上げる。それを耳にしながら鷲介は変化するアルゼンチン守備陣の穴を探し飛び込むと同時、鹿島とのワンツーでボールを受けた久司からのパスが来る。
右ハーフレーンへのボールを収める鷲介。その前にホアキンが立ちはだかる。
「これ以上はいかせねぇぜハポネス(日本人)!」
目の前の選手は久々に見るタイプだ。強い自負と自分──日本人に対する侮りを強く感じる。
懐かしいなと鷲介は思うと同時、左に切れ込む。当然ホアキンもついてくるがその動きは想定内。ギリギリボール一個分が通れる隙間がある。
鷲介は迷わずペナルティエリアの白線を超えると同時、左足を振るう。弧を描きゴールに進むボールにアマデオが反応するが伸ばした手はボールに届かない。
ボールは見事、アルゼンチンゴールの右サイドネットに突き刺さった。
「何ぃぃぃ!?」
絶叫するホアキンから顔を背け、鷲介は日本サポーターに向けて右腕を振り上げる。
そして仲間たちと喜んだあと、電光掲示板に表示されているスコア──前半八分、1-0を見て、「絶好調」と小さく呟くのだった。
◆
(よっし!! 狙い通り……!!)
ゴールを決めた柳に手荒い祝福をした後、自陣に戻った和久は小さくガッツポーズをとる。
日本代表の中で最もアルゼンチンに慣れ親しんでいる自分。実の対戦相手がアルゼンチンと決まった後からすぐに本大会はもちろん予選や親善試合の映像に目を通した。
そして、気が付いた。今のアルゼンチン代表は試合開始直後に緩みがあると。そしてそこを狙い撃つべきだと監督に進言し、それが見事に的中した。
(さて、ここからが本番だ。気合入れねぇとな)
大きく息を吐き出して和久は気持ちを切り替える。
先制点を奪われたアルゼンチンはこれまた和久の予想通り、皆激怒している。
特に柳に突破されたホアキンは周囲の皆から集中砲火を受けており、それに彼が逆切れしているようだ。仲間割れとしか表現のしようがない有様。
しかしキャプテンであるクリスティアンとペドロが皆を宥めてすぐに鎮静化する。和久はもう少し揉めてくれていればなと心中で思う。
再開される試合。当然ながらアルゼンチンは前がかり、平静を装いながらも彼らは怒りを内に秘めて日本陣内へ侵入してくる。
日本陣内で展開される、アルゼンチンの攻撃は多彩の一言だ。基本であるミカエルとティト、両ウイングの突破からチャンスを作るだけではない。
サイドに開いた彼らを囮としたディエゴたちの中央突破。高速パス回しによるサイド、中央の攻撃。そのどれもが日本ゴールに迫り、アルゼンチンサポーターを沸かせる。
しかしそのどれもを和久たち日本の守備陣は防ぎきる。大会最強のスリートップを要する攻撃に対応できているのは──和久の教えもあったのだろうが──ひとえに皆の実力だ。
自分はもちろん皆、試合をするたびに、勝ち上がるたびに成長している。若手ベテラン関係なく。そして日本サポーターからの応援と言うバフもある。
「らあっ!」
ミカエルへ渡すであろうディエゴからのパスをカットする和久。顔を上げてすぐ前線にパスを出す。
敵陣のセンターサークルでそのボールを収める中神。すぐにマルセロがボールを奪いに行くが中神は上がってきた大文字にパスをすると見せかけて中に鋭く切れ込み、マルセロをかわす。
攻撃に注力していたため、守りの薄いアルゼンチン陣内を突き進む中神。大声援を受けながら進む彼は右サイドのスペースへボールを送る。
ラインを割ろうかというギリギリのところでそれを受けた本村は間髪入れずアルゼンチンゴール前へクロスを上げる。高いアルゼンチン最終ラインの裏を突くようなそれに真っ先に反応するのは、左サイドからのダイアゴナルランで突入してきた元同僚の鹿島だ。
ロメロに追尾──見えないようユニフォームを引っ張られている──されながら彼よりわずか前に出てペナルティエリアに飛んだボールに飛びつく。
中神、本村、鹿島。ソルヴィアート鹿嶋だった三人の絶妙なコンビネーションプレー。
前を塞ぐアマデオに構わず鹿島はヘディングを放つ。GKの左脇を狙った絶妙なシュート。
しかし長年代表とイタリアリーグの強豪Aナポリの正GKを務める選手の反応は過敏。とっさに腕を伸ばしてボールを弾く。
宙に浮いたそれを堂本より早く反応したレネが頭で掻きだす。ひとまずクリアーと言うボールは右サイドに転がりペナルティエリアから出る。
しかしボールがラインを割ろうというところでそれを拾う日本の10番。獲物を見つけた猛禽のように柳はアルゼンチンゴールに迫るが、その前に再びホアキンが立ちはだかる。
アルゼンチンリーグ、リーベルFC所属のホアキンは岩永にとって仇敵と言うべき男だ。日本人を見下すなどいろいろな理由はあるがその最大の理由は彼と自分のプレースタイルがほぼ同じであることと、非常に癪だが自分よりも格上だからだ。
彼と自分は強靭なフィジカルを前面に出したプレーをしており、大会前では明らかに一歩先を行かれていた。
その中で特に和久が彼を厄介と思うのは、彼が非常に偽装が上手いからだ。
VARにより数々の反則が発覚されている昨今だが、彼のプレーはファウルすれすれのプレーをするくせに何故か審判やVARからの指摘を受けることが多くない。明らかなファウルのようなプレーを見せても流されることもしばしばだ。
W杯でもそれは変わらず、彼は中盤や最終ラインに姿を見せては敵の要の選手にファウルすれすれのプレーをしては相手のチャンスを的確に潰していた。それ故今日の試合で柳のマークについているのだろう。
柳はいったん、後ろに上がってきた田仲へボールを渡し動き回る。そして中からハーフレーン付近へ移動したとき本村からのボールを収めるが、その直後ホアキンに激しく当たられる。
見ようによってはファウルとにも見える激しい当たりだがボールを奪ったホアキンに主審の笛は鳴らない。一体どういう絡繰りなのか、彼を見続けている和久にもわからない。
ホアキンが放つアルゼンチン反撃のボールは和久のすぐ傍にいるディエゴへやってくる。
味方との距離が離れていることもあり和久は前に飛び込まず待ち受け、反転したディエゴは最適なドリブルコースを塞ぎながら下がり続ける。
がすぐにディエゴは和久の方に向かってくる。これにはさすがに動かないわけにはいかず、腰を落として待ち構える。
(来い……!)
心中で唸り飛び込んできたディエゴへ体を寄せる。
だがボールを奪えると思った次の瞬間、ディエゴはぬるりとした動きで和久をかわす。お互いのユニフォームがかすれるぐらいの距離まで接近したというのに、体にはまったく接触していない。
試合映像で幾度も見たディエゴの緩さと精密さが一体となったドリブル。中神に練習台となってもらったというのに、想像以上だ。
通り過ぎるディエゴに和久は思わず手が出そうになる。だがギリギリでそれをこらえ、叫ぶ。
「ミカエルだ!」
和久の声と同時、ディエゴのパスが日本の左ハーフレーンに飛ぶ。そして大文字を振り切ったアルゼンチンの”ゾディアック”がボールを収め、目の前のペナルティエリアへ突き進むが、その前に藤中が立ちはだかる。
前を塞いだ藤中に対し、ミカエルの動きは速い。まるで予見していたように彼は距離を詰め、わずかに体を左右に動かした後、迷うことなく中に切れ込む。
今日の試合で初めて見せる緩急を効かせたドリブル。鷲介のそれよりもわずかに速く、緩から急に切り替わるタイミングも読みづらい。
今の藤中でも即座に反応、対応できない。そう思う和久だったが、その予想は裏切られた。──ペナルティアークを通り過ぎようとしているミカエルの動きに、藤中はぴったりついていたからだ。
「お…‥」
和久が声を漏らしたのと同時、藤中がミカエルの足元にあるボールを蹴りだす。こぼれたそれを兵藤が駆け寄り、大きく蹴り上げる。
ただのクリアボールかと思ったそれは和久の頭上を越えてセンターサークルにいた鹿島の下へ。競り勝つ鹿島だが接触してきた元チームメイトであるダミアン共々空中でバランスを崩し、ピッチに落下する。
鳴り響くファウルの笛の音。二人とも落下の衝撃に呻いており、すぐさま両チームのメディカルスタッフが駆け付ける。
止まる試合。その間に和久はすぐに近くにあるボトルに駆け寄り水分を補給。集まっている守備陣に駆け寄る。
「藤中、さっきは助かった。それにしてもよく反応できたな」
「鷲介の動きと似ていましたし、ドリブルしやすいようにわざと右側を開けましたから」
平然と言う藤中に和久はもちろん井口と大文字もぎょっとする。それを察していたのか田仲だけは肩をすくめるだけだ。
「……一歩間違えれば失点モノだぞ」
「ですが井口さんたちも近くにいなかった先程の状況ではあれがミカエルから最も早くボールを奪える最善手です。
それにまだ前半20分過ぎ。鷲介たちなら取り返す時間は十分あるでしょう」
ふてぶてしさすら感じる藤中の態度。それに井口が眉根を潜めるが、
「それはそうだが」
「はいそこまで。結果的にボールを奪えたのだから良しとしよう」
井口の言葉を遮る田仲。彼は二人の間に生まれようとしていた良くない空気を祓うかのように、二人の肩を軽く叩く。
「監督も言っていただろう。相手はあのアルゼンチン、確実に一度は日本のゴールを揺らさられる。だから失点を恐れず果敢な守りをしろと。それが攻撃陣の後押しにもなる」
そう言って田仲は前を見る。視線の先にあったのは落ち着いた様子で話し合う攻撃陣のメンバー。──いや、その中核となっている中神と柳だ。
「あいつらがああも落ち着いているんだ。俺たちが無用に騒げばあいつらも動揺し、効果的な攻撃ができなくなる。そうなれば負けるぞ」
今日の二人の動きは悪くないが、活躍自体はそこそこだ。先制点を取った柳は相も変わらずキレのある動きを見せるも激しく荒いホアキンのマークに時折苦慮している。
アシストをマークした中神も似たようなものだ。最終ライン近くまでは良いプレーをするが、相手ゴールまでのドリブルやパスはレネを中心としたアルゼンチンの守備陣にことごとく阻まれている。
普通の選手ならば焦り苛立ってもおかしくない。だが二人とも務めて冷静だ。彼らと話している周囲の皆も同様だ。
「あいつらは再びアルゼンチンのゴールネットを揺らす。そう信じて俺たちも果敢に守るとしよう」
田仲の言葉と同時、両チームのメディカルスタッフがピッチから去っていく。
立ち上がり握手を交わしあう鹿島とダミアン。どうやらどちらもプレー続行可能のようだ。
日本のFKで再開される試合。本村が蹴ったボールを鹿島が納めるが、そこへレネが激しく接触する。
先程まで治療していた相手への容赦のない接触。しかし鹿島は倒れず駆け寄ってきた堂本へパス。堂本は接触のお返しと言わんばかりの、強烈なロングシュートをアルゼンチンゴールに向けて放つ。
25メートルはある距離から放たれたそれにアルゼンチンの守備陣は虚を突かれる。しかしGKはしっかり反応してシュートを防ぐ。
パンチングで弾かれ宙に浮いたボールへペドロが駆け寄る。しかしその死角から迫っていた中神がアルゼンチンのお株を奪うようなファウルすれすれの激しい当たりを見せてボールを奪取し、すぐ前にパスを放つ。
ペナルティアークへ飛んだボールに駆け寄る柳。再びホアキンが立ちはだかるが、彼の動きはそれより一瞬、早かった。
中神から来たボールに対し、柳は左足でダイレクトに合わせた。地を這うグラウンダーシュートはホアキンの右を通過。ボールはアマデオが伸ばした手も届かずゴール左隅に見事、吸い込まれた。
「……ははっ」
またしても輝く二人の若手に、和久の口から笑い声が出る。
スタジアムに響く日本サポータの歓喜の声。がそれもすぐに止まる。VARチェックが入ったからだ。
そしてチェックの結果、今のゴールはノーゴールとなった。中神のペドロからのボール奪取がファウルとなったためだ。
とはいえ田仲の言う通り、前線にいる彼らは再びアルゼンチンゴールを揺らしたのは間違いはない。そして二人もノーゴールに残念がったのは一瞬、すぐに試合に集中する。
(負けていられねぇな)
7つも年下二人に負けん気を燃やし、和久は下唇を舐めて周囲を見渡すのだった。
◆
「えー!? 今の奪い方がファウルなの!? ファウルすれすれじゃないか!」
ホテルの食堂に用意された大型スクリーンの前で騒ぐロナウド。
うるさいと思いながらアントニオは呟く。
「しかし日本は思った以上にやれているな。あのアルゼンチン相手に」
「ええ。今の日本でも厳しい相手と思っていたけど善戦していますね。
──いや、善戦は日本に対して失礼ですね。互角と言ってもいい」
隣に座るクラブ、代表でもチームメイトであるジュニオールの言葉にアントニオは首を縦に振る。
セレソン内における試合前の下馬評は圧倒的にアルゼンチン優勢だった。だがこれまでの試合展開を見るに完全に覆している。
皆で集まって日本とアルゼンチンの試合を見ようというロナウドの誘いに集まった仲間たちの眼差しは最初、勝ち上がってくるであろうアルゼンチンに向けられていた。
アルゼンチンは自分たちブラジルと共に南米二強、W杯の優勝候補を見られている強国。視線を集めるのは当然だ。
しかしアルゼンチンを見ていた仲間たちは今、対戦相手である日本に対しにも驚きと警戒の視線を向けている。
「シュウスケ・ヤナギはわかってはいたがナカガミも匹敵するプレーぶりだな」
「いや、驚くべきはフジナカだろう。今季のリーグ戦の映像とは別人と言っていいぞ」
「驚くべきは彼らだけじゃない。皆、クラブや親善試合と比べて確実に成長している。
ドウモト、カシマ、イグチ、ダイモンジ──」
「欧州組だけじゃないですよ。あのモトムラって人は日本のプロリーグでプレーしているんですよね。
なのに他メンバーと遜色ないなんて。日本のプロリーグってそこまでレベルが高かったんですか」
仲間たちのざわめきを聞きながらアントニオは思う。W杯と言う大舞台と鷲介という二重の起爆剤のおかげだと。
大舞台で選手が劇的に成長するという話はよく聞くし、実際あることだ。それが最高峰のW杯ともなれば勤勉で貪欲な日本人選手たちが成長しないはずもない。
何より鷲介と言う世界相手に圧倒する規格外が傍にいる。日本代表イレブンは彼に頼る様子──特にナカガミとフジナカたち若手連中──はなく、彼に必死に追いつこうともがいている。
規格外の才能がいる場合、周囲に起こる現象は大きく分けて二つ。それに依存するか、それに反発して己を高めるか。
当然日本は後者だ。そしてアントニオとしてはそれは驚くべきことではない。
幾多の屈辱、試練を超えて成長した鷲介と言う身近な例だけではない。欧州──特に同じリーグでプレーする日本人や日本代表選手たちを幾人も見てきたからだ。
アジアの片隅の、サッカー後進国だった日本。W杯や現在のサッカーの最先端である欧州と言う世界の舞台に姿を見せた彼らは世界のトッププレイヤーを目にして、自分の未熟さと世界の格差、それによりもたらされる数多の屈辱を味わっただろう。
しかし彼らはそれらを良しとせず、挑み続けた。結果たった三十年で世界の強豪──我が母国すら下す国へと成長し、欧州各地に日本人選手たちがいることも珍しくなくなった。
それを見ていれば驚くはずがない。むしろ今驚いている彼らの認識が怠慢だとさえ思う。──それでもアルゼンチン相手にここまでやれるとは思っていなかったが。
「現状は日本優勢。もし二点目が入ればアルゼンチンは苦しくなるな」
「そうですね。僕としてもあのアルフレッド達相手に日本のDF陣がここまで奮闘するとは思っていませんでした」
今大会最強ともいわれるアルゼンチンのスリートップ。しかし彼ら相手に現在の日本のDF達は対等に渡り合っている。
右サイドのティトとマッチアップしているハンブルグ・フェアアインのダイモンジは同じリーグでプレーしているのを考慮しても彼に効果的なプレーをさせまいとしている。結果、ドリブルをさせてはいるがそれは外だけであり、中には一度も突破されていない。
左サイドのミカエルに相対するNASミランのタナカは非常に老獪だ。ミカエルがドリブルを仕掛けようとするタイミングで間合いを潰してドリブルを止めさせたり、中に入らせたかと思った次の瞬間、仲間と共に囲んでボールを奪っている。彼は長年イタリアの強豪であるNASミランのレギュラーである日本最強のDFではありその実力は広く知れ渡っているが、それを踏まえてもあのミカエルをここまで封じれるのは驚きだ。
そしてジークフリートと並ぶストライカーであるアルフレッド。イグチと今大会急成長したフジナカ二人でも厳しいとアントニオは思っていたが、ここまでその予想は完全に裏切られている。
二人はアルフレッドに競り負けることはあっても当たり負けをせず、彼のオフ・ザ・ボールの動きもフジナカと連動して的確に邪魔をしている。しかもフジナカはそれをしながら周囲の味方に的確な指示を飛ばしている。
日本のDFの要はイグチだったが、今日の試合だけを見た日はフジナカだと思う。それほどの活躍ぶりだ。
「このペースなら日本がリードして折り返すかもな」
「それはどうだろうか」
「前半残り10分、アルゼンチンが、いやあのディエゴとアルフレッドが現状を許すとは思えんな」
耳に届く疑問の声。視線を向ければ先程までロナウドの傍にいたアーギアとマルシオの姿がある。
「それは、そうかもしれませんが」
「うそーっ!?」
セレソンのエースストライカーと司令塔の言葉にアントニオが口を開いたその時だ、突然ロナウドの驚きの声が聞こえた。
何事かと思い目を向けて、アントニオは絶句する。つい先ほどまでダイモンジがティトからボールを奪ったはずだった。
しかし今、ボールは日本陣内に転がっており、スクリーンに表示されているアルゼンチン代表の皆はアルフレッドを囲い、狂喜していた。スコア表示も1-0から1-1へと変わっている。
「やっぱりこうなるか」
「アルフレッドの奴がこのまま前半が終わるのを良しとするわけがないからな」
驚くアントニオのの傍でアーギアは苦笑し、マルシオは面白くなさそうな顔をしながら、言った。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 3試合 3ゴール4アシスト
CL 10試合 18ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト
W杯 4試合 7ゴール5アシスト




