二転三転(3)
ミュンヘン・シュタディオンが、歓喜の声で揺れる。
体を震わせるそれを聞きながら、トーマスは笑みを深くし帽子を深く被り直す。
「あなた、やったわ……!」
「ああ、見事だ」
隣で喜ぶザビーネにトーマスは強く意識して普段通りの声音を作る。
そうしなければ周囲のサポーターのように、席から立ち上がり喜びの叫びを上げてしまうからだ。
(見事だ鷲介、ロート・バイエルンの皆。
そしてヨシュア君、見事に賭けに勝ったな……!)
Rバイエルンベンチの前で、控えめだがガッツポーズをするヨシュアを見て、トーマスは心中で称賛する。
後半からRバイエルンが行った作戦。簡単に言えばあれは5レーンアタックとゲーゲンプレスの融合と言うべきものだ。
ゲーゲンプレスとは、相手にボールを奪われた瞬間にプレスをかけボールを奪い攻撃に転じるカウンター戦術。そして5レーンはボールを保持して攻めるポゼッション戦術。
一見全く異なると思われるこの戦術だが、これらを融合することは可能だ。
5レーンアタックはボールを保持して相手に攻め入る戦術。──裏を返せば自分たちの意思でいつでもボール保持を止めることができる。
つまり今、Rバイエルンが行っているのはボールロストし、相手に奪われようとすることが前提な5レーンアタックなのだ。
(とはいえそれを実行するのは、とても難しい)
5レーンアタックからボールを奪われ、一転してゲーゲンプレスに転じるのは選手たち全員の高い戦術理解と失点のリスクを恐れない強い心が必要不可欠だ。
5レーンアタックはその戦術上、多くの選手が敵陣に侵入する。しかもボールを奪わせた直後、すぐにゲーゲンプレスに移行するのだ。
今日の試合でも見ていたが、あの作戦を行っているときのRバイエルンの最終ラインはセンターライン付近に残っていたクルトだ。つまり彼とアンドレアスを除いた全員が敵陣にいたのだ。
そんな状況でカウンターをされれば失点は不可避だろう。同点に追いつく直前の、あのシーンのように。
(失点しなかったのはクルトとジュニオール、あの二人ががかつてないほど連動できていたからだが)
先程エリア外に飛び出していたアンドレアスだがこれは彼自身の判断と、それをジュニオールが促したからだ。
今までのRバイエルンの最終ラインへのコーチングや整備は主にクルトが行っていた。サッカーIQが高く、何よりDFの中で最も視野が広いからだ。
今季もついこの間まではそうだった。それにクルトと同じレベルの視野を持つジュニオールが加わったのは最近だ。
最初こそちぐはぐだったが先日のフッガーシュタット戦、そして今日の試合でようやく二人の息が、DFとしての思考が合ってきた。
結果、俯瞰する二つの視野によるコーチングが、これほど攻勢に出ているRバイエルンの守りを、かろうじて形成できているのだ。
(ジュニオールが以前のように攻撃一辺倒にならないのは本人が守備に対し意識するような動きを見せていることもあるが、ミュラーがいるのとフランツがしっかりと抑え込んでいるからだろう)
今のRバイエルンの攻撃のタクトを振るっているのはミュラーとフランツだ。
より細かく言えばメインはミュラー。フランツはサブと言っていい。また彼はミュラーとジュニオールが攻撃に傾倒しないよう両名に細かくコーチングをしており、それがまた的確だ。
元々ミュラーはフランツと似たプレースタイル。しかしこれまでスタメンになる機会がなかったのはフランツより攻守に対し、どう動くかの判断力が劣っているからだ。
しかし今のミュラーは司令塔としての思考はほぼ攻撃に振っている。それ故フランツに近いレベルで攻撃の指揮が取れているのだ。
(Rバイエルンの選手の中で、フランツにに匹敵する視野とパス能力を持つ選手はジュニオールを除けば、彼しかいない。故に攻撃に注力することで彼の代役をかろうじて務められている。
そしてそれに並ぶ要因がもう一つ。彼は鷲介と極めて相性がいい)
3点目のシーンがそうであるように、彼はどのような状況で鷲介がどう動くのか、熟知している。
ジュニア、ユース時代から共にやってきた経験の蓄積。直感。この一点においてはトップチームの中で一番だろう。
だからこそ鷲介の動きに合わせたパスを躊躇なく出せるのだ。ゲーゲンプレスによるショートカウンターは速度が求められる。そしてその攻撃にFW陣内で最も速い鷲介の活躍は必須と言ってもいい。
「あなた」
「ああ。さすがにジョゼップ君も気づいたか」
同点にされたことでRマドリーは慎重な動きを取っていた。5レーンアタックで攻め入るRバイエルンに対し迂闊なプレスをかけなくなった。
またセルヒオたちも以前に比べてより細かいコーチングを味方に飛ばし、守備ブロックを堅固なものにしている。
最終ライン間際で奪い取ってのカウンター狙いとわかるRマドリーの陣形。同点にされたとはいえこのまま試合が終われば決勝まで進むのはアウェーゴールが多いRマドリー。
それを考慮しての最善手だ。──だがそれこそRバイエルンが、ヨシュアが、狙っていたものだ。
「だが悪手だ。壊せない守備陣など存在しない。
そしてその選択をするのが遅かったな」
ミュラー、そしてフランツの合図で5レーンアタックを仕掛けるRバイエルンイレブン。
形成したトライアングルとパス交換により固めていたRマドリーの守備陣が揺らぎ、穴が開いていく。
さらに今日、偽SBとしてもプレーしているジュニオールがハーフレーンに移動。鋭いグラウンダーのパスを放ち、それにサイドレーンからダイアゴナルランしたアレックスが走りこむ。
相手ゴールライン近くでパスを止めたアレックスは迷うことなくセンタリングを上げる。そのボールにジークとレネが競るがボールは二人の頭上を通過。
それに飛び込む鷲介。ボールの位置がヘディングを放つ絶好の場所だがその直前、ルイスが前を塞ぐ。
しかし鷲介は少しも慌てず頭でボールを中に折り返す。そのボールに駆け寄ったジークが右足を振るった。
Rバイエルンのエースストライカーが放ったダイレクトボレーは、シュート直前で立ちはだかったレネの腕をかすめ、ゴールポストに当たって内側に跳ね返り、Rマドリーのゴールネットを揺らした。
「あなた!」
「うむ! 見事だ」
怒涛の追い上げで、とうとう逆転を果たしたRバイエルンに狂喜するサポーターと共に、トーマスは立ち上がりガッツポーズを取る。
今まで冷静に試合を見ていたが、流石に3点差をひっくり返した状況に、胸の中にあった驚きや喜びの熱が押さえきれなくなったのだ。
まるで今勝利したように喜ぶベンチやピッチ上のRバイエルンイレブン。それを見てトーマスは満足そうな笑みを浮かべ、帽子を深く被り椅子に座り直す。
そして一呼吸して落ち着き、視線をRマドリーに向ける。3点と言う絶対的なアドバンテージをひっくり返されたピッチ上のイレブンたちは流石に項垂れ、茫然としていた。
ベンチにいる面々も頭を抱えており、ジョゼップも動揺を露わにしている。
(同点に追いつかれたときに取った君の選択は間違ってない。
だがやはり、遅かったのだよ)
Rバイエルンの5レーンアタックそのものを餌としたカウンター。それを潰すためプレスを控えさせ、最終ライン付近の守備固め。
それを1点目、または2点目を奪われたときにやっていればよかった。
しかしそれができなかったのはRバイエルンの戦術、5レーンアタックを囮としていることにジョゼップはもちろんRマドリーイレブンが確信を持てなかったからだ。
ヨシュアが自分の戦術へこだわること、第一にしていることは有名だ。そのヨシュアがまさか監督して根幹をなしている戦術である5レーンアタックを囮にするなど、彼らには驚き、信じられなかっただろう。
同点に追いつかれてようやくそれに気づき動いた。だが先ほど言った通り遅かったし、何よりそれこそがヨシュアの狙いだったのだ。
(5レーンアタックを餌としたカウンターに食いつかず下がってくれるのであれば、Rバイエルンは相手をつり出さない本来の5レーンアタックをするだけ。
また同点に追いつかれたRマドリーイレブンは釣りだされないよう指示を受けていても、それを完全に信じ切ることはできない)
何せ今、Rバイエルンがそうしたのを目のあたりにしたのだ。またサッカー選手の本能として、相手のミスが生じればそれに付けこむのは当然。
ピッチに立つRマドリーイレブンはそう思っているのが動きで見て取れた。そして結果として自分たちでも気づかぬうちに固めた守備陣に歪みを発生させ、逆転弾のきっかけとなったジュニオールのロングパスを通すような穴を作ってしまっていた。
(私との話から二月。随分考え方が柔軟になったものだ)
先程、駆け寄ってきたジュニオールと握手をかわしたヨシュアを見て、トーマスは思う。
今年二月、ちょうどLミュンヘンとの試合で大敗したすぐのことだ。トーマスは街中で偶然、ヨシュアと出会った。
普段通りの無表情の彼だったがトーマスはすぐにわかった。彼が本当なら叫びたいほど懊悩していることが。
無理もない。優勝争いをしている相手、それも前回完勝した相手に完膚なきまでにやられたのだ。しかも主戦術である5レーンアタックをするように嵌められて。
いうなれば自分の武器で自爆したようなもの。監督としてこれ以上の屈辱はない。
人生の先輩として、また元Rバイエルンの前監督として、そんな状態の彼を見過ごす気はなかった。
世間話からうまく誘導するよう会話をしてしばらくした後、ヨシュアは弱音を零す。自分のやり方は間違っていたのだろうか、と。
それに対しトーマスは肯定も否定もせず自分なりの考えを伝えるにとどめた。人のやり方は千差万別。それにヨシュアのやり方全てが間違っているとは思っていなかったからだ。
それからゆっくりとだが、ヨシュアは以前より少し変わった。己の戦術に固執することだけではなく、選手個人に信頼を預けるような指揮や戦い方をするようになった。
戦術と個。双方を完璧なバランスで使いこなすトーマスの理想像にはまだまだ遠いが、確実に近づいている。
(私では到達、いやそうはなれないからな)
昨季監督を引退して己の過去を振り返り、トーマスはそう思った。
昔からだが自分は育てた選手や見込んだ選手に必要以上に強い想いを抱く傾向がある。
それが顕著に表れたのが昨季のCLだ。他の”ゾディアック”を要する監督と同じく、鷲介に期待しすぎた。
もちろんそれだけではないが、過去にも何度も同じ過ちを繰り返していた。そして自分では今いる以上の場所にRバイエルンを連れていけないと思い、クラブからの解雇に即座に首を縦に振ったのだ。
Rバイエルンの監督を止めたトーマスは今、妻と時間を過ごす傍ら、ミュンヘンを含む近隣のボルツプラッツにやってきては見所がある少年を見たり、声をかけてアドバイスをしたりしている。
正直、監督をしていた時よりも楽しいと感じている。そして思う、やはり自分は何よりも若者が育つ姿が好きなのだと。
「さぁ皆。決勝まであと少しだ。気を抜かないようにな」
試合再開の笛が鳴り響く現在は後半33分。
現在の状況なら勝利は濃厚だが相手は欧州屈指の強豪Rマドリー。最後まで気を抜ける相手ではない。
スタジアムに響く歓声の中、トーマスはピッチにいる教え子を見て、呟くのだった。
◆
「ナイスゴールです、ジークさん!」
「見事な逆転ゴールだ!」
「まだまだだ。この勢いであと一点を奪い、試合を決めよう!」
喜びをあらわにしながらジークが言う。それに彼を囲んでいる鷲介たちRバイエルンイレブンは頷き、自陣に向かって戻る。
その最中視界に移るRマドリーイレブンは完全に混乱した様子だ。あのラウルでさえ顔を俯かせて──
(!?)
ゆっくりと顔が上がったライバルを見て、鷲介は思わず目を見開く。
今まで試合中でも勤めて平静な様子を見せていたラウル。その彼の表情がいつになく険しいものだったからだ。
そしてその顔には見覚えがある。同じ”ゾディアック”のロナウドやミカエル、カール。
またサミュエル、ヴォルフガング、アルフレッドたち世界級のストライカーたちが見せた目の前の勝利のみを求める、戦意と殺意だけの表情。
両チームのベンチが動き、交代選手が入ってくるのを耳で聞きながら、鷲介はその表情から目が離せない。
「ジークさん、相手はまだやる気十分ですね」
「当然だ。相手としては再び同点に追いつけば決勝に進めるからな。
だがそれだけで済ませる気はなさそうだが」
そう言う彼の視線はアーギア、セルジュの二人に向けられている。
鷲介もラウルと似たような表情をした二人を見て、気づく。
先程まで混乱していたRマドリーイレブンだが、交代選手が入り何かしらの指示があったのか、再び覇気ある顔になっていた。
「はっ、空元気だろ。さっさとボールをゴールに叩き込んで止めを刺してやろうぜ」
アレックスと交代で入ってきたエリックの言葉に鷲介もジークも無言で頷く。
試合再開の笛の音が鳴り響くと同時、当然ながらRマドリーは前に出てきた。
交代の3人、シモンと交代したホセ、ガレスと交代したパウリーノ、リュカと交代したポルトガル代表の23歳、ディオゴ・ペレイラ。
アーギアとセルジュの指示の元、彼ら3人がよく動き攻めてくるRマドリー。
しかし逆転した勢いと覇気のあるRバイエルンの守備が、彼らが運ぶボールを最前線のラウルたちへ届かせない。
クルトとジュニオール両名のコーチングによる守備形成。さらにそれにフランツも加わっているのだ。
三人の司令塔による守備形成と細かい修正が迫るRマドリーの攻撃をことごとく防ぎ、危険の芽を摘む。
業を煮やしたようなアーギアのロングシュートもバーに弾かれてゴールラインを割る。
(クルトさんたちが見事な守備陣形を敷いているのに、そのわずかな隙間から放ったロングシュート。
バーに当たりはしたけどあと数センチ下なら枠内だった……)
流石はセレソンの10番。当代最高の司令塔の一人と言われる選手。
時計を見れば残り時間は七分。改めて油断はできない相手だと思いながらゴールキックとなったアンドレアスがボールを左サイドのジュニオールに渡す。
ボールを足元に受けて前に進む彼。その表情が突然困惑したものになる。
そして鷲介も彼とほぼ同時に困惑する。
「これは……?」
自分の後ろにいるレネ。そして他の仲間たちの傍にもRマドリーイレブンが一人ついている。これは──
「マンマーク……?」
そう呟いたその時だ、観客席が沸く。
はっとなり鷲介は視線をジュニオールに向け、ぎょっとした。彼のマンマークの相手はあの、アーギアだったからだ。
繰り広げられるセレソン同士のマッチアップ。ジュニオールは突破しようとするがアーギアはそれを許さない。
周囲の味方もボールを受けようと寄ってくるが傍にいるマークの選手がすぐさまパスコースを消してしまう。
やむなくジュニオールはアンドレアスにボールを戻す。そんなアンドレアスにRマドリーイレブンは距離を詰めない。
(馬鹿なのかこいつら)
困惑しつつ、鷲介はそう思う。
Rマドリーが今、行っているのはマンマークプレス。別名ポゼッション殺しと言われる戦術だ。
要は選手一人一人にマークを付けてポゼッションサッカーそのものを機能させなくする戦い方なのだが、はっきり言って今やるのは悪手でしかない。
こちらの5レーンを機能不全にしたかったのだろうが、そもそもそうするなら最悪同点の状態のときにするべきだった。
リードされている状況でマンマークプレスをされても、リードしているRバイエルンとしては焦る必要はない。
相手が前に出てマークがずれるのを、じっくり待てばいいだけなのだから。
アンドレアスは何度か前にパスを出すも、徹底してマークを外さずプレスをしてくるラウルたちRマドリーの前線の選手を見て、リスクを犯そうとはせずボールをアンドレアスに戻す。
そうしているうちに時間はもちろん過ぎていき、周囲のRマドリーイレブンの表情に焦りが見えてくる。
そして自然と、マークにもずれが生じてくる。
(どうしますか? 自分はこのままでもいいと思いますが)
(同じく。無理して攻める必要はありません)
鷲介はミュラーと共にフランツ、ジュニオールへとアイコンタクトを放つ。
二人は他の面々からもアイコンタクトを受けた後、こう返してきた。
(確かにそうだが相手はRマドリー。万が一のこともある)
(相手のマークもずれが生じてきている。──止めを刺した方がいいだろうね)
二人の視線を見て、動き出すチームメイト。
鷲介たちは小さく不満の息を吐きつつも頷き、攻撃に備える。
そしてロスタイム表示が出た後半44分、Rバイエルンは動く。
いったんセンターサークルまで移動したボールが再びアンドレアスの元へ。
ペナルティエリアギリギリ内側にいた彼はボールを拾うふりをした直後、大きくボールを前に蹴りだす。
狙いはマークが一番ずれていたエリックへだ。
エリックをマークしていたのはあのセルヒオだった。彼らしからぬミスだがチャンスだ。
エリックに来たボールを見て前に出ていたセルヒオは慌てて戻り、彼と競り合う。
しかし万全の準備をしていた彼に競り負け、横に飛んだボールへルイスを引きつれたジークが近づく。
(こっちへ!)
(ああ!)
ジークがボールに向かう刹那、交わすアイコンタクト。
ボールを収めたジークはすぐさま横にパス。ジーク達が移動したことでできたスペースにボールが転がり、そこへ鷲介が走りこむ。
鷲介についていたレネは動き出しで置き去りにした。背後から彼の焦りと走り出した気配を察するが、遅い。
(ペナルティアークまで数メートル。レネが追いつくよりも俺がエリアに入るほうが速い。
ビクトルも俺の妨害ができるほど前に出てきていない──)
そう思いながら鷲介がボールを受けて走り出そうとしたその時だった。ジークのマークに付いていたルイスが鷲介に向かってきていた。
それに驚きながらも鷲介は刹那の判断でドリブルを止めジークにパスを出す。
完全フリーな彼の元へ向かうボール。これはこれでかまわない。すでに今彼がいるところはジークのシュートエリア内──
「!」
そう鷲介が思った次の瞬間だ、ジークの左から突撃してきたセルヒオがファウルすれすれのタックルでボールを奪取する。そして躊躇することなく、彼はボールを前に蹴りだす。
飛ぶボールを追って振り返り鷲介は愕然とした。先程までマンマークに付いていたRマドリーの選手たちが一斉に前に走り出していたからだ。
セルヒオのボールを早く、正確に繋ぐRマドリーの前線の選手。そして左サイドでボールを受けたパウリーノは一気に駆け上がる。
若く、今季活躍したガレスにポジションを奪われたパウリーノだが、彼もそのガレスと同じ快速ウインガー。
全速力、猛スピードでサイドを走る彼に、後半から出場していたとはいえ疲弊しているジュニオールは中々追いつけない。
深くRバイエルン陣内に侵入したパウリーノが、ギリギリで前に立ちはだかったジュニオールをかわしてセンタリングを上げる。
Rバイエルンのペナルティエリアを飛行するボールにエドゥアルドが飛び込むが、ジェフリーがぎりぎり間に合い彼が放つヘディングを体で弾く。
ピッチにバウンドするボール。それに駆け寄るのはラウルだが、その前にクルトが立ちふさがった。
(よし!)
完全にシュートコースを塞いでいるクルト。さらにその後ろに立つアンドレアスを見て鷲介は安堵の叫びを心中で上げる。
撃てるものなら撃ってみろと鷲介が思ったのと同時、ラウルは利き足を振るった。
つま先で蹴ったのだろう、ボールはピッチを削るような勢いでちょうどボール一個分がぎりぎり通過できるようなクルトの股間を抜け、アンドレアスの股下に向かう。
それに気づいたアンドレアスが反射的にグローブで股間を塞ぐ。しかしボールはそれすらも弾き、ゆっくりとゴールラインを割ってしまった。
「……はぁ!?」
信じがたいゴールに鷲介は思わず声を上げてしまう。
しかし主審はゴールを認めており、センターサークルに向けて腕を振るう。
驚くべきゴールにRマドリーの選手たちはもちろん、ベンチにいるスタッフも狂喜する。そして鷲介たちRバイエルンの面々は、唖然となる。
無理もない。あの場面で放ったシュートが入るなど誰一人として予測、いや予想さえできなかったのだから。
「あいつ……」
仲間たちにもみくちゃにされているラウルを見ながら鷲介は呆然として呟く。
今のゴール、一見してみるとアンドレアスのキャッチミスにみえるがそうではない。シュートの強さで彼のグローブを弾いたのだ。
もちろんアンドレアスのグローブは反射的に動いたため十分な力が籠っていなかったようだが、それでもしっかり構えたグローブを弾きゴールするとは。
いや、それ以前にクルトとアンドレアス二人の股を狙い、見事にゴールを決めるとは。
「……っ!」
こちらにふり向いたラウルを見て、鷲介は全てを理解した。
仲間たちが喜ぶ中、ラウルの表情はいたって平静だ。そして今のゴールを当然のような顔をしている。
あらゆることができる気持ちに満たされた、全能感あふれる表情。──ゾーンに入った選手の、顔だ。
「野郎……!」
ふざけるなと叫びたくなる気持ちを、鷲介は必死に抑える。この土壇場でゾーンに入るなど、理不尽としか言いようがない。
だがラウルがゾーンに入ったのも、彼がゴールを決めたのも、否定しようがない事実だ。
4-4。ロスタイムに入ると同時、再びRバイエルンはがけっぷちに追いやられてしまった。
リーグ戦 24試合 18ゴール10アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール3アシスト
CL 8試合 11ゴール4アシスト
代表戦(三年目)2試合 3ゴール1アシスト




