CLグループステージ第五節。ロート・バイエルンVSヴァレンティーアFC(2)
(後半、どうするんだろうか)
トイレから出て一息ついた鷲介は眉をひそめて思う。控室の雰囲気はかなり、いやハッキリ言って悪かった。結果に加え、攻撃陣と守備メンバーが少なからず言い争っていたからだ。
無理もない。全体的に見て前半はRバイエルン優勢だった。にもかかわらずスコアはまさかの0-2。双方とも互いに向けて文句を言いたくなるのはわかる。
しかも止めに入るわけにもいかない。どちらも怒りながらも冷静さを保っている上、言っていることは一理あったからだ。
(二点目が入った時も監督はいつもと様子が変わらなかったけど。何か策でもあるんだろうか)
そう思いながら控室に戻る鷲介。
中に入るとすでに監督の姿があり、後半に向けて指示を出しているようだ。
クルトたちDF陣に言い終わった後、彼はこちらを向いて言う。
「柳、後半から行くぞ。エリックとの交代だ」
「はい」
ちらりと横目でエリックを見れば、不満げながらも納得しているような顔のエリックがいる。
リードされている上、もう一枚カードを貰っての退場を防ぐためだろう。
「やってもらうことはフランクフルトKの試合と同じことだ。点差があるため、より積極的にゴールを狙っていってほしい。
ただ君の動きにヴァレンティーアが対処してくる可能性もある。もしそうされていると感じたなら積極的に5レーンに絡んでくれ」
「?」
意味が分からず眉を顰める鷲介。それを見てヨシュアは小さく咳をして、言う。
「後半はヴァレンティーアFCの守備を切り崩すためにとにかく攻撃をより早く細かくする。
フランクフルトKの時のように上手くいかないと感じたらそちらを優先。チームの攻撃がさらに活発になるような動きをしてほしい。必要ならば中盤に下がっても構わない。
フランツ達も柳が動きやすいよう、コーチングを頼む」
「はい」
「わかりました!」
応じるミュラーとフランツの声。
一方、鷲介は不満げな声で問い返す。
「監督、もしもの時はパス回しを最優先にしろと? 自分はFWですよ」
「もちろん承知している。だが今の君のポジショニングや動き出しでは5レーンを活性化させながらFWとしてのタスクをこなせるとは思えない。
ならば勝利するためには前者を優先した方がいいと私は判断した。──もちろん、できるのであればやってくれてた方がいいが」
静かながらも軽い挑発が入ったヨシュアの言。鷲介は頷きつつも心中では彼に舌を出し、思う。
5レーンを活性化させると同時にFWとしての働きをする。やってやろうじゃないか、と。
「さて皆。2点リードされているが慌てることはない。
私が指示した通りに君たちが動けば必ずこの状況を逆転できる。──我々はグループリーグで敗退するチームではないだろう?」
周囲を見渡して言うヨシュア。誰もが無言だが、それは彼の言葉を肯定するが籠ったものだ。
「この程度の逆境、軽く跳ね返してくれると私もサポーターたちも信じている。それに応えてほしい」
『応!!』
覇気のある声で応じる仲間たち。時間となり控室を出てピッチに向かう。
先に姿を見せたRバイエルンイレブンにたくさんいるホームサポーターから声援が上がる。といってもそこには若干、怒りや不満が込められてはいるが。
(引き分けでも許されない雰囲気だな。まぁ監督の言う通り、ドイツリーグ王者としてここで躓くのは許されないからな)
Rバイエルンが目指しているのはCL優勝だ。グループステージで手間取ってはいられない。
そう思いながら遅れて入場ゲートから姿を見せた相手チームを見る。
2点リードしているがその表情に油断はない。そして視線が合ったウーゴは真剣な顔を、久司は覇気のある笑みを見せる。
鷲介も負けじと笑みを返し、チームメイトと共にピッチに広がっていく。鳴り響く後半開始の笛。センターサークルにいたネルソンがボールを自陣に返すのを見ながら鷲介たちは敵陣に侵入していく。
ヴァレンティーアFCは後半に入り、5-3-2にシステムを変更していた。そしてCBに降りてきたウーゴが鷲介の傍にやってくる。
「久しぶりだね鷲介。敵味方とはいえ君とピッチで再会できて嬉しいよ」
「俺もです。ただリードしている状況なら会話をする余裕もあるんですけどね」
「そうだね。君の言う通りだ」
暗に今会話する気はないという鷲介にウーゴはにこやかに微笑む。
動く鷲介にウーゴはマンマーク気味についてくる。とはいえヴァレンティーアFCのゾーン守備を崩さないギリギリで。
そんな彼を気にかけながら鷲介は周囲に目を向けて相手守備を混乱させるべく動く。
監督が指示した通り前半より攻勢に出るRバイエルン。だがドン引き状態のヴァレンティーアFCのゴールネットを揺らすことはできない。
チームメイトたちの細かなパス回しやダイアゴナルランで混乱はする。鷲介の動きもあって守備に穴は開きそこに味方が幾度となく走り込む。
だがそのたびにオディオンやウーゴのコーチングが飛んでは守備の乱れは修正され、フリーだった仲間の前にヴァレンティーアイレブンが立ちはだかっている。
(何だこの修正の速さは……!?)
尋常ではない修正のスピード。正直そのスピードだけならあのRドルトムント、いや今まで対峙したどのチームよりも上ではないだろうか。
またヴァレンティーアもやられっぱなしではない。Rバイエルンの猛攻を弾き続けての後半十一分、オディオンからのロングパスにペペとネルソンが動く。
最終ラインを越えたボールに飛び出すペペ。すぐにジェフリーが体を寄せるが彼は突破すると見せかけてセンターレーンにパスを出す。
ネルソンが動いたことでできたそこに走り込むのは自陣から走ってきた中神だ。
ボールを受けて右に流れる中神にクルトが急接近。それを見て鷲介がボールを奪えると思った瞬間だった。中神は重心を少し右にずらすと同時、右足裏でボールを細かくコントロールして前に蹴る。
軽く蹴られたボールはクルトの股を通過し、中神もクルトが飛び込んできた瞬間、彼をかわして前に出る。
また抜き。だがこれはサッカーのそれではなくフットサルのものだ。
(ショットフェイクパナ……!)
最後のDFをかわしてペナルティエリアに侵入する中神。それを見て鷲介は冷や汗をかき、周囲からは大きな悲鳴と小さい歓声が上がる。
しかし鷲介が思った決定的な三点目は飛び出していたエトウィンがギリギリのところでボールを抑えたことで防げた。
思わず大きく息をついて安堵する鷲介。そこへウーゴが声をかけてくる。
「凄いだろう久司は。君との試合で気合が入っているのもあるけど、ヴァレンティーアに来てから急成長しているからね」
「知っていますよ。……まぁ俺が認識していたそれ以上ですけど」
危うくの失点。そしてゴールを奪えない現状。
もはやなりふり構ってはいられない。そう思い鷲介は中盤まで下がる。
CMFの位置までやってきたところでボールがラインを割る。そちらに眼を向けようとした時だ、フランツから声をかけられる。
「鷲介」
「フランツさん。もう後半も十五分が迫っています。
……監督の指示通り俺はパス回しの方に」
「いや、それはしなくていい。
監督からの指示だ。お前は最前線に張り付いて、ボールがきたら勝負しろとのことだ。
ただしいつも以上にこぼれ球に注意しておくこと。それと5レーンアタックは継続するのでそれを踏まえて動いてくれとのことだ」
「え? フランツさん。どういうことですか」
「とにかく指示どうりにしろ。これで一点返せたら説明する」
そう言って去っていくフランツ。彼から視線をベンチにいるヨシュアに向ける。
視線に気づいた監督は無言で頷き敵ゴールの方に指をさす。
控室で聞いたものと全く違う、いきなりの指示に鷲介は不思議に、そして若干不満に思うがそれを押し殺して指示通り元のポジションに戻る。
「おや、戻ってきたのかい。
君が中盤に下がってパス回しに参加すればこっちはもっと厳しくなっていたんだけどなぁ」
汗をぬぐいウーゴが言う。
だが言葉とは裏腹に、どこかその声は上ずっているようにも感じる。
スローインから入るボールを仲間たちは素早く回し、左ハーフレーンにいる鷲介の元に届く。
ペナルティエリアラインから一メートル離れたところで振り向く鷲介の前に立ちはだかるウーゴ。
今日、幾度か対峙した時も思ったが、中々に隙がない。スペインリーグに猛者と渡り合ったためか、かつてより格段に守備の仕方が上手くなっている。
しかも重心を左に傾けており、外側の方にドリブル突破することはできるだろうが内は厳しい。仮に突破しても彼の後ろにはオディオンがいる。
(ま、それなら突破しなければいいだけだ)
そう呟くと同時、鷲介は右に切れ込む。当然ウーゴもそちらに動きドリブルを阻止しようと体を寄せてくる。
素早く的確な動き。ポルトガル代表不動のレギュラーにまで上り詰めただけのことはある。このまま進めばボールを奪われる可能性が高いだろう。
だから鷲介は振り上げた右足を素早く下ろし、カットインからのミドルシュートを選択する。
予想通りボールはウーゴの伸ばした足に触れずヴァレンティーアFCゴールに向かう。しかしオディオンが伸ばした足がボールを弾く。
それを見て鷲介は表情を歪めるが、次の瞬間破顔する。こぼれ球の近くにはジークの姿があり、彼はやってきたボールを迷うことなく相手ゴールに向けて蹴り放ち、ネットを揺らしたからだ。
「ジークさん!」
ようやく一点返したことにサポーターの喜びの声がスタジアムを揺らす。
鷲介も反撃ののろしを上げたエースに抱き着き喜びを爆発させる。
「まだ一点だ。この調子でさっさと逆転するぞ」
「はい!」
頼もしいエースの言葉に鷲介は頷き、皆と共にさっさと自陣に戻る。
◆◆◆◆◆
「やれやれ。ようやく一点返せたか」
「フン、遅いんだよ」
頬を膨らませているディエゴの言葉にクリストフは苦笑する。
今日、この試合を見ている間彼はずっと不機嫌そうな顔をしていたが、よくよく考えるとどうすればいいのかわからなかったかもしれない。
昨季CLにてバルセロナRを負かしたRバイエルンに今季引き分けにさせられたヴァレンティーアFC。
どちらを応援しても──本人は認めないだろうが──気分は良くない。それ故の顔だったかもしれない。
「鷲介のカットイン! いやー、凄いキレですね」
「RNSミラン戦やフランクフルトKの試合でも見られたな。
精度も凄いが発動までの時間が速い。……厄介だな」
喜ぶロナウドと眉を顰めるカルロスの声。
再開される試合ではホームチームが一点返した勢いでアウェーチームを圧倒する。ボールを一方的に保持し、味方も激しく動き5レーンアタックで動揺するヴァレンティーアFCの守備を揺るがす。
後半十七分、右サイド深く侵入したアレックスがマイナス方向に切り返してのセンタリング。それをハーフレーンに入ってきたジークフリートがシュートを打つと見せかけてスルー、センターレーンにいたフランツが強烈なミドルを放つが間一髪、オディオンの足がボールを弾く。
後半二十分、ネルソンへのスルーパスを飛び出したクルトがカットしセンターレーンにいたミュラーにパス。彼を含めた中盤三人とアレックスが細かくパスを回しては動きヴァレンティーアFCの守備を揺るがしセンターレーンに生まれるスペース。ペナルティライン上のそこへ鷲介が飛び込みシュートを放とうとするが直前でウーゴが前を塞ぐ。だが彼はシュートフェイントで左に切り返し左のハーフレーンにいたアレンにパス。クロアチア代表はエリアに侵入すると同時、強烈なダイレクトシュートを放つが、ガブリエウが体を張って止め、間一髪失点は免れる。
「うあー、惜しい!」
まるでスタジアムにいるRバイエルンサポーターのように頭を抱えるロナウド。
だがRバイエルンの攻撃は終わらない。クリアーされサイドラインを割ろうとしたボールをジュニオールが抑えると、ロングパスを放つ。
斜めに飛ぶボール。ヴァレンティーアFCの最終ラインの後ろの左ハーフレーンに飛んだそれに反応したのは鷲介だ。
オフサイドギリギリに飛び出すと同時にペナルティエリアに侵入した彼は後ろから来たボールをそのままダイレクトで相手ゴールに蹴り込む。
だが後ろからのボール、しかも利き足ではない左と言うこともあってコースは甘く、ゴール前にいたオディオンが防ぐ。
しかしヴァレンティーアFCの守備のそこまでだった。こぼれたボール目掛けてアレックスが飛び込み、ダイレクトシュートを放ってボールをアウェーチームのゴールに叩き込んだのだ。
「同点ー!」
再び部屋に響くロナウドの声。そのすぐ後にTV画面のスコア表示が1-2から2-2へと切り替わる。
必要最低限の喜びをサポーターに示してRバイエルンイレブンはすぐに自陣に戻る。その最中フランツとミュラー、クルトの三者が並びながら意見交換している姿を見て、クリストフは小さく息をつく。
(ようやくヴァレンティーアFCの守備の切り崩し方がわかったか)
Aマドリーに匹敵する守備力を持つヴァレンティーアFC。その正体はDFたちが見事な連動ををして守るだけではなく、オディオンとウーゴの指揮の元スペースを自在に開け閉めしていることだ。
(両者ともLV3以上の視野を持つ。それを利用して守りやすい場所にスペースを開けて敵の攻撃を誘導。嵌めて取っている)
この守りにバルセロナRもこの間まんまとやられた。前半早々に得点をした余裕や自チームの攻撃力への驕りもあったのか、勝ち越すまでは幾度も危険なカウンターを受け同点に追いつかれた。
とはいえ解決策がないわけではない。単純な手として圧倒的な個の能力を持つ選手に食い破らせるといったものもある。
しかしオディオン達もそれをよくわかっている守り方をしてくる。先日の試合でもスペースに飛び込んだロナウドやディエゴにボールが渡った時、DFが突破されることを前提とした守備を構築していた。
その守りにクリストフ達バルセロナRは後半途中まで抑え込まれた。しかし最後の最後でその守りを食い破り、勝ち越し点を上げたのだ。
しかし今の試合でRバイエルン──鷲介がやっていることはそれではない。
後半から入った彼はとにかく前線で動きまくる。5レーンアタックの動きをしたかと思えば真逆の動きを取り、またいつも以上に強引にシュートを打っている。
「何か鷲介の奴、妙にシュートを打ってません? あ、また防がれた」
「他のFWたちがゴールを決めているから焦っているのか。フン、ガキだな」
「違いますよディエゴさん。あれは狙ってやっているんです」
クリストフがそう言うとディエゴは「あ?」と言う様な顔になり、ロナウドは「どういうことですか!」と瞳を輝かせて説明を求めてくる。
「よくヴァレンティーアFCのゴール前を見てください。後半開始よりも明らかにバランスが崩れて、鷲介のいる方に寄っている。
彼のカットインからのシュートを警戒しているからです」
「言われなくてもんなことはわかっている。そのシュートも今しがた防がれたじゃねぇか」
「その通りです。ですが彼に守備の意識が集中する分、他のFWたちへのマークがずれたり甘くなっています。
それにこぼれ球を拾ってのカウンターにもなっていませんよね。近くにいたアレンがボールを拾い、再び5レーンアタックを仕掛けます。
これは今だけじゃありません。同点となったシーンもこぼれ球をジークフリートが押し込みました」
「だからそれが……そういうことかよ!」
怒鳴りそうになったディエゴははっとなり、そして結局怒鳴り声を上げる。
アルフレッドとカルロスも同じ結論に達したのか悩ましい顔になっている。唯一分かっていないロナウドは首をかしげている。
「先程から鷲介が無駄なシュートを打っているように見えますが、実際はRバイエルンの全員があえて彼にボールを集めて打たせているんです。
その理由は彼のカットインは一瞬とはいえ完全にDFをふりきれます。そのわずかな時間で放たれたシュートが決まれば良し。弾かれてもチームメイトたちはこぼれ球を拾うことを前提に動いているからカウンターの起点となることも少ない。
そしてジークフリートやアレックスはこぼれ球を狙いながら、鷲介の動きにより大きく、広がるスペースに飛び込んでいます。──ホラ、今ジークフリートが飛び込んだ場所にボールが来ましたよ!」
後半二十九分を過ぎた十数秒前、再び左ハーフレーンからカットインをした鷲介が右足を振りかぶる。
だがそれに立ちはだかるオディオン。彼のシュートコースを塞ぐべく左足を動かす。
しかし鷲介はシュートではなくパスを選択。シュートとは打って違う弱いボールにオディオンは虚を突かれ、そしてエリア内に転がったボールには斜めからRバイエルンの10番が突っ込んできた。
立ちはだかるガブリエウ。だが無意味だった。飛び込んできたジークフリートの右足が放ったシュートは彼の頬をかすめゴールネットに突き刺さる。
ガウリエウを責めることはできない。ジークフリートの”竜殺し”は、至近で撃たれればどんなGKさえ反応すらできないのだから。
「逆、転ー!」
飛び上がるロナウド。TV画面に映るRバイエルンイレブンはもちろん、スタッフやベンチメンバーも狂喜乱舞しているのが見える。
かつての仲間たちの様子を見て、クリストフは小さく微笑むのだった。
リーグ戦 7試合 4ゴール 2アシスト
カップ戦 0試合 0ゴール0アシスト
CL 1試合 0ゴール0アシスト
代表戦(三年目)1試合 1ゴール1アシスト




