最終話 終幕でも人生は続く
半壊した魔導図書館の復興作業は、急ピッチで行われている。休館にもかかわらず顔を見せに現れて、食材などを置いていってくれる人たちもいた。
みんな律儀に仮面をつけて、気遣ってくれる。
(こんな風に他人に親切な人もいる……)
その事実を受け入れることにも、少しずつ慣れてきた――と思う。
人嫌いは変わらないけれど、意識は少し変わってきた。
「ありガ――とウ」
天使として残っていた小鳥たちは、《厄災の獣》と《星の勇者》の決着という事実を大事に空へ戻っていった。「これで主人の元に戻れる」と小鳥たちは嬉しそうだったのが印象的だった。
(神々のため、か。色々と思うところがあるけれど、自分の役割を全うしたかった盲目的な一途さは羨ましくもあるかな)
本来の姿に戻る資源は残っていないらしく、愛らしい白い小鳥のままだとか。話を聞いている間、エリオットは終始、私の腕の中でネザーランドドワーフ似の愛らしさを発揮して警戒していた。そんなところも可愛いのだが。
「行っちゃったね」
「アイリは小鳥が気に入ったの? 僕も羽根があるから撫でる?」
「ふふっ、羽根がなくても、私はエリオットが大好きだから撫でる」
「うん」
満足の回答だったようで、目をキラキラさせて私の腕の中で目を細める。現在、私は長椅子に座って、魔導図書館の復興を眺めていた。
本当は私も手を貸したいのだが、何分、体が筋肉痛で動かない。というのも、《魔王》との戦いで普段使わない筋肉やらを使いまくった反動である。
(あー、横になるって最高!?)
「アイリ、体は痛くない?」
「怠いだけだから大丈夫、かな? とりあえず私は戦闘よりものんびりするのが好き」
「僕もアイリと一緒にいるのが好き」
(それはなんか違うけれど、まっ、いっか)
小鳥たちが去った後で私は、長椅子に横になって体を休めることした。エリオットは私から離れないでべったりだ。他の子たちも交代でモフモフしにくる。
ネザーランドドワーフ似の姿はやっぱり癒されるし、可愛い。
「――で、一番張り切っていたグレイリーフは、どうして落ち込んでいるのかな?」
「……うるさい」
長椅子の端にちょこんと座っているのは灰色のウサギさんだ。尻尾の蛇は凹んでいるようで、垂れ下がっている。
「グレイはね、張り切って建築関係に手を出そうとして、一番目と五番目に怒られていた。料理を作ろうとして三番目と六番目に『大丈夫』って言われて、本の片付けは二番目、七番目、九番目、十一番目がテキパキして入る余地がなくて、お気に入りのお昼寝スポットは八番目と十番目にとられたとか」
「あー、なるほど。グレイリーフ、いい加減、自分が不器用さんだって受け入れようね」
「うるさいっ」
へにゃり、と耳までヘニャリと垂れて居るではないか。手招きをするとちょっとずつ近づいて、たっぷり焦らしてから私の腕の中に収まる。
背中を撫でるとブルブルと震えながらも、もっと撫でろと催促する。
可愛いのでたくさん撫でてあげた。負けじとエリオットも腕の中に入り込んでくるので、撫で撫で、モフモフという至福の時間ができあがる。
「グレイリーフは今まで魔王業を一杯頑張ったのだから、暫くはのんびりして良いと思うけど」
「つまり、無職……」
「いや……。うーん、じゃあ、魔導図書館副館長に任命しよう」
「適当すぎないか?」
「そう? エリオットは毎日、本を貸し出しするときの受付にいるだけで充分、館長としてやっているけれど」
「えっへん」
「いや、お前はそれでいいのか、いいんだな」
「うん。アイリが喜んでくれるから!」
「お前、仕事してないな」
「している」
「ふふっ」
エリオットはキスを強請ってくる。最近は甘えることや愛されることに積極的になってきて、良い傾向のようだ。
もっともエリオットはキスをするとすぐにヘニャリとなるので、それを見るのも楽しい。愛でるがこんなに胸が温かくなるとは思わなかったし、モフモフな夫を得るなんて考えられなかった。
いつものようにたくさん、愛を囁いてキスを繰り返す。そのたびに耳を動かして、目を細めるのが可愛くてしょうが無い。
「エリオット、大好き」
「アイリ、僕も大好き」
愛されたがりの元《厄災の獣》は、今やただの甘え上手だ。
可愛らしいネザーランドドワーフ似の薄紅色のウサギさん。羽根やら角があっても、愛くるしさは変わらない。
エリオットからのキスを当たり前のように受け入れた直後、ぼん、とその姿が変わる。
「え」
「アイリ、好き」
「――っ」
人の姿に突如変わって私の上に覆い被さる。
相変わらずイケメンだ。
白い聖職者のような服装に、長い前髪から緋色の瞳と目が合う。
唇が重なり、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて硬直。わざとではないのだろう。グレイリーフは素早く長椅子からいち早く逃げていた。潰されなくてホッとしたが、見てないで助けて欲しい。
「アイリ、アイリ」
「エリオット、人の姿になっている」
「……あ。……ごめん、アイリをギュッとしたいって思ったら……この姿は、嫌い……なんだよね」
「まだ慣れないだけ」
ぼふん、とすぐに人の姿から本来の獣に戻った。
ネザーランドドワーフ似の姿に戻ったエリオットは微かに震えている。そんなエリオットを抱っこし直して優しく撫でた。
「(ああ、でも――前よりは嫌じゃなかった?)エリオットは大好きだよ。嫌いにならないから、ね」
「アイリ!」
モフモフとは違う。
頬に触れる手の温もり。
ガッシリとした温もりに包まれる安堵感。
触れた唇の感覚。
愛おしそうに私を見る瞳。
ドキッ。
「?」
「アイリ?」
「不整脈? それとも風邪かな?」
「アイリが病気になった!?」
「……違うと思うぞ」
ひょっこりと戻ってきたグレイリーフは不機嫌そうにプリプリしながら、私とエリオットの間に無理矢理入ろうと体を押し込んでくる。
エリオットが威嚇をするが、グレイリーフは何処吹く風だ。
「グルーミングして欲しい人?」
「してほしい!」
「しょうがないな」
他の動いていた一番目を初め、みんな集まってくる。グルーミングの虜なのだ。あっという間に行列ができる。可愛い。
穏やかで、普通とは異なるけれど、幸福である。
これが千を超える果てに辿り着いた《厄災の獣》と《星の勇者》の顛末なら――悪くないだろう。
物語は終幕となっても、人生は続くのだから。
のちに魔導図書館から紛失した魔導書回収のため、私たちはまたしても面倒事に巻き込まれるのはまた別の話。
それと魔剣があまりにも暇で、別世界に旅に出て波乱を連れて戻るのも――同じく、また別の話だ。
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