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揺れる正義の天秤

「──以上が、先の一件で得られた情報になります」


 東京湾に接する立地。本土と学園島を結ぶ海峡大橋を含む建築物群。

 関所として、アストライアの本拠地でもあるビルの一室で。

 昨日(さくじつ)、総合病院を中心として発生した事象の数々。そこから判明した事実、関連性を提議し終えたニューエイジの一人、マヨイは席に腰を下ろした。


 手元の資料をテーブルに置き、目線を上げる。

 飛び込んでくるのは眉をしかめ、天井を見上げ、ため息を吐く上司達の姿。ある種、当然とも言える反応だ。


 普段から神出鬼没、千変万化な夜叉の対応。

 怪人化薬によって徐々に台頭してきた暗部組織、ネビュラス。

 それぞれがアストライアに対し多大なる影響を与えている。片方は益を、片方は損を。板挟みの状態に難色を示すのは、ニューエイジにも言える事だった。

 事情が込み入り、深刻になりつつある為か。エイシャは当然として、お調子者なリンですら真面目に会議へ参加している。


「【ヴィンテージ・ヒーロー】の足取りが掴めないのは、もはや予定調和という認識を持ちつつある。しかし、問題はネビュラスだ」

「学園島唯一の公的医療機関を隠れ蓑として潜伏。仲介者として入り込み、ネイバー由来の医療品横領に加え、入院患者の誘拐までしていた、と」

「聞けば聞くほど外道の所業だな。……現行犯での捕縛は叶わずとも、容疑者である“志島カリヤ”が撤退したのは、幸運と言えよう」

「見抜けなかった悔しさはあるが、あのまま総合病院で活動させれば被害は増える一方であっただろうな」


 本藤博士は忌々しげに呟き、資料に記載された顔写真を見つめる。

 先刻の訪問以降、行方をくらませた、志島カリヤ。

 総合病院にて医師というセカンドキャリアを進んでいた男は、かつてアストライアで怪人化薬の元となる【超人計画】に参加していた研究者の一人。

 そしてネビュラスの構成員、それも上位に位置する人材だと、アストライア内部では認定されていた。


「志島カリヤは現在、警察庁と連携して指名手配犯としての周知を進めている。表向きは国家転覆を目論む組織的犯罪犯……テロリストとしてな。今はまだ学園島でのみだが、いずれは本土でも広まる事だろう」

「これで奴の、ひいてはネビュラスの活動を抑制できればよいのだが」

「下手に藪を突き、虎の尾を踏み、大勢を危険に晒す訳にはいかん。容易にバイオテロを引き起こす可能性がある存在だからな」

「慎重な対応が求められる、か。……これ以上の問答で進展はしないだろう。次の議題に移るとして……」


 上役の一人。

 自衛隊からアストライアへ転身した、厳格な印象を抱かせる初老の男性。

 彼は本郷博士を視界に納め、化学班から提出された資料──分析を終えた怪人化薬の詳細が書かれた書面を提示する。


「ネビュラスが精製している怪人化薬について。志島カリヤに接触した本郷氏より、私的な意見があると聞いたが?」

「では、僭越ながら」


 会議の流れを引き継ぎ、立ち上がった本郷博士に視線が集まる。


「総合病院で引き起こされていた事件。それに巻き込まれた少女が所有していた怪人化薬の効能。そして言葉を交わした当人として……ネビュラスが目指している最終到達点の予測が立てられた」

「最終到達点……?」

「端的に言えば、人類の改革。軟弱な人の身を、インベーダーの力によって変質させ、新しいステージへと引き上げる──生物としての進化。ネビュラスはその為に、怪人を大量に放出し、データ収集を(おこな)っている」

「バカな。そんな事が」

「出来る訳がない。ご存じの通り、インベーダーの体液や細胞には人類が適応できない素養が備わっているからな」


 資料をかざし、本郷博士は畳みかける。


「時には薬、時には毒となるが……少女の怪人化薬など、正にその筆頭と言えるだろう。あれには子どもですら怪人化させるに足る効能が確認されたが、同時に摂取すれば容易く命を奪い取る。怪人に成れたとて数分で細胞が破壊され、肉体が液状化し、死に至る」

「なんという……!」

「そういった粗悪品を改良し、改善させ、身体への影響を極限まで無くしていく……それが現在の、ネビュラスの目的であると仮定して見ている」


 手元にあるリモコンを操作し、本郷博士は注目を移す。

 モルモットを使用した実験結果がプロジェクターによって示され、ざわめきが生まれる。


「アストライアで確保しているネビュラスの構成員、元怪人のほとんども予後不良に(さいな)まれ、余命幾ばくかという状態にある。難を逃れているのは、夜叉によってあらゆるインベーダーの要素を抜き取られた構成員のみだ」

「誠に遺憾だが、彼の行動によって救われた者がいる、という訳か」

「意図しているかは、定かでないが。……そこで怪人制圧後の保護、並びに無力化を念頭に置いた装備の開発を進めている」

「装備……もしや、夜叉の?」


 察しの良い役員の声に頷き、資料が切り替わる。

 そこに表示されていたのは、かつて凍結処理し封印していたヤシャリクの設計データの一部。特に象徴的とも言える吸収能力について言及されたものだった。


「ニューエイジにも転化しているアブソーブシールドは動体・魔力エネルギーを遮断し利用する盾であり、他の戦闘部隊でも運用している兵装。それを対怪人に特化させ、夜叉と同様の効果を得られる上、携行可能な武装を設計中だ」

「武力での制圧に限らず、手段が増えるのはありがたいな」

「鎮圧後に捕縛した構成員達の治療にも活用できるのか?」

「試験する必要はあるが、理論上は可能だ。体内に残留したインベーダーの構成要素を分離させるだけだからな。受療者の体力次第になるが、時間を掛ければ負担も少ない」


 今後の生存を絶望視されていた構成員達の今後。

 犯罪者といえど、ネビュラスに騙された一般人もいるのでは? という考慮もあってか。本郷博士の考案する新武装について、肯定的な意見を見せる者は多い。

 対して開発費用の工面や捻出について良い顔を浮かべない者もいる。タカ派とでもいうべき性質を持つ役人は難癖をつけ、本郷博士は論破していく。

 ある意味、定例報告会は普段の空気を取り戻したのだ。白熱する室内を見渡し、表立って意見を言えないニューエイジは息を整える。


「これでネビュラスとの戦局は変わるのかなぁ?」

「さてな。今でこそ、奴らは怪人単独の出現や奇襲まがいの行為で被害を広げる手法を取っている。しかし学園島内に構成員を点在させ、同時に怪人化させた場合を考えれば、対抗手段は多いほど良い」

「フレスベルグの機動力も限界があるからね~。縦横無尽に飛び回れるけど、エネルギーが枯渇しちゃあ、どうしようもないし」

「だからこそのアブソーブシールドですが……単純な質量攻撃に弱いのが欠点ですからね。博士もそこは改良するとおっしゃっていましたが」


 マヨイ達はお互いの顔を見合わせ、今後の展望について語る。


「とにかくアタシ達は、出来る事をやろうか。──天宮司君の件もあるし」


 天宮司。その名を聞いて、マヨイとエイシャの顔が強張る。

 ニューエイジに共通し、本郷博士の意向によって情報制限され、限られた人物しか知り得ないそれは、未だ彼女達の理解が及ばない地点の話。

 志島カリヤの私物に書かれた情報は、彼女達に疑念をもたらしていた。


「最高傑作、だったか。不明な点の多い少年ではあるが、まさかネビュラスと関係があるのか……」

「分かんない。でもあの子、過去に起きた事件以前の記憶があやふやらしいし、その辺を探らなくちゃいけないかもね」

「ロゴスの調査では戸籍などに不自然な点は見られないそうですが……慎重に触れていく必要がありますね」


 最近になって見知った中ではあるが、教育実習生としてパフア校の身内を疑わねばならない状況に、マヨイの目が鋭くなる。

 夜叉としての正体こそ知られずとも、アキトを取り巻く環境は彼の知らない所で緩やかに変化していた。


「……彼は今、何をしているのでしょうか」


 ◆◇◆◇◆


「次の魔法実習テスト、五〇点以上じゃないと補習らしい……」

「お前は地球人だから赤点ライン低いだろうが。俺なんてエルフ族だからっつー理由で九〇点以上だぞ? 楽勝だけど馬鹿じゃねぇの?」

『そこで楽と言い切る辺り、お主も大概じゃのう』


 沸々と湧いた疑い、希望を持った推測の先。

 アキトとリフェンス、リクはニューエイジの思惑など知る由もなく。

 近日予定されたテストに向けて猛勉強していた。

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