ターニングポイント《後編》
風が吹き込み、夕焼けが半壊した室内を照らす。
散らばったガラス片や建材、棚や刻まれたソファーなどで荒れ果てた一室は、総合病院にある医師の執務室だった。
「酷いものだな」
「ええ。ニューエイジのおかげで抑えられはしましたが、完全に被害を防げた訳ではありませんからね」
白髪の少女の捜索からネビュラスの怪人の出現。結末に至るまでの紆余曲折はあろうとも、最良のモノであったと胸を張って言える。
事実、怪人は倒され、少女は保護され、そして今──ネビュラスに直結する情報を得るべく、破壊された室内を本郷博士は訪問していた。
背後には現場検証を行うべく、アストライアの人員で構成された鑑識班が控えている。博士を含めた全員が、物品保護の為にマスク・手袋を着用していた。
「建造物の被害が確認されたのはこの部屋だけ。インベーダーの反応が検知されたのも、この地点から……ロゴスや情報班からの判断は」
「総合病院内部にネビュラスの構成員を誘致した者がいる、と」
鑑識の一人と話しながら、本郷博士は思い出す。
白髪の少女をアストライアの医療施設へ送るべく別れたニューエイジの一員、マヨイの発言を。
「入院患者が脱走したという割に、病院に混乱が見られなかった。挙句に周知されていた訳でもなく、マヨイ君の父親も知らない様子だった」
加えて、少女が所持していたアンプル……フレスベルグの識別機能によって判明した中身は、怪人化薬。ただの子どもが持つべき代物ではない。
その事から分かるのは、少女の脱走は作為的なものである証左。
そして、子どもの命すら使い潰すネビュラスの狡猾さと汚泥のような企み。
「奴らは都合の良い隠れ蓑として総合病院を選び、ネビュラスとしての息を潜めていた。ここでなら実験材料も、怪人化薬の精製に使用する薬品の調達も容易だ」
「傍目から見ても、怪しまれる要因にはなりませんからね」
「地球人、ネイバーも含めて門戸を広げたのが仇となったか」
本郷博士は足下に落ちた部屋のネームプレートを拾い、汚れを払う。
「故に証拠隠滅を図ったとして執務室を破壊し、書類や資料もろとも破棄。怪人の出現に乗じて霧隠れし、総合病院のデータベースに残った情報も消去。これはネビュラス側の人工知能による手管であると判明している」
「その作戦を考案し、実行に移したのが……」
傍にいた鑑識の一人に見えるよう、ネームプレートを傾ける。
そこに書かれた名前に、本郷博士は見覚えがあった。
つい数時間前まで談合を交わし、怪人の目論み、ネビュラスの目的、その他の可能性を話し合った人物。
思えば、事の一連の流れは彼が発端であるとも考えられた、その名は。
「──志島カリヤ。間違いなく、彼はネビュラスの関係者だ」
学園島に潜む闇の一端。
怪人関連の混乱をもたらす組織の一員。
アストライアの敵と断定したカリヤに対し、本郷博士は歯噛みする。
「まったく腹立たしい……! あれだけ好きに動かれた上、いいように対応され、微塵も怪しめなかったとは!」
「過去にアストライアへ所属していた認識が、仲間意識として働いてしまったのかもしれませんね」
「感情と認知は、そう簡単に覆せんか……ん? これは」
自身の甘さを恥じ、頭を振るう本郷博士の視界に紙片が映る。
棚の残骸に下敷きとなり、それが防護壁となったのだろう。比較的損傷の少ないそれは、何者かの診断書だった。
「ネビュラスの実験体となってしまった者のか……? いや、健康診断書……選定の為に見ていた物か?」
薄汚れた書面を眺め、光にかざして。
走り書きのように、羅列された情報を口に出す。
「かつての最高傑作、天宮司アキトの身体情報、だと?」
ニューエイジの元に現れた、パフア校の生徒と教師、そして保護者。
彼らによって白髪の少女は学園島で最も安全な場所へ搬送された──その立役者たる人物の名前が、天宮司アキトであったはずだ、と。
「どういうことだ……彼が、最高傑作?」
混迷と新たな謎を巻き起こす証拠の数々。
激化していくネビュラスの動向を予感し、本郷博士は肩を震わせるのだった。




