策謀を越えて
ニューエイジと夜叉。
場所は違えど、双方が巻き込まれた事態は収束を迎え、学園島は穏やかな時間を取り戻した。
遥か彼方の監視者を討ち取ったアキトは、白髪の少女を担いで廃ビルから脱出。少しの時間も経たない内に、見覚えのある人物達がやってきた。
事の詳細をメッセージで知らされ、思わず噴き出したリフェンス。
脱走した少女を見つけたという情報から、すぐに駆けつけたヴィニア。
大人顔負けに優秀な教え子で助かるが、コイツはもちろん他二人も警報が聞こえたのに避難しなかったのか、と複雑な感情を抱くイリーナ。
三者三様の反応を見せながらも集まり、彼らはその足で総合病院を目指す。
道中に警報で周知されたインベーダーはアストライアによって制圧され、事後処理に当たっている、と。マヨイからイリーナを経由して、アキト達は状況を理解する。
万一に巻き込まれなくてよかった、と安堵するヴィニアにイリーナ。
一瞬のみとはいえ、夜叉に変身してネビュラスの監視者を撃滅した事実を知るリフェンスは、呆れ気味に目線を送り、アキトはそれをいなす。
タケミカヅチの新たな形態“キャノンモード”。
ヤシャリクの左腕部に取り付けられたシフトバングルと連動させることで、静粛性・弾速・威力・射程範囲ともに弓の状態よりも大幅に強化された大筒。
かねてより、夜叉において魔力エネルギーを攻撃手段として用いる武装の火力不足を補う、破滅の轟雷。
加えてリクの隠蔽魔法・認識阻害魔法の並立発動によって、非常に高いステルス性を保持したまま放たれる稲玉は、並のインベーダーでは耐えられない。
魔法に精通したエルフ族のリフェンスですら、発射の機会を察知できず。
彼方の空で煌めいた天候違いの雷に、リクから送られたメッセージによって真相を把握するほどに。
誰の目にも、耳にも触れず、静寂な日常の裏側で。
黒きヒーローは、人知れず今日も人類を守るのだった。
◆◇◆◇◆
アキト達が総合病院を目指す最中。
目的地たる病院の敷地内にはアストライアと警察の車両が駐車され、多くの人員が事後処理に動いていた。
あらゆる種族の傷病に対応する学園島の命綱にインベーダー、しかも怪人が出現したのだ。事実確認を被害状況の把握は急務であった。
運よくニューエイジが早急に駆けつけたことで死者はゼロ。
負傷者は避難時の転倒や戦闘の余波で倒れた、設置物に接触した者のみ。
建造物の損壊も、病院にある一室だけが無惨に破壊された程度。要所で引き起こされた事態にもかかわらず、最善と称しても過言ではない結果となった。
鎮静化した現場ではフレスベルグを解除し、元の服装に戻ったニューエイジ。
ガルグイユの怪人であったネビュラスの構成員に対し、率先して保護と簡易的な手当てを施した本郷博士。
彼らを前に、大型の護送車両を背にしたアストライアの職員が敬礼する。
「では、現時刻を以てガルグイユの怪人をアストライアの治療施設に護送します!」
「はい。後の事はよろしくお願いします」
「もちろんです! そもそもニューエイジの皆さんは、本日休暇のご予定でしたからね。調査と報告は私どもにお任せして、体を休めてください!」
「まあ、アタシとエイシャは特に何もやってないんだけどねぇ」
「到着した時には、既に優勢は決していったようなものだったからな。ひとえに、マヨイの戦闘力がニューエイジの中でも逸脱しているからだが」
「とはいえ二人が民間人の保護し、守り切ったのも事実だろう」
走り去っていく護送車両を見送りながら、彼らは語り合う。
その光景を見ていた者が接近する。カツヤだ。他のアストライア職員から事態と詳細を説明された後、マヨイに問い詰めるべく近づいた。
されど不安げに、たどたどしい足取りで、高圧的な態度は鳴りを潜めている。
足音に気づいたマヨイが振り向けば、カツヤは分かりやすく肩を跳ね上げ、心底気まずそうに口を開く。
「お前は……どうして、こんな……」
「マヨイ君、私から説明しようか?」
「いえ、これも巡り巡って私の判断が招いた事態です。ちゃんと伝えます」
マヨイは気遣う本郷博士を手で制す。
家族の空気を邪魔しないように、リンとエイシャは自身の口を両手で塞ぎ、本郷博士ともども距離を取った。
「私は表の顔としてパフア校の教育実習生。そして、裏の顔として──アライアンス管轄アストライア支部、特別戦闘部隊“ニューエイジ”……人類を守る一員となりました」
「っ……」
カツヤは、己の娘が纏う雰囲気と対峙し、背筋に冷や汗が垂れるのを実感する。
彼の記憶にあるマヨイの姿に、何もかもが一致しないからだ。態度も、性格も、仕草も……まるで別人だった。
「貴方以外の家族には、アストライアに所属している旨を伝えています。医師の道を拒んだ上で、そんな事を告げれば拗れるのは確定してますからね」
「だからとて、なぜ危険なマネを……!」
「前に言ったはずです。自分で道を選び、納得している、と。貴方の思いや意思は尊重できますし、医師としての誇りは疑いようがありません」
ですが。
「私は私、貴方は貴方。変わった世界、変わってゆく世界で、これから進むべき道は決して交わる事はない。それだけの仕打ちを、お互いしてきたんです」
望まれた思想を否定し、各々の道を行く明確な決別の意思。
しがらみや因縁を断ち切り、あるいは家族の縁すら切り離すようなマヨイの言葉に、カツヤは狼狽し項垂れた。
「心配は受け取っておきます……それだけです。お帰りを」
「──わかった。お前の、無事を……影ながら祈っている」
やり直す機会など与えてやらない。両者の間に刻まれた深い溝と傷は、決して埋められる事などない、と。
覚悟と決意を表した言葉の応酬を最後に、カツヤは病院へ足を運ぶ。
「いいのぉ、アレで。マヨイが父さんを嫌ってるのは分かるけどさぁ」
「いいんですよ。元々、家族の間でも問題になっていたんです。これを機に、自分を見つめ直してもらえるとありがたいのですが」
「手痛い反撃と真実を見せつけられたのだからな。いずれ訪れるだろう」
「……家族間の話し合いだ。部外者に口を挟む余地などないが、それが君の選択なら、私達は尊重するだけだ」
どこか晴れやかな面持ちで、カツヤの背を見送るマヨイ。
その背後から、呼び掛ける声が響く。そこにいたのはアキト達だ。
捜索を願われた白髪の少女を連れた彼らを見て、マヨイ達は駆け出す。
激動の展開に巻き込まれた者達の一日が、もうすぐ終わろうとしていた。




