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青を穿つ

「な、なんだ……マヨイの姿が、変わった!?」


 総合病院上空でガルグイユと激闘を繰り広げるマヨイ。

 その光景を物陰から見上げ、カツヤは驚愕に顔を染める。

 実の娘が連れ去られ、あわや大惨事というべき事態に陥ったかと思えば、鉄の鎧に身を包み戦闘を開始した。

 夢でも見ているのかと疑いたくなるのも仕方がない。しかし身体を揺らす衝撃とスラスターの駆動音が意識を現実へ戻す。


 現在、避難対応に当たっていたマヨイとカツヤ以外、屋外に人は居ない。

 つまりマヨイがアストライアの、ニューエイジの隊員である事を知ったのはカツヤのみ。正体がバレた所でどうとでもなる上、周辺被害を抑えるべく、そして怪人を前にして戦わないという選択肢は彼女に無かった。


『はあっ!』

『ギッ!?』


 現に、不規則で緩急の付いた軌道による高速戦闘で、マヨイはガルグイユを追い詰めていく。円を描き、火力を集中させ、石膏のような灰色の表皮にブレード、ライフルで傷をつける。

 元よりニューエイジの実力は他の戦闘部隊よりも突出していた。それこそ、単騎で特位インベーダー討伐を可能とする程に。

 フレスベルグの性能は確かにあれど、それを使いこなす適性と戦闘センス。何より装着者に宿る強い意志が、潜在能力を開花させていた。

 夜叉が異常に強いだけで、ニューエイジも追従する事は出来るのだ。


『く、そったれぇ!』


 ガルグイユは予想以上に自身が不利であると悟り、マヨイから距離を取る。

 空中に白線を引き、置き土産のように、魔力エネルギーで構成された風の弾丸が無差別にばら撒かれた。その多くは総合病院だけでなく、周辺の建造物にも飛来する。

 マヨイはその全ての弾着位置、順番を見極め、返す刀の如く。

 ライフルの代わりに背部のランチャーを構え、引き金に指を掛ける。


『弾道補正、一部を視線誘導。魔力誘引炸裂レーザー、発射!』


 口頭での武装指定、弾頭の中身を変更して。

 甲高い吸気音の後、ランチャーの銃口から幾本もの光線が放たれる。弾速の早いエネルギー弾は鋭角な機動で風の弾丸を次々と粉砕し、その魔力を取り込んで肥大化。

 やがて極太の光線となってガルグイユへ向かう。その陰へ隠れるように、マヨイもスラスターを噴かす。


『なん、だ、そりゃ!?』


 四枚二対の翼で、ガルグイユは光線から逃れようとする。

 肥大化の影響で面積は大きく、速度は落ちて、しかしマヨイの視線によって変幻自在に弾道が変化。

 着実に距離を詰めてくる光線に痺れを切らし、魔力を纏った翼で高速回転。

 着弾した光線を弾き、事なきを得た──その隙を、マヨイは逃さない。


『そこです』

『ッ!?』


 視線は途切れた。

 霧散する光線のエネルギーに紛れた。

 容易く背後に忍び寄ったマヨイが、ガルグイユの翼を斬り落とす。

 軽い切断の衝撃に、断面の焼ける音。再生すら許さない、溶断の刃。飛行の手立てを失ったガルグイユは空中で体勢を崩す。

 困惑をそのままに、スラスターの急噴射によって生じた加速、魔力エネルギーを収束させた踵落としが背中を強打。

 成す術もなく、悲鳴も出せず。ガルグイユは地表へと叩きつけられた。


『以前に夜叉が見せた真似事になりますが、存外に上手くいくものですね』


 総合病院の敷地内から外れた道路。

 センターラインごと、大きくクレーターを作ったガルグイユ。

 その眼前に降り立ちながら、マヨイはかつて見た連携の模倣。実演を以て有効性を示した戦術の感触に納得する。


『がっ、あ……! こんな、はずじゃ……ザコの、集まりって話じゃ、なかったのかよ……!』

『貴方程度の怪人に、手を焼くとでも思いましたか? あくまで安全性を加味している為、ニューエイジは複数人での連携を主軸にしているだけです』


 天性の適性と鍛錬、柔軟かつ堅実な思考のリン。

 ダークエルフの武術と圧倒的な戦闘センスで戦うエイシャ。

 二人を含んだ上で、総合力で勝るリーダーのマヨイ。

 本郷博士の懐刀とも称されるニューエイジの名は、伊達ではないのだ。


『──無駄話をするのはやめましょう。まずは、貴方を再起不能にします』

『ふざ、け、やがってぇ……!』


 静かに歩み寄り、背部に回していたランチャーの銃口を向ける。

 このまま終わってたまるか、と。悪態を吐いたガルグイユの視界に、一人の男が入り込んできた。

 如月カツヤだ。娘の豹変にガルグイユとの戦闘を目撃し、気を揉んだ彼は促されるように、現場へ足を運んでしまった。


 あまりにも危機感が欠如した行動。民間人の接近に気づいたマヨイが振り向くよりも先に、ガルグイユの手に纏まった暴風の弾丸が放たれる。

 フレスベルグのライフルにも負けない弾速を誇る、不可視の一撃。

 致命は(まぬが)れず、下手をすれば即死もありえる。無様にも身を晒したカツヤに防ぐ術はなく、死を待つのみ……


『おっとと!』

『甘いな』


 しかし接触の寸前、二つの影が割り込む。

 一つはリン。フレスベルグを纏った彼女はカツヤを背に置き、半透明のアブソーブシールドを展開。

 一つはエイシャ。リンの更に前へ出て、フレスベルグのブレードを高速で振るい、あろう事か暴風の弾丸を切り払う。

 二重の防衛手段で民間人を守った二人に、マヨイは無言で頷く。

 苦し紛れの一撃を防がれ、顔を歪ませる怪人へ最大出力の拘束用電磁ネットを発射。


『ァアアアアアアッ!?』


 凄まじい稲光に、鼓膜を(つんざ)く雷の咆哮。

 常人であれば間違いなく障害の残る捕縛用の弾頭だが、インベーダーが相手であれば問題ない。気を失う程度で済む物だ。

 性質上、身動きの遅い、もしくは体力の消耗した相手にしか使えないが、今がまさに使い時であった。


 夜叉と違い、直接的な怪人化の解除手段がニューエイジには無い。だが、気絶すれば元の人としての姿に戻る事を把握していた。

 故に、(いささ)か手荒にはなるが、こういった手段で無力化しているのだ。


『こちらニューエイジからアストライア本部へ。対象のインベーダーを制圧しました。回収班の手配をお願いします』

(うけたまわ)りました! すぐに向かわせますね!』


 フレスベルグの通信でロゴスへ要請を伝達。

 カツヤの無事を再確認する中で、遅れてやってきた本郷博士も合流し、総合病院での騒動は収束していった。


 ◆◇◆◇◆


『夜叉が持つ遠距離武装の一つ、タケミカヅチは弓である』


 総合病院でひと悶着が起きていた中、廃ビル内では。

 変身を終えた夜叉が青の彼方を睨み、雷の意匠が特徴であるタケミカヅチを掲げ、片手で殺生石を三度叩く。


『魔力エネルギーの多頭追尾弾に加え、貫通力に秀でる優秀な武装。しかして不得手とする面も多く、いまいち使い勝手が悪かった』


 殺生石から溢れ出した黒いモヤは体を伝い、タケミカヅチに纏わりつく。

 エネルギーの弦が消失し、内側に弧を描く弓が──変形する。持ち手はそのままに、左腕を挟むようにして。


『そこを、儂とマシロはヤシャリクの戦闘データを元に、アキトの手に馴染む形で使えるように変える事とした』


 複雑な駆動音に応じて、腕部の装甲とタケミカヅチが溶け合う。

 肘から先を覆い隠したそれは、大きな筒のようで。黄色の魔力伝達回路を刻み、紫電を散らす。


『それこそが先ほどマシロから渡されたメモリに保管されていた、タケミカヅチの新たな変形機構。より直感的に、より強く……敵を滅する力』


 ヤシャリクの神経伝達によって伝わる情報と寸分の違いも無いリクの解説。

 再確認の意味を込めて改めて聞きながら、夜叉は変形が完了した左腕に視線を移した。


『腕部ごと武装へ切り替える形態“キャノンモード”。弓のタケミカヅチとは比べ物にならない、強力無比な轟雷の力じゃ!』


 足を開き、青の彼方を望むバイザーへ明確に敵の姿を捉える。

 熱源、魔力、弾道、持ち前の視力。様々な反応と予測によって導き出される、正確なバレット・ライン。

 吸気音と同時に、銃口へ圧縮された膨大な魔力エネルギーが集う。

 巨大な玉となった雷の大砲は、周囲を焦がし、発射される瞬間を今か今かと待ち続ける。


『チャージ段階、七〇、八〇……一〇〇パーセント! 放てぇいッ!』

『──!』


 リクの掛け声に合わせ、雷の球が放たれる。

 呆気ない程に軽く、しかし速く。凄まじい熱量が込められた大筒の砲弾。

 空を焦がし、雲を穿ち、狙い澄ました一射はネビュラスの怪人、スティングレイへ吸い込まれるように飛来。


『……今までの報い、存分に受けろよ』


 視認すら困難な高速の砲弾。

 その長距離狙撃を避ける事など叶わず。

 圧倒的な熱量はスティングレイを焼き尽くし、青の彼方に爆雷を響かせる。

 それはまるで花火のようで。時を同じくして、ガルグイユに電磁ネットが放たれたタイミングで炸裂したのだ。


 故に、廃ビルを中心として起きた騒動は、誰にも知られる事はなく。

 ズタボロとなったスティングレイが墜落し、海上に浮かぶという奇妙な事実が、後に学園島近海を航行するアストライアの哨戒船によってもたらされる事となった。


『他に熱源は無し……ネビュラスの怪人は、ぷかぷか浮いとったあやつだけじゃ。監視役というには、不甲斐ないのぅ』

『悪党側の苦労なんてどうでもいい。変身、解除するよ』

『よいのか? 気絶した女子(おなご)を運ぶに、お主の体では難しいじゃろう』

『どうせリフェンスに連絡してるんだろ? 次点でヴィニア姉さんにも。二人が来るなら、こんな所に居られないし夜叉でいるのも不都合だ。……この子に肩を貸して、一階に降りるくらいならオレにも出来るぞ』

『カカカッ! 見抜かれておったか! 隠し事は出来んのぅ!』


 されど、いつもの調子でやり取りを交わす二人に未来など分かるはずもなく。

 レイゲンドライバーからマギアブルを抜き、変身を解いたアキトとリクは、白髪の少女を抱えて廃ビルを降りていった。

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