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邪気を払う

「ふむ、なるほど」


 総合病院と廃ビルで騒動が起きる中。

 学園島の整備用地下通路へ続く暗闇で、潜んでいた男が囁く。


「アストライアの手が回ってきた以上、隠れ蓑を捨て去るべき……そう判断して撒いた種だったが、無事に芽吹いたようだ」


 男はマヨイが対峙するネビュラスの怪人に、クロトが遭遇した少女の手引きをした張本人であった。

 総合病院に関しては秘密裏に行っていた試薬の痕跡を無くす為に、与えられていた作業部屋兼執務室を破壊。

 少女に関しては年代別に怪人化薬の実験調査、及び自身に繋がる証拠隠滅を目的とした捨て駒として使う予定であった。


「いやはや、なんとも愉快な縁があったものだ。まさか、かつての最高傑作と会えるなんてね。思い返してみれば、確かに脱走前の面影があった……」


 しかし、なんたる神の気まぐれか。

 男がけしかけた少女は自身の迷いによって折れかけた善性、そこに入り込んだ誘惑を、最高傑作と称した少年が断ち切ったようだ。

 何故、休憩スペースにいた少年が接触したのか。

 その関連性、関係性は不明であるものの、偶然の機会を逃す手はない。


「いかに最高傑作といえど、手元を離れすぎた実験体に用はない……怪人化薬もろ共、少女と果ててもらう」


 学園島、遥か上空に浮遊する特別なネビュラスの怪人。

 アストライアの探知範囲にも掛からないほどの存在──“スティングレイ”という特位インベーダーを元にした構成員。

 かつて籍を置いた組織の研究者を続々と亡き者にしてきた暗殺特化の怪人に、男は新たに支持を出していた。


 それは怪人化薬を持たせた少女と、彼女を助けようとした者の抹殺。

 成功率驚異の一〇〇パーセントを誇る暗殺者に全てを任せ、立つ鳥跡を濁す勢いで学園島に混乱を招き、自身は姿を消す。

 まさしく一片の迷いもない判断による事態の連続であった。


「下手にネビュラスの情報を漏らされては困るからね……目を付けられたのが運の尽きだと思ってくれ」


 そう言って、男──アストライアに影をも掴ませぬ、ネビュラスの首領は踵を返して暗闇を進む。

 だが、事はそう簡単に済んだりはしない。彼は、急仕立てながらも完璧に近い対処を取ったと思い込んでいた。

 ……唯一の誤算として、最高傑作と呼んだ少年が夜叉である事を知らない。

 ネビュラスに辛酸を舐めさせ続ける、悪鬼の如き戦闘力を持つ戦士が、小さな子供であると誰が予想できようか。

 それが一体、どういった事象をもたらすかなど、誰が想像できようか。


 ◆◇◆◇◆


「うっ……うぅ」


 白髪の少女は意識を失いかけていた。

 突如として身を寄せられ、直後に凄まじい衝撃が展開されたシールド越しに伝わり、階下である吹き抜けのフロアに落とされたのだ。

 体に怪我こそ無くとも元々が入院患者であり、消耗していた少女の身にとっては酷なものだった。


『無事か、アキト!?』

「オレは問題ない、この子も平気だ。それより何が起きた? 感覚的にインベーダーの攻撃なのは分かったけど」


 フロア天井部に空いた穴からリクが舞い降りる。

 シールドを解除した周囲には飛散したガレキと、埃が派手に舞う。その中心地で少女を抱えたアキトは傍に控えてきた彼女に問う。


『はっきりとは言えん。じゃが、警報で知らされた地域とは別口の攻撃と思われる。広域化した探知範囲にいきなり複数の高速飛翔体が接近してきたのじゃ』

「飛翔体……」


 アキトは最近の国語の授業で習った言葉を繰り返し、周囲に目を配る。

 ガレキに混じり、鋭く突き刺さる刃。月が弧を描くように湾曲し、半透明で鈍色にも見える刃が、差し込んできた陽光に照らされていた。


『発射角度から察するに、はるか上空からの狙撃。そこな白髪の女子(おなご)の発言を(かえり)みるに、監視者と思しき者による攻撃じゃろう』

「怪人化した構成員に監視させて、ネビュラスにとって都合が悪いから、殺す事にしたって訳か」


 心底、吐き気のする推測。だが、的を得ているとも思える事態にアキトの苛立ちが(つの)り、しかし沈殿していく。

 噴火直前の火山の如く、煮え滾る憤怒の感情が冷徹へと変わる。


「胸糞悪いにも程があるぜ。子どもを良いように使うのも、囮にするのも。関わった連中もまとめて始末すれば、証拠なんて残らない……そんな考えだったんだろ」


 上着を脱ぎ、白髪の少女の枕にして、吹き抜けフロアの床に寝かせながら。


「ふざけやがって。命をなんだと思ってやがる……!」


 ネビュラスにとって不都合な存在を、こうして消してきたのか、と。

 既に一線を越えた上、眼前で繰り広げられた狼藉。

 もはや看過できるものでなく、加えて無作為に殺人可能な攻撃を受けて。

 今まで相対してきたネビュラスの構成員、その言動から安易に想像できる害悪行為の数々と、犠牲になった人々を想起して。

 溢れ出た感情を露わに、アキトはリクへ静かに手を伸ばす。


「思い通りにさせてたまるか……やるぞ、リク」

『おうとも!』


 クロトとリクの思考に“容赦”という二文字が消え去った瞬間だった。

 リクの希釈化した体が実体を持ち、次いで無機質な物体──殺生石を中央部に埋め込んだレイゲンドライバーへ変換されていく。

 銀色を主体とした、筆箱ほどの大きさを持つデバイス。

 マギアブルを片手に立ち上がりながら、へその下、腰に宛がえば両脇からベルトが伸びて固定化される。

 体を隠してきた埃が薄れてきた中、殺生石を叩く。法螺貝のような待機音楽が、おごそかに流れ始めた。


「ん、う……」

「ぐっすり寝てていいぞ。すぐに終わらせる」


 騒がしさに薄目を開ける少女へ告げて、マギアブルに特定コードを入力。

 二段階認証キーとしての役割を持つそれは、抑揚の無い機械音声を鳴らす。


『Get ready?』

「変身」


 アキトは空を見上げながら間髪入れずに応え、レイゲンドライバーのスロット機構にマギアブルを挿入。


『Warning! Warning! Warning!』


 警告音声と同時に殺生石から人型の鎧武者、ヴァリアブルモデルが生成される。

 飛び出したがらんどうの鎧武者は埃を吹き飛ばし、無防備なアキトと少女を白日の下に晒す。

 その瞬間、空の彼方が怪しく光ったのを、アキトは見逃さなかった。

 次いで風切り音と共に弧を描く刃が降り注ぎ、その全てを抜刀した鎧武者は切り払い、粉砕し、アキトと少女を守る。


『Life threatening Artifact! Please stop!』


 全身全霊を振り切った鎧武者は、限界を迎えたように。

 黒いモヤが噴き出し、鎧が弾け、アキトの体へ纏わりつく。

 アンダーインナー、腕や脚、胴体に頭と鎧が展開。余剰のモヤはロングコートとなり、リクの趣味でありながら夜叉のトレードマークと化した赤いマフラーが巻かれ、風に流れる。

 先鋭的な兜に紅のバイザーが降り、がらんどうの鎧武者が振るっていた刀“フツノミタマ”……ではなく弓型の武装“タケミカヅチ”を左手に握り締め、変身が完了される。


『コンプリートじゃ! ……と言いたいが、此度は儂も虚を突かれた事に思うところがある。先の弾着で正確な位置も割り出せたぞ、アキト』

『ありがとう、リク。これで心置きなく──射貫ける』


 バイザーに映し出された位置情報。

 変身中も敵を絶えず視界に捉え続けていたアキトは、底冷えするような声音で呟き、タケミカヅチを構えた。

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