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お人好しカルテット

「──保護者の名簿一覧で知ってはいたが、ヴィニアさんはネイバー用の服飾デザイナーとして活動しているとか?」

「はい。孤児院に居た時、院長の伝手で紹介していただいて、それからずっと勤めているんです。ありがたいことに顧客の方々も大勢ついてもらって、楽しくお仕事をしています。マシロとは、彼女の本業で顔を合わせる機会がありまして」

「ふむ……ポラリスの店主さんと知り合ったのは、そういった流れという訳か。しかし、如何(いかん)せん衣類に無頓着(むとんちゃく)で無知だからか、ピンとこないな……」

「イリーナ先生、今日もスーツだもんね……」

『仕事の延長じゃし、おかしな話ではない。じゃが、せっかくの上玉だというのに着飾らないのはもったいないのぅ』


「でもブランド名ぐらいは聞いた事あるんじゃねぇかな、街中の広告にも出てるし。アリシュタっていう名前っすよ」

「なにっ!? アリシュタだと!? セイレーン族の歌手、プリシラのコンサート衣装を手掛けたという、アレか!?」

「すごい食いつくじゃん……」


「い、いやなんだ、私は教職に就く前から彼女を知っていたんだ。自ら作詞・作曲を手掛ける歌は時に力強く、時に繊細で。七色の声で彩られた詩は聞く者に勇気と希望を抱かせ、大勢の者から絶大な支持を集めている。かくいう私も過去に何度か元気づけられプリシラを知っていく度に歌へ込める情熱と想いを感じられて引き込まれ応援するようになっていったんだ!」

「うーん、この生々しいドルオタ感」

「よっぽどお好きなんですね……」


「広告に出てる綺麗な人、歌手だったんだ。知らなかった」

「知らないだって!? それは人生の損失だぞッ! 君達が良ければ布教用の音楽媒体を渡すのも(やぶさ)かではない。ファンでなくともプリシラの熱を感じてもらいた……むっ? すまない、電話だ。少し席を外してもいいか?」

「構いませんよ」

『テンションが乱高下すぎるじゃろ……』


 アキト達以外に客のいないポラリスで食後の歓談中。

 振動したマギアブルを取り出したイリーナは申し訳なさそうに切り出し、ヴィニアがそれに応えた。

 店の出口側に移動する彼女から視線を外し、三人は再び顔を合わせる。


「プリシラ、ねぇ。あんまり歌とか興味ねぇけど、セイレーン族が大々的に歌手として認知されてるのはすげぇと思うわ」

「ん? セイレーン族だと何かダメなのか?」

「元々海原を棲み処とする水棲種族で、過去に船乗りを襲って糧を得ていた、その歌声を聞いた者を惑わせていた、なんて話があるの」

「実際にやってたかは分からんが、特殊な発声器官が備わっててな。声で魔力を操って、繋ぎなくシームレスに大規模魔法を行使できるってんで危険視されてたんだ。今でこそ、外的な魔道具で封印処理する事で、他の種族とも交流するようになったが……」

「今はそんなにいないけど、逸話を知る人達が過剰に怖がったり、陰口を叩いたり。偏見的な目線で見ちゃう、っていうの聞いたことがあるよ」

「へー」


 エルフ族としての知識。

 業務上の共有された情報。

 それらを耳にした上で、セイレーン族も大変なんだなぁ、と。

 見えない部分の苦労を感じ取り、アキトは(ぬる)くなったコーヒーを飲む。


「……なんだと? 患者がいなくなった!?」


 カップの中身を飲み干し、一息ついたところで、平穏を裂くようなイリーナの声が響き渡った。

 アキト達はもちろん、厨房で料理を仕込んでいたマシロすらホールに顔を出し、何が起きたのかと目線を送る。


「ふむ、見覚えは無いが……分かった、天宮司達にも聞いておく。もし手伝える事があれ遠慮なく言ってくれ、力を貸そう。ではな」

「先生、何かあったんですか?」


 やがて、電話を切ったイリーナが神妙な面持ちで席に戻る。

 重い雰囲気を纏う彼女へ身を乗り出し、ヴィニアが問う。


「マヨイからの連絡でな、総合病院から患者が抜け出してしまったそうだ。特徴は天宮司と同年代の背格好に白髪(はくはつ)、両手足に包帯を巻いた患者衣の女子。見たか?」

「随分と目に留まりそうな見た目じゃん。でも、いたか? そんなの」

「私は覚えてません……」

「オレも姉さんと同じ。その子は何時間前にいなくなったんですか?」

「休憩スペースでマヨイ達と駄弁っていた頃らしい。担当していた医師が空になった病室に違和感を抱き、そこから捜索しているそうだ」

「って事は、いま十二時ちょっと過ぎてるし……二時間くらい前か?」

「その子の具合にもよるだろうが、もはや病院の敷地外に出てる可能性すらありえるんじゃねぇか?」


 不穏を感じずにはいられない事態。

 居ても立ってもいられない、といった様子で伝票を持ったイリーナは、マシロへ手早く会計を済ませてもらうように伝えた。


「かなり時間が開いた上、切羽詰まった状況だ。私はこれから捜索隊に加わる。故にすまないが、ここで解散という事にさせてくれ」

「オレ達は手伝わなくていいんですか?」

「電話口の対応を見るに、かなり焦ってるみてぇだしな。つっても、お前とヴィニアの姐さんは帰った方がいいんじゃねぇか?」

「けど、人手はあった方がいいんじゃないかしら? 話を聞いた以上、このまま放っておくなんて気分が悪いし、その女の子も心細いはず。……口振りから察するに、リフェンス君だって探すつもりなんでしょう?」

「おっと、バレちまったか。まっ、理由としては姐さんと同じっすよ」

「……いいのか? こちらの騒動に巻き込んだ上に、天宮司まで付き合わせるなど居た(たま)れないが」


 イリーナは肩を縮ませ、所在なさげに首筋を擦る。

 自身の生徒、それに家族を関与させるなど(もっ)ての他。しかし急を要する事態には違いなく、問題行動はあれど基本的に優秀なアキト、リフェンスの手を借りられるのは渡りに船であった。

 三人は顔を見合わせ、一斉に首を縦に振る。


「……ありがとう。後日、お礼としてプリシラのCDアルバムを人数分、譲渡すると約束しよう」

『忘れてなかったんだ……』


 意図しない謝礼の提示に思わずアキト達の声が重なる。

 会計を終わらせたイリーナは自身の電話番号を共有し、何か分かれば連絡を、と。そう言って足早に店外へ出た。

 アキトの案で三手に別れて探すとしてヴィニア、リフェンスが続く。


「それじゃアキ君、無茶しないようにね?」

「車には気を付けろよ」

「分かってるって」


 振り向き、注意を促す二人に応えて。

 手招くリクに、後を追って踏み出すアキトの肩をマシロが叩いて止める。


「マシロさん?」

「事情は盗み聞きしてたよ。アタシの方でも街中の監視カメラを精査して、解析したデータを逐一リクちゃんに送るから、それを目安に探してみて」

「分かった。ありがとう」

『世話になるのぅ』

「ふふん、久々に太客が来てくれて黒字になったからね! お礼として頑張らせてもらうよ!」


 機嫌よく出入り口に掛けられた“開店中”の木札を“休憩中”に切り替え、にこやかに笑うマシロ。

 そして、あっ、と。手を叩いたマシロはカウンターの裏からUSBメモリのような物を取り出し、アキトに手渡した。


「それ、タケミカヅチの新しい使用方法を組み込んだ変換データのメモリ。捜索中にシフトバングルに挿して読み込んでおいて。次に変身する時、神経伝達で使い方が分かるようになるはずだから!」

「タケミカヅチの? へぇ……」


 自信たっぷりなマシロの発言にメモリを見下ろしてから、アキトはシフトバングルに挿した。ローディングを示す液晶画面を確認してから、見送るマシロに手を振って店を出る。


『さて、と……どこから見るべきかのぅ?』

「まずは子どもが行きそうな場所で聞き込むのがいいかもな。病院の外で、二時間くらいで辿り着けそうなところ」

『患者と言うからには体力面の問題もあるしな。アタリをつけてみるか』

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