混迷の知らせ
ネビュラスの怪人化薬、大元たる【超人計画】。
続々と殺害されていく関係者の内、生存している者を探って情報を集めるべく、ニューエイジとは別口で活動していた本郷博士と合流したマヨイ達。
四人は集合場所である定食屋の個室で昼食を取りつつ、報告会を行っていた。
「──君達の健康診断の結果は、アストライアが組んだ業務上の問題に起因する。改善できるように上層部へ駆け合う事にするが……そうでなくとも日頃から気を付けるように」
『はい……』
もっとも、場の空気は筆舌にしがたいほどに鈍重であったが。
まずは激務に追われるニューエイジの健康状態を把握したい。そんな思いでマヨイ達から健康診断の内容を見聞きし、凄惨とは言わずとも厳重注意な文面に眉間を揉み、本郷博士はため息を吐いた。
「私も人を偉く言えるような立場でないが、肉体やフレスベルグの訓練にナノマシンの調整があってコレか。……せめて今より三割ほど人員が増えれば負担は減るのだが」
「春先に人件費削減、タイパ重視、働き方改革! とか上層部が舐めた理想を掲げて、大規模な人事異動が起きちゃった矢先だし、無理じゃないです?」
「ゲート災害における国防の要であるアストライアから人を削るなど、訪れる未来は火を見るより明らかだろうにな」
「夜叉が姿を見せ始めた当初も、すぐ捕縛できると甘く見積もっていましたからね。結果としてしわ寄せがニューエイジに集約してますし……」
千切れかねない命綱でどうにかなっている現状。
色々と不足した世知辛い環境に全員の表情が曇る。
「良くなるかは分からないけど、頑張るしかないねぇ」
「ニューエイジとしても、個人の健康を両立せねばな。ところで、こちらが阿鼻叫喚の渦に揉まれている中、博士は何か進展を得られたのか?」
各々が注文し──心なしか野菜多めの定食──配膳されたそれらに舌鼓を打ちながら、エイシャの問いに本郷博士は唸る。
「かつて【超人計画】に関与していた研究者の志島カリヤ。彼に怪人化薬について知見を頂いたが、やはり関わった何某かが外部へ持ち出したのではないか、と。アストライアから離れ、自らの道を進む者。現段階で判明している、散逸した研究者達に存命しているのはどれほどいるか……」
「その中にネビュラスと関わりのある方がいるのでしょうか?」
「どうだかな。ロゴスと情報班のおかげで続々と判明はしているが、大体が殺されているか行方不明なのだぞ」
「必要な情報だけ絞って切り捨てた、なんて可能性もあるよねぇ」
それぞれの想像を口にし、会議は難航していく。
「加えて怪人化薬によって現れるネビュラスの構成員は不規則で、捉えどころがない。その度にニューエイジや夜叉が制圧に当たっているが……戦闘データの計測が目的、という推測もあった」
「我らと夜叉のか? ……よもや怪人化薬の完成度をより高めるため? だとしたら、我らの行動はネビュラスにとって利敵行為でしかないな」
「だからと言って放置する訳にもいきません。しかし、そこまで怪人化薬に固執する理由はなんでしょう? 最終的な到達地点が読めません……」
「んー……生物としての限界を超える、とか?」
何気なく呟き、白米を口にしたリンへ視線が集まる。
唐突に注目され、顔を右往左往させながら、リンは口に含んでいた料理を呑み込んでから口を開く。
「いやさ、元々【超人計画】はインベーダー由来の素材で肉体を改造させて、戦闘に適応させるって話じゃん? 仮にだけど、適応させるっていう部分をもっと伸ばす。寿命の減少とか味覚の消失なんてデメリットを決して、進化させた怪人化薬は……なんて言ったらいいんだろう? えーっと……」
「まさしく誰もが羨み、求め、望む夢の薬と言えるな」
「ネビュラスは錬金術で言うところのエリクシルやアムリタ、ネクタルに近しい物を生み出そうとしている、と考えられる訳か」
「……確かに。元来、特位インベーダーに散見される特徴として人体的な部分が多いのは何故か、と異類原生生物学で議題に上がります。そういったインベーダーから採取できる素材は人体に強く作用し、認可を受ければ医療にも用いられる」
何故、効能があるのか、有用とされるのか。
「特位インベーダーは人が到達する終着点、進化が示す道行の一つである、と。そのような意見が見られることはあります。ですが変遷や課程は明かされず、現段階でも悪影響しか見られない。故に眉唾でしかないとされていますが……」
「怪人化薬は容易く人類という垣根を越え、人外の領域へ到達させる。今でこそ特位インベーダーに変化し、その力を行使する程度で済んでいるが……」
「人とインベーダー、両方の性質を兼ね備えた新しい人類を生み出す為の怪人化薬。その完成こそがネビュラスの目的だとすれば、納得できるな」
「なーるほどねぇ。人類の改革ってヤツかぁ」
思いがけないぼやきから辿り着いた結論に、四人は頷く。
「でもさ、そんな夢物語みたいな薬、作れるのかな? 基本的にインベーダーの素材って毒性があって危険視されてる。適切な用法・容量じゃないと一気に危ないって話でしょ?」
「現段階の怪人化薬による被害者でさえ、各種後遺症に悩まされ、医療班が解決に取り組んでいるからな」
「唯一、予後に問題が無いのは、夜叉によってインベーダーの要素を吸い尽くされた構成員ぐらいですからね」
「ヤシャリク、ひいては殺生石が宿す吸収・転換能力の賜物だがな。被害者の命を吸わず、的確に対象のみを定めている……自ら設計しておきながら、以前より増々謎が深まっていくな」
夜叉という存在がもたらす戦果。
風の如く現れては最善をもたらし、人類を守護する者。
凄まじく頼りがいがあるにも関わらず、当人はアストライアに下る事なく個人で行動している。
ゲート災害を理不尽な悪意とするなら、夜叉は理不尽な善意。
学園島に住む大多数の者は受け入れているものの、振り回されるアストライアにとっては堪ったものではない。
「劣化版としてフレスベルグにも似たような能力は積んでいるが、ヤシャリク程の性能は発揮できん。……限定的な用途になるが、吸収専用武装を作るか」
「それなら夜叉に期待せずともニューエイジのみで怪人を救助できるかもな」
「でも、またハードワークになりません? 体調不良まっしぐらじゃない?」
「仕方ないと割り切るしかありませんよ……」
ままならない状況が否応なしに続く。
そんな話し合いに暗い影が差し、誤魔化すように定食を貪る。
やがて、食後のお茶やお冷で喉を潤す穏やかな時間が訪れ──そこにマギアブルの着信音が響き渡る。本郷博士の物だ。
取り出した画面には見覚えのない番号が表示され、怪訝そうに目を細める。
この場で出ても良いか、という目配せにマヨイ達は頷き、耳元に宛がった。
「もしもし?」
『ああっ、すみません本郷博士。自分です、志島ですっ』
「カリヤ君?」
通話先から響く声は、先刻に意見を聞いた元研究者、志島カリヤ。
挨拶の際に名刺を渡した為、連絡自体は可能だった。しかし、通話口の声はどこか焦っているようだ。
「いったいどうしたんだ?」
『あの、病院を出る時に女の子を見かけませんでしたか? 小学校低学年くらいの身長で、白髪で、両腕両脚に包帯を巻いた子なんですけど』
「いや、見ていないな。その子がどうかしたのか?」
『その子、病院から抜け出しちゃったみたいなんです! 人目を盗んで、外に出たらしくてっ……!』
「なんだって!?」
『手の空いた人員総出で探しているんですけど、敷地内には見当たらなくて! 心当たりがないか聞きたかったんですけど……』
「少し待ってくれ。私の仕事仲間も丁度、病院に用があって来院していたんだ。見かけていないか聞いてみる」
本郷博士はマギアブルを耳元から外し、詳細をマヨイ達に伝える。
特徴的な容姿であり、分かりやすいならば、と希望を抱いていたが三人とも身に覚えが無いようだ。
「すまない。全員、見覚えは無いそうだ」
『そうでしたか……すみません、急に連絡しちゃって。それじゃあ』
「待ってください。良ければ、私達も捜索に協力します」
通話を切り上げる空気を察し、マヨイは進言する。
エイシャとリンも乗り気のようで、本郷博士に向かって同意するよう首を上下に振った。
「ふむ……よし、ならば全員で捜索に当たろう。敷地外に出ている可能性があるのなら、人手は多い方がいいだろう」
『い、いいんですか? 折角の休日でしょうに』
「構わない。早急に見つけた方が、君も安心できるのではないか?」
『それは、そうなんですけど……分かりました。お願いします!』
「了承した。手がかりを見つけたら、互いに共有しよう」
通話を切った本郷博士と目線を合わせ、立ち上がり、手早く会計を済ませて外に出る。
ビル街を行き渡る人の流れに目を凝らすも、通話口に聞いた特徴はどこにもない。すぐに見つかるものではないと理解していたが、そうせずにはいられなかった。
生来の気質としてお人好しな面の強いニューエイジ、本郷博士。
自身の都合と他者のトラブル。どちらかを秤に掛けた時、傾くのは間違いなく後者。それを解決する手段と大義名分を持ち合わせているというのも拍車をかけていた。
「事態は急を要する。場合によってはフレスベルグの行使も視野に入れてくれ。私はロゴスに連絡し、街中の監視カメラを洗い出してもらう。では、散開!」
『了解!』




