見慣れた店で
「コーヒーとカレーライスが有名な店、って所で嫌な予感はしてたが」
「想定通りだったな……」
「むっ、もしや既に知っていたのか?」
『知ってるも何も……』
得意げな顔で先導していたイリーナの後をついてきたアキト達。
魔導トラムによって揺られること数分。見覚えのある停車駅、街並み、路地裏を進み、開けた場所で目の当たりにしたのは──純喫茶“ポラリス”。
アキト達が夜叉として活動する上での拠点だった。
「ここ、もしかしたら私の友達が店主をしてるお店かもしれません。不定期に経営してるとかで来た事は無いんですけど、確かこんな店名だったかと……」
「一応、店主さんとは俺らも顔を合わせた事はあって。アキトん家に遊びに行った時、メシを食った仲でもあるんすよ。んで、写真で見せてもらった店がこんな感じだっけなぁ、と」
「なんと、そのような繋がりがあったとは」
下手に情報を出すのはマズい、と判断し、アキトは黙する。
日頃から事あるごとにポラリスへ来店しているものの、ヴィニアにはその詳細を伝えていない。帰りが遅くなっても、学園島にある図書館にて勉強会をしていたという、場所は違えど真実込みの言い訳で言及を避けていたのだ。
それを察してか、リフェンスは初めて来た体で話を進めていく。
「ふぅむ……巡り巡って、縁とは不思議なものだな。しかし偶然とはいえ、良い機会だろう。ここで早めの昼食としよう」
学園島の敷地面積は東京都と同等。
海に囲われ、されど決して狭いとは言えない立地で、こうも人と人の関係性を感じられるなど珍しい。
言外に仕草へ、その旨を含みながら。
イリーナは開店中と下げられたネームプレートを一瞥し、モダンな木製の扉を開く。入店を知らせる鐘の音が響き、店内からコーヒー豆の香りが漂ってきた。
『先日、学園島内に発生したゲート及びインベーダーの対処について、専門家の意見を取り入れて討論していきます。つきましては──』
「きょ~うもかんこど~りが鳴いてるよ~。お客はたったのふた~りだけ~、赤字かくて~い……んぇ?」
敷居を跨いだ先、奥まった位置にあるテレビのワイドショーからはゲート関連の話が垂れ流されていた。
極力絞られた音量に被せて、悲しい歌が反響する。
多種多様なスパイスにコーヒー豆が並ぶ棚を背に、カウンターに力無く突っ伏す店主、逆波マシロが顔を上げた。
「あれぇ!? お客さんだぁ! しかも知り合いだぁ! うひょーっ!」
「……隠れた名店と噂を聞いた通り、人の気配がないのは当然かと思っていた。だが、なんというか反応が良すぎないか?」
カウンター越しに飛び跳ねるマシロへの困惑を、イリーナは隠さない。
「先代の店主さんからお店を譲り受けたのですが、あまり評判が立たず経営難が続いているらしくて」
「狂喜乱舞するのもやむなし、っつーか。まあ、そんな感じっす」
「なるほど……」
店主の代替わりによって客足が途絶えた。地元でも似たような事例を見たことがあるイリーナは納得し、店内中央部、壁面側にあるテーブル席へ座る。
大人三人、子ども一人でも広いスペースに、マシロがトレーに人数分のおしぼりとお冷を載せて、メニュー表を持ってきた。
「お待たせしました! ご注文が決まりましたらお呼びください!」
「ありがとう。三人とも、好きな物を選んでくれ。支払いは私が受け持つ」
「あの、本当にいいんですか? 私とアキ君の分は、ちゃんと払いますよ」
「気にするな。これもパフア校の教員としての活動に含まれる。つまりは経費でどうとでも対処できるからな」
「自分の特権フル活用かよ……」
呆れ気味ながらも、全く遠慮する気の無いリフェンスはデザートまで頼むつもりでいるらしく、自身の分を指折り数えていた。
肩を竦ませながら、ヴィニアもメニュー表を眺め、瞳を輝かせている。外食を滅多にしない弊害が如実に現れていた。
微笑ましい姿にイリーナは頬を緩ませ、自身もメニュー表に視線を落とす。
アキトは夜叉への変身後、試食と栄養補給を兼ねて口にする機会の多いカレー・コーヒーセットを注文する気でいた。が、かなりの品数になりそうだと懸念する。
「……マシロさん一人で用意するのは大変になりそうだ。リク、隠れながら手伝ってあげて」
『かーっ、しゃあないのぅ。まっ、暇じゃったし丁度いいわい』
ふわり、と。希釈化し、雲のように浮遊していたリクはマシロの元へ。
わざとらしい演技でアキト、リフェンスとの関係を誤魔化してくれていた彼女に事情を説明する傍ら、部分的に体を実体化させて調理の準備に入る。
「三人とも、注文は決まったか?」
「はい」
「私も大丈夫です」
「待て待て、サラダにカレーにコーヒーにデザート三種……いや、四種か?」
「食い過ぎだろ、お前」
「いいだろーが。人の金でメシが食えるんだからよ」
明らかにカウンターの奥、厨房の人手が増した事に違和感を抱かせないため、大げさな手振りで悩むリフェンス。その様子に含んだように笑い、イリーナは頬杖をつく。
やがて頼んだメニューの数々がテーブルに所狭しと並び、食欲を刺激する。
「ほお、これは中々だな……」
「むっふふふーん! 偶々とはいえ、友達が来てくれたんだし張り切っちゃいましたよ! サービスとしてコーヒーはおかわり自由なんで、気軽に頼んでください!」
「ありがとう、マシロ、甘えさせてもらうね」
ヴィニアの感謝にサムズアップで返し、入れ替わるようにリクが戻ってきた。
背中合わせのテーブル席に移動し、手伝いの駄賃代わりに渡されたのであろう。魔核をバレないように手元で転がしながら、一人で悠々と堪能し始めた。
器用な事をする……そう思いながらも、アキトは眼前の料理を見下ろし、腹の虫が鳴りそうなのを抑える。
「では、早速いただくとするか」
「うっす! んじゃあ、いただきます!」
「「いただきます」」
かくして、独特な関係性の者達で構成された食卓が幕を上げるのだった。
「…………いいなぁ」
その光景を、羨ましげに望む者がいるとも知らずに。




