反抗の残火
「すみません、二人を私たち家族の問題に巻き込んでしまって。本当なら東京都内の病院に居るはずなんですが、どうやら出向でこちらに来ていたみたいです。不快な思いをさせて、ごめんなさい」
「いいよいいよ。あんな風に言われて我慢する方が体に悪いし」
「実の娘だろうて久々の再開にかかわらず、棘のある言い回し。……我が知る由でないにしても目に余る。程々で退散するのは良い判断だったと思うぞ」
病院を出て、敷地外にあるビル街を歩きながら。
ニューエイジの三人は先程までのやり取りを思い返していた。
「にしても、アキト君の言い返しは強烈だったね~。お父さんも、自分より遥かに年下の子から言い負かされるなんてさ」
「元より地球人とネイバーが共存する学園島という場所で、明らかな差別と嫌悪を込めた発言をしていれば、周囲から白い目で見られるのは確実。むしろそこまで嫌う理由があると見たが……」
娘たるマヨイへの侮蔑、軽蔑を隠さない態度。
知らずとはいえアキトの地雷を踏み抜き、狼狽える姿。
どれもこれも、起因として異世界が絡んでいると考えたエイシャがマヨイに問う。彼女は、カツヤ以外の家族へ連絡を取っていたマギアブルから視線を上げ、深いため息を吐いた。
「エイシャの言う通りです。父は、如月カツヤはネイバーどころか異世界そのものを格下と認識してますから」
「そりゃまた、どうして?」
「地球で培われた医療技術が異世界のモノに負けるはずがない。口癖のように、家族の前でずっと愚痴をこぼしていたんです。つまりは……」
「異世界の治療薬、実用可能な錬金術の知識、回復魔法等が組み込まれた新時代の医療形態を忌み嫌っている。そんなところか?」
長寿であるダークエルフ族として、蓄えられてきた知恵袋から割り出された予測にマヨイは頷く。
ゲート、インベーダーの出現から医療関係のみならず、各分野の発展は目覚ましい。土木・建築、飲食、観光、興行──アストライアの誇るパワードスーツ、ナノマシン、人工知能など枚挙に暇が無い程だ。
しかし、地球と異世界の共存。
全くの未知に溢れたライフスタイルと常識の浸透は、喜ばしい結果ばかりをもたらした訳ではない。
種族としての特性、寿命、価値観、宗教観。複雑怪奇で触れにくく、変に突けば蛇が出る話題は火種になりやすい。
加えて既存の技術や知識が一新され、それまで当然だと思っていた事柄が容易く覆される……新旧の激しい入れ替わりは強い反感を生んだ。とりわけ歴史のある名家や政治家などに見られた兆候である。
大半の民衆がインベーダーに対して力になるし、共に立ち向かいたい。
異世界産の野菜や肉、調味料が抜群に美味で積極的に使いたい。
獣人にエルフにドワーフに妖精、悪魔や天使に多種多様な美男美女が多くて目の保養になるじゃあないか、追い返すなんてありえない。
などといった欲望に忠実……寛容な姿勢を見せる中、ネイバーの受け入れを拒否、拒絶する者もいた。
今でもテレビや新聞、ラジオではネイバーの危険性を訴え、排斥せんとする動きが多々見られる。その度にアライアンスの重役や該当ネイバーが応答に当たり、口頭での討論が繰り広げられた。
そういった新たな問題面、あるいは燻っていた嫌悪の標的。
異世界とネイバーへの攻撃的な言動は、依然として性格・精神性の難のある者……カツヤのような人物へ顕著なまでに表れていた。
「あの人の異世界、ネイバー嫌いは相当な上、私が医師を目指さなかったのも関係しているのでしょうね」
「彼の口振りを聞くに、マヨイの家は代々医師を輩出しているのか?」
「ええ。兄や姉はそれぞれ専攻した医療を学び、自身の診療所や病院に勤めています。ですが、まあ、それも父への反抗として極力意向に沿わない道を選び、反感を買わないようにしているんですけどね」
「その中でマヨイだけが教員を目指してて、しかも異世界関連の分野で実績を残してるもんね~。そりゃ目の敵にされるかぁ」
見目麗しいネイバーの歌手、アイドルが掲載された街頭広告。
セイレーン族の世界的スターを見上げ、リンは納得したようにぼやく。
「マヨイの父が抱く気持ちは分からんでもない。我も昔は他の種族や地球人に猜疑的な目を向けていた時があった。……だが、あそこまで嫌う理由が、もっとあるのではないか? でなければ、もはや憎悪すら感じる物言いだったが」
「ありません」
「えっ、ないの?」
「ただ気に入らないから嫌ってるだけです。二人が考えてるような仄暗い過去があるだとか、ネイバーに何か危害を加えられたとか、因縁があるとか。そんな事情はまったくもってなく、ただただ高貴ぶってる低俗で浅慮なバカ親父です」
「そ、そうなのか……」
普段のマヨイからは考えられない、遠慮の無い言い分。
踏んでならない一線を越えたかと、エイシャは自身の発言に反省する。
「薬も毒となり、毒もまた薬となる。誰よりも分かっておきながら、あんな態度しか取れない父親なんて知りません。アストライアに籍を置いている事も、あの人には教えてませんし」
「絶対、面倒事にしかならなそうだもんねぇ」
「家族間のいざこざは、当人でしか解決できん。下手な事をいう物ではなかったな。すまない、マヨイ」
「いえ、いつかは話すべきでしたし、良い機会だったんだと思います。……あと少しだけ学園島に滞在するらしいので、今後は出会わないのを祈る他ないですね」
「今更だけど、お父さん以外とは普通に仲が良いんだ?」
「共通の敵がいますので」
身も蓋もない会話を繰り広げながら、歩を緩めずに。
三人は個人で動いていた本郷博士からのメッセージを受け、記載されていた飲食店を目指すのだった。




