別たれた道行
「如月先生、お知り合いですか?」
唐突に、気まずい空間が展開された中。
カツヤが引きつれた看護師の一人が問い掛ける。
「知り合いではない、娘だ。異世界の知識とやらに傾倒して、医学の道から外れた身内だ。今は学園島の学校に籍を置き、実習生として勤めていると又聞きしていたが」
「大学に入ってから今日まで、滅多に実家には帰らなかったので……分からないのも無理は無いでしょうね」
テーブル席から立ち上がり、アキト達との間に壁を作るように。
マヨイはカツヤの、値踏みするかのごとき冷たい眼差しを遮る。
「あまり妙な勘繰りを含んだ目線を向けないでください、悪い癖ですよ」
「愚かな選択をしたとはいえ、娘の関係者だ。父として気になるのも無理は無いだろう?」
「……この人達は私の同僚と先輩、そしてパフア校の生徒です。たまたま顔を合わせて歓談していただけ。気に病むようなことは何もありませんよ」
『ふーむ……何やら、バッチバチに関係性が悪いように見えるのぅ』
希釈化したまま、リクはアキトへ耳打ちした。
気づかれないように頷いてから、周囲に目を配る。他の皆も、どう反応すればよいか困っているようで、視線を右往左往と迷わせていた。
下手に二人を刺激しないように、自然と席に着いた全員が顔を近づける。
「……もしかしなくても、家族の仲悪いんすかね」
「アタシ割とマヨイの前で妹とか弟、家族の話するんだけど、あんまり良い反応返ってこないんだよね~……」
「我も父君や母君について話題に挙げた記憶はあるが、後者はともかく前者に関しては触れたくない雰囲気を醸し出していたな」
「とはいえ、家族間の事情に他人が首を突っ込むのは野暮だ。……病院に長居しても迷惑を掛けるだけ、早急に出立するとしよう」
「そうですね。アキ君にリフェンス君も、お腹空いてるでしょう?」
「うん。昨日から何も食べてないし」
「しかもイリーナ先生の奢りっつー、太っ腹な話だからな。ご相伴に預かりたい気持ちでいっぱいだぜっ」
「お前だけ自分で払ってもいいんだぞ」
調子の良いリフェンスを一瞥し、イリーナは立ち上がった。
「マヨイ先生、すまないが私達は先に帰らせてもらう。そちらもあまり白熱しないようにな」
「あっ、はい。お疲れさまです」
「では、休み明けによろしく頼む。そら、行くぞ」
牽制するように睨み合うマヨイとカツヤの元へ意向を伝え、アキト達を連れて立ち去ろうとする。
その姿が、まるで逃げ帰るように見えたのだろう。
カツヤは皮肉な笑みを浮かべ、休憩スペースを出るアキト達に向ける。
「はあ、やれやれ……娘が世話になっているというのに、これではロクに挨拶できんではないか。ただでさえ期待されていた道を踏み外し、好き勝手に生きた身の上話……どれだけ滑稽かと気になったのだが。お前はどれだけ私の邪魔をすれば気が済むんだ?」
「人を嘲るように言わないでください。上から目線の物言いで、人を無闇に傷つける……それが、いい年をした大人のやることですか?」
「すんげぇ言い合いしてらぁ……」
「面倒事は避けるに限る。とっとと退散するぞ」
「…………」
「マヨイ先生には申し訳ありませんが、部外者ですから……アキ君?」
投げかけられる遠慮の無い、不快感の込められた言葉の数々。
家族という関係性に含まれるには、負の方向性に振り切ったやり取り。
アキトに無く、マヨイに有って、尚もこじれ続けていると察せられる光景。
純然たる好奇心、あるいは、そうであってほしいという願望からか。
「父親って、家族って、そんな感じでもいいんだ」
「……どういう意味かな?」
不意に漏れ出た声で、カツヤの眉間にシワが寄る。
子どもの発言に対して、妙に刺々しい反応。不審に感じたニューエイジの三人が、わずかに首を傾げる。
「オレには、もういない人達だし、思い出せないので。もしかしたら、マヨイ先生とアンタみたいな感じだったのかなって、考えただけ」
「変な言い回しをするね。まるで両親が既に亡くなっているかのようだ」
「いませんよ。オレが小さい頃に二人とも、事故に巻き込まれて死にました。だから何も覚えてないし、知ることも出来ない」
アキトが漂わせる、淡々とした雰囲気。
子どもが持つには異様な威圧感、触れてはならないデリケートな部分に踏み込んだことに、カツヤは息を呑む。
「そうやって顔を合わせて、話せるだけでも、かけがえのないものなのに。自分から見下して捨てるようなマネをするのは、もったいないんじゃない?」
「っ……ネイバーなどと家族ごっこに興じている君には、到底理解する機会は来ないだろうな。私達はこれでっ……!」
アキトに不都合な物言いをされて、苛立ちを覚えたのか。
明らかな差別と侮蔑の込めて言い返すものの、これまでの流れで注目の的となってしまったのだろう。
休憩スペース内にいる地球人、ネイバー問わず大勢の目線が集まる。
その中にはカツヤを批判するような小言や感情が込められ、それに気づいた彼は押し黙った。
無様にも思える姿を横目に、アキト達は休憩スペースから離れた。
「如月先生、そろそろお時間が……」
「私達も帰ります。病院には、もう用が無いので」
看護師の言葉、そして目に見える隙を突いたマヨイはリン、エイシャへ目配せする。
アキトが意図した訳ではないが、気まずい空間に差し込まれた手助けに乗って立ち去る選択を取ったようだ。
「待て、話はまだ終わって……!」
「既に私は自分で道を選び、納得しています。いつまでも妄言と夢を押し付ける貴方に、とやかく言われる筋合いはありません。失礼します」
周囲のざわめきを置き去り、マヨイ達も去っていく。
残されたカツヤは忌々しいと言いたげな表情でマヨイの背を見送り、振り切るように踵を返す。
複雑な感情が渦巻く予期せぬ出会いは、突如として幕を閉じるのだった。
「……あの子が、そうなんだ」
◆◇◆◇◆
病院を出て、最寄りの魔導トラム駅へ向かうアキト達。
先導するイリーナに続き、無言で歩くアキトへ、残りの三人は掛ける言葉が見つからず、黙ったまま歩く。
「……天宮司、先ほどマヨイの父親に啖呵を切ったのは何故だ?」
皆の内心を代弁するかのように、イリーナはアキトへ問い掛ける。
五年前のゲート被害によって家族、親戚筋の全てを失った衝撃は、幼心には強烈な爪痕を残していた。
それまでの家族との記憶、思い出が掻き消されたように。
アキトの中には海溝の如く深い後悔とやるせなさ、途方もない無力感がしつこい汚れのように染み付いている。
「マヨイ先生が困ってそうなのと、気になったから言葉にしただけです。……ちゃんと伝わってるかは、分からないけど」
加えて、そんな自分へ積極的に関わってくれた孤児院の者達も失った。
二度も家族を喪失する経験は、否応にもアキトの精神を磨耗させ、達観した視座を持たせるように。
そこからヴィニアという義姉に受け入れられ、共に生活をしている。地球人とネイバー、血の繋がりはなくとも両者の間に築かれた絆は、確かなものだった。
故にこそ実際に血の繋がりがあり、父と娘の関係にあった二人を見て、咄嗟に口が出たのだ。
「あんな風に、オレも姉さんを嫌いになるかと思ったら……嫌だな、って」
「アキ君……」
『お主……』
年相応の悩みが吐露され、空気が重くなった。
そんな時、肺の底から吐き出した溜め息と共に、リフェンスがアキトの頭を撫でつける。
「んな心配しねぇでも、お前はちゃんとヴィニアの姐さんを大切に思ってんだろ? 姐さんもお前を大切に想ってる。そこに何の違いもありゃしねぇ」
「例え思春期に突入しようとも、あれ程やり合う関係性にはならんだろう。考え過ぎるな、とは言わないが……」
イリーナは立ち止まり、アキトを見据える。
「少なくとも互いに思い合い、共生しているお前達は私にとって好ましく映って見える。いっそ羨ましいとすら思えるよ」
滅多に見せない、アキト達も見たことが無い柔和な笑みを湛えたイリーナはそう言って、再び歩を進めた。
呆気に取られるものの、好意的に受け取られた事にアキト達は笑い合い、背を負って駆け出すのだった。
「──せんせぇの、言う通りにすればいい、だよね?」
病院の敷地内、生け垣に隠れるように。
そんな彼らを見つめる、不穏な人影を残しながら。




