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予期せぬ出会い

「──なるほどな。我らと時を同じくして、そちらもイリーナによる先導の下に健康診断を受けていた、と」

「だからこんな場所で会ったんだね~。偶然にも程があると思ったけど」

「私達はゲート発生の影響で延期していて、ようやく予定が空いたのが今日でしたので。手早く済ませる為に、まとめて受診しましたが……」

「こちらも似たような理由だ。アキトは体に異常が無いか、再検査という形で。リフェンスに関しては学園島を追い出される恐れがあるにもかかわらず、受診していなかったからな。強引に連れて来た」

「ネイバーには優先権があるからって無茶苦茶すぎるぜ……」


 アキト達が健康診断を終えて帰ろうとした時だ。

 何やら、休憩スペースに見覚えのある顔が並んでいる。表情が暗く、雰囲気が淀んでおり、他人の空似かと考えたが、近づけばニューエイジの三人だと判明。

 彼女達と偶々、受診する時間が被ってしまったらしい。


 互いに当たり障りのない会話の後、イリーナはアキトの味覚障害について、パフア校より先んじて三人に周知させておきたいと提案。

 アキトとヴィニアはこれを承諾し、休憩スペースの端を借りて事情を説明していたのだった。


「しかし、よもやアキトにそんな障害があるとは思わなかった。普段からの様子では察することも出来なかったぞ」


 エイシャはそう言いながら、辺りの様子を気に留めていた。

 休憩スペースは患者や親族たちの憩いの場。屋内でありながら広く、植物鑑賞も可能なほど華々しい。

 テーブル同士の間が開いているとはいえ、他の利用者の邪魔になるのは誰にとっても本意ではない。

 故に、彼らを周りの気を害さない程度の声量で会話を続けていた。


「一緒に食事する機会でもなければ、難しかったでしょうね」

「ふっふ~ん、そこはアタシの観察眼を褒めてほしいかなぁ。イリーナ先生ですら把握してなかったことに気づく、凄腕実習生をね」

「調子に乗るな、と言いたいが、違和感を追求しなかった私にも非がある」

「そんなっ、謝らないでください。こちらとしてもアキ君の事情を隠し続けていた事実がありますから」


 思い思いに言葉を交わす者達を横目に。

 アキトは外出してからずっと希釈化し、同行していたリクに目線を向ける。


『儂はニューエイジにバレんよう、このままでいる。分かっておるだろうが、下手に反応して勘繰られんようにするんじゃぞ』


 念話によってリクは行動指針を伝え、アキトはわずかに頷く。

 リクの存在は非常にデリケートだ。人工知能が人権を保有する時代とはいえ、企業や政務機関でもない個人が行動を共にしているのは目立ってしまう。


 そうでなくとも殺生石の存在は隠し切れるものではない。

 ヤシャリクの動力源かつ、リクの心臓部である殺生石をニューエイジが把握していないなんてありえない。

 迂闊に姿を晒せば、簡単に夜叉と結び付いてしまうだろう。


 リクは当然として近しい間柄であるアキト、リフェンス、ヴィニアに疑いの目が掛けられるのは必定だった。

 だからこそ、身内以外に姿を見せるのは避けるべき。

 それが、この場にいない逆波マシロを加えた、非公式ヒーローサークルにおける共通認識であった。


 ヴィニアにとってもリクの希釈化は出来て当然の機能であり、エネルギーの節約を目的としているのは把握済みだ。

 故に、姿を見せないのはおかしな話でなく、指摘もしない。

 むしろ家で留守番していてもいいのに、アキトを気遣ってついてきたことに感謝の念を抱いていた。


「まあ、無事にアキトの状態は知れた。それだけで不慮の事態に陥っても事前対策を考えられる」

「味が分からないで異世界産の食物を口にし、それが毒を持つ物だった場合はシャレにならんからな」

「そもそもそんな食べ物、税関を通ってこれませ……いえ、確か授業課程に“毒性植物の見極め方、中和方法を学ぶ”というのがありましたね」

「シンプルに危ないと思うんだけど、初等部の課程なんだよね~」

「そこは大丈夫だと思うっすけどね。コイツ、異世界の食いモンはちゃんと味が分かるみたいなんで。なんなら俺とか他のネイバーより正確に」

「ウマい物はウマい。マズい物はマズいから」

「アキ君、極端すぎるよ……」


 呆れた声音で、困ったようにヴィニアはぼやいた。

 常日頃から食事において苦難している様子が、教師陣に伝わるだろう。


「しかし味覚以外は至って健康体だ。判定結果もリフェンス共々良好。健康男児のようで何よりだ」

「へ、へぇ~……そうなんだ」


 健康。

 その単語に反応したニューエイジの三人が、分かりやすく肩を跳ねさせた。


「そういうお前達も、診断結果が出たのだろう? その様子から察するに、あまり良い結果ではなかったようだが」

『食事制限、必須……』

「そんなこの世の終わりみてぇな風に言わんでも」


 アキトにリク、リフェンスやヴィニアが知る(よし)は無いが、ニューエイジの三人はそれぞれ別ベクトルで偏食癖がある。

 自己責任とはいえ、各個人のストレス解消として積み重なった負債は返済しなくてはならない。

 その事実を、健康を維持している学生と自身の比較によって、改めて突きつけられることになったのだ。意気消沈もやむなし。


「早期の内に自分の何が悪いかを自覚できたのだ、改善していけ」

『はい……』

「大変そうだな」

「俺らよかよっぽど厳しいんじゃねぇか?」

「私が何か出来る訳ではありませんが、応援しますねっ」


 両手で握り拳を作り、励ますヴィニアの言葉に。

 ニューエイジの三人は情けない現状を変えようと、強い決意を抱いた。


「話を変えましょうっ。これからイリーナ先生達はどうするんですか?」

「私とヴィニアさんはともかく、アキト達を飯抜きで行動させる訳にはいかん。早めに昼食を取るべく、事前に調査した店に向かう手筈だ。どうやらカレーライス、コーヒーがオススメの喫茶店らしい」

「いいですね。それじゃあ、私達もどこかで──」

「む、そこにいるのは……我が愚女(ぐじょ)ではないか」


 そんな時だった。

 他の病棟にいる患者を往診する為に、休憩スペースを通り過ぎていく医師と看護師の群団。その先頭を進む中年医師が立ち止まり、マヨイに声を掛けたのだ。

 マヨイは言葉を止め、中年医師の方へ顔を向けた。

 歓談していた他の面々も倣い、中年医師を注視する。その胸元には如月カツヤと書かれたネームプレートが下げられていた。


「……お父、さん」

「久しぶりだな。まさかこんな所で顔を合わせるとは」


 感じの悪い初手での声掛け、マシロの戸惑う反応から。

 両者の間に不和の溝が広がっている空気を誰もが察して、場の雰囲気が急激に重くなった。

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