かつての同輩
アキト達がニューエイジの三人と邂逅していた頃。
ネビュラスが精製した怪人化薬。その設計元である【超人計画】の詳細を把握するべく、本郷博士は総合病院に勤務する人物を訪ねていた。
これまでアストライアに所属していた元研究者達が惨殺される事案が続き、途方に暮れていた所への朗報。
アストライアの根幹に宿る人工知能、ロゴスの情報集積能力によって導き出された結果を信じてアポを取り、こうして総合病院に足を運んだという訳だ。
来客用に調整された一室で、その人物を待つこと数分。
コンコン、と扉を叩かれ、反射的に声を上げれば扉が開かれた。
「すみません、お待たせしました!」
「いや、忙しい中にもかかわらず時間を取っていただいたのだ。礼をするのはこちらの方さ」
室内に入ってきたのは、柔和な笑みを湛えた猫背の男性。
少しやつれた白衣を着用したまま、急いできたのであろう男性は危なげな足取りで本郷博士の対面に座り、息を整える。
「ええと、お久しぶり、と言った方がいいんですかね? 本郷博士とはあんまり面識が無かったですし、自分は目立ってた訳でもないし……」
「そんなに自身を卑下するものではない。君は──志島くんは【超人計画】を提唱した科学者の右腕として、最後まで危険性を訴えていただろう? 周りの同調や反対を押し切ってまで進言するなんて、そうそうマネできやしない。君の行動に敬意を抱いたよ」
元研究者で現医師である、志島カリヤ。
彼がアストライアに籍を置いていた時から、生きる天才として名を馳せる本郷博士からの嬉しい評価に頬を掻く。
「出来れば共に研究者として肩を並べたかったが、上層部の判断で【超人計画】に関与した者は辞職に免職に転職。引き抜く間もなく、ありとあらゆる方便を駆使され、優秀な人材は散逸してしまった。他の者は足取りすら掴めない始末……こうして出会えたのは幸運だった」
研究者たちの連続死はアストライア、警察組織の内でのみ周知されている。
故に本郷博士は心苦しくあるものの、内情は明かさず過去を持ちだし、情報を引き出そうとしていた。
「あはは……そこまで買ってもらえてると、なんだかむず痒いですね。でも、当時の訴えを信じてもらえてよかったです」
「こちらとて、君が第二の人生を健勝に歩めているようで何よりだ。──して、早速本題に入ってもいいだろうか?」
「【超人計画】について、ですね。ひいては世間を騒がせているネビュラス、怪人との関連性。……率直に言うと【超人計画】で使う薬品はインベーダーの素材を活用している時点で、既存の薬品とは完成度がまるで違います。組成を少し変えるだけで、実用化は十分に可能です」
カリヤは両の手を握り締め、毅然と告げる。
「加えて使用するインベーダーの素材は位が上がるほど強力になり、性能も比例して高くなります。特位の物であれば相応の代物……怪人化薬が出来上がるでしょう」
「そうか……最近になって現れる怪人のほとんどは、その薬品によって変化した者だと、現場で稼動する人員から聞き及んでいる。やはり破棄されたはずの【超人計画】が、外部に漏れていると考えるべきか」
あくまで部外者であるカリヤに必要以上に詳細を与えない。
アストライアが公式で周知させている情報。事前連絡の際に伝えた、わずかな内容を加えるという独自の駆け引きで本郷博士は弁論を続ける。
「アストライアのデータサーバーに残されておらず、紙媒体も焼却処分されているのなら間違いないと思います。覚えている限りの知識と技術を行使して、怪人化薬を生成する土壌を作ったとしか。……自分がそうした張本人でないと否定できないのが、悲しい所ではありますが」
「疑って掛かっているのではないさ。あくまで事態の解決を目的として、手がかりを得られないかと面談を申し込んだだけだ。アストライアとて無闇に疑念を抱いてはいない」
元関係者として槍玉に挙げられる恐れがある、と。
危惧しているカリヤの発言を諭しつつ、思案する。
「むしろ【超人計画】に携わった者として、狙われる可能性がある君をアストライアで保護、もしくは護衛を付けるべきなのだろう。しかし上層部が除籍処分を下した手前、都合が良すぎるのではないかという意見も出ている。人事について強く出れる側でなく、すまないが……」
「分かっています。本業も軌道に乗り、自分はもうアストライアにはいられませんから。気に掛けてくれただけでもありがたいです。……でも、妙な話ですね」
「ん? 妙とは?」
何かに気づいたのか、カリヤは顎に手を当て、次いで顔を上げる。
「今更になって、どうして【超人計画】を利用した活動が活発的になったのでしょう? 水面下で暗躍していたネビュラスが、潜伏していたはずの学園島で動きを見せてきた理由とは?」
「それこそ、怪人化薬の安定した精製が可能となったからとしか言えんな。夜叉やニューエイジが当然のように討伐しているが、特位のインベーダーは災害そのもの。出現した地域に甚大な被害を与えるのが常だ。そんな奴らの力を思うように使えるなら、積極的に動き出すのも理解できる」
「でも、それは手段であって目的ではないんじゃ……?」
「ああ。だが、探ろうにも捕縛した構成員は記憶が朧気で、事態の進展は見込めない。出現場所も学園島内に点在し、当たりも付けられない状況だ。後手に回っているのは否めないな」
学園島内に点在。
その一言にカリヤはハッと目を見開く。
「もしや……何かを探している、とか? それとも、アストライアの戦闘部隊と交戦させてデータを取っている……?」
「ありえない、とは切り捨てられないな。散らばった構成員に騒ぎを起こさせて、出動してきた者達と戦闘する。そのデータから怪人化薬を調整し、より強力に……完成度を高めた生成物で、更なる混乱を。【超人計画】としての完成形に至る為……可能性は、大いに考えられる」
アストライア内でプロファイリングされた内容。
精度の高められたカリヤの推理に、心底惜しい人材を失った、と。
本郷博士は悩ましい後悔を心中に浮かべ、細く息を吐く。すると、面談の終了を予定していた時刻の鐘が鳴る。
随分と話し込んでいたようだ。進展が無いようで、新たな知見を開いたとでも言うべき時間はあっという間に過ぎていった。
「頃合いか。貴重な意見を貰えて助かった、礼を言う」
「そんな! 自分こそ、出過ぎた発言で変な憶測をさせてしまったようで……すみません」
「それはお互い様だろう。これ以上、時間の拘束をしては申し訳ないしな。そうだ、出すのが遅れてしまったが、菓子折りを持ってきている。同僚の方々と食べてくれ」
「ああっ、ありがとうございます!」
社会人の社交辞令、その応酬を繰り返し、二人は廊下に出る。
踵を返し、衣服を翻し、背を向けて去る間際に。
「進化……救済……始まり……」
「……?」
薄く、掠れたカリヤの独り言。
鼓膜に入り込んだ言葉に本郷博士は振り向くが、そこに彼の姿は無かった。




