魔法使いとしての戦い方
『なんだァ、その格好は……!』
魔力塊の誘爆に巻き込まれ、なおも健在しているデッドレイスの怪人は、その視線の先に佇むメイジスタイルの夜叉……魔法師を睨みつける。
魔力、魔法の扱いに特化した自身への意趣返しのような姿。
加えて今まで夜叉の状態ですら有効打を与えられず、いいようにやられていただけの戦況に思うところがあったのだろう。
『舐め腐りやがってッ! 見た目が変わったくらいで何が出来るッ!』
自身と同様の分野においては他の追随を許さない、エルフ族の容姿を彷彿とさせるシルエット。
自身以上の魔力を内包する威圧感と、遥か上の頂に位置する存在への苛立ち。
掴みどころのない飄々とした態度に憤り、怪人は魔力を纏わせ突撃する。
『さて、使いにくいって話だが……』
特攻を仕掛ける怪人に臆することなく。
魔法師は錫杖型の武装“カドゥケウス”をくるりと回し、石突きでアスファルトを叩く。特殊機構“マギア・チューナー”が軽やかな音色を鳴らし、光を帯びる。
それは大気に混じった魔力を抽出した証拠。
効率的に、より限定的に作用し、魔力付与によって生成された力場。
周辺を蜃気楼の如く歪ませた“マギア・チューナー”を、迫り来る怪人に向けて──迷うことなくフルスイングで振り抜いた。
『えっ』
『はっ、バガァ!?』
てっきり魔法で対処するとばかりに思っていたリン。
唐突に頭部、それも顎を的確に打ち据えた打撃に吹き飛ぶ怪人。
メジャーリーガーも惚れ惚れする姿勢で静止する魔法師。
三者三様の反応に、誰もが時が止まったかのような錯覚を抱いた。
『悪くないな。最低限のパワーアシストでも、カドゥケウスのエンチャント次第で近接も熟せるか』
『決して重きを置けるわけではないが、槍や棒など長物を扱うかの如く、流麗には戦えるじゃろうな。真っ先に殴り抜くとは露とも思っておらんかったが』
『そうか?』
“天翔”がナイトスタイルと同様に使用不可であるため、カウンターとして狙っただけである。
その内情を知っているが故に呆れたリクの言葉を聞き流し、魔法師は再び“マギア・チューナー”を鳴らす。
一度、二度、三度と呼応されるように魔力塊が周辺を浮遊。
何色にも染まらない、無限の可能性を抱く超常の集合体だ。
メイジスタイルに詰め込まれた知識、その術式がラーニングされた結果、無詠唱で魔力塊に明確な形と指向性を与える。
全てを理解したわけでなくとも直感的、かつ論理的に。
思考操作による的確な変性を受け、炎、水、雷、土、と。
鞭やツルのようにしなり、体勢を整えて立ち上がろうとする怪人へ向かう。
『ぐっ、くそがァ……っ!?』
恨み節を漏らし、しかして接近する魔法の気配に顔を上げる。
対応するよりも早く土がアスファルト内に潜航し、怪人を岩の拳で打ち上げた。魔力を介しているためカドゥケウスの殴打と同様に、物理干渉が可能となったからこそ出来た芸当だ。
留まることなく岩の拳は怪人を掴み、拘束。
空中に線を描く炎、水、雷の軌跡は自律した軌道で、怪人に魔法の弾丸を撃ち放っていく。防御などといった甘えを許さない猛攻だ。
『ガァアアアアアアアアアッ!?』
魔力の身体に浸透する絶え間ない激痛に、怪人は叫び散らす。
されど魔法師はその場から一歩も動かず、指示を与える為にカドゥケウスを振るっているだけだ。
両者の間に隔たれた壁は高く、たかが怪人程度の力で魔法師には敵わない。
やがて、自律していた各属性の魔力塊は溜め込んだ魔力を放出し切り、消滅。
怪人と共にボロボロになった岩の拳は最後の力を振り絞り、自らを自壊させる勢いでアスファルトに振り下ろした。ハンマーパンチである。
クレーターを生み出し、超重量の圧壊に巻き込まれた怪人は、ズタボロになった身体で瓦礫の山から這い出て呻く。
既に身体を維持する魔力すら保持していないのか、その動きは鈍重だった。
『ここまでやれば、あやつも弱っているじゃろう!』
『ああ。終わらせよう』
メイジスタイルは吸収能力を変性させ、利用した形態。故にこそ、必殺技も同じ性質を持つのだ。
魔法師は殺生石を三度叩き、カドゥケウスを天高く掲げる。
レイゲンドライバーと連携した“マギア・チューナー”の音色が鳴り響き、空間を揺らし続けた。
その振動は、重力を支配下に置く。
弱体化した怪人の身体を浮遊させ、空間を舞う術式はその身に宿るインベーダー、デッドレイスの構成要素を吸い上げる。
徐々に人間態と元になったデッドレイスの虚像がかたどられ、そして完全に別たれた。魔法師は力無く倒れ伏した人間態の代わりに、虚像を引き寄せる。
彼我の距離が近づくにつれて“マギア・チューナー”に光が集う。輝き、閃き、光芒を撒き散らす錫杖を腰だめに構える。
『星々の極光よ、穿ち貫け……!』
術式の最後を飾る終の文を口にし、カドゥケウスから光が放たれる。
一瞬の収縮の後、溜め込んだ光は極太の光線となり、虚像を呑み込む。
放出された光線は虚像だけでなく空を焼き、雲を散らし、遥か夕空へ突き進む。そして──虚像を消し飛ばした極光は収束し、辺りに静寂が訪れた。
『怪人の討伐、救出完了だ』
『メイジスタイルの有用性は実証できた。おまけに魔核や魔力も吸い終えたし、悪くない戦果じゃな!』
カドゥケウスを構え直した魔法師は辺りを見渡して、事態の収束を確認。
これは報告書が面倒だなぁ、と。後方で戦況を見守っていたリンの元へ、悠然と歩き出した。
『お疲れ様、夜叉。あーいや、なんて呼べばいいんだろ……?』
『ネイバーの世界では魔法使い、魔法師という職に就いた者がいると聞いた。それに類似した呼び名で構わん。それより、人的被害はどうだ?』
『君が加勢してくれたおかげで最小限だよ。逃げ遅れた人達に被害がいかないように戦ってくれたし、重傷者はいるけど命に別条があるわけでもないし』
『とはいえ、君も負傷を押して行動していただろう。怪人との戦闘での支援、感謝すると同時に、礼を尽くそうと思う』
礼? と首を傾げるリンと、未だ現場に残っている負傷者に向けて、魔法師はカドゥケウスを振るう。
“マギア・チューナー”が音色を鳴らし、人を包み込むほどに大きな泡を形成する。それはシャボン玉の如く飛来し、人々を内部に押し込めた。
リンは攻撃的なモノでないと見抜いていた為、特に何か言うつもりは無かったが、自身の腕や脚に付いた傷が癒えていく様子に目を見開いた。
『これ、回復魔法!? こんな大規模に!?』
『この形態だからこそ出来るマネだ。少なくとも、傷や持病が悪化するという不測の事態は防げるはずだ』
魔法師はそう言ってカドゥケウスを再び振るう。
自身の足下に魔法陣を描き、転移魔法を発動させんとする。
『はえー、すごいねぇ……待って?』
リンは颯爽と立ち去ろうとする魔法師へ詰め寄ろうとするも、泡を破れない。
フレスベルグのブレードでも裂けない泡を前に、魔法師の思惑を察する。
『~~~っ! 最初からアタシを閉じ込めるつもりだったのかぁ!?』
『ただの善意で施しを与えるはずがないだろう? 安心しろ、時間経過で泡は溶ける。それまではゆっくりと身体を癒すんだな』
『ちょ、ふざけ、このっ、夜叉ーーーッ!!』
堪らず、叫んだリンの大声を聞き流しつつ。
魔法師は転移魔法によって現場から姿を掻き消した。




