バッドコンディション
商業区西部。
インベーダーの出現によって悲鳴と怒号に満ち、逃げ惑う人々を襲う、無差別な魔法による攻撃。炎、水、雷、岩がありとあらゆる形となって襲い掛かる。
実行者たる怪人──特位インベーダー“デッドレイス”の力を十全に発揮したそれは、容易に区画を火の海へと変えていく……はずだった。
『よっこい、しょ……!』
それをリンはたった一人で防ぎ、迎撃する。
フレスベルグに搭載された特殊波形振動ブレード。
魔力エネルギーを弾丸とする可変速ライフル。
思考伝達によってフレキシブルに動作するスラスターを吹かして、戦場と化した街中を飛翔する。
『たはーっ、きっついなぁ……!』
警報が鳴り出して数分と経った今、既にアストライアの本部から増援が向かってきているのは間違いない。
それでもリンの表情に余裕は無い。
その理由を示すように額を、頬を血が垂れる。先刻の魔導トラムが横転した影響で頭部を負傷していたのだ。
加えて、背後には横転したトラム内に逃げ遅れた民間人がいる。全員が少なからず怪我をしている為、迂闊に動けず、避難もままならない。リンもその筆頭であった。
しかし元来より備わったフレスベルグに対する適性の高さ。
搭載された生命維持機能、ナノマシンの効能が高められた結果、戦闘行動に支障を来たさない程度には回復していた。
だが、激しい動きで傷口が広がっては塞がれ、また広がり……延々と続く鈍痛は集中力を欠けさせている。
『キヒ、キヒヒヒッ!!』
加えて、戦況は厳しい。
デッドレイスは持ち前の特性から、生命体へ積極的に攻撃を加える。その矛先は戦闘能力を有しない民間人へ優先的に向けられていた。
幾度となく逸らし、防ぎ、守り通してはいるものの綻びがやって来る。
とりわけ、物理を主体としない魔法戦における強さ──場を掌握する魔力の流れのせいで、攻勢に出られない。
防戦一方となるのもやむなしであった。
『いいなァ。この力なら、全部思い通りに出来る。好き勝手に壊せる、暴れ回れる! くだらねぇモン、全部終わらせてやれるッ!!』
『わけわかんないこと言ってないで倒れてくれないかなぁ!?』
可変速ライフルによる魔法の誘爆を起こし、煙幕に紛れて突撃。
魔力による半透明の刀身をブレードに展開しながら、デッドレイスの怪人をバイザーに捉える。
生半可な物理攻撃では有効打にならない。そう思っての行動だった。
『甘いんだよォ!』
『ッ!?』
されど、ブレードが接触する直前、不可視の衝撃がリンを叩く。
空気に質量を持たせた一撃はフレスベルグの防護シールドを破損させ、ブレードの軌道を捻じ曲げる。
勢いをそのままに、近くの建物に激突。
傷口から噴出した血が、罅割れた道路を濡らす。
『う、くっ……!』
失血の影響か、視界が掠れ始めた。
バイザーに映る肉体のコンディションはレッド──危険域に達している。
『付き添いの仲間がいなけりゃニューエイジもこんなモンか!』
挑発を口にする怪人を眼前に、リンは無言でスラスターの出力を上げる。
……自分がどれだけ弱いかなんて、身に染みて分かっていた。マヨイやエイシャと比べて、なんて取り柄の無い人間なのだろう、と。
『負けない、負けられないんだ……アタシは!』
危険信号の止まらないフレスベルグの反応を押し切って、リンは再び飛翔。
適性の高さだけで認められた凡人でも。
周りに比較され続ける凡才の身でも。
二人と並んで戦いたい、共にありたいという意志は、嘘ではない。
『こんな、みっともない姿でも、ニューエイジなんだからッ!』
怪人の片手間に絶えず振るわれる魔法の嵐を切り払い、時にその身を盾にして継戦続行。
マヨイとはベクトルの違う強引さを押し通すべく、その為に努力した。
自分に不足があれば、補おうとした。既にリミッターは解除されている。
不測の事態が続いて、今は独りで戦っていようとも、防戦の構えで粘り続ければ……時間稼ぎくらいは出来る。
『所詮は機械に頼るしか能のねぇ、クソ雑魚が吠えるなッ!』
『そうか? 彼女は決して弱くないと思うが』
調子に乗った怪人の発言を遮り、紅の閃光が迸る。
その閃光は黒いモヤ──魔力を纏った金属製ブレード、フツノミタマを翻し、怪人を峰で薙ぎ払う。
魔力付与による物理的干渉によって、怪人の身体は吹き飛ばされる。
『ごばァ!?』
『他者を気遣い、慈しみ、守ろうとする意志は大切な物だ。破壊しか能の無いがんどうの貴様より、彼女の方がよっぽど素晴らしい』
怪人がゆらり、と幽鬼の如く立ち上がる眼前で。
フツノミタマを払い、赤いマフラーをなびかせて。
リンを庇うように、戦場に降り立った夜叉は言葉を続ける。
『決して邪悪で醜悪なテロリスト如きに、虚仮にしていい権利などない。理解できたか?』
『ッッ、クソッたれがァ……!』
自らの頭をトントン、と優しく突いて夜叉は煽る。
普段ならばやるはずのない挑発行為だが、変身者であるアキトがリンを痛めつけられたことに怒りを覚えての行動だった。
それは、実に効果的だったのだろう。激憤した怪人が周囲の魔力を練り上げる。
多種多様な属性に変化させられた魔法。その全てが自身に向けられていると悟り、見据え、次いで夜叉は後ろ目でリンに問う。
『民間人の保護と打ち漏らした魔法の処理を頼む。そちらの方が適任だろう』
『……っ、まっかせてよ! 完璧に守り切ってあげるから!』
『頼りにしている』
ごく自然に、共闘の意思を見せ合う。
わずかなやり取りを交わし、夜叉は一歩踏み出した。




