騒動の前に
時間は少し遡る。
リンとの語らいを終えて、道中のファストフード店でセットメニューを購入。
ハンバーガーとフライドポテトの食欲がそそる香りを漂わせながら、アキトとリフェンスは純喫茶ポラリスに到着。
店舗には定休日の立て札が置かれている。ガレージで作業に熱中するため、用意された小物であった。
それを横目に、事前に渡された合鍵でガレージの扉を開く。
「……で、例によってマシロさんは寝食を忘れてガレージにぶっ倒れてて」
「ごめんなさい……」
「魔核の吸収と充電を忘れたリクはエネルギー不足で強制的にダウン。二人とも何やってんの? 特にリク」
『返す言葉もない……』
すぐさま視界に入ってきた死屍累々から復活して。
肩を竦ませ、正座するマシロとリクにアキトは呆れていた。
それでも各々の手段で栄養補給をおこなっている。栄養バランスをかなぐり捨てたセットメニューを消費し、魔力を失って空になった魔核が散乱。
非常に雑だが、急速にエネルギーを充填し、顔色が良くなった。
「というかマシロさんだけじゃなくてリクもいたのに、そんな難しかったのか? ヤシャリクに機能を追加するって」
「いやぁ、それはすぐに終わったんだよ。元々ゲートが出現する予兆察知の機能はリクちゃんが付けてたし、そこをインベーダー用に改良するだけでよかったからね」
『儂らが悩んでおったのは、スタイルチェンジによるヤシャリクの内部出力に関してじゃ。夜叉はスピード、騎士はパワーに秀でておるが、どちらも物理主体で脳筋じゃろ? どうにかしたくてのぉ』
「うーん、確かに。純粋な魔力エネルギーでダメージを与えられる遠距離武装はタケミカヅチだけだからな」
技術者としての苦悩。
ガレージでの激闘を口にするリク達を横目に、夜叉として戦う時の悩みを思い出しながら、アキトは自分用に購入したアイスシェイクに口を付ける。
冷感とわずかな甘みを舌上で転がし、メモ帳の“味を感じるリスト”へ追加。
そうしていると、リフェンスがガレージ内にある巨大な機械──立体空間造形装置の扉を開く。
「だが、タケミカヅチじゃあ出力が弱いって話だったろ? 貫通力はあるが衝撃力が無い。加えて点制圧ならともかく、面制圧は苦手」
「一応、殺生石から魔力を武装に纏わせればエンチャントは出来る。でも、それだと効率が悪すぎるのよ。近距離武装のリーチを延長できるのは有用だけど、限度があるからね」
『故に新しいスタイルの傾向をある程度固めて、設計と要素、素材を加えた』
「そこに俺の、というよりはエルフ族の魔法的知見と技術、術式に構成をデータ化して叩き込んだ物がこれだ」
リフェンスが装置の中から取り出した物をアキトに手渡す。
ナイトスタイルに再変身可能な“ナイト”は青い炎を基調とした、勇壮な騎士の絵柄が描かれていた。しかし、渡されたメタモルシードには別の絵柄が施されている。
それは瑞々しい新緑に彩られ、杖を持ったローブ姿の魔法使い。“ナイト”の力強さとは打って変わり、どこか飄々とした雰囲気を漂わせていた。
「メタモルシード“メイジ”! 魔力運用に重きを置いた魔法特化のスタイルに変身できるアイテムだ!」
「最近、やたらとマシロさんへ連絡を取ってたと思ったら、これを作る為だったのか。……俺はリクやリフェンスと違って魔法は使えないけど、大丈夫なのか?」
「問題ねぇよ、伊達に一〇〇数年もダラダラ生きてきた訳じゃあない。アキトでも直感的に魔法が使えるように調整してたし、ヤシャリクのラーニング機能で仕様は把握できる。ただ、まあ、そんな急いでた訳じゃねぇのに完成してたのは驚いたが」
「ふふふっ、魔法を使えない地球人でも運用できるスタイルの開発なんて……そんなの滾るしかないじゃん!」
『その分、なかなか難航してしまったがのぅ』
リクは吸収し切った魔核を廃棄用のゴミ箱に投入して。
アキトが持つメタモルシード“メイジ”を指差しながら。
『そいつはヤシャリクや殺生石の機能をフル活用した代物じゃ。筆頭として吸収能力の効果を変性させ、周囲の魔力を優先的に溜め込むようにした。おかげで儂の消耗を考えずに魔法を行使できる……安心じゃろ?』
「リクのエネルギー消費については対策されてる、と」
「あとは武器だね。その辺りは変身の時にラーニングすれば一瞬で理解できると思うけど、癖が強めになっちゃった」
「今までシンプルに扱いやすい物ばかりだったから、面食らうかもな」
「ふむふむ、なるほどね……」
手元のメタモルシードを弄びながら、夜叉の新しい力に思いを馳せる。
一体どんな姿になるのか、性能はいかほどか、武器の能力はどうなるか。
何がどうあれ、今まで苦手としていた相手──物理攻撃が効きにくい、物理防御が高い、間合いを取って攻撃してくるインベーダーに強く出れるだろう。
「こないだのギルロスみてぇな奴だって、魔法さえ使えれば敵じゃあないんだ。ごり押しよりもスマートに決めてやりな」
『役割がきっかり別れとる方がやりやすいじゃろうな』
「これだけ無茶な要求に耐え切るヤシャリクの汎用性には驚かされてばかりだけどねぇ。その分、各分野に突出した性能にはなってるから頑張ってね」
「そっか……ありがとう、みんな。上手く使うよ」
メタモルシード“メイジ”をシフトバングルに認証。
無事に登録が完了し、レイゲンドライバーとの紐付けを確認。粒子化し、収納されていく様子を見ながら、再びアイスシェイクを口に含んだ。
「これ、ウマいな。バニラ味ってこんな感じなのか」
「おっ。セットメニューのついでとして買った割に、アキトでも味が分かる奴だったか」
「あー、そっか。弟君って味覚が変なんだっけ? こないだカレーライスを振る舞った時に言われてびっくりしちゃったよ」
『うむ。淡白なメシの味がさっぱり分からんそうじゃ。逆説的に言うと、クロトがウマいと感じたもんは誰が食ってもウマいがな』
「だからってレシピに載ってる以上の調味料をぶち込むなよ。今日の調理実習でビビったわ」
「ごめんて」
再三に渡っての忠告に肩を落とす。
調子に乗った結果、班員に劇物を与える可能性があったのだ。そこは反省しなくてはならないだろう。
「でも、まさかぼそっと呟いたのが聞かれてたとはなぁ……イリーナ先生にもバレたことなかったのに」
「そもそもの話、お前なんで先生たちに伝えてねぇんだ? 生徒の体調に関する重要事項は把握しておきたいだろうに」
「ただでさえ昔の事故の生き残りで目立ってるのに、いくつも後遺症を抱えて生活してるなんて明らかに面倒だろ。気を遣われ過ぎるのも申し訳ないし、俺が我慢すればいいんだから」
「いつも思うけど、その年頃で至る思考じゃないよね?」
『大人びる他やるしかなかったんじゃろ』
共に生活している義姉のヴィニアも後遺症は把握しているが、報告はしていなかった。アキトが言わないでほしいと懇願したからだ。
それが間違いだと理解していながら、アキトの意思を尊重したかったのだ。
しかし思わぬ気のゆるみからリンにバレてしまった。知られてしまった以上、言わざるを得ない。叱りを受けるだろうが、甘んじて受けるしかない。
「だけど、なんだかほっとした気持ちもあるんだ」
「ほっとした?」
「ずっと身近な人だけが知っておけばそれでいいと思った。生活していく以上、隠しておけば問題はないって。そこを、リン先生はちゃんと生徒を見ていたからオレの秘密に気づいた。その上で詳細を聞いてくれたのが、なんだか嬉しかった」
知ろうとすることを恐れてはならない。
理解しようと歩み寄る考えを捨ててはならない。
リンなりの思いで、アキトに問い掛けた意思を、無闇な物にしたくない。
「だからヴィニア姉さんに伝えて、イリーナ先生にも教えるよ。その時は、ちゃんと謝らないとな」
「……それで納得してんなら、いいけどよ。報告しに行く時は付き合わねぇぞ? お前とヴィニアの姉さん、つまりは家族の問題だからな」
「いや、多分リン先生を経由してお前も巻き込まれると思う。イリーナ先生の事だし、詰めてくるんじゃねぇか」
「はあ!? 関係ねぇのに!?」
不当な扱いに抗議の声を上げるリフェンス。
しかしてその場にいる面々は、アキトの言葉に同意しているようだ。
『知り得ておきながら黙っとったんじゃし、仲の良いお主なら問い詰めても構わんと考えてもおかしくないの』
「政府判断で弟君と同じ学年だけど、結局はネイバーでエルフ族。年齢はまるで違うからねぇ」
「くそっ、めんどくせぇ……せめて俺もショタだったら……!」
『結局エロガキに変わりは無かろうて。過程は違えど教師陣に目ぇ付けられてたんじゃないかのぉ』
「ショタってなに?」
「弟君はまだ知らなくていいことだよ」
各々が和気藹々とした空気に浸っている最中。
──ビーッ! ビーッ!
けたたましい警告音が、シフトバングルから鳴り響く。
瞬く間にホログラムの立体地図が展開され、赤点が表示される。
それは、マシロとリクが取り付けたインベーダーの出現を知らせる機能の効果。
ゲートでなく、直接的な脅威たるインベーダーの登場に、誰が何を言うでもなく表情を険しくさせた直後。
──バゴンッッ!!
突如として、どこからともなく轟いた凄まじい爆音がガレージ内を揺らす。
衝突、爆発、衝撃、炸裂。
何が要因かは分からずとも、決して真っ当な原因などではない。
『緊急警報、緊急警報! 商業区西部にてインベーダー出現!』
『近隣住民はただちに近くのシェルターへ避難を!』
学園島における日常を裂く、聞き慣れたサイレン。
鼓膜を叩く、いつもの報せを背に。
アキトはリクの手を取り、ガレージの外へ駆けていく。




