思い過ごしの自罰
──……軽率、だったな。
呼び止めて話を聞いたアキトとリフェンスを見送り、職員室に戻ってきたリンは深く落ち込んでいた。
自分勝手に疑って、もしかしたらと妄想して。
挙句に知ったのはツラい過去から続く障害との向き合い方。
──聞いた所で、アタシに何か出来る訳でもないのに。
リンは普段の動作とは裏腹に心情はナイーブであった。
アキトの心に負った傷を抉り返すような対応を取ってしまったこと。
気になったとはいえ、自身の考えを押し付けた罪悪感のしこりは残る。
加えて彼の味覚異常は長年の付き合いであり、今さら事態を知ったリンに改善策の提示など出来るはずが無かった。あれば、既に実施しているからだ。
──……強いんだな、あの子。
自分とは何もかも違う。
どんな過去を経ても、境遇にあっても、ひたすらに前を見ている。
アキトなりの考え方で今を生きているのだ、と。子どもらしくない気遣いに冷静な心持ちを前に、リンは彼に対する認識を改めていた。
──比べてアタシは……普通だな。
自身に用意されたデスクに突っ伏して、ため息を吐く。
ニューエイジのマヨイとエイシャは自身にない物を沢山持っている。
アキトもまた、自分には考えられない思慮深さを持って生活していた。
それだけでなく、アストライアにもパフア校にも凄い人達は大勢いる。そんな中でリンだけが浮いていた。
普通の家庭、普通の日常、普通の生活。
ただ目的も無く過ごしていただけの彼女がニューエイジとして選出されたのは、フレスベルグへの適性を所有していたからだ。
アストライア管轄の病院で健康診断を受けた際に判明した、マヨイとエイシャを凌ぐ適性によってスカウトされた。……逆に言えば、それしか取り柄が無いのだ。
──なにやってんだろ、アタシ。
インベーダーの知識や知見が豊富なマヨイ。
ネイバーとして最上の戦士であるエイシャ。
飛び抜けて優秀な二人に対して、自分はどうだ? 何が出来る?
表面上は何ともないように取り繕って偽りの仮面で誤魔化しても、心のどこかに醜悪な劣等感が巣食っていた。
負けないように、置いていかれないように、役に立つように。平凡なりに努力していても、虚しさは増すばかりだ。
とりわけ今回の件は、空回りが起因の問題だった。
マヨイとエイシャがいない分、考えることが多く、些細な点に噛みついて。
自身の浅はかな考えがもたらした展開は、アキトとの今後の付き合い方を難しくしてしまった。
「……実習生としても、間違っちゃったなぁ」
口調とは逆に。
普段の明るい表情は鳴りを潜め、リンは苦しそうに呟いた。
とはいえ、いつまでもへこたれてはいられない。手早く業務を終えて、アストライアの本部へ向かわなくては。
重たい体を引きずって書類に手を付ける。こんな時に限って苦手な作業ばかりが手元にあるのも、気が滅入る要因の一つだった。
なんとか全てを終わらせ、パフア校を出て。
アストライアの職員であれば無料で利用できる魔導トラムに乗車し、トラムは本部の最寄り駅へ発車しようとした。
──バゴンッッ!!
次の瞬間、聞き慣れない衝突音と衝撃が響き、車体が傾く。
周囲から悲鳴と困惑が生じる。リンは咄嗟に近くの手すりを掴んで、衝撃がした方に目を向ける。
緩慢に流れる視界の中。
罅割れた窓の外にいたのは、ぼろ切れを纏ったインベーダーだった。足が無く、暗闇の広がる腕のような部位を車体に伸ばしたまま、静止している。
しかし頭部から覗く、絵に描いたような不気味で簡易的な顔。
それはまさしく、深く嫌味な笑みを浮かべていた。本能的に動く、インベーダーらしくない、嘲りの感情。
「……怪人っ!」
ネビュラスの影響で、ゲートを介さないインベーダー反応のほとんどは人為的に引き起こされたものとなっている。
構成員の怪人化薬による予期せぬ襲来。無差別な犯行。
それを知り、思い至った考えがリンの口を突いて出た。
『アストライア作戦室より戦闘部隊各位へ! 商業区西部にてインベーダーの出現を検知! 至急出動せよ!』
『緊急警報、緊急警報! 商業区西部にてインベーダー出現!』
『近隣住民はただちに近くのシェルターへ避難を!』
直後にニューエイジ用の情報端末から、作戦室より報告が。
そして学園島に設置された音響設備からサイレンが響き渡る。
だが、いずれに応える間もなく。
リンは他の乗客もろとも、トラムの車体ごと横転するのだった。




