秘密を暴く
「天宮司君、リフェンス君も、ちょっと時間をもらってもいいかな?」
リフェンスに怒られつつも無事に調理実習を終えて。
本日は半ドン上がりなので昼過ぎには放課後になり、彼と共にアジトであるポラリスへ行こう、と。
正面玄関を出ようとしたら、リン先生に声を掛けられた。
マヨイ先生とは異類原生生物学について話す機会が多い。
エイシャ先生は以前の戦闘訓練以降、体を動かさないかと誘われて武術全般を学ぶ──学ばされてる? ので割と接点があった。
だけどリン先生に関しては、偶に顔を合わせた時に挨拶を返すぐらいで、人となりがよく分かっていない。
今日はマヨイ先生の代わりに授業補佐をしていた。普段相手をしてる生徒層と勝手が違ったから、何か聞きたいことでもあったのだろうか?
だとしたら、オレより適任がいると思うのだが……
「えっと どうかしました?」
「ごめんね、今日の調理実習でぼやいてたのが気になっちゃって。ほら、味がしないとか言ってたでしょ? イリーナ先生に、君を注意して見てあげてって言われてるからさ」
「あー……そっか、聞かれてたんだ」
「えっと、答えにくいならいいんだ! 単にアタシが心配になって聞きたかっただけだから!」
リン先生は申し訳なさそうに手をブンブンと振る。
なんだろ、いつもと違って軽い雰囲気じゃないな。目的があるのか?
ニューエイジの一員としてオレ達の違和感を察した恐れが……? いやまあ、だとしても──
「別に隠してたつもりじゃないからなぁ」
「だな。伝えちまっていいんじゃねぇか」
「え、っと……想像より深刻じゃない感じ?」
「落ち着いて説明します。そこのベンチに座りませんか?」
二人を連れて、外の並木道に設置してあるベンチへ腰掛ける。
青空の頂点に浮かぶ太陽の陽射しが温かく体を包み、グラウンドで活動する部活を眺めてから。
「さて、どこから話そうか……俺が学園島に来る前、ゲート被害に遭ったのは知ってますか?」
「うん、イリーナ先生から聞いたよ。退院後に学園島で経営されている孤児院にやってきたんだよね?」
「はい。そのゲート被害から、それと孤児院が襲われた時の大怪我のせいで中枢の神経? が傷ついたとかで……」
「今も色々な後遺症はあるが、特に味覚が変になっちまったんだよな?」
リフェンスの補足に頷いて、言葉を続ける。
「生活する分には問題無いんですが、大雑把な味しか感じなくなったんです。カレーみたいな……刺激物、っていうのか? そういう極端な味の物しか分からない」
「風味は分かるが口に入れた途端、無味が広がるらしいっす。一応、孤児院の時は院長がアキトでも美味く感じるメシを作ってくれたんだっけ?」
「そうだよ」
今にして思えば、とても苦労を掛けていたなぁ。
「じゃあ、普段はどうしてるの?」
「昔、孤児院の様子を見に来てくれてたヴィニア姉さんが、院長の調理を手伝ってて……その時の記憶を頼りに味付けしてくれてます」
「おかげでアキトはちゃんと食事を楽しめてる、ってわけだ」
「今でも何が美味しく感じるかを探して、自分でメモしてるけどな」
直近で言えば、ポラリスで食べたマシロさんのカレーは美味しかった。
市販のカレーですら何も感じない時があったけど、マシロさんがポラリスの元オーナーから譲り受けた秘伝のレシピ。
そこから生み出されたカレーは極上だった。また食べたいな……
「別に栄養を摂れないとかじゃないんで、味がしないのを我慢すればなんでも食べられます」
「ジュースも飲むのはもっぱら濃縮還元の物だったり、苦めのコーヒーだったりで年の割にマセてるしな、お前」
「茶化すなよ。とにかく、そういうことで特に不満もない。だからイリーナ先生にも味覚のことは伝えてなかったんですけど……」
「今日みてぇに調理実習がないとは限らねぇだろ。教えとくべき……つーか、これまではどうやって誤魔化してたんだ?」
「周りの反応を見ながら、うんうんそうだね、って同調してた」
「悲しいわ、そんなの」
リフェンスと仲良くなる前の学校生活を思い返す。
記憶にある限り、調理実習は出しゃばりなクラスメイトが率先して作っていたから、あまり手を出すことはなかった。
班員が自発的に動くタイプじゃなかったから、オレがやるしかなかっただけ。
そこに日頃から姉さんの手伝いで成長していることを示すべく、そして胸に湧いたチャレンジ精神に従って挑戦したのだ。
結果として、リフェンスに止められたが。
おかげで昼ご飯は弁当以外、何も味がしなかったぜ!
「そう、だったんだ」
限られた人しか知らない秘密を打ち明けたリン先生の表情が暗い。
オレが意味深な独り言をぼやいたせいで余計な心配をさせたからか……?
「大丈夫ですか? 先生」
「っ、ううん、なんでもない! 教えてくれてありがとうね、天宮司君」
「いや、オレが言わなくていいと軽く考えてたせいで、変な空気にしちゃいましたし。……後でイリーナ先生にも伝えておきます」
「だな。ただでさえ目を付けてもらってるが、何か扱いが変わるでもねぇんだ。生徒のことを思ってくれてる先生に違いはねぇんだし、明日にでも教えたらいいだろ」
リフェンスはそう言ってベンチから立ち上がる。
オレも続いて席を立ち、リン先生に頭を下げてから、再びポラリスへ向けて歩き出した。
去り際、妙に思い詰めた様子で項垂れるリン先生が気に掛かったが……どうしたんだろう?




