天宮司アキトの不穏
死体処理場での戦闘から一週間が経った。既に桜は散り、木々は青々とした葉をつけ、ゴールデンウィークも終わってしまった。
本来なら五月病に蝕まれた気だるい声や姿を隠し、時には溢れさせる者がいるだろう。しかし、学園島では一過性のものでしかない。
偏向装置によって不規則に現れるゲートやインベーダーは、そこに住む者たちの事情など配慮してくれないのだから。
休日、祝日返上で出動するアストライアの面々。
ナイトスタイルという強化形態、騎士の姿へ再変身する術を手に入れた夜叉。
学園島の守り手である二大勢力もまた、度重なる天災の対処に当たっていた。
『残存ゲート、及びインベーダーの敵影無し! 安全確保完了!』
『恒例のことだが、夜叉はどこにいった!?』
『あーもー、あの人また爆速でいなくなったッ! んも~っ!』
『作戦室の広域レーダーに反応は無く、周辺に展開された地上部隊の報告も無い。……騎士の姿であれば“天翔”が使えず、バイクにも乗れず鈍重だと思っていたのだが』
『気軽に夜叉へ戻れますし、何より隠蔽魔法と欺瞞情報発信のコンボが手強すぎます。……私の索敵能力でも追いつけませんよぉ』
例によって夜叉に振り回されるニューエイジ。
アストライアの本部にてサポートを務める者達も鬱憤を溜めて。
「回収したインベーダーの素材で良さそうなのあった?」
『細々とした魔核、でっかい翼に木の蔓、分厚い皮に鱗、鋭い爪に角。……部位破壊は確かに狙っておったが、なんというか二束三文のゴミ素材じゃの』
「群れでやってきた下位と中位のインベーダーじゃあ、そんなモンか」
電波の届かない整備用の地下トンネル。
人工島を支えるインフラ点検の要を利用し、大胆に変身を解除して。
マギアブルのライトを頼りに、リクとアキトはポラリスへの直通ルートを迷うことなく進んでいた。
様々な陣営が思い思いに行動し、時間は流れて──五月中旬。
「それじゃあ姉さん、学校行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、アキ君。気をつけてね」
義理の姉、牛族のネイバーであるヴィニアに声を掛け、アキトは荷物を背負ってマンションの一室を出る。
パシフィック・フェデレーション・アシュランス専門校。
通称パフア校と呼ばれる、地球人とネイバーの交流、対ゲートに対インベーダーの教導を目的とした小・中・高一貫の学術機関。
そこの初等部六年生として通うアキトは意気揚々と、パフア校へ向かう魔導トラムの停車駅へ歩を進める。
「おっ、来たか」
「お待たせ、リフェンス」
先に待っていたクラスメイトであり親友、そして夜叉としての活動を知るエルフ族のネイバー、リフェンスと合流。
時を待たずしてやってきた魔導トラムへ乗り込み、定期券を運転手にかざしてから定位置へ。窓の外を眺めながら、魔導トラムの揺れに体を預ける。
「いやー、それにしても忙しいゴールデンウィークだったなぁ。ゲートもインベーダーも空気が読めてねぇったらありゃしない。ロクに休めた気がしねぇよ」
「ゲートだけじゃなくて、ギルロスみたいな突発的に発生したインベーダーもいたからな。その影響で大規模施設は軒並み臨時点検。アストライアの調査が終わるまで利用できなかったんだろ?」
「どこぞのテロ屋が意図的に魔核を置いてるって話だぜ。ちゃんと遊べたのは最終日ぐらいだぞ……ったく、やってらんねぇぜ」
逆波マシロ──夜叉陣営における技術・情報分野のエキスパート。
彼女がアストライアのサーバーに潜り込み、得てきた情報は、生活を蝕む反社会的組織の名をアキト達に知らしめた。
「ネビュラス……前にパフアを襲った男の身元だっけ」
「らしいな。ネイバー産の素材を利用して、非合法の薬物を生成。人類をインベーダー、怪人化させるのが目的だとか」
「動機、って言うんだっけ。そんなのはどうでもいいけど、特位インベーダーをアストライアに感知されず、大勢がいる場で暴れさせられるんだ……嫌だな、そんなの」
「その為にマシロさんがゲートだけじゃなくて、インベーダーの発生を事前に察知できる機能をヤシャリクに搭載しようと頑張ってるだろ? リクの姐さんも一緒にな」
「それは、そうなんだけど」
アキトは深くため息を吐いて、リフェンスへ顔を向ける。
「あの二人じゃストッパーがいないから、互いに共倒れになってそうで……」
「ん、んー、まあ……ありえない話じゃねぇわな」
二日前にマシロからの提案で、現在リクは喫茶店ポラリス横の特製ガレージで缶詰状態。
マシロも行動を共にしている訳だが──重ねる試行錯誤、ヒートアップしていく議論、止まらない作業の手。
行き着く先はエネルギー切れによるダブルノックアウトだろう。前例がある分、嫌に鮮明に想像できる。
「放課後になったら、ポラリスに寄るよ。もしかしたら、既に完成してるかもしれないし。リフェンスも一緒に行こうぜ?」
「だな。ついでにファストフードでも買ってくか。喫茶店に軽食なかったら地獄だし……そういや、メシで思い出したわ」
「ん? 何を?」
パフア校最寄りの駅で停車した魔導トラムから降車。
徒歩、自転車、浮遊など。
様々な方法で登校する生徒に混じって移動しながら。
「今日、三限目に調理実習があったろ。ちょうど昼飯として食う為に汁物とおかずをメインにって。お前大丈夫か?」
「……一緒の班だっけ?」
「違う。……味付けだけは他の連中にやらせろよ」
「で、でも姉さんの手伝いで料理の腕は上がってるし、今ならなんとか!」
「いいから、やらせろ。分かったか?」
「……はい」
有無を言わせない気迫に押され、肩を縮ませて。
二人はパフア校の敷地へと足を踏み入れた。




