帰還したポラリスにて
荒れ果てた旧死体処理場からアクトチェイサーを走らせて数分。
もうすっかり夜に染まり始めた空の下、ポラリスのガレージへ帰ってきた。
開け放たれたシャッターの下を滑り込むように入り、停車して席を降りる。隠蔽魔法も解除され、景色が変わり、緊張がほぐれてホッと一安心。
「おっ、来たか。こっちで確認してたが大変だったろ? お疲れさん」
「お疲れー! アタシの新アイテム、使い心地バッチリだったでしょ!?」
『もちろんじゃ! 憎きあんちきしょうに痛い目を見せれて清々したわい!』
『気分が良かったのは否定しないよ』
迎え入れてくれたリフェンス、マシロさんの前でマギアブルを引き抜く。
途端に纏っていたヤシャリク、レイゲンドライバーが粒子のように霧散し、直後にリクの体へと再構成された。半透明な体で背伸びし、ふわふわと宙を浮く。
『にしても、お主……あそこまで運転できるとは思わなかったぞ。もしや儂らに隠れてコソ練しておったか?』
「自動運転込みのセミマニュアルならどうとでもなるって。こう見えて、マシロさんから渡された本で勉強してるんだから」
「座学で運転まで出来る奴なんざ中々いねぇと思うが?」
「やるねぇ、弟君。さすがはアタシが見込んだ男の子!」
気分が良いのか、マシロさんのテンションが高い。
しかし目線はパソコンから離れておらず、キーボードを激しく叩いていた。
「それにしても、ナイトスタイルの性能に機構を上手く使ったねぇ。まさしくデモンストレーションって感じだったよ!」
「機動力が無い分、攻撃と防御に振り切ったのは伊達じゃねぇな。ほら、お前が最後に撃った技の跡地を見てみろよ」
「どれどれ……うわぁ」
リフェンスに促されたモニターの一部に、吹き抜けだった広間が映されている。恐らくアストライアの事後処理班が撮った映像を流しているのだろう。
そこにはクレーターや深い亀裂だらけで、周辺の土地すら喰い込んで、更地どころか荒地と化していた。
ギルロスごと建物を粉砕する形となってしまったが、元々解体予定だったようだし大目に見てほしい。
『凄まじい剣圧じゃったからのぅ。ぶった切るフツノミタマと違って、ぶっ潰す感触が新鮮じゃったな』
「動きの遅いインベーダーなら確殺できる力はあるよ。あと、タイマンなら一方的に倒せる。それくらい無法な性能だよ、ナイトスタイルは」
「普通に殴っても強そうだったしな。なんなら必殺技は普通にリーチなげぇし」
「でも反省点、というか改善点はあるねぇ」
どこか不満げに腕を組み、マシロさんは首を傾げる。
「結局のところ、夜叉も騎士も物理主体でしょ? 今回はスペックでギルロスを上回っていたからどうにかなった。でも、次はそう上手くいかないと思う」
『確かになぁ……せめてタケミカヅチが効果的なら、やりようはあったが』
「色々と便利だけど、力不足だからな。かと言って、魔法主体の攻撃ってリクへの負担が凄まじいでしょ? おまけにエネルギーの消費も重い」
『へへっ、大喰らいなこの身体が恨めしいわい……』
「実感がこもってるなぁ」
「…………そうか、そういうことならっ」
いつの間にやら感想会のような会話を交わしている最中。
リフェンスが顎に手を当て、何か思いついたかのように表情を明るくした。
「どうかした? リフェンス」
「いや、なんでも……なくはねぇが、内緒にしとくわ」
「ほーん。まあ、お前の考えることだし、楽しみにしておくよ」
『ところでちょいと気になったんじゃが、処理場付近でやたらと通話が途切れておらんかったか? 何か悪いとこでもあったか?』
イタズラっぽく笑うリフェンスを横目に、リクがマシロさんへ問い掛ける。
その言い分には心当たりがあった。ギルロスの竜巻によって通話が妨害される前、処理場に突入した時からマシロさんの声が届かなくなったのだ。
偶に通信状況が良くなるのか、再変身する時は長く話せたが。
「ああ、それね。アタシも変だと思って調査してみたんだけど──処理場の周辺に魔力、電波の波長を遮断する結界が展開されてたみたい。劣化してたのか、断続的にだけどね」
「結界……なんでそんな物が?」
「わかんない。今回の件はおかしい点がいくつもあるからさ」
ゲート発生の有無に関係なく、インベーダーが出現したこと。
放棄されて久しい施設に遮断結界が張られていたこと。
あるはずのない、大量のガスボンベが隠されていたこと。
「なーんか怪しいんだよねぇ……もしかしたら大事になるかもしれない。アタシの方でアストライアのサーバーを覗いて情報を入手してみるよ」
「さらっととんでもねぇこと言うよな」
「でも、ほら、なんだかんだ助かってるから……」
『簡単に流してはならんぞ。普通にサイバー犯罪じゃからな?』
「だいじょぶだいじょぶ。ちゃんと正規の手段でアストライア職員のセキュリティID取って、入り込んで覗くから」
『何も良くないんじゃが?』
徹頭徹尾、怪しい手段を講じようとするマシロさんに不安を抱きつつも、今日のところはもう遅いので解散の流れに。
ギルロスの魔核も渡したので、何かに活用してくれると信じて、オレ達は近くの魔導トラム駅まで歩いていった。
その間、脳裏によぎるのはシフトバングル、メタモルシード、ナイトスタイル。
ヤシャリクに備わった機能の一部を引き出した力。きっと、今まで以上にインベーダーとの戦いが楽になるはずだ。
それに、メタモルシードへ変化する柄の無いブランクシードが後三つ。
ナイトスタイルも加えれば、少なくとも四つのスタイルが存在している。戦闘データの抽出、それらに適応する素材、入力する構成要素……戦いの最中で自動的に学習し、新たに芽生える可能性もあるという。
夜叉だからどうにかなる、なんてうぬぼれてる暇はない。
使えるものは何が何でも使って、ゲート被害から皆を守る。命を繋ぐ為に。
だからこそ──
「……まずは帰って宿題やんなきゃな。今日、かなり多くなかった?」
「まあ、それなりに? 俺はアキトが戦ってる間に終わらせたぞ」
『かーっ! こちとら激闘を繰り広げてる時に時間を有効活用しおってぇ!』
「掃除が終わって暇だったんでな。……そうだな、解答丸写しはさすがにやらせねぇけど、通話越しに手伝うくらいなら出来るぜ?」
「その時になったら連絡するよ……」
「おうっ、任せな!」




