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ニューエイジの疑念

 クロトがギルロスと交戦する直前。

 アストライアの部隊、そしてニューエイジの三人は、旧死体処理場より脱出してきた作業員たちに詳細を尋ねていた。

 曰く、放置された割に所々人の手が入っているような場所があった。

 曰く、解体作業中の危険防止策で設置していた魔力測定器が、許容基準値の増減を大きく繰り返していた。

 曰く、上長に報告したが作業規則内で問題ないとされ、仕事を続行。終わり間際になって、内部のどこかからやってきた魔核が廃材を吸収し、危害を加えてきた。


 腑に落ちない点などいくつもあるが、抱いたモヤモヤを切り裂くように。

 轟くエンジン音が近づき、工事責任者と部下を乗せたアクトチェイサーが窓を突き破り、彼らの悲鳴と共に参上。

 見覚えがあるバイクの形状に、ニューエイジの三人は無言で天を仰ぐ。

 彼女らにとってアクトチェイサーは、夜叉が窃盗した車両という認識だ。

 既に夜叉が処理場へ突入しているのは知っていたが、よもや他人を乗せて自動走行させるなど露とも思わなかったのだ。


 人命救助を優先した形だろうが……と。犯罪行為を重ねた上ではあるが、納得した矢先、二人を降ろすようにアクトチェイサーは停車。

 搭乗者がいなくなった事がトリガーとなり、発動した回収魔法によって姿が掻き消えた。介入など許さん、とでも言いたげな速度で消えていった。

 ニューエイジの三人は再び天を仰いだ。


 夜叉を説得し、逆波マシロへアクトチェイサーを返納する。

 それは以前のゲート被害で発生し、最優先で片付けるよう認識していた案件。後になってメールで、そして口頭で謝罪を込めて、マシロの元へその旨を報告した事がある。

 本郷博士も同様に……しかし、当の彼女の反応は芳しくなかった。


 当然だ。ニューエイジが知らぬ事情ではあるが、マシロにとってアクトチェイサーは既に夜叉の所有物。そういうことで彼女自身は納得している。秘密裏に、保険などの手続きも別名義を利用して変更済みで抜かりは無い。

 しかも運の悪いことに、その時の彼女が興味を持っていたのはヤシャリクとシフトバングルの調整。


 暖簾に腕押し、糠に釘打ち。

 話半分で聞き流し、ニューエイジの心配を足蹴に。

 マシロは夜叉の力にならんと精を尽くしていたのだ。

 皮肉にも彼女自身が先刻の後、顔を合わせて夜叉と付き合いを持ったという事実に、ニューエイジは気づけなかった。気づける訳がない。


 そんな裏事情に悩まされていても、顔には出さず。

 責任者と部下を保護した直後、ギルロスが生み出した竜巻によって立ち往生。

 迂闊に飛び込めば、フレスベルグでも危険と判断。作業員たちの保護を優先し、移動させたのも束の間。

 今度は地面を震わせる大爆発が発生。それに乗じて竜巻が消失。

 件の爆心地へ向けて、ニューエイジはスラスターを吹かして飛翔した。


『しかし、建物内部で爆発だと? 解体で発破する為に用意したのか?』

『持ち込んだ資材の中に爆発物なんて無かったらしいよ? 一通り、建物の中を確認した時もそんな物は無かったって』

『つまりは、旧死体処理場に隠されていた? 魔核の所在といい、不審な点が多過ぎます。改めて調査する必要がありますね』

『だが、今は何よりもインベーダー……ギルロスの討伐が優先だ』


 アストライアも無為に時間を過ごしていた訳ではない。

 情報部、作戦室の分析によって、事態を引き起こしているインベーダーの詳細を掴んでいた。

 ゴーレム系統の中では上澄みに位置する魔物。

 周囲の建材、自然物を取り込み、自身の体として破壊行動を取る。魔力を保有し続ける限り、動作を止めることはない。

 討伐するなら、コアとなっている魔核を砕く他ない。あるいは──


『修復速度を越える勢いで、体を破壊し尽くすか……現実的ではないな』

『放棄された施設とはいえ、時間を掛けるほど被害は広まります。夜叉は既に交戦しているのですから、協力して動きを止め、一点突破を』

『りょうか~い。なら、爆砕と貫通力を重視した対物徹甲弾を……あれ?』


 間延びしたリンの声が、バイザーに映し出される光景によって張り詰める。


『どうかしました?』

『いや、アタシの見間違い……じゃない! アレ誰!? ギルロスと対峙してるの、夜叉じゃないよ!』

『なに?』


 上空から覗く、吹き抜けの広間だった場所は荒れ果て、更地寸前。

 爆発の衝撃と爆炎、煙幕によって視界不良な地に見える影が二つ。

 一つは吸収した建材によって肥大化し、魔核である単眼を爛々と光らせ、左腕を喪失しても戦意は失っていないギルロス。


『あれは……“騎士”?』


 そして、もう一つ。

 呆然と呟いたエイシャの眼下にたたずむ、灰銀の鎧を纏いし者。

 右手に長剣を。

 左手に重盾を。


 吹き抜けた風に赤いマントをたなびかせる堂々たる姿は、まさしく絵画から抜き取ったような姿そのものだった。

 夜叉と似通った意匠が鎧の各部にあり、背格好も同一。しかしながら、漂わせる雰囲気は全く違う。

 その威圧感は彼女達が以前対峙したインベーダー……デュラハンに近い。


『まさか、インベーダーが二体出現した? いえ、直前まで夜叉の反応は確かに施設内に残存していたはず……』

『そういえば、夜叉はインベーダーの魔核を吸収して能力や機能を増やせるんだっけ? 雷の弓とか、ああいう兵装もそうだったよね?』

『タケミカヅチはワイバーンの魔核が由来とされていたな。……むっ、疑問はともかく動き出したぞ』


 不明な点が多過ぎる戦況への介入を迷うニューエイジの前で、煙が晴れた瞬間、ギルロスは巨体を揺らして騎士の元へ走り出す。

 大地を震わせる激走は着実に間合いを喰らい、右腕を大きく振り被る。風を切り、剛腕の鉄槌が騎士を捉えた。


 一瞬の轟音。のちに陥没し、罅割れる地面が絶大な威力を示唆していた。

 ニューエイジが息を呑む中、振り下ろしたはずの剛腕がわずかに揺れる。

 徐々に揺れは大きくなり、ついには弾かれた。散らばった破片と共に、ギルロスはその体を大きく吹き飛ばされる。

 陥没した地点には、重盾を払った姿勢で止まる騎士の姿があった。


『すっご、ギルロスの怪力を打ち破ったよ!?』

『凄まじい力だ。マヨイ、作戦室の判断は?』

『……直前の反応と解析を見るに、アレは夜叉で間違いない。恐らくはヤシャリクに備わる形態変化機能の一つ……』


 思案するニューエイジを置き去りにして。

 夜叉は鈍重な外見となった体で、ギルロスへ歩を進めた。

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