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ガレキの王

 斬撃と殴打が掠れ、火花が散る。

 フツノミタマは単純な金属ブレード以上に頑丈で切れ味が鋭い。魔力エネルギーを纏えば、いかに頑強な物質とて斬り伏せられる。

 しかし相対するギルロスにも同じことが言えた。振るわれる拳は魔力を帯びて断ち切るには至らず、破損させた先から周囲の廃材を吸収し、修復される。

 おまけに吸収に際限がない為か、ただでさえ夜叉より大きい全長はどんどん肥大化していく。加速度的に腕力、脚力も強まり、フツノミタマで逸らすのが厳しくなっていた。


『頑丈で、建材がある限り再生……厄介だな、攻めきれない』

『弱点は魔核なんじゃが、ことごとく防いだり建材を盾にしてくるからのぅ。そのシールドファンネルずるくないか?』

『一応“天翔”で加速した蹴りでぶち当てたり、こっちの攻撃手段になるから助かってるけどな』


 それでも会話が可能な程度に余裕が生まれているのは、マシロの手でヤシャリクが調整されたから。

 各所のパワーアシスト、それに連なる魔力エネルギーの伝達速度改善。

 無意識の内にアキトを押さえつけていた様々な制約が解かれ、リクもまた、そんな彼の行動に応えようと補助に徹しているが故の現状であった。


『参ったな。既に広間はせり出してた天井も壁も無くなりつつある。戦いの場が広くなるのはありがたいが、無闇に切り取り過ぎたか?』

『しかし、一度損傷した部位の素材は肉体の構成に使えんらしい。処理場から出さずに延々と削ぎ落とせば、いずれは……まあ、時間が掛かるのぉ』


 ゴーレムらしい特性と能力によって、勝てはしないが負けもしない。そんな状況がずっと続いていた。

 さすがにアストライアも行動を起こしている。夜叉のバイザー、そのマップ上には死体処理場を囲むように戦闘部隊が展開されていた。中にはニューエイジの反応もある。


『施設に居た作業員たちは全員無事に保護されたし、アクトチェイサーも回収済み。後はギルロスを仕留めるだけだが……』


 普段のゲート災害とは打って変わり、ギルロス単体である為、被害は軽微。

 元々解体予定の死体処理場がボロボロになっても、さしたる問題は無い。

 それでもアストライアの部隊が突入を渋っているのは、ギルロスが周囲に纏う建材で竜巻を起こしているからだ。


 念動力のような、視えざる力。

 一発一発が魔力を纏い、かなりの質量を兼ね備えている。

 その中に飛び込めば、一般のパワードスーツの防護機能では即座に破壊されてしまう。生命維持装置も機能せず、肉体の外と内を滅多打ちにされるだけだ。


 かろうじて太刀打ちできるのは、結界のように魔力エネルギーを張れるニューエイジのフレスベルグ。

 そして素の頑強さと柔軟性で耐えられる上、伝達された魔力エネルギーによって補強され、接触した瞬間に破砕可能なヤシャリクぐらいだ。


『にしても、ニューエイジが突入してこないのはなんでだ? 理由、わかる?』

『うーん、通信機能がギルロスのせいで傍受できんし、マシロとの通話も切れてしまったからの。詳細を把握するのは難し……っ!? アキト、左じゃ!』


 建材の盾を踏み台にして、広間に着地した瞬間。

 咄嗟に飛び出た指示に従い、アキトはその方向を見る──そこにあったのは、可燃物のラベルが貼られたガスボンベの大群。

 長年放置された建物にあってはならない。解体業者が持ち込んだとも考えにくい、危険物の集合体で構成された、ギルロスの左腕。

 一瞬で間合いを詰め、殴りかかってきたのだ。


 なんでそんな物がここに……!? 至極真っ当な疑問に止められるより早く、アキトの体は動き出していた。

 緩慢な視界の中、殺生石を二度叩く。

 噴き出した魔力エネルギーはフツノミタマに纏い、刀身を黒く染め上げる。炎のように揺らめく力を、アキトは迷うことなく振り下ろした。


 一瞬の拮抗、しかしすぐさま互いに反応し合い、爆発が生じる。

 爆音と灼熱。魔力によって強化されていたのだろう。凄まじい衝撃は建物の一画を破砕し、竜巻は爆風によって掻き消された。

 ヤシャリクでなければ、巻き込まれてダメージを負っていた。そう思わせるほどに単純だが、苛烈で強力な攻撃。

 しかし貫いた衝撃は互いを引き離し、ギルロスは巨体ゆえに踏みとどまり、軽いアキトは壁に激突。大きなクレーターを作り、陥没させた。


『っ、アイツ……自分もろとも、巻き込みやがった……!』

『くそったれ、愚かだが効果的だ! 全体の機能が三〇パーセント低下、各部位のパワーアシストもままならんか!』


 立ち込める煙幕と炎の中。

 悪態を吐くリクの声を聞き流し、アキトはなんとか手放さなかったフツノミタマに視線を下ろす。

 これまでの戦闘に加え、爆発に揉まれたが一切の損傷は無い。綺麗な刀身のままだ。継続して戦闘は可能だが……その前にヤシャリクが限界を迎えてしまう。


『あーあー! こちらマシロ聞こえてますかァ!? 遠隔でヤシャリクのパラメータ見てるんだけど、とんでもないことになってない!?』


 最悪に近しい状況だが、竜巻が消えた影響で通話機能が復活したようだ。

 畳みかけるような言葉の後、クレーターから脱出する。


『ええい、願ってこんな目に遭った訳じゃないわ!』

『フツノミタマやタケミカヅチじゃ相性の悪いインベーダーが発生して、お互いに決め手が欠けていて倒せそうにない』


 ヤシャリクのバイザーには煙幕越しにギルロスの状態が分析される。

 ギルロスにとっても乾坤一擲の一撃だったのだろう。体を構成する魔力ごと左腕を喪失し、再生できないレベルで粉砕されている。爆破の余波は残りの体にも影響を与えているようだ。

 だが、隻腕とて脅威は依然変わらない。特位と上位を変動するという実力は伊達でないのだ。


『んー、夜叉が苦手とするような奴っていうと?』

『ゴーレム系インベーダーです』

『ギルロスじゃ! あやつマジ許さんッ!』

『ははぁ、ゴーレム系なら物理メインだと厳しいね。唯一の魔力エネルギー兵装であるタケミカヅチじゃあ出力不足だし……なら、シフトバングルの出番だね』


 どういうことだ? と首を捻るよりも早く、その意味を理解する。


『そうか。有効打は魔法だけど、それ以上の力で圧倒できるなら……』

『ハッ、なるほどのぉ。散々辛酸を舐めされ続けてきたんじゃ』


 先のガスボンベパンチによって竜巻が晴れ、アストライアの部隊が流れ込んでくるだろう。そうなる前に、仕留める。

 リクの言葉に押されるように、背筋を伸ばして。

 アキトはベルトの右側に備え付けられたケースを開く。


『ここいらで、新生夜叉としての能力を見せてつけてやろうぞ!』


 中から取り出したるは、シフトバングル用の追加アイテム──メタモルシード。

 現状を打破する、反撃の一手だ。

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