夜叉の新しい力
「二日も寝ないで作業しっぱなし……」
「挙句に気絶と起床を繰り返して……」
『昼間にメッセージを送って力尽きた、と。道理でガレージの床に大の字で寝転がっとる訳じゃ。中に侵入した時、殺人事件でも起きたのかと思うほどの表情じゃったからのぅ』
「恥ずかしいからあんまり言わないでよぉ!」
ポラリスに来るまでのマシロさんの状況を聞いて。
顔を真っ赤にして抗議し、顔を覆う彼女を置いて。
喫茶店の居住スペースからおしぼり、冷蔵庫に入っていた軽食を持ってきて、片付けた作業台の上に置く。
マシロさんはお礼を言い、ホカホカと湯気の立つおしぼりで顔を拭ってから軽食に手をつけた。
「いやぁ、どーにも作業に集中しちゃうと寝るのも食べるのも忘れちゃってさ。作業員とか研究畑の人からも直せって言われてるんだけど……悪い癖だね、ほんと」
「やだぜ、俺。頼りになる仲間が知らん内に過労で入院とか」
「大丈夫、既に経験済みよ!」
『安心する要素なんぞどこにもないぞ?』
呆れ気味なリフェンスとリクにツッコまれ、マシロがにへらっと笑う。
彼女が言う通りガレージ内は工具や書類、インベーダーの素材で散らかっている。適度に掃除する暇もないほどに、レイゲンドライバーの調整に力を入れてくれたのだろう。
「でも、多少無茶したおかげで同期と調節は完璧よ! そこの装置の中にドライバーと新アイテムが入ってるから出して出して!」
「このでけぇ電子レンジみてぇなやつか? なーんか見覚えあんだよな……」
「そんな無碍なこと言わないで! 出力した情報媒体を参照し、投入した素材の構成要素から抽出して成形する、最新型の立体空間造形装置なんだから!」
『ようは魔力を動力源とした3Dプリンターじゃな。というか逆波モーターズの独自開発品で、安全性の面から認可が降りて使用しとるのはアライアンス、傘下組織のアストライアだけのはずじゃが……?』
「だってそれ造ったの、私だもの。個人用にサイズダウンさせてガレージにトラックで運んできたのよ。便利だからね!」
「自分の利点を限りなく活用してるなぁ……」
リフェンスは大きな電子レンジと例えたが、それは外見がそう見えたから。
実際のサイズは横長でガレージの壁面、その半分を占めて天井にギリギリ触れないという、かなりの面積を占めていた。
製造過程を把握する為に取り付けられたガラス窓からは、レイゲンドライバー。その横には腕輪のような近未来的デバイスが浮遊している。新アイテムってこれか?
造形装置の取手を握り、ロックを外し、扉を開ける。
噴き出した蒸気に目を細めて、ドライバーと新アイテム──側面に彫られたシフトバングルという文字を一瞥し、手に取った。
「リク、マギアブルを挿すから移動して」
『あいよ』
シフトバングルを近くのテーブルに置いて、マギアブルを取り出す。
変身する際のコードとは別の番号を入力。リクの体が粒子となり、マギアブルへ溶け込み、確認し終えてレイゲンドライバー横のスロット機構に挿入。
脈動するように殺生石が明滅し、幾何学的な文字列が表面を走る。
『お、おお……なんっじゃこれ!? 全身のコリがほぐれたような感覚! 今までとは比べ物にならんほどに快適じゃぞ!?』
「なーんか積み重なった情報がスタックしてたみたいでね、同期調整ついでに掃除しておいたよ。以前より遥かに演算しやすくなってない?」
『うむ! こりゃあ楽じゃぞぉ……おっ、新アイテムの仕様をまとめたフォルダまで追加されておるな』
「それね、ヤシャリクの神経伝達を利用して自動ラーニング出来るようにしておいたから。次に変身する時、弟君も瞬間的に使用方法とか把握できるよ」
「ふはっ、とんでもねぇ細工されてて笑っちまうぜ」
「これは、恩返しも張り切ってやらないとね……」
マシロさんが協力してくれる対価。
夜叉として活動する際にインベーダーの素材や魔核を回収する事。
次にゲートやインベーダーが発生した時は、素材になりそうな部位を判別して斬らないとな。
一応、以前からリクの魔力エネルギー確保を優先して魔核の魔力を吸収したり、持ち去ったりはしてる。
だから、ちょろまかしてもアストライアに怪しまれはしないと思うが……そこはリクの収納魔法に頼るしかないか。
「あと腕輪……シフトバングルはウェアラブルデバイスとしての機能を搭載してるから、日常的にも使えるよ。後で説明書を渡すね」
『はえー、至れり尽くせりじゃのぅ』
「防水加工もしてあるけど、お風呂に入る時とか邪魔になった時はドライバーの中に収納して。フツノミタマ、タケミカヅチみたいに出し入れできるように紐づけしてるから」
「すげぇ機能がポンポン出てきやがるな……」
「こんなに小さいのに、オーダーメイド品みたいな……高そう」
「今後を考えれば、便利過ぎて困る事はないでしょ? 本音を言うと、もっと機能を付けたかったんだけどねぇ。サイズ的に限界あるし、マギアブルがあるならいらないし、メインの方が上手く作動しなかったら本末転倒だからさ」
メインの方? ああ、夜叉として使う時か。
シフトバングルを左手首に装着し、次々と浮かび上がる生体認証のウィンドウを見ながら納得する。
それが最後の確認だったのか。
マシロさんは満足そうに頷き、食事を終えて一息ついた。
「うんうん、問題無さそう。イイ感じだね!」
「ありがとう、マシロさん。お礼は期待して待ってて」
「まっ、そんな都合よくゲートが出現する訳でもねぇしな。今日のところは装備更新したってことで、マシロさんも休みてぇだろうし帰ろ──」
そんな時だ。
『緊急警報、緊急警報! 工業区西部にてインベーダー出現!』
『近隣住民はただちに近くのシェルターへ避難を!』
日常を裂く、けたたましいサイレンが鳴り響いた。




