終わりよければ
『ふぅ……ん?』
夜叉は目前で煌々と燃え盛る炎を前に、爆風に巻かれて飛んできた何かを掴む。
それは半透明な結晶体。インベーダーの生命線であり心臓部である魔核だった。
特位に分類される割に、片手で収められるほどの魔核が二つ。恐らく、デュラハンとデュオメスの物だ。
運がいい。あの爆発で破壊されててもおかしくはなかった。フツノミタマを納刀しながら、夜叉はほっと胸を撫で下ろす。
『しかし苦労した甲斐があったと見るべきか、もっと多くと欲張るべきか』
『じゃが、見た目の割に内蔵された魔力量は確かだ。よく腹が膨れそうじゃ』
『ホーネッツとクイーンの補填にはなるか……』
秘匿回線での会話の後、今すぐにでも砕いて吸収すべき。
そう思った夜叉だが、減衰フィールド内では勿体ない。加えて、付近に舞い降りたニューエイジを見て考えを改める。
何故ならば、彼女達は先程の拘束用ランチャーを構えていたからだ。
『さて、慣例的な勧告になりますが、どうか私達と同行してもらえませんか』
『今なら君よりスペック差で上回ってるし、いつもみたいに颯爽と逃げるってのは出来ないよ~?』
『バイクで逃走を図っても無駄だ。どこまでも追い詰めるぞ』
どことなく気が立っているように感じる言葉の裏に、勝手なマネをしたアストライアへの憤りを感じて。
夜叉は心を落ち着かせるように手で制しながら、アクトチェイサーの収納スペースに魔核を仕舞う──とはいえ、どうやって逃げようか。
リミッターを解除したフレスベルグの追跡を、今のヤシャリクでは振り切れない。
アクトチェイサーも早いとはいえ、フレスベルグが相手では分が悪い。
このまま捕まれば夜叉の正体はバレて、ヤシャリクはもちろんレイゲンドライバー、殺生石が本体であるリクと離れ離れになってしまう。
加えて、今回に限って言えば無免許運転──リクはいつの間にか人工知能用の運転教習を受けていたらしいので、許容される範疇ではある。
しかし夜叉の中身はアキト、小学生である。実際に運転した訳ではないが、罪に問われるには充分な理由だ。身元を調査され、唯一の家族たるヴィニアへ残念な連絡が届くのは想像にかたくない。
『このままお縄になる訳にはいかないが……』
『まあ、待て。そろそろ時間が来るし、お主も自由に動けるぞ』
『ん? どういう……あっ』
思わせぶりなリクがバイザーにメーターを表示する。
未だ減少傾向に無い減衰フィールドの効果時間、フレスベルグの制限時間、ヤシャリクの性能復帰時間。計算し尽くされた様々なパーセンテージの内──二つがゼロになる。
『さあ、大人しく、っ!?』
詰め寄りかけた途端、ガクリ、と。
膝をついたマヨイに続いてリン、エイシャも似たような姿勢を取る。彼女達の纏うフレスベルグから線が消え、今まで以上に蒸気を噴き出し、脱力したかのように各装甲とユニットがこぼれ落ちる。
リミッター解除、過剰なエネルギー供給、限界を超えた駆動の果て。
限界を迎えていたフレスベルグは最低限の形を保ったまま沈黙した。
『うええぇぇ!? こんな時にぃ!?』
『肝心なところで……!』
『まあ、ホーネッツとクイーンに減衰フィールド、デュラハンライダーと立て続けに対応してはそうもなるだろう』
『ぅぐっ……ですが、それは貴方だって同じ! ヤシャリクのパラメータは最低値のギリギリを──えっ』
フレスベルグのバイザーに映る情報を口にするマヨイ。
しかし平然と収納魔法を行使してアクトチェイサーを仕舞う夜叉を直視してしまい、思わず絶句する。
減衰フィールド内では魔力も魔法も使えないはず。にもかかわらず、夜叉は実行した……本郷博士渾身の発明が意味を成していない、その様を見てしまったのだ。
『戦闘中に並行して各種システムを再調整しとったが、正解じゃったな! 欺瞞情報発信も完璧、魔法も万全じゃ!』
『完全に防護は出来なかったけど、って奴か。ありがたい……“天翔”も問題なく使えるんだよな?』
『おう! これ以上アストライアのヘマに付き合う義理も無い。とっとと帰るぞ』
『了解』
小声でやり取りを交わしながら“天翔”で階段を上がるように。
ニューエイジを置いて空へ。
『減衰フィールド装置。効果は悪くないがインベーダーには薄く、民間への被害が甚大過ぎるな。その辺りを改良しておくように伝えてくれ。ではな』
『まっ、待ちなさい!』
辛くも手を伸ばすマヨイだが、届くはずも無く。
ニューエイジからしてみれば民間人、マシロの車両を窃盗──実際は譲渡のような形で──された上で。
最悪の場合、減衰が効いていると演技していたと考えられる態度を取った後、迅速に西部工業区を去るという。
なんとも妖しさ満点の行動を最後に、夜叉は例の如く“天翔”で姿を消したのだった。




