過剰出力
「うーん、我ながらとんでもないカスタムを施してしまった」
恐らく初めてかつ、慣れないはずだろうに、と。
心配と期待のせめぎ合う感情を抑えて。
激しい騎乗戦闘を交わしながらハイウェイを疾走していく夜叉、デュラハンライダーを眺めて、マシロは言葉とは裏腹に得意げな顔で頷いた。
インベーダーとの戦闘に耐えうる車両の改造に関すれば、右に出る者はいない。業界ではそう慄く者が多いほど、マシロの車両は異次元の仕上がりになっている。
地球とネイバーの技術を融合させた上で合法ギリギリを攻めているのだ。眼前で繰り広げられる結果は妥当と言える。
『色々と聞きたい事はありますが、逆波さんはどうしてここに……』
「まあ、ちょっと心境の変化があってね」
詳しい内情は打ち明けず、はぐらかしながら、マシロはニューエイジの一員たる如月マヨイのフレスベルグを観察する。
ニューエイジ専用の支援車両を手掛けた機会がある為、顔見知り程度には面識があった。リン、エイシャも同様に。
そしてマヨイと同じことを思い至った上で返答を待ち、口をつぐむ。
「世間にどうこう言われようと、夜叉がインベーダーと戦ってくれてるのは事実。その行動に守られた側のアタシらはどう報いればいいか……ずっと考えてたんだ」
フレスベルグの破損個所を確認し、マシロはポケットから工具を出して整備する。
「かと言って、アタシなんかが夜叉を支持しても押し潰されるだけ。だったら物で援助? 彼は神出鬼没、次にどこへ現れるかなんてわからない。行き詰ったところに、渡りに船って感じで出てきてくれた。その機会を、逃したくなかったんだ」
ショートした配線、基盤を弄り、最低限でも稼動できるように処理していく。
「ちょうどよくアストライアがとんでもない事をしてくれたせいで、必要のないピンチに陥ってたからね。しかも誰も助けられない状況で、それでも夜叉は足掻いていた……心を打たれるっていうのは、まさにあーいうのを言うんだろうねぇ」
『……っ』
自身が所属する組織の不手際を突かれ、マヨイは押し黙る。
「ああっ、別に責めてる訳じゃあないよ。このフィールドの中でも問題なく動けてる夜叉が異常なだけだし。こうして君達のフレスベルグに応急処置を施せる……どちらかと言えば、後者の方が比重は大きいんだ」
あくまでバイクは急行する為に乗り、デュラハンライダーの狙いを集中させたいから夜叉が使った方がいいと判断したまで。
などとという、あたかもそれっぽい理由付けで動機を語り、納得を得られるように舌を回す。
『……であれば、これ以上アストライアの心象が悪くなる前に、どうにか挽回しなくてはいけませんね』
「気にし過ぎないでよ。それに、アタシに出来るのはあくまで応急処置。いつもみたいな立ち回りは不可能だからね」
一通りの処理を終え、続けてリンのフレスベルグに取り掛かる。
外部からの調整が加わったおかげか、エラーだらけなフレスベルグのバイザーが正常に。パワーアシスト機能も復活し、ぎこちなくも動けるようになった。
『自己判断プログラム実行……損傷は軽微、各部機能は演算能力で代用可能として……うっ、やはり燃料不足ですか』
「回路とか配線、基盤は生きてる部分を繋げばどうにかなるけど、動力の魔導バッテリーがモロに減衰の影響を受けてるね。さすがに魔力の無いアタシじゃ補充は出来ないよ」
『うへー、ガソリン切れの車って感じ。あっ、エイシャの魔力で補填とかは?』
『我はダークエルフの中でも極端に魔力が少ない。不足を補うための肉体強化には励んでいたが、魔法関連について知識はあっても実技は児戯に等しい。迂闊に手を加えて悪化させたら目も当てられん』
『うーん、難しいかぁ。さっさと夜叉の援護に行きたいところだけど……』
マヨイと同様の調整が施されたリンもまた、自身のフレスベルグを診断しながらため息を吐いた。
いくらアクトチェイサーで足回りが強化されたとて限度はある。可能ならばニューエイジと協同して討伐に当たってほしいが……このままでは空中機動もままならないだろう。
技術者目線としても、根本的な部分が解決するまでは千日手だとマシロは考えた。
「何か策があれば……んん?」
その時だ。道路が揺れ、魔導エンジンとは比べ物にならない爆音を吹かしながら、衝突音と共に近づいてくる一台の車両に気づいた。
外見は大型トラックだがボディの各所が改造されて物々しく、そしてトラックとは思えないほどの速度で走行している。
減衰フィールド内でも変わらず稼働できる大型車両。それだけで、マシロは自身が手掛けたものであると気づき、ポンッと手を打った。
「あー、スレイプニルか。って事は、乗ってるのは……」
『すまない! 皆、待たせたな!』
「だよね」
ニューエイジ専用の支援車両、スレイプニル。
アストライアと逆波モーターズの共同提携によって実現されたテクニカルは、マシロとニューエイジの元へ急ブレーキの痕を残しながら停車。
上部に設置されたスピーカーから本郷博士の声が発せられる。
『って、逆波君!? こんな所で何を──いや、それよりも今は優先すべき事がある。すまないが荷台に来て手を貸してくれないか!』
「即断即決。切り替えが早くていいねぇ」
仕事上での付き合いでしか知らないが、盤面を理解し、即座に自身と周囲の人物を統括して使うのが上手い。
目的に対して寄り道せずに一直線。マシロはそのスタイルが嫌いではなかった。彼の言う通りスレイプニルの背面、荷台の扉を開いて中に入る。
『ニューエイジも来てくれ! 少々手荒だが、状況を打開する!』
『ひゅーっ! やるじゃん、博士!』
高揚したリンが駆け出すのに続いてマヨイ、エイシャも荷台へ向かう。
内部は機械類とケーブル、各フレスベルグのパラメータを表示するモニター。
部位ごとの換装パーツが壁面に掛けられており、その中で本郷博士とマシロは、エネルギー供給用のケーブルを用意していた。
『博士、状況を打開すると言っていましたが、どうするんですか?』
「現在、西部工業区は減衰フィールドによって魔力エネルギーが著しく霧散する状態になっている。なぜ発射されたか、どういった意図があってかは時間が無いため省くが、減衰には一定の許容値が存在しているんだ。君達のフレスベルグも稼働するに当たって安全面を考慮し、出力を下げているせいで減衰の対象になった」
例外は夜叉ぐらいだ、と告げながら。
モニター下部に備え付けられたキーボードを凄まじい速度で操作しつつ、本郷博士は実行案を口にする。
「故に、許容値を越えた出力を維持する為に。スレイプニルに搭載された全ての魔力エネルギーを供給し、そのエネルギーを消費し切るように制限を解除する」
『偶にマヨイが実行しているリミッター解除か。出力制限を完全に撤廃した状態で駆動させれば、フィールド内であろうと関係なし……なるほど、道理だな』
「逆波君の処置でかろうじて動作はしても、時間制限はついてしまうがな。だが、そうすればフレスベルグは問題なく稼動する。夜叉と力を合わせれば容易くインベーダーを屠れるだろう。ところで、彼は何をしている? 急行するのに必死で把握し切れていないのだが」
「アタシが譲渡したバイクでデュラハンライダーと互角にやりあってるよ」
「あの装着者、騎乗戦闘までこなすのか……?」
マシロの発言におののくが、博士は淀みなく手順を済ませる。
そして待機していたニューエイジのフレスベルグへ供給ケーブルを繋ぐ。ダブルチェックを終えた上で、マヨイ達はフレスベルグの各種リミッターを解除。
『Warning! Warning! Warning!』
バイザーの表示が目まぐるしく変化し、けたたましい警告音が鳴る。即座に博士がスレイプニル内のレバーを引き、エネルギーの供給を開始。
あらゆる計器類が乱高下を繰り返す。反面、燃料切れ間近だったフレスベルグは装甲に回路のような線を走らせ、余剰分のエネルギーがスラスターから噴き出す。
『ウオオオ! すごい力がみなぎってくるっ! 博士、これは……』
「うーむ、想定よりも遥かにエネルギーを喰ってるな……戦闘に支障はないだろうが、本当に速攻で決着をつけた方が良いかもしれん」
『わかりました! ニューエイジ各機、ただ今より前線へ復帰します!』
『『了解!』』
リミッター解除とエネルギー供給により、従来よりも高速で飛翔。
スラスターの軌道を空中に残しながら夜叉の元へ向かうのだった。




