激戦奮闘
『普段は優秀な分、恨み節を言う機会なんて毛ほども無かったのに……今回ばかりはアストライアの馬鹿どもに怒鳴りたい気分じゃ!』
『気持ちは理解できるけど、押さえてくれ』
怒り心頭なリクの言葉を聞き流しながら、アキト──夜叉は減衰フィールドによって墜落し、地を駆けていた。
ゲート出現の警報によって置き去りにされた車が目立つハイウェイ。
視線を遮る黒煙、炎に呑まれかけた道路。障害物と悪路の戦地を、今まで以上にヤシャリクの基本性能を引き出して行動していた。
何故ならば、そうでもしないとデュラハンライダーに追従できず、好きなようにいたぶられてしまうからだ。
『──!』
重い蹄鉄と鎧が擦れる音。
対して身軽に、軽快に。入り組んだハイウェイを縦横無尽に駆け巡っては、デュラハンはデュオメスに騎乗したまま攻撃を仕掛けてくる。
減衰フィールドの効果をものともしない速度と重量。
騎乗状態であるとはいえ、三メートル強はある体躯から叩きつけられる大剣の一撃は、受けたフツノミタマをへし折らんとする。
しかしゲート発現の黎明期から存在する武装の一つ。ヤシャリクと共にあり、夜叉の代名詞とも言える太刀は頑強だ。
甲高い金属音を鳴らし、逸らすものの、弾き飛ばされた。
『障害を打ち破り、猛然と邁進し、暴威を振るう人馬の力。侮っているつもりは無いが、これほどまでとは……』
“天翔”とタケミカヅチが封じられ、基礎的なスペックも大幅に落ちている。
以前より強力になった減衰フィールドのせいで、ヤシャリクに施されていた防護は意味を成さなかった。
空中で自由が効かなくなったニューエイジを強引に拾い、申し訳ないがクッション代わりに車両へ放り投げて。
墜落していく最中……自身の不甲斐なさを嘆いたリクの慟哭が思い起こされる。
『っ、ヤシャリクのパワーダウンが響いてるな。受け流しにくい』
両脚で踏ん張り、フツノミタマを路面に突き刺して。
体を押し留めながら、勝手の違う手応えに不快そうな言葉を吐いた。
『──っ』
その間隙を突いて、デュラハンライダーは再び肉薄する。
『させないっ!』
そんな夜叉とデュラハンライダーの間に銃弾が放たれる。
魔力エネルギーではなく、実弾。前者に比べれば威力は小さく、鎧を持つ二体にとって効果的とは言えないが牽制にはなる。
実際、ニューエイジの三人が同時に発射した弾丸にデュラハンライダーは反応。飛び跳ねるように避けて、夜叉の頭上を越え、ハイウェイを疾走する。
『すまない、助かった』
『礼を言うのはこっちの方だよ~!』
『情けない話だが、こちらはまともに動けん……!』
『支援射撃ぐらいしかできませんが、気を付けて!』
紫電を散らし、今にも壊れそうなフレスベルグ。
備え付けられた予備電力のバッテリーによって、最低限の動作でライフルを構える三人に夜叉は礼を伝える。
個人間での通信はノイズだらけな為にオープンチャンネルで会話しているが、明確にヤシャリクよりも低出力である弊害が如実に表れていた。
幸いにも脅威と定めているのが夜叉だけでよかった、とアキトは思う。弱った獲物から攻めていくのは戦いの基本。率先して撃破されてもおかしくなかった。
本来の性能ならまだしも、減衰フィールド内でニューエイジを守りながら戦うのは厳しいだろう。
フレスベルグでの継戦が不可。まともに戦えるのは夜叉のみ。アストライアの援護は期待できない。
対するは全ての要素で上回るデュラハンライダー。フツノミタマで切り結べてはいるものの、事態を好転させるには不足が多すぎる。
勝てはしないが負けもしない。もし夜叉に興味を失い、他の地区へ出向けば追いつけず被害は拡大する。
減衰フィールド外に出ても機材が正常に稼働するかは定かでない。ならば確実に、ここで仕留めなくてはならない。
何か、劣勢を覆す手立てはないものか。
そう考えながらも、夜叉はデュラハンライダーの連撃をいなし続ける。
蹄鉄が道路を砕き、刃が交差し火花が散り、苦境に晒され、遠方からはけたたましい音が響き渡り──
『……な、なんじゃ?』
『エンジン音?』
場にそぐわない爆音に夜叉はハッと顔を上げ、周囲を見渡す。
魔力を燃料とする内燃機関の静粛性とはまるで違う駆動音。ニューエイジの三人も気づいたそれは徐々に近づいてきており、音の発生源へ目を向ける。
赤く尾を引く何かが、ハイウェイの上を疾駆していた。
『ちょいと待て……人間の生体反応に自動二輪、バイクじゃと!?』
注目の的と化したその存在はアスファルトを切り裂くように、障害物を避けながら距離を詰めてきていた。
されどデュラハンライダーは気に取られることなく戦闘を継続。
ほんの少し、意識を逸らされた影響か。掬い上げるような大剣の一撃は夜叉の芯を的確に捉え、大きく吹き飛ばす。
苦悶の声を漏らし、体勢を整えようとした矢先に、前肢を振り上げたデュオメスが立ち塞がる。
『まず──』
フツノミタマで受けきれるか、と。迷いよりも先に動いた体に影が差す。
炎上する車を乗り越え、凄まじい速度で飛び込んできた件のバイク。緩慢に流れる世界で捉えた、夜叉にとって酷く見覚えのあるそれは、孤児院の院長ヤナセが愛用していたアクトチェイサーだ。
「ヒャッハーッ!!」
何故ここに? 誰が乗って?
そんな戸惑いを意にも介さず、運転手は高揚した叫び声を上げてデュオメスへ突撃。空気を揺らす衝突の後に、両者とも弾かれた。
突然の衝撃に大きく後退し、狼狽えるデュラハンライダーとは裏腹に、自動二輪は巧みな運転技術によって危なげなく停車。
思いもしない闖入者の登場に誰もが呆気に取られていた。
「ふうっ、間一髪ってところだったわね!」
『……貴女は、まさか……』
そんな中、運転手の正体に気づいた夜叉は、バイクを降りて近づいてきた女性に声を掛ける。
「むふふー、驚いた?」
くぐもって、しかし確かに微笑んだ声で。
ヘルメットを脱いだ彼女……逆波マシロは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「アストライアがヘマして夜叉がピンチかもって考えたら、居ても立ってもいられなくてね。個人的に、君の力になりたくてさ」
『……こんな怪しい人物のか?』
「あっははは! もしかして気遣ってくれてるの?」
正体がバレている訳ではないとタカを括り、猫を被る夜叉の言葉。
反面、既に全てを知り、真実へと到達しているマシロ。彼女は夜叉の纏う真面目な空気を感じ取り、豪快に笑い、そして顔を傍に近づけた。
「貴方が弟君であるのはもう分かってる。そのスーツが、リクちゃん由来なのも」
『っ!』
『なっ!? どうやって!?』
「安心して。ちゃんとリフェンス君にも確認は取ったし、協力する意思は見せたから。ヴィニアはもちろん、誰かに漏らしたりはしない」
とにかく詳しい話は後で、と。
踵を返したマシロは停めているアクトチェイサーへ指を差す。
「今は何よりも、あのインベーダーを倒すのが先決。その為には追従できる足が必要……そうでしょ?」
『……助かるが、いいのか? 無事に返せる保証はないぞ』
「馬鹿にしないでよね。アタシが整備したバイクよ? この程度の危険走行でぶっ壊れるほどヤワじゃないわ」
それに。
「壊れたって、故障したって、アタシが何度でも直すわ。こう見えて、それなりに天才なんだから!」
『──わかった』
マシロの思いも、考えも、互いの立場も理解している。その上で決断したのなら、尊重するだけだ。
夜叉は彼女にニューエイジの元へ退避しておくように伝え、アクトチェイサーに跨る。
横目で保護される彼女を一瞥。次いで明らかに警戒度を引き上げ、様子見に徹していたデュラハンライダーを視界に捉え、レイゲンドライバーを叩く。
『ありがたい厚意に甘んじるとしよう。リク、運転は任せた』
『おうとも! ぬっふふふ……災いにあって福が舞い降りおった! よもやよもや、かっちょいいバイクを運転できる日が来るとはのぅ!』
アクトチェイサーに備わるシステム機構と繋がったリクによって、スロットルを回さずともエンジンが吹かされる。
右手でフツノミタマを。
左手でハンドルを握り締めた夜叉はその場でアクセルターン。
タイヤの擦れた痕を残しつつ、爆発的な加速でデュラハンライダーに接近。
一瞬の交差。響く金属音が、第二ラウンドの始まりを宣言した。




