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決死の一手

 アストライアの人工知能ロゴスが独断で発射したミサイル。

 それに搭載された調整途中の減衰フィールドは、無情にも西部工業区上空で炸裂。

 デュラハンライダーと交戦間近であったニューエイジ、夜叉。魔力エネルギーを主な動力とする存在に多大なる影響を与えていた。

 彼らだけでなく、地球とネイバー技術の混合で成り立つ学園島のインフラ設備にも痛手を負わせている。


「なんだ、映像が途切れて……」

「そ、外は、どうなってるの!?」

「ねー、お母さん。やしゃはどうしちゃったの?」


 西部工業区の住民。リフェンス、マシロが避難していたシェルターも例に漏れず。

 先刻まで問題なく外部状況を映していたモニターが不気味に乱れ、墜落していく夜叉達を最後に沈黙。

 何が起きたか分からない人々は、直後に伝播した衝撃とシェルターの不調を訴える紫電に怯え、ざわめきと混乱に呑まれる。

 そんな中、リフェンスは身に覚えのある現象に思い至り、舌打ちを鳴らす。


「どこのどいつだ、減衰フィールドをぶっ放したバカは……!」


 ニューエイジの作戦だとしたらあまりにもおざなり過ぎる、と。

 夜叉達に致命的な一打を与えた誰かへの苛立ち。自身のマギアブルが起動しないことを確認し、確信を得てから思考に移る。


 ──減衰フィールドは生体への影響が弱い。一時的な障害こそあれど、インベーダーはそう遠くない内に慣れて攻勢に転じる。


 そこはアストライアも把握しているはずだ。にもかかわらず、夜叉とニューエイジはパワードスーツの機能が制限され弱体化している。

 幸いにも以前の経験から、リクは減衰フィールドへの対抗策をヤシャリクに施したと言っていた。だが……映像越しでも分かるほどに、以前のフィールドより広範囲で強力のように思える。


 ──前はヤシャリクの兵装はともかく“天翔”が使えなくなった。今度も同じだとしても、アイツの事だ。きっとニューエイジを庇いながら戦っているはず。


 夜叉の変身者、アキトの行動を予測して戦況の不利を予想。

 リフェンスは親友の無事を祈りつつも事態を好転させる術を模索する。エルフ族の中でも若輩であるとはいえ、魔法関連の技術と知識は他のネイバーの追随を許さない。

 その類稀なる才能を裏付ける頭脳を総動員して……不意に、彼は腕を取られ、引っ張られる。思考が流れ、促されるように視線を向ければ、共に避難していたマシロがいた。

 強い眼差しで見つめてくる彼女に息を呑み、されど臆することなく口を開く。


「なんすか、マシロさ」

「状況は理解してる。そして君とリクちゃん、何より弟君の事情もある程度は把握してる──弟君の、夜叉の力になりたい。その為に、協力してくれない?」

「っ!?」


 小声ではあるものの、思ってもいない発言にリフェンスの目が見開く。

 明らかにアキトとリクの正体が夜叉であると断言した上での提案だった。


「減衰フィールド自体をどうにかする手段は無い。アレは本郷博士っていう天才が編み出した無差別兵器だからね。時間経過で効果が切れるのを待つしかないけど……悠長にしてる場合じゃあないでしょ」


 否定し、追及したいところだが、今はそれよりもやるべき事がある。

 マシロに手招きされるがままに移動した先は、シェルターに不備が生じた際に脱出可能となる人力開閉の非常扉。


「従来のパワードスーツを凌駕する性能を持つ夜叉でも、フィールド内では満足に動けない。兵装に問題が無くても、夜叉の根幹とも言える移動能力。空を跳ね、足場とする力が封じられてちゃ、特位インベーダーを相手取るには厳しい」


 いくつかある内の一つ。人気が無く、目立たない暗がりに位置する非常扉のハンドルに手を掛けながら、マシロは言葉を続ける。

 非力ではあるがリフェンスも手を貸し、二人で扉を開け放つ。

 視界に飛び込んできた崩れた街、火の手に煙、瓦礫の山。

 どこからともなく響き渡る戦闘音は、夜叉達の激しい足掻きの証明だ。


「デュラハンライダー。人馬一体のインベーダーを仕留めるなら、相応の補助ガジェットが必要になる。その伝手が、アタシにはある」

「……この際、なんでアイツらが夜叉であるかを知ったかは聞かねぇ。でも、このピンチを乗り越える手段がアンタにはあるんだな?」

「もちろん。目的のブツは第三工場にあるわ。隠蔽魔法と護衛、よろしくね」

「まったく、人使いが荒いな! このフィールド内じゃ魔法行使はべらぼうにムズイってのに!」


 魔法は発動した瞬間に魔力として霧散してしまう。

 放射でなく、継続するもの……展開型の魔法であれば一定の魔力を送り続けて、維持することが可能だ。

 非常扉を閉めた矢先、防音と姿隠しの術式を口ずさみ、結界が二人を覆う。不規則に乱れるのは、魔力エネルギーの減衰が発生している証左だ。

 あまり長くは続かない。言葉少なに駆け足で避難経路を戻り、二人は逆波モーターズ第三工場へ。


 道中も鼓膜を叩く戦闘音に心臓は跳ね、焦燥に背中を押される。すれ違うアストライアの戦闘部隊を横目に、目的地へ到着。

 工場の奥まった位置に着いた途端、マシロはシャッターを開ける。

 室内が陽光に照らされ、工具類や作業台、布をかけられた資材の中で。一際強く目立つ、一台のバイクがリフェンスの目に映る。


「コイツは……」

「いつかそんな時が来れば、って願ってはいたけど、こんな形で叶うなんてね」


 リフェンスの目線から見ても分かるほど、特殊なカスタムが施されたバイク。

 名をアクトチェイサー。かつてアキト、ヴィニアが在籍していた孤児院の院長、ヤナセが愛用していた逸品。

 誰の手に渡るでもなく、乗り手を求め続けていた鉄の馬。

 思いを繋ぐと言ってのけたアキトならば、あるいは共にいるリクならば……夜叉としての彼らなら、乗りこなせる。


「ここまで連れてきてくれてありがとう。後はアタシがこれを届けてくるよ!」

「なるほど、夜叉の機動力が確保できれば……だが、一人で平気なのか?」

「心配いらないよ。こう見えてアタシも、結構ヤンチャしてたからね!」


 壁に掛けられたヘルメットとキー、手袋を取り、装着して。

 マシロはアクトチェイサーに跨り、流れるような仕草でエンジンを点火。

 暖気せずとも腹の底に心地良く響く重低音。高揚する感情。獰猛な笑み。

 毛色の変わった空気を纏う彼女はハンドサインで、リフェンスへ改めて感謝と隠れておくように伝えてから。

 スロットルを回し、魔力エネルギーでなくガソリンの排気を置き去りに。

 赤いテールランプが尾を引くように第三工場を飛び出していった。

 全ては、奮戦する夜叉への贈り物を届ける為に──

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