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夜叉、見参

「オラオラオラァ! たかが虫けら風情が舐めんなよぉ!」


 ネイバーのエルフ族であるリフェンスは自身の得意分野である魔法を用いて、共にシェルターへ避難する人波を守っていた。

 空中を主とするホーネッツ達に有効的な高威力・広範囲の爆砕魔法でかく乱させ、近づけさせないように。人族と違い、豊富な魔力量を保有する器官を備えているが故の行動だった。

 派手な見た目も相まって、出動してきたアストライアの戦闘部隊もリフェンス達の存在を察知。

 ニューエイジのフレスベルグ程の機動力は無くとも、周囲の安全確保には十分な力を持つ部隊のおかげで、徐々に避難は完遂されようとしていた。


『──』


 しかしホーネッツ達は有象無象の個ではなく、クイーンという指揮官を持つ群だ。

 状況に適応し始めた働きバチにクイーンは的確な指令を出す。彼らは連携を取り始め、狩りを始めた。


「動きが、変わりやがった!?」


 みるみる内に統率を取り、爆砕魔法の連打を、戦闘部隊の一斉掃射を掻い潜る。

 追い込み、攻め立て、波及的に囲う。逃げ場を無くすように動いていくホーネッツ達は自身と、その身に携えた鈍色の針を弾丸として飛翔する。

 不規則且つ縦横無尽。捉えどころの無い機動は街中を蹂躙していく。

 その余波は他の避難者を優先していた戦闘部隊。避難誘導の補佐を買って出ていたマシロに容赦なく襲い掛かっていた。


「嘘でしょ……!?」


 驚嘆を示すマシロにホーネッツ達が迫る。

 自身のマギアブルが自動的に。咄嗟の判断でリフェンスが障壁を展開するも、自滅覚悟の特攻……質量兵器と化したホーネッツが高速で激突。

 リフェンスが追加したとはいえアキトの障壁と比べて脆弱だ。二度、三度と衝突したことで障壁は耐え切れず、崩れ去った。

 その衝撃で倒れるマシロの元へ、あらゆる障害の隙間を縫うように一体のホーネッツが接近する。


「っ」


 リフェンスも、戦闘部隊も間に合わない絶望の瞬間。

 マシロは緩慢に流れる世界から目を逸らすように、瞳を閉じた──刹那、一陣の風が吹き荒ぶ。

 染み渡る金属音、次いで耳に残る水気を含んだ音。

 どこか既視感を抱く事態の連続に、確信を持って再び目を開けば……眼前に、刀を振り切った姿勢で佇む夜叉の姿があった。


 ◆◇◆◇◆


『どうにか、間に合ったか』


 近辺に浮遊していたホーネッツの殲滅を、バイザーに表示されたマップで確認しフツノミタマを納刀する。

 振り向いて、ポカンとしているマシロさんへ手を伸ばす。


「……あっ、ありがとう」


 ハッとした様子で手を取った彼女は立ち上がり、土ぼこりと汗で汚れた顔を強引に拭ってから頭を下げた。

 リクの分析によれば体力の消耗こそあれど負傷している訳ではないらしい。


「夜叉!」


 とりあえず大きな怪我が無くてよかった。

 あまり思い詰めないようにと手で制していると、アストライアの戦闘部隊と共にリフェンスがやってきた。


『すまない。急行したが、出遅れてしまったようだ』

「気にすんなよ。部隊のおかげで、避難者も俺達も怪我はしてねぇし」

『そうか』


 短く会話を交わす最中も近くのシェルターへ避難誘導している隊員がいた。

 オレが登場したことで人々は沸き立っているようだが、強硬的にシェルターに押し込んでいる。野次馬根性を押さえつける手間を増やして申し訳ない……

 とはいえ、逃げ遅れた地域住民はマップに映っていないし、なんだかんだ言って無事に避難は済みそうだ。

 であれば……残るはホーネッツとクイーンの処理か。


『アストライアの部隊。悪いが、民間人二人の護衛とシェルターの防衛を頼む。アイツらの相手はオレがやる』

「分かった。それと、ニューエイジが間もなく到着するとの連絡が入っている。よければ彼女達とも連携してくれ」

『心得た』


 怪しさ満点なオレの提案を飲む必要など無いはずだが、今やるべき事は分かっているようだ。

 互いの使命を全うすると判断した部隊長と思しき人は反感も無く頷き、隊員とリフェンス達を連れてシェルターに入っていく。

 去り際、後ろ目で。誰にも見えないようにサムズアップしたリフェンスに応えてから、気持ちを切り替えて上空に浮遊する軍隊を見上げる。

 一連の流れを見ていたにもかかわらずホーネッツに指令を出さず、静観を貫いていたクイーン。

 何を考えているか分からない複眼は妖しく光り、ただただこちらを見下ろしている。


『不気味だ。特位ほどではないが、威圧感はある』

『ホーネッツにしろクイーンにしろ、個体であればさほど脅威ではない。じゃが、ありゃあ群という形であるため特位に分類される。多勢に無勢は蹂躙されるのみ……警戒しろ、アキト』

『言われなくてもわかってる』


 部隊長にニューエイジとの連携を勧められたが、既に周辺地域への被害が尋常ではない。アストライア本部のお膝元であるのに、だ。

 呑気に対応していては火の手が広がるばかり……これ以上、総数を増やされても困るから、ゲートも破壊しなくてはいけない。

 ハチ軍団を倒し、残党を潰し、ゲートを閉じる。大変だ。


『様子見は無しで、とことん詰めていこう』

『なれば、こやつの出番じゃな!』

『Summon タケミカヅチ!』


 最初から全力で殲滅していくことにする。そう判断した。

 殺生石を二度叩き、機械音声の後に空中投影され、実体化した兵装“タケミカヅチ”を手に取る。各所に雷のような意匠が施された和弓だ。

 すぐさま弦を引き、甲高い吸気音を鳴らしながら一本、二本と。番われた高密度な魔力エネルギーの矢を放つ。


 合計五本。放射状に射出された矢は途中でさらに分散。

 二桁はある自動追尾の矢は多角的な軌道を描き、空中で停止した状態のホーネッツ達を続々と貫いていく。逃げ惑う翅を、腹を撃ち抜く。

 下僕を急速に失い、動揺に似た仕草を見せたクイーンの顔面へタケミカヅチを投擲。

 実体化を解除したタケミカヅチは半透明で視界を阻害する。脅威ではないと分かっていても、ヤシャリクのパワーアシスト機能で投げられた物……戦慄を抱くには充分だ。


 反射的に移動したクイーンへ狙いを定め、落ちてくる亡骸に紛れて“天翔”で跳躍。

 すれ違いざまにフツノミタマを抜刀。鈴が鳴るような音に遅れて、左腕と思わしき部位がずるりと落ちた。


『──!?』


 血飛沫が舞う。“天翔”で空を蹴り、返しの刃で連撃を叩き込むも、クイーンは三次元的な機動で回避。

 痛みを物ともしない行動だ。上位インベーダーに類するのは伊達ではないか。

 建物の屋上へ着地し、従えていたホーネッツ達を失ったクイーンを再び見上げる。


『──っ!』


 耳障りな羽音が強まり、敵意剥き出しの視線で見下ろされる。

 インベーダーにも一丁前に仲間意識というものがあるのか。仲間を好き放題にやられて思うところがあるらしい。とはいえ、それはこちらも同じことだが。


『──ッ!!』


 そしてクイーンは大げさに腕を広げたかと思えば、羽音に魔力を込め始めた。


『魔法か?』

『いんや……ははーん、なるほど。どうやら各地を襲わせていたホーネッツ達に指令を出し、呼び戻しているようじゃな』

『下僕と一緒に総攻撃を仕掛けようってことか』

『命令に忠実な手勢は多ければ多いほどよい。しかし、まあ……悪手じゃの』


 なんで、と呟きかけた時。

 遠方で見覚えのある光が三つ、尾を引いていた。同時に、いつの間にかバイザーのマップに映る赤点が激減していたことに気づく。

 あれはフレスベルグのスラスター……ニューエイジが既にホーネッツ達の殲滅に動いていたのか。


『初手で戦力を分散させていたのが全ての敗因よ。指揮官としての能力が優れていた訳ではなかったようじゃな』

『そもそも、アストライアの本部近くだしな』


 呆れたようなリクの言葉に同意しながら、殺生石を一度、二度と叩いていく。

 いつまでたってもホーネッツがやってこないことに困惑しているクイーンを見据えながら、三度目のタイミングの後、マギアブルを押し込む。

 まばゆい魔力のエネルギーが殺生石から放たれ、フツノミタマへ集約。


『自分の不運を恨んで消えろ……!』


 フツノミタマを上段に構えて。一歩、強く、踏み込んで。

 揺らめく炎のように、刀身に纏わりついたエネルギーを振り払うように。

 勢いよく振り下ろした必殺の斬撃は間合いを喰らい、音も無く空を裂き、景色を割断するかの如き錯覚を抱かせた。

 それは回避や防御という手段で止められるものではない。

 クイーンごと巻き込み、断ち切る。分割された胴と腹、翅がエネルギーによって焼かれながら落ちていった。

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