悲嘆を越えて
仕事が落ちついたのでリハビリがてら投稿します。
「院長の? そういえば昔にやんちゃしてたって……」
「その時の名残りだね。父さんはメカニックとして、院長さんはライダーとして、その道の分野じゃ知らない人はいないくらい有名なコンビだったらしいよ。このバイク、元は“アクトチェイサー”っていうネイバー技術の流用を最後に製造が停止された車両で、それを何度もカスタムして愛用してたんだって」
「へえ……」
感慨深そうにバイクを撫でながら、マシロさんは呟く。
オレの記憶にある院長は身体が大きく、元気で豪快。どんな人が相手でも、真正面から腹を割って話す……そんなイメージの人だ。こういうのを所持していたというのも納得できる。
それに面倒見がよくて細かいことにも気づく。だからこそ、ふさぎ込んでいたオレでも孤児院に慣れるまで早かった。
その気遣いに何度助けられたか分からないし、死に別れた時にはもっと感謝を伝えていれば、と。後悔の気持ちを抱いたこともある。
「けど、どうして院長のバイクがここに?」
「しばらく乗ってなかったからって、亡くなる直前に父さんへ整備をお願いしに来たんだ。アタシも手伝って万全な状態に仕上げた……けれど、もう乗る人はいない。それでも父さんと院長さんを繋ぐ唯一の品だから、今日まで大切に保管してたんだ」
本当は。
「バイクの処遇をヴィニアと相談する為に、家に向かったつもりなんだよ? さすがに父さんも悲しみや虚しさが勝るようになってきたみたいで、処分するかどうかを尋ねるために。……でも、中々言い出せなくてね。結局保留にしたまま君を連れてきちゃった」
「そう、だったんですね」
自身も整備に携わった為か、思うところがあるのだろう。でなければ、あんなにも寂しそうな顔をする訳がない。
オレにわざわざ見せてくれたのは……諦める言葉を掛けてくれると、思ったから? だとしたら、同じく関係者であるヴィニア姉さんも連れてくるべきだ。
不思議がってバイクを眺めていると、マシロさんは微笑みを浮かべる。
「なんで院長さんがコレを預けに来たか、分かる? “施設の奴らににカッコいい所を見せて元気づけてやりたいから、バッチリ決めてくれ!”ってさ。なんだか子どもっぽい理由だよね」
「そんなことない。オレだって院長がコレに乗って現れたら、興味を惹かれると思う。きっと将来は自分も同じように乗ってみたいって……強く記憶に残るし、夢になるかもしれない」
少なくとも。
「たった一年間だけでも一緒に生活してきた人の一面を知れてよかったし、納得もしたよ。マシロさん達が大切にしてくれたことも、ヴィニア姉さんに話せないことも」
「どうして、ヴィニアに話せないと?」
「姉さんは優しい。あの事件で一人生き残ったオレを引き取ってくれたほどには。……でも、それは逆に言えば、失いかけた家族を近くに置いておきたかったんだ」
孤児院がインベーダーに破壊された事件から時間が過ぎて。
そして病院で目覚めた日に、オレはヴィニア姉さんと顔を合わせた。
今にも壊れてしまいな、貼り付けたような表情。かろうじて正気を保っている、光を薄れさせた瞳。こちらに伸ばされる、痩せ細った腕。
互いを鏡のように映す状況は、今にして思えば依存に近った。
今でこそ、危うい感じはしなくなったが……いざ院長の遺品、その実物を目の当たりにした時、無理をしてでも残しておきたいと言うだろう。オレと同じように。
たとえそれが、どれだけの負担になったとしても。
「このまま姉さんには伝えないまま、処分してもらった方がいいんだと思う。マシロさん達の重みになるし、姉さんはまた過去に縛られる」
けれど。
「辛くて、悲しくて、苦しくて。そんな昔の記憶を忘れないためじゃなくて……引きずってでも、それでも前に進むために必要なことなんだ。ここできっちりと……大切な物だからこそ、お別れは済ませないといけない。俺は知れただけでよかったから、これはちゃんと姉さんにも伝えて、向き合った形で答えを聞くべきだ。残った人達で、結論を出すべきだ」
「…………ふーん」
オレの考えを耳にして、マシロさんは腕を組む。
「君、歳の割に大人っぽいこと言うね。ヴィニアと一緒に生活してるからかな?」
「それもあるし、頭のいい友達が影響してるのかも」
「良縁に恵まれたが故の、ってやつかぁ……そうだね、君の言う通りだ」
彼女は自分の言葉に納得してから、何度か頷いて。
困ったように、恥ずかしがるように。自身の後頭部を手で押さえ、笑みを浮かべた。
「大事な決断を任せるような言い方しちゃってごめんね。逃げずに、ちゃんとヴィニアにも言わないとね」
「そうしてもらえると助かります。オレもなんとか説得を手伝うので……そういえば、マシロさんはどうしたいんです? お父さんは手放したいと考えてるみたいですけど」
「……正直、もったいないかな。せっかく手塩にかけて整備してきた車体だもん。やっぱり乗ってもらってこそ、真価を発揮するものだからねぇ」
整備に関わった者として、身内に近しい間柄の目線として。
複雑な心境から絞り出した声が工場内に響く。
「他の人に預けるとかどういう人に乗ってもらいたいとか、希望は無いんですか?」
「うーん……仮に君達が手放したとして、信用できる人がいても譲渡したりはしないかも? だったら許しを貰って自分で乗るかな。なんだかんだ言って思い入れもあるし、最新技術の塊だからね」
「マシロさんなら似合いそうです。カラーリングもなんだかぴったりだし」
「あはは、ありがと! でも、似合うとしたら──それこそ、いま話題の夜叉になるんじゃない?」
心臓が跳ねた。不意に出てきた夜叉の話に、思わずマシロさんの顔を二度見する。
不審がられる恐れもあったが、彼女は意に介さずアクトチェイサーを見下ろしている。
「数か月前から突如として姿を見せ始めた夜叉。アストライアか、はたまた反政府組織の存在か……いずれにせよ、謎が多くも人類を守る為に行動するヒーロー。ニューエイジのフレスベルグにも負けない性能を誇るパワードスーツに身を包んだ人物。黒鉄の装甲に紅の眼光、赤いマフラーが特徴的……まさしく、アクトチェイサーの色味に適した存在じゃない?」
「ま、まあ、組み合わせとしてはアリだと思いますけど……テレビじゃ悪く言われてる印象が強い、危険人物ですよ?」
「現場を知らないお上の言葉なんて、鵜呑みにするだけ無駄だよ。アタシは学園島を、アタシ達を脅威から守ってくれる夜叉を支持したいし、尊重したいだけさ! 彼ならアクトチェイサーを悪いようには扱わないだろうし、託したいと思うかな」
もっとも、現実的な話じゃないけどね、と。
ありえない想像を切り上げて、マシロさんは再度アクトチェイサーに関する処遇について考え出した。
ヴィニア姉さんを納得させるにはどう説明するべきか。
熟考に浸る彼女を横目に、夜叉の話題が終わった事を実感して細く息を吐く。
危なかった……オレはリクやリフェンスと違ってアドリブ力が無いから、あのまま会話が続いてたらボロが出てたかもしれない。
しかし、意外だったな。逆波モーターズっていう大企業の令嬢さんだから、政治家連中に近い立場だし、夜叉の存在に悪印象を抱いてると思ってたけど快く受け入れられてるなんて。
心無い言葉を聞かせられるよりは嬉しい。でも、まさかアクトチェイサーを譲渡したいと考えるほどとは。院長の形見だし、大切にしているのは充分伝わってきてるのに……冗談のつもりで言ってたんだろうが驚きだ。
……夜叉に対して、特別な感情でもあったりするのか? アクトチェイサーのカラーリングから連想したにしては突飛なように見えたし……いや、そんな訳ないか。
深く考え過ぎだな。リク達がバイクの事で騒いでた影響が残ってて、少し思考が浮ついているのかもしれない。
夜叉は夜叉、オレはオレ。その住み分けは重要だ。
今はただ、亡き家族を思うただ一人として、マシロさんの判断を待とう。




