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遺された品

 あれよあれよとなかば流されるがままに、マシロさんに先導されて。

 マンションの駐車場に停めてあった自家用車に乗車し揺さぶられ、住宅街から商業区、そして工業地区へと徐々に景色が変わってくる。

 アストライアの施設群も含まれた建物が流れていき、入り組んだ立体交差点を勝手知るばかりにすらすらと進む。そして徐々に本土と学園島を隔てる内海と巨大な橋が見えてきた。

 橋の出入り口にはアストライアの関所と付随する形でそびえ立つ本部がある。どことなく物々しさを感じるのは、オレが夜叉であるからだろうか。


「『新車! 新部品! 新技術!』」


 物憂げな感傷を、後部座席ではしゃぎまくる声に掻き消された。

 ……リフェンスはともかくリクはもうちょっと警戒しろ。お膝元だぞ?


「弟君、なんだか元気ないね。もしかして無理に連れ出しちゃって機嫌悪い?」


 バックミラー越しに二人へため息を吐いていたら、マシロさんに指摘された。

 彼女は横目を一瞬だけこちらに向けて、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「いえ、ちょっと考え事を……逆波モーターズは大企業だし、アストライアとも関係あるのかなって」

「ああ、そこが気になってたんだ? まあ、ウチの会社は本土から参入してきた外様の組織だかんね。信頼や地位、顧客を得る為にもアストライアとの協力関係は不可欠。こっちの専門的分野の技術や知見を提供する代わりに関税緩和、インベーダーの素材や人員の派遣なんかもしてもらってるんだ。お互いに得のあるお友達って感じ」

「それじゃあ、アストライアの武装車両とかは……」

「他の企業も手を貸してるけど、八割はウチの管轄だね。最近請け負った大きな仕事だと……ニューエイジって戦闘部隊は知ってる? あそこが使ってるフレスベルグっていうパワードスーツの整備、エネルギーの補給、武装換装用の設備を整えたトラック型の専用テクニカルを設計したっけなぁ」

「あ、ああ~…………見たこと、あるかもです」


 確か夜叉になってから何度目かの時に、ゲートが同時に複数発生。学園島の三割、加えて近隣海域にまで及び、凄まじい影響をもたらしかねない事態になった。

 大災害一歩手前の危機に居ても立ってもいられず、すぐさま夜叉に変身して急行。

 拡大した戦闘領域を縮小させていたら、遅れて出撃してきたニューエイジと共に走行していた大型トラックの記憶がある。

 彼女達が継戦して活動できるように様々な設備、武装を搭載した車両だと。

 リクの解析を流し聞きしていて思い出すのに手間取ったが、恐らくアレが専用テクニカルという物なのだろう。


「というかこんな話、オレが聞いちゃっていいんですか?」

「……あっ、そうだわ。ごめん! この情報、外部の人に漏らしちゃマズいんだった! ええっと、どうにかして忘れて!」

「マシロさんの不利になるようなことはしませんよ。後ろの二人も聞こえてないみたいだし、もし怪しまれてもとぼけます」

「助かるよぉ! いや~、なんだか君は聞き上手みたいでスルスル話しちゃうなぁ」


 反省反省、とぼやきながらも車が失速。

 “逆波モーターズ第三工場”と看板が下げられた敷地内に入っていく。

 どうやら販売展示場も兼ねているようで、ガラスで隔たれた屋内ショーケースにはいくつもの車体が飾られていた。……値札とか置いてないんだけど、そういうもんなのか?

 しかも客のほとんどが高級そうなスーツに身を包んだ人ばかりで、私服なままやってきたオレ達が場違いに思える。


「そんなに緊張しなくてもいいよ。確かにウチは上流階級向けの製品も製造してるけど、あの人らは逆波モーターズの品だから懇意にしてくれてるだけ。良くも悪くも人には興味が無いからねぇ……」


 オレの心配を見透かしたように、マシロさんは苦笑交じりに言ってのける。

 どこか寂しさを感じさせる物言いに違和感を抱くも、車は奥まった位置にある工場へ。

 一応、工場の方は休日である為かシャッターが下りており、人の気配は無い。勝手口の鍵を慣れた手つきで回し、マシロさんはオレ達を工場内へ入れてくれた。

 窓から入るわずかな日差しだけで照らされた屋内は全体を見渡せない。けれど鼻につく工業油と鉄の匂いは、薄れていた興味に少しばかりの火種を投じた。

 背後でマシロさんが照明用のスイッチを押す。チカチカ、と小さな音がなり、一斉に明かりが点いた。

 一瞬だけ目を細めるも、次いで視界に飛び込んできたのは──最新機材で共に並ぶ、見たことのないデザインの車種たちだった。


「うっひょお!? なんじゃこりゃあ! うっひょお!」

『はえー! かっちょいいのぉ、かっちょいいのぉ!』

「近くで見てもいいけど、壊したり物の配置を変えたりしないでね!」

「『はーい!』」


 同じ反応を繰り返すリフェンスとリクへ、マシロさんは注意を促す。

 意気揚々と手を振り返して答える二人にため息を吐きながら、オレは近くにあった、魔力を燃料とする剥き出しの内燃機関を見下ろす。


「これ、魔導エンジンってやつですよね? 特集記事に載ってた……」

「そうそう。インベーダーの魔石や大気中の魔素、排出された魔力を吸入して、半恒久的な動力を得られるパーツだよ。まだ試験中だけど、認可が取れればこれを搭載して、新しい最新車両を作る予定さ」

「こんなに小さいのに、ちゃんと車が動くんですか?」


 眼下の魔導エンジンはランドセルほどのサイズしかないのだが。


「そこはアタシの腕の見せ所ってやつよ! こんな大きさでも大型トラックを動かすには十分な動力を得られるんだから!」

「へー、すごい……え? これ、マシロさんが?」

「アタシが一から設計したパーツよ?」


 さも当然のように胸を張り、マシロさんはそう言ってのける。

 この人、もしかしてとんでもない天才なのでは?


「といっても、ネイバー側の技術を流用しなくちゃここまで縮小できなかったし、既存の技術による限界を見せつけられたみたいでちょっと複雑。それに魔力エネルギーが燃料だから環境保護基準は達成してるけど、一つ問題点があってねぇ……」

「問題点?」

「静かすぎて物足りない」


 ……ん?


「行政の意向でエコな気持ちを大事にしなさいとか言われたけど、魅力が薄れるしこだわりが無くなる。お腹の底を揺らす重低音に振動、高鳴る鼓動っ、加速していく世界ッ……! それこそが走り屋に求められている需要! だからこそ、あの手この手で審査基準を逃れる手段を考えてるのよ!」


 頬を赤らめて肩を抱き、マシロさんは怪しげな笑みを浮かべる。

 参ったな、思った以上にヤバい人なのかもしれない。


「そこで編み出した特殊なエンジンを載せたバイクが奥にあるんだけど……見てみない? 君にとっても、縁のある物なんだけど」

「え、縁のある物……?」


 イタズラっぽく笑いながらも腕を引かれ、うっとりと工場内を見て回るリク、リフェンスを差し置いて連れていかれた。

 次第に物が少なくなり、休憩室やら物品倉庫も兼ねた区画のさらに奥。

 人の出入りが極端に少ないのか、布が掛けられた資材やら放置された何らかの部品が置かれた中心で、ひときわ目立つ存在があった。

 それはバイクだ。

 赤に黒のペイント、流線型の大柄なボディ。

 どこか使い古されたような痕が見えながらも、明らかに最新の技術が盛り込まれていると素人目線からでも分かる一台があった。

 そして初めて見たにもかかわらず、マシロさんが言う通り不思議な繋がりを感じる。


「これって……」

「アタシと父さんが長らく手を掛けてる物でね。元の所有者は整備を任せてくれた院長──つまり、君とヴィニアの家族が残した遺品だよ」

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