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ヴィンテージヒーロー・オリジン

「うん、うん……ごめんね、姉さん。遠くまで買い物に行ってたら、こんな時間になっちゃって。しかもゲートに巻き込まれるなんて……大丈夫だよ。今、アストライアの護衛付きでどうにか帰ってる最中だから。……ちゃんと帰るよ。ご飯、先に食べてて。それじゃ」


 マギアブルの通話を切り、荷物を背負い直して。

 アストライアの戦闘部隊に先導してもらいながら、アキトは帰宅への道についていた。

 ゲートの発生と上位インベーダーの集団によって学園島自体が麻痺して、アストライアの施設も破壊。

 魔導トラムも動かなくなって、人波と車のクラクションに揉まれながら歩きで帰っていた時だ。


『──、助けて──』


 唐突に、声が聞こえた。どこからともなく、という表現がこれほどまでに合う事態も無い。

 しかしアキトの周りには聞こえていないらしく、変わらない避難誘導が続いていた。自分だけが気づいている……?

 近くを通り過ぎた戦闘部隊に声を掛けようともしたが、いつインベーダーが急襲してくるかも分からない状況で、不確定情報を伝えるのは危険だ。

 ……手早く確認して、戻ればいい。この思考も危ないと自覚していながら、助けを求める声を無視できなかった。

 断続的に響くSOSの元を探ろうと避難の列を離れ、雑木林の中へ。

 雪が降り、しんしんと積もっていく中で、雲間から覗いた月光が何かを照らした。

 導かれるように進んだ先で、アキトは点滅していたレイゲンドライバーを発見したのだ。


「不思議な形をしてる……装着型? もしもし、応答して?」

『──お主、儂の声が聞こえるのか』

「あっ、返ってきた。意外と元気そう? ってそんな訳ないか」

『エネルギーが無くなり、腹が減って死にそうなんじゃ……』

「人工知能がそこまで言うほどか。どうしたらいい?」

『とにかく腹の足しになるような電力か魔力をくれんか。それだけあれば、最低限の動作は可能じゃろう』

「なら、マギアブルはどう? 携帯デバイスの容量で満足するかは分からないけど」

『おおっ、是非も無し! 横の挿入口に入れておくれ!』

「この空いてるスロットに……はい、入れたよ」

『感謝するっ! はーっ、身体に活力が染み渡る……礼を言わねばならんのぅ。お主、名を何と申す?』

「アキト、天宮司アキト」

『いい響きの名じゃのぅ。良い親御を持ったのじゃな』

「…………そうだね。もったいないくらい、素敵な両親だったよ」


 軽く雑談を交わした直後だった。

 嫌に周囲が静かだと気づき、辺りへ視線を巡らせた時。

 アキトは林の中にたたずむ、異形の存在。人に近しい体躯に動植物の要素が強く出ている怪人──上位インベーダーよりも上、特位と位置づけされる者と視線が交わった。

 クモのような複眼と背中から伸びる不気味な多腕が蠢いた瞬間、アキトが取った選択肢は、逃亡だ。


「クソッ、間抜けにも程がある……!」


 近くにも大勢の避難民はいるが、戦闘部隊が付き添っている以上、交戦は必須。ならば単独で行動している餌を狙うのは自然だった。

 雪混じりの土砂を踏み、ドライバー状態のリクを抱えて走る、走る、走る。

 背中に感じる威圧感。距離を置かず追跡されていると分かっていても、息が切れても、小枝で身体の表面を傷つけても。

 体力の続く限り逃げ回った先は、廃棄されて久しい工場。機械や資材の代わりに積もった埃が舞う。


「はあ、はあっ、は……くっ!?」


 立ち止まって息を整える暇もなく、背中に感じた衝撃がアキトを転ばせる。

 幸運にも背負っていたバックが緩衝材になったおかげか。

 それとも無様に逃げる彼を獲物と定め、遊びの狩りに着き合わせる為に、力を弱めて蹴り飛ばしたか。

 少なくともクモ怪人は、この状況を楽しんでいた。


「げほっ、がは……ちくしょう。巻き込んで、ごめん……!」


 泥まみれで咳き込みながら、誰に言うでもなく。

 懺悔のように口走って立ち上がり、アキトはせめてリクが破壊されないようにと工場の隅へ投擲する姿勢を取った。


『待てっ!』


 それを制して、リクは叫ぶ。


「なんだよ……!」

『互いに死ねないのは同じだ。それに、儂はお主に恩義を返してすらいない。先ほども、今も助けられ続けている』

「ここで蒸し返す話か!? 他の皆が傷つけられるくらいなら、ここでオレが、コイツのおもちゃになってやった方が被害は減るだろ! アンタも死なせたくないっ!」


 面白がるように多腕を動かすクモ怪人は、着々と近づいてきていた。

 粘着質な音が、月明かりに照らされた工場内を反響する。糸だ。クモ怪人が不規則に吐き出した狩場の土台が形成されていく。


『なぜそこまで簡単に自身の命を捨てられる? 名も知らぬ喋る機械など放って、さっさと逃げてしまえばよかっただろう』

「もう、たくさんなんだ……! 理不尽に命を奪われるのも、何も出来ずに見ているだけで震えるのも! 人の大切なモン、全部奪っていきやがる! アイツのいいようにされるなら、最期くらい誰かを守る為に足掻いてやるっ!」

『──だからこそ、戦う力が欲しくないか』

「…………なに?」


 リクの提案に、アキトは耳を傾けた。


『これは契約だ。儂はお主に戦う力を、お主は儂に生きる糧を与え合う。現状を打破するにはこれしかない……同時に、命の保証も無い』

「何をすればいい。オレとアンタが、生きるには」


 迷う暇もなく、アキトは問いかけた。


『変身だ』


 その覚悟にリクも応える。


『儂をへその下に構えよ』


 クモ怪人を眼前に見据え、一切目を逸らすことなくレイゲンドライバーをセットする。

 伸縮したベルトがドライバーを固定、待機音楽が流れだす。異変を察知したクモ怪人が急加速。瞬時に間合いを喰らい尽くす。


『そのままマギアブルを強く差し込めっ!』

「っ、変身!」


 言われるがままに実行。

 マギアブルから響く警告音と共に半透明な武者鎧がドライバーから飛び出し、クモ怪人を吹き飛ばす。

 武者鎧は流れるように腰に提げた刀を抜刀。自身の首に刃を当て、引く。

 血飛沫の代わりに噴き出したモヤとバラバラに弾けた鎧がアキトの各部位を包み、先鋭的なデザインへと変化していった。

 明確に、餌が敵に。

 そう感じたクモ怪人は展開した糸の弾力性を駆使し、工場内を縦横無尽に駆け巡る。常人には捉えられない速度で翻弄し、首を蹴り落とそうと。


『アキト!』

「わかってる……!」


 わずかに、力の溜めに入った姿勢。その間隙を捉えたアキトは弾丸の如く跳び込んできたクモ怪人へ、振り向き様に拳を振るう。

 反応されると微塵も思っていなかったクモ怪人の顎に直撃し、肉の潰れる音が響く。

 次いで勢いよく吹き飛ばした──その腕には、黒を基調とした銀色の装甲が装着されていた。

 腕、足、胴体、顔、そして刀……展開されていくのは、アストライアの戦闘部隊が装備している物とは毛色の違うパワードスーツ。


「……なんだ、これ……」

『“ヤシャリク”。儂がお主に与える力だ』


 月明かりに照らされた工場内で。

 後に“夜叉”として認知されるイリーガルヒーローが誕生したのだ。


 ◆◇◆◇◆


 初変身にも限らずリクの最低限なアドバイスで、ヤシャリクの性能を完璧に引き出すほどの適性を持つアキトはクモ怪人を圧倒。

 戦いの舞台となった廃工場は余波で倒壊したが、基本兵装のフツノミタマでクモ怪人を両断。魔力器官である魔石を砕き、討伐に成功。

 リクは力を、アキトは糧を。交わした契約内容は履行され、安心したのも束の間。

 特位インベーダーの反応が消失したことで、確認にやってきたニューエイジの三人がヤシャリクの存在を確認。

 自身の保護を求め、現状の説明をしようとしたアキトに捕まるぞ、とリクは忠告。

 思えば、戦闘用のパワードスーツを民間人が着用するのは法令違反……ましてやアストライアの物とは見た目が違う……正規品じゃない……違法……?

 脳裏を巡る様々な疑いが忠告の正当性を助長。非常に申し訳ないと思いつつ、アキトはニューエイジの制止を振り切り、無言のままにその場を去った。

 倒壊した廃工場から離れた地点。アキトの自宅でもあるマンションの屋上でヤシャリクを解除。

 リクはすぐさま自身の機能でアキトのバイタルをチェックした。あの場では最善の行動だったかもしれないが、子どもの命を奪うという最悪な行為に変わりはなかったからだ。

 クモ怪人の魔力を補給したことで難なく実体化した体で──なお、アキトは珍しい人工知能だな、ぐらいに考えていた──彼の全身をまさぐるが……異常は見られなかった。

 心拍、肺機能、栄養状態……どれも殺生石の吸収能力による影響を受けていない。

 これまでの装着者たちとは比べ物にならない適性は、ヤシャリクのあらゆるデメリットすら打ち消していたのだ。


『よかった……本当に、よかった……っ』


 だが、意図せぬ出会いから最高の相棒を見つけた事実よりも。

 子どもであるアキトを殺さずにいられたことに涙ぐみ、リクは膝から崩れ落ちた。

 当のアキトはいきなり力を貸してくれた相手が、いきなり美女として姿を現し、狼狽し泣きじゃくる様子を見せつけられることに。

 しかし困惑よりも先に、過去に自身の無事を喜び、献身的にリハビリへ付き合ってくれた唯一の家族である義姉のヴィニアを想起していた。

 彼女のように、オレが生きていることを嬉しく思ってくれる人がいるのか……と。リクの首元に、自身が付けていた赤いマフラーを巻き、背中を擦る。


「大丈夫。オレはここにいるよ」

『っ、うむ。アキト、お前が無事で何よりじゃ……』

「こっちこそ君のおかげで……そういえば、まだ名前を聞いてなかったか」

『固定化した名など無い。好きなように呼んどくれ……』

「うーん…………それじゃあ、リク。とりあえずここは寒いからウチに帰ろう? 詳しい話もそこで聞くから」

『わかった……』


 ユキが降りしきる寒空で、確かに感じた二人分の熱を。

 分け合うように肩を抱き、彼らはマンションの階下へ降りて行った。

 当然ヴィニアに驚かれはしたものの、インベーダーの襲撃からアキトと共に逃れた人工知能であること。

 彼に助けられ、傍にいたいという意思を尊重。

 その日からヴィニア、アキト、リクの三人生活が始まったのだ。

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