妹に大好きなフィアンセを奪われ婚約破棄させられました。ものすごく悔しいので徹底的に報復したら国が滅びました。
わたしは、なんて幸せなんだろう……と、当初は思っていた。
わたしは筆頭公爵家の長女。
我がシャルル家は、代々魔力に優れた家系だった。その為、父母とも国王陛下専属の宮廷魔術師だった。
だけど、わたしはこんな由緒ある家系に生まれながらも、魔法の才能が皆無だった。貴族学園ではトップの成績ながらも、魔法は勉学のようにはいかず、いくら研鑽しても身につかないのだ。
成績が壊滅的な妹のリアラですら、魔力はあるのに……
それでも、こんなわたしにも、幸せが。
政略結婚ではあるけれど、ここアルトリア王国第1王子ラルフとの婚約が控えていたからだ。
ラルフ王子は、わたしと同じ貴族学園高等部の3回生。わたしの帰りが遅くなると、いつも身を案じて、丁寧にエスコートしてくれた。爽やかであどけない笑顔がとても素敵で、わたしにとっては正に理想的な王子様だった。
――そして、あれは学園祭準備の日だった。
思ったよりも忙しく帰りがだいぶ遅くなってしまったのだけれど、何とラルフ王子はわたしを待ってくれていたのだ。
わたしを家まで送り届けてくれると言う。
何でも最近、女子生徒が蒸発してしまう何とも不思議な現象が起きているらしい。誘拐なのか、家出なのか全く不明らしい。憲兵は行方不明者を捜してはいるそうだが、成果は全くないそうだ。
ラルフ王子はそれを気にしていた。
「ラルフ殿下、こんな遅くまでわたしの為に残って頂いて申し訳ありません」
「アリシア、君だっていつ攫われるか分からないじゃないか。行方不明者は皆この学園の女子生徒だしね。僕は、君を守りたいんだ」
わたしは感激した。夢のような言葉だったから。
そして、わたしはラルフ王子を心から愛していた。
――だけど、そんな夢のような日々は、長くは続かなかった。
それから2週間後の学園祭当日の事だ。
「アリシア、こんな盛り上がっている時に悪いけど、ちょっと校舎裏へ来て欲しいんだ」
「わかりました」
わたしはわざわざ何だろう? もしかして王子の方から、改まっての告白とか? 政略結婚では本物の愛は感じとれないし。
わたしは心震わせながら、校舎裏へ向かった。
そこにいたのは……
ラルフ王子。
そして、その隣には何とわたしの妹のリアラがいたのだ。
……どうしてリアラが?
リアラは同じ貴族学園の1回生だ。
だから、ここにいるのはおかしくはないのだけれど、何と彼女は、ラルフ王子の腕に自らの腕を絡ませて、満面の笑みで立っていたのだ。
わたしには青天の霹靂だった。
……どうしてリアラがラルフ王子に?
「お姉様、ごめんね。わたし、ラルフ殿下がずっと好きでたまらなかったの。お姉様って、ずっと殿下との政略結婚に守られているから、奪われる事はないだろうと安心しきっていて、ちゃんと告白していなかったんだよね? だからわたしが勇気を出して告白したんだ。そしたら、ラルフ殿下、わたしを好きって言ってくれてね」
「アリシア、そう言う事なんだ。元々リアラが可愛いとは思っていたけれど、ああもストレートに告白されるとさ……」
「……嘘……そんな……」
「……すまない。だからアリシア、君との婚約は破棄させて欲しい」
「お姉様。わたしきっと幸せになってみせるからね。今夜から早速、王城に行く事になったんだ。お父様とお母様にはよろしく言っておいてね」
そう言い残し、2人は去っていった。
……ひどい!
どうしてそんな事が出来るの?
わたしは一生懸命愛を育んできたのに! それを知っていながら、リアラは。
あの泥棒猫! 許せない!
ただ考えれば分かる事態だったのかもしれない。
姉妹なのだ。わたしがあんなに好きになった人だもの。感性の似た姉妹なら、考えられる事じゃないか……
わたしは、泣き崩れてしまい、動けなかった。
皆が学園祭を存分に楽しんでいる中、何故こんな思いをしなければならないの?
何時間たっただろうか? 学園祭も終わり、すっかり夜もふけて辺りが静まる中、1人家に帰った。
……お父様とお母様にこの事どう伝えればいいのよ!?
人生最悪の日だと思った。
こんな悔しくて悲しい日があるなんて……
家に帰ると、早速お母様と、お父様が血相を変えてわたしを迎えた。
「アリシア! 大変だったな。すまない。俺が国王陛下からの打診をあの時断ってさえいれば……」
「わたしこそ、あなたが王族に入る事が出来たら……なんて自分勝手に思っていたから、こんな事に」
何故か既に、わたしとリアラに何があったのか知っていた。
2人とも深刻な顔をしているけど、一番の原因はリアラなんだと、わたしが泣きながら伝えると、お父様が1枚の手紙を持ち出してきた。
「アリシア、俺もリアラはとんでもない娘に育ってしまったと後悔している。今日やけにリアラとお前の帰りが遅いから、もう部屋にいるのか? と思ってな。悪いが部屋に入らせてもらったんだ。そうしたら、リアラがこんなものを書き残していたんだ。書いたのは昨日の夜だろうな」
お父様は、そう言うと手紙を広げてみせてくれた。どうやらこの手紙で事態を知ったらしい。
あんな妹からの手紙なんて見せられたって……
投げやりになりながらも気になり読んでみた。
『お父様、お母様。いきなりこんな事になってしまい申し訳ありません。頭の中では、駄目だって分かってはいたのですが、自分の気持ちが抑えきれず、ラルフ殿下に愛の告白をしてしまいました。お姉様もラルフ殿下の事、すごくお慕いしていた事は分かっていたはずなのに……
お姉様の婚約もわたくしのせいで破棄になってしまいました。
こんな不肖の娘でごめんなさい。もうわたくしはお父様にもお母様にも顔向けする事は出来ません。
だけど……こんな酷い事してしまったわたくしだけれど……お姉様の事は心の底から尊敬していました。
最後にどうか心からのお願いを叶えてあげて下さい。
リアラより』
「……と言う事なんだが」
「アリシア、あなたの心からのお願いって何なの?」
心からのお願い?
そんな物心当たりもないし、ましてやリアラに打ち明けた事すらないのだけど。
手紙をもう一度見てみた。今度はより慎重に。ここに何が書かれている?
……!?
「…なっ! なにこれ~!?」
わたしは思わず叫んでしまった。
妙に手紙に余白が残り過ぎているとは思っていたけど……
慎重に見る事で何と今度は続きの文字が現れたのだ。
『これが見えるようだったなら、姉貴って本当に可哀想なくらい血筋に見放されてると思うしかねーんだけど、分かった?
これは姉貴だけに見える文字って事さ。つまりここからは魔力皆無な人間にしか見えない文字で書いたんだ。
結構やべー告白だから、念には念を入れて他には漏れないよう、姉貴だけに伝わるようにした。
単刀直入に言うと、とにかくあのやべー王太子、どうにかしなきゃって思ったんだ。
まあ、男を見る目がない姉貴がやたら日頃から持ち上げるもんだから、絶対あの王太子なんかあるなって睨んでたら、案の定、いや想定以上に、ヤバかったってわけさ。
この前、学園祭の準備で遅くなった時、姉貴さ、帰り王太子に送ってもらっただろ? あの時、実は足音を魔法で消してつけていったんだ。ほら、令嬢蒸発が増えていたから魔力もない自衛策もない姉貴が心配で俺もその場にいたんだ。姉貴を送り届けてから、あの王太子何処行ったと思う?
王城の脇にある立ち入り禁止の地下牢に入って行ったんだ。
そこに、何と、貴族学園の攫われた女子生徒達がいたんだ。壁に腕括り付けられて。言いたくないけれど性奴隷って事さ。更にそこにいたの誰だと思う?
なんと国王がいたのさ。
「ラルフ、大概にしておけよ。流石にこれ以上玩具が増えたら隠しきれん。憲兵達もそろそろ怪しむだろうしな」
「そう言う親父こそ、楽しんでやがって。流石にアリシアに気付かれるわけにはいかないからな。だが妹のリアラは、最高の身体なんだよな……。アリシアさえいなきゃ攫ってたな」
「何を言う? アリシアの方が才女でいいではないか? それにあの娘はお前の『魅了』を使わずしてお前に惚れているのだろ? 将来妃にするには最高じゃないか。まあその玩具でとことん楽しんだら、大人しく結婚するんだな」
これ聞いてたら、ぞわぞわって背中に虫が這いずり回るようで吐きそうだった。
俺狙われてたんだ……
姉貴がフィアンセだから、あの王子慎重になっていたみたいだ。
それでさ、俺、ラルフ王太子の『魅了』について調べてみたんだ。
これがさ、思ってた以上に厄介な能力だったんだ。
ラルフ王太子が『魅了』を発動させている間に、彼の眼と眼が合ってしまった異性は問答無用で魅了されてしまう。つまり全ての思考を放棄して、ラルフ王太子を愛するようになってしまう。『魅了』の継続時間はなんと3時間。これだけあればラルフ王太子は相手を御した状態で簡単に性奴隷に出来てしまうんだ。『魅了』が解けても、手枷を嵌められていれば女生徒達は逃げられない。王子は自分の好みの生徒を選定して『魅了』にかけていた。
まあ、姉貴は『魅了』されずに魅了されてたんだけど。でもそれが逆にあのプライドの高い王子には響いたみたいだ。能力の力を借りずに姉貴をものにしたって事だからな。内面はクズだけど。
姉貴も王子が『魅了』なんて能力持ってるって事知れば、さすがに警戒して婚約も考え直すと思うから。王子には願ったり叶ったりってわけ。
でもそれだけ分かれば話は早い。3日間くらい作戦は練ったわ。王子の嗜好品やら、興味は何に惹かれやすいかとか。いざハニートラップ実行してみたらすぐ食いついてきたよ。姉貴の手前『魅了』は俺には使えないから喜んでただろうね。ただ姉妹なら好きな異性のタイプも感性も似てるから勝手に惚れたんだろうと王太子は思ってくれたみたいだな。俺はあんなハゲ王子絶対嫌だけどな。そしてここで何が起こるかと言うと、ラルフ王太子は、姉貴から、俺へ間違いなく乗り換えると見たってわけさ。
まあ、俺は姉貴みたいに胸はまな板じゃないし、言うなればたわわに実ったメロンだし、魔法も天才的だし。王太子にとっては身体も頭脳も上位互換の俺が『魅了』を使わずに御せるわけ。
結果無事、姉貴を婚約破棄で舞台から安全に退場させられる事が出来た。
一応考えたんだけど、国王は最初はまともな政略結婚のつもりで姉貴を選んだんだ。でも王太子は胸がまな板の姉貴だけじゃ満足出来なかったんじゃないかな。拘束が好きとか変な性癖まで持っていたようだし。王太子はある時、自分に『魅了』の能力があると知った。次期国王候補で筆頭公爵令嬢が婚約者にいたら、女生徒達は悪い意味で恐れ多くて近づきにくいだろうから、相手を思い通りに出来る『魅了』はあいつにとって魅力的だったんだろうな。国王はそれを知っても看過するどころか、一緒に楽しんでいたんだよ。
それが事の顛末なんだ。姉貴、俺から最後の頼みだ。
おそらく大切な姉貴の頼みなら親父達は聞いてくれる。俺が直接親父宛にと、この事を書き残したところで、もうまともに取り合ってはくれないだろうしな。
俺は一番確実な方法をとっただけ。それは悪の目論見を知った自分を売って、一番信頼出来る姉貴の目を覚まさせるって事。
自分を犠牲にするとか、そんなかっこよくなったつもりもないけど、今頼めるのは、世界でただ一人、姉貴だけだ。
″あの外道達を絶対粛清して、腐り切った国家を叩き潰して欲しい!″
それが心からのお願いだよ。
泥棒猫のリアラより』
わたしは思った。
――心からのお願いって、あんたのかよ!
……何かとても失礼な箇所とか突っ込みたいところは色々あるけれど、あの子に感謝しないと。文体は間違いなく本性のリアラだ。わたしといる時だけは、本音が出るのだ。
わたし、こんなひどい人に惚れていたなんて……
あのハゲ王子わたしを女として見ていなかったって言うの!?
それに何年もかけて、ハゲ王子たった1人にただ一途に愛を捧げてきたわたしが、ほんの数日ハニートラップを仕掛けただけの泥棒猫に負けるなんて……
いや、まあそれもあるけど今やるべき事はもう決まっている。
リアラは自分を売って、わたしの目を覚まさせてくれた。
そしてわたしを信頼して全てを託してくれた。絶対期待には応えてみせる!
やるべき事とは徹底的な制裁だ。
無論、矛先は……
泣きたくはなったけど、時は一刻を争う。
「わたしの心からの願いは、この腐った国家を叩き潰す事です!!」
――お父様とお母様の動き出しは思いの他早かった。
見方によっては、シャルル家姉妹がラルフ王子を巡って、マッチポンプしているだけにも見えなくもないけど、お父様達は分かってくれた。わたしが涙が枯れる思いで頼んだから。
これ以上犠牲者を出してはいけない。そして何よりバカなリアラを救いたい!
シャルル家の私兵達は、元宮廷魔術師夫妻が誇る魔法に卓越した私兵達だ。
王家の平和ボケした兵士達では太刀打ち出来るわけがなかった。
魔法に耐性もない為、ほぼ睡眠魔法だけで無力化され、無血開城同然となった。
わたしは、すぐ様地下牢へ向かった。
現場はひどい状況だったが、死亡者はなく、リアラに至ってはピンピンしていて、奴隷の女の子達を必死に介抱していた。女の子達の状態はやはり深刻でリアラは用いる全ての魔力を開放し、彼女達のメンタルケアを行っていたようだ。
国王とラルフ王子は、生け捕りにさせられ、国家裁判へかけられる事になった。
証人はリアラをはじめ、10人以上いる。
国王達に逃げ道はなく、その罪は、すぐ様民衆の知るところとなった。
裁定は、2人とも極刑。
その首は、王城広場に晒された。
アルトリア王国は、これを以て終焉を迎えた。
その後、シャルル家の功績を褒めたたえる民衆の後押しを受け、シャルル家が政権を握る事になった。
新生アルトリア王国の門出だった。
――1か月後。
「姉貴! 安心しろよ。今度は、俺がいい男紹介してやっからさ!」
言い残して颯爽と食卓へ向かうリアラ。
男を見る目がないわたしは、言い返せなかった。
「お父様、お母様。わたくしこれからは絶対お姉様の恋人奪ったりはしませんわ。だって、お姉様の選んだ殿方奪ったりなんかしたら、わたくしが不幸になりそうなんですもの」
そう言い放って、彼女はわたしにウィンクしてきた。この悪役令嬢めぇ~!
いつかそのねじまがった本性皆の前に引っ張り出してやるんだから!
この泥棒猫への報復としては、それが一番効果的だし。
わたしの事、洗濯板とか言った報いよ!
わたしは、こいつより絶対幸せな結婚してやると改めて意気込んだのだった。
そしてこんな爽やかな日々を送れるようにしてくれた姉想いの可愛い妹に心から感謝した。
〜おしまい〜
最後までお読み頂きありがとうございました。面白かったよと思って頂けたら去り際に評価を残していって頂けると大変嬉しいです。




