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帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第十五章 皇太子の罪と王女の恥

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83:寝過ごした朝

 スーが目ざめると、室内は日差しに満ちていた。重厚な遮光カーテンはひらかれ、繊細なレースカーテンからもれる柔らかな光線が、調度に触れて淡い影をおとしている。


(ルカ様!?)


 スーは血の気のひく思いで、とびおきて辺りをみまわす。室内はいつもと変わりのない様子だが、時刻は予想よりもはるかに過ぎていた。


 昨夜の記憶をたどるが、広間でルカと晩酌をしながら他愛なく過ごしていたことしか思いだせない。酔いつぶれて眠ってしまったのだろう。


 昨夜はいつもならお開きになる時間になっても、スーはルカを広間に引きとめていた。夜がふけて日付が変わっても、ずっとそばにいたかったのだ。


 今日はルカにとって特別な日。

 父であるカリグラを葬り、母であったユリアを喪った日。


 彼を独りにしたくなかったというのが、スーの本音である。

 おそらくルカにも伝わることがあったのだろう。


 スーの気持ちを感じとったのか、昨夜はむりやり解散するようなことはせず、ゆったりと付きあってくれた。


(大切な日に寝過ごしてしまったわ)


 夜更けまで起きていたことが裏目にでてしまっている。

 スーがあたふたと寝台をおりると、気配を感じたのかすぐにユエンが顔をだした。


「おはようございます、姫様」


「おはよう、ユエン。ルカ様は?」


「さきほどお出かけになりました」


 スーはぴたりと動きをとめる。


「え? ……おでかけになったの? どちらへ?」


「私にはわかりかねますが」


「ユエン、どうして起こしてくれなかったの?」


 寝過ごした自分が悪いとわかっていても、思わず未練がましいことを言ってしまう。ユエンがスーの衣装を用意しながら淡々とした様子で言った。


「殿下が昨夜は遅くまで話をしていたので、スー様が目覚めるまで起こさないようにと」


「ルカ様が?」


「はい。昨夜も酔い潰れて広間で眠ってしまった姫様を、こちらまで運んでくださいましたよ」


 スーはその場にへたりこんでしまう。


 彼の心をなぐさめるどころか、迷惑しかかけていない。しかもこんな日に独りで外出させてしまうとなると、完全に役たたずである。


 ヘレナに五年前の内乱にいたる話を聞いてから、スーはルカの抱えているのだろう暗い気持ちを想像してきた。

 両親の命日にだけ振りかえって見つめる罪。


 昨夜の晩酌で、ルカが五年前の内乱や両親のことを語ることはなかった。スーから触れるわけにもいかず、ひたすら他愛ないことを話していたが、結局酔い潰れてしまっただけなのだ。


 当日はできるだけルカの気がまぎれるように、(かたわ)らでほがらかにふるまいたい。そう思っていたのに、完全に計画だおれである。


「姫様、へたりこんでいる場合ではありません。ヘレナ様がお待ちですよ」


「え?」


「ルカ殿下を追いかけてくださるそうです」


「でも、わたしが勝手に外出するわけには……」


 ためらいながらも、スーは立ち上がるとてきぱきと支度を整えた。ユエンが用意したのは、喪服とまではいかないが、全体的に落ち着いた印象の黒いドレスである。


 夜着からドレスに着がえると、ユエンが手ぎわ良くスーの長い黒髪をゆい、あっというまに支度がととのった。すぐに寝室をでると、ヘレナの姿がスーのテラスにあった。枠組みが美麗なガラス扉が開けはなたれ、この時期に花をつける樹木の甘い香りがながれてくる。


 花壇に魅入っているヘレナも、華やかさのない黒っぽい衣装に身をつつんでいた。

 ルカの両親を悼んでいるのがわかる。特別な日なのだと、スーは改めて心にきざんだ。


「ヘレナ様」


 スーの呼びかけで花壇から振りかえり、ヘレナがあでやかにほほ笑んだ。


「スー様、おはようございます。急ぎましょう」


 するりとした無駄のない所作で、彼女がテラスから室内へもどってくる。


「やはり本日の殿下はお独りを好まれます。こんなこともあろうかと、準備を進めておいて良かったですわ」


「ヘレナ様、でも、わたしがルカ様の許可もなくここをでることはできません」


 自分の勢いだけの行動で、もしルカに迷惑をかけるようなことになれば目も当てられない。皇太子の婚約者という立場には責任がある。


「大丈夫ですわ! 殿下の側近であるルキアがすべて手配しております」


「ルキア様が?」


「そうです。ですから、スー様は心置きなく殿下を追いかけられます」


「でも、ルカ様に内緒で?」


 ヘレナがスーの手をとって、歩きだしながら不敵に笑う。


「決して殿下には見つからないようにいたしますのでご安心ください。ですが、スー様には本日の殿下のふるまいを見守っていてほしいのです」


 (やしき)をでると、前庭に一台の車が駐車しているのが目にはいった。車体に重なる長身の人影がある。ヘレナと同じ銀髪が、陽光を弾くかのように鈍く輝いている。ルキアの姿を見つけて、スーは本当にすべてが彼の采配なのだと心強くなった。


「おはようございます、スー様」


「おはようございます」


「とりあえずこちらへ。話は車内で」


 ルキアが素早くドアをひらく。スーは「はい」とうなずくと、ヘレナとともに車へと乗りこんだ。


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