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帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第九章:離宮で過ごす王女と皇太子

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47/167

47:素晴らしい白馬

 厩舎は館から続く小道の先にある。鬱蒼と茂る木々を抜けるように進むと、視界が開ける場所に出るのだ。


 同じ帝都とは思えない、一面の草原。

 ルカにとっては幼い頃の想い出が詰まっている場所だった。


 暑さの厳しい時期に、避暑をかねて滞在していたが、ルキアやヘレナと一緒に一日中馬と戯れ熱中症になりかけたこともある。


 当時と変わらず、草原を流れてくる風は青く爽やかで、また田舎のような土臭さをはらんでいた。草原に放牧されている馬が、好き勝手に草を()んでいる。


 心の和む光景だった。

 今でも時間ができると、ルカは時折、離宮の厩舎やこの草原を訪れることがある。


「お馬さんがいます」


 ルカの隣で、スーが子どものような無邪気さで、瞳を輝かせている。


「――お馬さん?」


 幼児のような呟きが新鮮で、ルカが笑うとスーがしまったと言いたげに頬を染める。


「あの、ルカ様。とても綺麗な場所ですね。馬も伸び伸びしています」


「はい。私が好きな場所の一つです。スーにはいつか見てほしいと思っていました」


 素直に打ち明けると、スーの赤い瞳がますます嬉しそうに輝く。


「ルカ様の好きな場所を教えていただけるなんて、とても嬉しいです」


「私もスーを連れてくる機会ができて良かった。あなたの叔父に感謝しないと」


「はい、叔父様の贈ってくださった白馬も楽しみです」


 草原の傍らに建てられた厩舎へ向かおうとすると、スーが物言いたげにルカを仰いでいる。


 見たことのある表情から第七都でのことを思い出して、ルカはそっと彼女の手をとった。

 スーの白い手は、いつも指先が少し冷たい。


「ルカ様の手は、とても温かいですね」


 頬を染めながらも、ぎゅっとルカの手を握って、スーがはにかんだ笑みを浮かべている。


「スーの手は、いつも指先が冷たい」


 ルカが少し力をこめて握り返してみると、彼女の顔がさらに赤くなる。


「それは、その、緊張しているからです」


「緊張? 私に?」


 彼女が恥ずかしそうに、コクリとちいさく頷く。


「私が恐ろしいですか?」


「そういう意味ではありません!」


 彼女の剣幕に、ルカは笑う。


「冗談です。スーの気持ちは充分噛み締めているので」


「え?」


「いえ、何でもありません」


 少し強引にスーの手を引いて歩き出す。二人で手を取り合って厩舎におもむくと、案内されるまでもなく、立派な馬体をもった輝くような白馬が視界に飛び込んできた。


「これは……」


 白馬のおさめられている馬房に歩み寄る。比較するまでもなく大きな馬だった。リンから贈られたものだとすぐにわかった。馬房もこの馬のために大きなものを増設したのだろう。真新しい木目から、木の香りが漂ってくる。


 大きな白い馬体を見てから辺りに目を向けると、厩舎で世話されている他の馬が、まるで仔馬のように小さいと錯覚してしまうほどである。


 白馬はスーとルカが近づいても、動じることなく、磨き抜かれた黒曜石のように、深く優しい眼をしていた。

 美しく輝く圧倒的な存在感が、他愛ない厩舎を異世界のように彩る。幻想的な白馬と言われたのが、一目で腑に落ちた。


 言葉を失った二人に、案内の厩務員(きゅうむいん)が声をかけた。


「殿下、お久しぶりです。スー王女。ようこそ離宮の厩舎へ」


 スーが挨拶をするのを横目に眺めながら、ルカは白馬に意識を向けた。

 引き締まった体は艶やかで、白髪のたてがみがふわりと輝いている。


「――大きいな」


「はい。私もこんなに立派な馬ははじめて見ました。気性も穏やかで、とても良く調教されています。人を乗せることにも慣れていますね」


「名前は?」


「ピテルと呼ばれているようです」


「ピテル?」


 各地で語り継がれている話に、そのような名をもつ神があった。神々しい名前だったが、目の前の白馬にはあまりにも相応しい名である。ルカは音を立てないように、さらに白馬に近づく。


「ピテル、おまえはとても立派だな。触ってもいいか?」


 優しい眼を見ながら語りかけ、ルカはそっとピテルの鼻先に手を寄せる。触れることはせずじっとしていると、ピテルがひくひくと匂いを確かめてから、ぐっとルカの手に鼻ずらを押し付けてきた。


 しっかりとした毛並みを感じる。ルカが顔を撫でると、ますますこちらに顔を寄せてきた。


「殿下が馬好きであることが伝わったようですね」


 厩務員の男は、ルカを幼い頃から知っている。長い付き合いの顔なじみだった。


「たしかに人懐こいな」


 ルカは隣で白馬に見惚れているスーに声をかけた。


「スーも触ってみますか?」


「……噛みついたりしませんか?」


「馬は自分に優しくしてくれる者には、優しいです」


 警戒心の強い生き物ではあるが、しっかりと調教された気性の優しい馬ならば、よほどのことをしない限り蹴られることもない。


 スーがおそるおそるピテルの真っ白な鼻先に手を添えた。黒い瞳は優しい。人の気持ちを見透かすような、静謐な眼差しに見つめられて、スーも肩の力を抜く。


「ピテル、わたしはスーと申します。よろしくね」


 スーが笑うと、白馬がぐいぐいと美しい顔を寄せてくる。

 リンが思惑をこめて贈ってきただけのことはある。見た目だけではなく、気性も優れている。

 とても人懐こく賢い白馬だった。


「殿下、お乗りになりますか?」


「今日は見に来ただけだが……」


 スーと一緒に贈られた白馬を確かめに来ただけだったが、ピテルを見ていると乗ってみたいという気持ちが湧き上がってくる。


「わたしもルカ様が白馬に乗っているところを見てみたいです!」


 胸の前で手を組み合わせて、スーが尋常ではない圧力をみなぎらせながら、ルカの顔を仰いでいる。


「絶対に良くお似合いになると思います!」


 彼女が白馬の王子様という妄想を働かせているのが一目でわかるが、ルカは素直に受け入れた。

 リンやスーの思惑はさておき、ピテルには乗ってみたい。


「馬は久しぶりだが、私にピテルが扱えるだろうか」


「殿下なら気持ちよく乗せてくれるでしょう。準備をしますので、しばらくお待ちください」


 厩務員が馬具を用意する間、ルカは他の馬がゆったりと過ごしている草原を散策しておこうと、スーを連れて厩舎を出た。


「楽しみですね、ルカ様」


 スーの明るい声が、風に弾けて草原を爽やかに吹き抜けていく。天女のように結った美しい黒髪が、ルカの心をくすぐるように広がった。立派な白馬を目にした後でも、彼女が色褪せることはない。


 指先の冷たい白い手。彼女の手を引いて歩きながら、自分の隣で笑ってくれるスーを、ただ綺麗だと思った。


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