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帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第七章:皇太子は王女を欺けない

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38:用意周到な策略

 ルカはスーとのダンスが終わりに近づくほど、ひりひりとした危機感を感じた。


(もし狙うのであれば、今が絶好の機会ではないのか)


 最後のステップを踏んでから、スーの手を引いて優雅に頭を下げる。人々の拍手喝采を受けながら、根拠もなく競り上がってきた予感。培われたルカの第六感が、見えない危険に反応していた。


「スー、ありがとう」


 ダンスの披露を終えて、楽しそうに笑う彼女にかけた言葉に、雑音が重なる。


ーーギィ。


 割れるような喝采の向こう側では、耳触りのよい演奏が続いている。止まない拍手の賑やかさで聞こえるはずもないのに、ルカの極限の警戒心が、その音を聞き分けた。


 ギィギィと金属のこすれるような音がする。 

 予感が全身を貫いて、ルカは総毛立つ。頭上からだと察して顔をあげると、追い打ちのように叫びが届いた。


「殿下! 上を!」


 かすかに聞いたルキアの声で、予感が完全に現実に置き換わった。

 頭上から、落下するはずのないシャンデリアが迫ってくる。


「スー!」


 危ない!と続ける余裕はなかった。すぐに彼女を突き飛ばしたが、軍装の肩から繋がる飾緒(しょくしょ)が翻って、落ちてきたシャンデリアの一部に掛かったらしい。引き戻される圧力に襲われ、ルカも重心を失ってその場に転倒する。


 すぐに鼓膜を破りそうな破砕音が響いた。バシャリと赤いものが弾けて、甘い芳香が広がる。ルカは血しぶきを浴びたように軍装が真っ赤に染まっていた。悲鳴が上がり、王宮の広間が騒然となった。


「スー!?」


 広がる血だまりを見て、一瞬、彼女が巻き込まれたのかと、ゾッと心臓が凍る。


「ルカ様!」


 シャンデリアの影になって見えないが、しっかりとしたスーの声が聞こえた。


(無事か……)


 ほっと息を整え、ルカは床に倒れたまま状況を見る。足をシャンデリアに砕かれたかと思ったが、痛みは感じない。幸いシャンデリアの装飾が床とのあいだに隙間をつくったようだ。ルカの足は下敷きにならずにすんだ。シャンデリアから抜け出そうとしたが、軍装の生地のゆとりが裏目に出て、ひしゃげた装飾に挟まれている。思うように抜け出せない。仕方なく上体を起こすと、再びふわりと甘い香りが鼻についた。


「殿下!」


 護衛が一目散に駆けつける。


「私は大丈夫だ。スーは?」


「少し足を痛められたようですが、ご無事のようです」


「……良かった」


 ルカは改めて真っ赤に染まった自身を見る。周りの人々には落下に巻き込まれた足から出血しているように映っているのだろうか。広がる血だまりが辺りをさらに混乱させている。護衛が巨大なシャンデリアを動かそうとしているが、ルカの生身が挟まれているわけではない。


 体の可動域や痛みをたしかめてみるが、問題はなかった。


(この血はなんだ?)


 これほど大量の出血に、まるで心当たりがない。ルカは嫌な予感を覚えて辺りを染める血を指先ですくい、匂いを確かめる。


「!」


 甘い香りに交じって、薬品の匂いがする。


(血糊と、これは、反応型のーー)


 単体では何の効果も発揮しない揮発性の鎮静剤。

 ある特定の薬品に反応することで完成し、人体に影響を与えるようになる。 


(まさか)


「スーはどこだ? 護衛はついているのだろうな?」


「はい。数人つけております。待機部屋に医者を呼び、足の治療を受けておられるかと……」


「数人……」


 ちりちりと危機感で胸が焦げ付く。


「すぐに王女の所在を確認しろ!」


 今はこの広間に護衛が集結してしまっているだろう。自分の代わりに王宮内の護衛配置を指揮するルキアもここにはいない。遠くから聞こえた彼の声。ルカは声の響いた方向を仰ぐ。広間を見下ろせる二階の回廊。装飾の美しい欄干の影をなぞるが、ルキアの姿は見当たらない。


(いったい、何がおきている)


 手練れが紛れていると、ヘレナは言った。


 数人の護衛。

 皇太子付きの護衛は特殊な訓練を積んでいるが、手練の暗殺者が相手なら決して油断はできない。嫌な予感が広がる。


 幾重にも張り巡らされた策略。時間をかけて段階的に仕込まれている計画であるのは明らかだ。

 シャンデリアの落下が、劣化や不注意のはずがない。


 明らかな作為によって落とされたのだ。

 皇太子である自分の暗殺を仕掛けた上で、同時に、失敗した場合の次の策まで仕込まれている。


 シャンデリアに施された血糊と薬品。

 仕掛けが意図を物語っている。


 暗殺の失敗は、そのままスーから目を逸らすための罠につながっているのだ。


(――甘く見ていた)


 ヘレナの警告を受けてもなお、王宮でここまで大胆な仕掛けを成功させることは予想外だった。想像よりはるかに周到に仕組まれている。


「殿下! お怪我は?」


 ガウスの声がした。彼も護衛と共に落下したシャンデリアを動かそうとしているが、鋭利な装飾が床に刺さっているのか、簡単には動かない。


 ルカは心強いガウスの気配に触れて、覇気を取り戻す。


「これは血糊だ。私は何ともない」


 ルカは装飾の一環としてもっていた短刀で、引っかかっている軍装の足元の生地を裂いた。

 拘束が解けるように足の自由を感じると、すぐにシャンデリアから抜け出す。身軽に立ち上がると、即座に指示を出した。


「ガウス、王宮を閉鎖して軍に包囲させろ。誰も外に出すな」


 騒然とした王宮内からは、誰一人逃すことはできない。


「御意!」


 敬礼するガウスを振り返ることもなく、ルカはスーが手当てを受けているという待機室へと走り出す。血糊を含んで、ただでさえ重い軍の盛装がさらに重い。数えきれない華やかな徽章(きしょう)で重みをました上着を、ばさりと脱ぎ捨てた。シャツ一枚になっても、防弾用のインナーは装備している。腰のホルターに収めている銃の硬さをたしかめた。


(スー!)


 走りながら、祈るように彼女の無事を願う。何事もなく怪我の手当てを受けていてほしい。


(世界中の人を敵に回しても、わたしはルカ様をお支えする立場です)


 帝国の悪魔を恐れず、目を背けることもなく、当然のことだと受け止める強さ。まるで美しい音楽に触れたように、彼女の声が、言葉が、胸に刻まれている。


 この感銘をなんと呼びあらわすのか、ルカにはまだわからない。


 ただ彼女を失うことはできない。

 強く、そう思っていた。

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