30:第二王子レオンとディオクレア大公
すうっと人の輪が動き、彼に道を作るのがわかる。
「元帥閣下、この度はおめでとうございます。スー王女、初めまして、わたしはレオン・クラウディアと申します」
スーは一瞬、呼吸をするのを忘れたが、すぐに気を取り直して返礼する。
(この方が、レオン殿下)
後継を争っている、ルカの異母弟となる第二皇子。
「レオン、ありがとう」
ルカは他人行儀な微笑みを浮かべている。
「私からもお二人に祝福を!」
レオンの背後から大きな声がした。恰幅の良い紳士が現れる。スーの隣で、ルカがスッと張り詰めるのを感じた。
「閣下! 王女! おめでとうございます!」
現れた紳士も、豪奢な衣装をまとっている。くるりと癖のある茶髪には、少し白いものが混じり始めているが、生命力のみなぎった人物だった。堂々とした様子で爽やかな笑みを浮かべている。
紳士は両手にそれぞれ掲げていたワインの入ったグラスをルカとスーに差し出した。
「スー王女、私はディオクレアと申します。以後、どうかお見知り置きを!」
驚きで震えそうになったが、なんとか平静に保つ。すました顔で優雅に挨拶を返した。
(ディオクレア大公……)
皇帝派の政敵である。
ルカが彼からの盃を受け取るのを見て、スーも手を伸ばして受け取る。レオンと大公も、近くの給仕から同じものを手に取り「乾杯!」とグラスを掲げた。
他人から受け取ったものは口にしない。スーはルキアに教えられた注意を思い出したが、ルカは迷いもなくグラスを飲み干すと、スーの手のワインを取り上げる。
「彼女はアルコールが苦手なので、代わりに私が」
大丈夫なのかとハラハラするスーに、ルカが意味ありげに笑う。
グッと飲み干すと、何事もない顔でレオンと大公に礼を述べて、二人が立ち去るまで他愛ない話をしていた。ようやく人々からの祝辞の波が収まると、スーはルカにたしかめる。
「ルカ様、あのワインは飲み干してしまって大丈夫だったのですか?」
ルカは面白そうに笑う。
「こんな公衆の面前で毒を盛ったワインを出すような愚かな相手なら、誰も苦労しません」
「それはそうなのですが」
スーは腑に落ちない。
「では、なぜ私のグラスを取り上げたのですか?」
「――人前で、あなたに飲酒をさせたくない」
「え?」
「言い忘れていましたが、今日あなたはアルコール禁止です」
「どうしてですか?」
ルカが少し言い淀んでいる。少し間があったが、伝えておくべきだと判断したらしく教えてくれた。
「スーは飲むと蠱惑的で無防備になる。あなたに変な噂が立つのは避けたい」
国立公園でデートした際に、寝入ってしまったことを言われているのだろうか。あの時の失態は認めるが、今更それほど咎められるのは予想外だった。
「どこから誰が私の転覆を狙ってくるのかわからないので、念のためです」
「寝入ってしまったことは反省しております」
ルカがふっと笑う。
「それだけですめば問題ではありませんが。男を誘うふしだらな王女は皇太子妃にふさわしくない。そんな風に言い出す者もいるかもしれない」
「な! 私はルカ様一筋です!」
憤慨して言い募ると、ルカは困ったように笑う。
「火種になりそうなものがあれば、とりあえず煙を立てる。それが謀略です。噂も莫迦にできない」
スーには何も言えない。やはり自分は無知なのだ。もっと自分の立場を弁えなければいけないと反省していると、ルカが慰めるように続けた。
「すこし言い過ぎました。今日は楽しんでください」
ルカが給仕に紛れている護衛からグラスを受け取って、スーに手渡す。アルコールではなく綺麗な色をした果汁のようだ。受け取ると、彼はそっとスーの背中を押した。前を見ると、美しく着飾った貴族令嬢の輪が、興味津々と目を輝かせてスーを見ている。
「あなたには、いろんなことを体験して知る権利があります」
声に寂しさが滲んでいる気がする。スーが振り返ると、ルカはいつもの微笑みを浮かべていた。軽く手を降って、彼はすこし距離を置くように、スーの側を離れていく。
彼が立ち去ると、スーの周りには、すぐに貴族令嬢たちの新しい人の輪ができた。




