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帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第四章:第七都クラウディア国立公園

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18:堅苦しい話

 車は振動も少なく快適に進んでいる。ひとしきり爆笑した後、隣のスーを見るとがっくりと肩を落としていた。


 落胆の色を浮かべながらも、寄り添うような距離にいる緊張感は続いているようだ。ルカが少し身動きすると、びくりとスーの小さな肩が上下する。


 力に任せて抱きしめたら、折れてしまいそうな華奢な体。


 肩を抱き寄せたらどんな反応になるのだろうか。悪戯めいた気持ちが湧き上がってきたが、これ以上からかうのは度が過ぎている。


 隣で小さくなっているスーの様子に少し反省しながら、ルカは話題を変えることにした。


「スー、少しだけ堅苦しい話をしても良いですか?」


 彼女がはじかれたように顔をあげる。至近距離で見ても欠点の見つけられない美しい顔。


「堅苦しい話ですか?」


 目が合うと恥じらいが蘇ったのか、彼女の白い頬がほのかに染まる。


「今日は気分転換に連れ出したのに、申し訳ありませんが、……少しだけ」


 後ろめたい気持ちになったが、スーは嬉しそうに笑う。


「殿下との会話はどのような内容でも楽しいです」


 嘘ではないことが伝わってくる。ルカは「ありがとう」とほほ笑んだ。


「スーも学んでいると思いますが、クラウディアについて、少し私からも話しておきます」


「今日は殿下が先生なのですね」


 凹んでいた気持ちを素早く立て直して、スーが姿勢を正す。


「そんなにかしこまらないでください。ただの雑談です」


「はい」


 到着まで数時間の余白ができる第七都の国立公園を目的地にした意味。雑談だと言いながらも、今から語ることが、ルカの本日の予定の一つでもある。スーも気づいたのかもしれない。


 珍獣のように可笑しい面もあるが、根は聡明な王女なのだろう。


「クラウディアが、現在は専制君主政ではないことは知っていると思いますが……」


「はい。帝国は元首政なのですよね」


 正しく学んでいるようだった。だからこそ教師からは得られない情報がある。


「そうです。皇帝以外に、貴族院と連合院があり、決定権は議会の多数決で決まります。皇帝と言えども、議会の意見を無視することはできません」


「はい」


「私は教師達が教えることのない、帝国の内情をあなたに伝えておきたい」


 決して盤石ではな帝国の内政。スーが食い入るようにルカを見つめている。

 血の赤さを映すような、残酷なほど美しい瞳。まるで秘宝のようだった。


「矛盾した話になりますが、帝国の元首政は、皇帝の一存ですぐに専制政治に翻すことができます」


「え? そうなのですか?」


「結局のところ、クラウディアは軍事帝国です。皇帝が軍の力を掌握し、帝都の要塞と第零都に、皇帝軍として、帝国内における軍事力の約五割が置かれています」


 事実は五割などという生易しいものではない。皇帝軍は無敵の戦闘力を備えているに等しい。

 第零都に秘匿されている無尽蔵なエネルギーと兵器。一撃で民を滅ぼし、国を降伏させるサイオンの科学技術。


 ルカは今でも鮮明に覚えている。


 幼少期に見た一筋の残酷な光。目を焼くほどの輝きが、脳裏に刻みこまれている。

 帝国が圧倒的な力を誇示した悪夢の日、「クラウディアの粛清」と言われている。 


 あの日から、少しずつ、ルカは父と決別する道筋を描きはじめたのだ。


「何らかの交渉が決裂した時、皇帝が望めば力で制圧することができてしまう」


「でもクラウディアの皇帝は独裁者でもなく、専制君主ですらありません」


「はい。今のところは……」


「今のところは?」


 スーの顔に不安げな色が浮かんだ。


「クラウディアは、元首政の存続を望む皇帝派と、専制君主政への移行を望む大公派で分裂しているのが現状です」


「殿下は、皇帝派なのですか?」


「はい」


「不躾な質問かもしれませんが、殿下は何を目指しておられるのですか?」


 意味を問うスーの眼差しは、何かを見極めようとしているのだろうか。ルカは正直に語った。


「世界の安定です。でも、大公派も同じことを言うでしょう。これはどちらが正しいかという話ではありません。方法論の違いです。いずれスーがクラウディアをよく知れば、私のことを間違えていると責めるかもしれない」


 力による支配を嫌悪しながらも、「クラウディアの粛清」がもたらした効果を完全に否定することもできない。どちらが正しいかという簡単な話ではないのだ。


 自分の選んだ道が正しいのかもわからない。ルカの手も血に染まっている。

 ただ、あの粛清の悪夢が繰り返すようなことだけは肯定できない。それだけだった。


「いえ、クラウディアをよく知れば、きっとあなたは私のことを慕ってくれなくなるでしょう」


 帝国の悪魔と呼ばれるようになった経緯。


 粛清による犠牲を否定しながら、自分もまた同じように犠牲を強いた。ルカの歩いてきた道にも、すでに屍が横たわっている。


 父の犯した暴挙と、いったい何が違うというのか。

 いずれスーも五年前の内乱を知る。


「殿下は、なぜそのような内情をわたしに話してくださったのですか?」


「あなたが帝国のことを何も知らないからです。サイオンの王は、何も教えないままあなたをクラウディアへ送り出した。もしかすると私を試しているのかもしれない」


「父様が殿下を? それは、さすがに少し考えすぎではないかと……。とても呑気な王様なんですよ?」


 スーはにはそれが真実の姿なのだろう。だが、ルカの知るサイオンの王は真逆の印象だった。


「あなたは、大切に育てられてきたのですね」


 何も知らされずに。


「はい。父様は殿下のことを立派な方だと申しておりました。わたしもそう思います。今も、自分こそが正しいと仰らない殿下を、わたしはお慕いしております」


 ルカを疑うことも知らず、無垢で素直な王女。

 それが彼女にとって幸運だとは思えないが、今は利用することしかできない。


「あなたは私の妃となる。クラウディアでは、それだけであなたを政敵だと見なすものが現れる」


 ルカの警告が伝わったのか、スーが小さく息を呑んだ。


「――はい。心得ておきます」


 はっきりとした屈託のない声だった。


「ありがとうございます、殿下」


 厳しい現状を伝えても、スーは笑って受け入れる。ルカは思わず目を逸らした。まるで優雅に羽ばたく美しい蝶を、虫かごに閉じ込めるような残酷さを感じる。


「スー。もし、この先あなたが私のことを嫌悪する日がきても、私は変わらずあなたを大切にします」


 彼女に誓えるのは、それだけである。

 再びルカがスーを見ると、彼女は戸惑った顔でじっとルカを見ていた。

 ほんのりと頬が染まる。


「わたしは、殿下の花嫁となるためにこちらに参りました」


 彼女の白い手が、ルカの手をとる。緊張しているのか少し指先が冷たい。


「殿下をお慕いしております。それは、これからも絶対に変わりません!」


 まるで親鳥の姿を刷り込まれた雛のように、スーはルカだけをみている。

 自分はいつまで、彼女の親鳥でいられるのだろう。


 ルカはそっとスーの手を握りかえした。


「ありがとう、スー」

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