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帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第二章:帝国クラウディアの皇太子

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10:何も知らない王女

 スーが夕食の場で気負わないように、ルカは中庭のテラスに食事の準備をさせた。

 これから暑くなっていくが、今はまだ屋外の気候も心地よい時期である。

 夕暮れの空の赤さが、辺りを美しい世界に染め上げていた。


 透かし模様になっている白い円卓は、街にあるカフェで良く見るような小さなものだ。背後に執事や侍女が控えること以外は、開放的な雰囲気だった。


「こんなところで殿下とお食事できるなんて、素晴らしいです!」


 相変わらず珍獣めいた喜び方で、スーが顔を輝かせている。彼女の様子を見ていると、ルカも自然に顔がほころんでしまう。


 まだ日没までに時間があるが、日が落ちた後は照明が辺りを照らし出す仕組みになっている。ライトアップされたテラスは、再びスーを喜ばせるだろう。


「はじめてこのお(やしき)に来た日、部屋のテラスを見た時に思っていたんです。こんなところで殿下とお茶を飲めたら嬉しいと。こちらのテラスも開放的でとても素敵ですね」


「気に入って頂けたのなら良かった」


 背後に控える者たちが、微笑ましく彼女を見守っている。スーの喜びが辺りの空気を和ませているのだと、肌で感じた。


 食事の内容も、堅苦しくならないように配慮させた。カフェで軽食を嗜むような、食べやすいサンドイッチをはじめ、作法を意識しないですむような食事になっている。


「まるで殿下とどこかの街に出てデートしているようですね」


「サイオンにも、このような露店があるのですか」


「はい。外で食べるのは、とても気持ちがいいです」


 ルカの配慮は無駄にならず、スーは緊張感のない様子でサンドイッチに手を伸ばして、ぱくりと齧る。もぐもぐと頬張っているのを眺めていると、愛らしい小動物を観察している気分になる。


 食事を進めながら、ルカは疑問に感じていたことをスーに投げかけた。


「あなたは、私を恐ろしいとは思ったことはないですか?」


 果汁の入ったグラスを手にしていた彼女が、不思議な言葉を聞いたような顔をしてこちらを見る。


「殿下を? ……全く恐ろしくありません。むしろ、恐ろしいことをしてほしいくらいです」


「恐ろしいこと?」


 かみ合っていない気がしてルカが問い返すと、夕闇の迫り始めたテラスでもくっきりとわかるほど、スーの顔が一気に紅潮した。


「あの! わたしは! 殿下のことをお慕いしておりますので!」


 早口に告白されてしまう。

 彼女の言う「恐ろしいこと」が理解できたが、なぜそれほど無防備に自分を信用して慕っていられるのか、わからない。


「それは大変光栄なことですが、あなたは私の噂を耳にしたことはないですか?」


「噂ですか?」


 スーが赤い顔のままルカを見てから、背後の侍女ユエンを振り返った。ルカも見返ると、背後に控える者たちの雰囲気が、さっきよりもさらに綻んでいる気がする。なぜだろう、どこか下世話な空気を感じる。


 ユエンからヒントをもらえなかったのか、スーはおずおずとした様子で、これまでの事情を打ち明けた。


「実は、あの、わたしは政略結婚に全く夢を見ておらず……、こちらに来るまで、帝国のことを全く勉強しておりませんでした。それどころか、帝国の話は一切耳にしないと誓って過ごしてきたのです。その、……いずれ嫁ぐ相手のことを知るのが恐ろしくて……」


 「申し訳ありません」とうなだれるスーを見つめながら、ルカは全てに納得がいく。


 父を手にかけ、帝国の悪魔となった自分を恐れないのも、熱心に帝国のことを学ぶ姿勢も、何も知らないからなのだ。蓋を開けてみると、なんとも簡単な理由だった。


「――そうだったのですか」


「だから、殿下の噂も存じません」


「では、このまま知らない方が良いのかもしれませんが、まぁ、いずれは耳に入るでしょう。帝国史はどこまで履修しましたか?」


「帝国史? 今日、遠州三国を同盟に近い形で帝国下に治めたところまで教えていただきました」


「遠州三国……」


 では、まだ帝国の闇には触れていないのかと、ルカは息を吐く。やがてスーも知るだろう。帝国の悪夢を。何の罪もない無辜の民が一日で滅んだ歴史を。


 黙り込んでしまったルカの様子をどのように感じたのか、スーが立ち上がる。


「わたし、頑張ります! 殿下に恥をかかせないように、必ず立派な女性になってみせますので」


 意気込むスーに、ルカは自嘲的にほほ笑む。


「スー、あなたはとてもよく励んでいます。いずれあなたを落胆させて恥をかくのは私の方ですね」


「殿下が恥をかくことなんてありません」


 何も知らないサイオンの王女。無邪気に自分を慕ってくれる日々も、すぐに失われる。スーに何かを期待しているわけではないが、ルカは自分が落胆していることに気づいた。


 無防備な笑顔がいつ見納めになるのか。嫌われたくはなかったが、全てを知ったスーが、同じように笑ってくれる自信がない。


「王女。私はあなたが思っているほど、善人ではありませんよ」


「わたしは殿下のことをお慕いしております」


「それは、この外見のせいですか?」


 なげやりな気持ちで笑うと、スーが今まで見たことのない神妙な面持ちになる。


「殿下には、――わたしの気持ちは迷惑ですか?」


「え?」


「わたしは、殿下の容姿も、思いやりのあるところも、全部大好きです。でも、殿下には、このような思いはご迷惑でしょうか」


 迷惑であれば心を殺すと言いたげな、深刻な声が響く。迷惑だと言えば、彼女は泣くのだろうか。


「……いいえ」


 ルカは首を振る。いずれ嫌われることを恐れて、自分が先に彼女を否定するのは残酷なのだと思い直す。彼女に嫌悪されることは、自分が受け入れなければならない現実だった。


「スー。さっきも申し上げましたが、あなたに慕われるのは、大変光栄だと思っています」


「本当に?」


 ぐいっとスーがこちらに身を乗り出してくる。ルカの真意を測ろうとしているのか、表情に気迫がこもっていた。


「本当に迷惑ではありませんか?」


「はい」


「わたしは本当に殿下のことが大好きなのですよ?」


 なんと答えて良いのか返答に困るが、ルカは「光栄です」と繰り返した。


 宝石のような赤い瞳にじいっと見つめられて、ルカは視線を逸らすこともできず固まってしまう。身じろぎもできずにいると、ブフッと背後で声がした。それが合図であったかのように、辺りに笑い声が弾けた。スーの侍女であるユエンも腹を抱えて笑い出している。


「な! どうして笑うのですか? わたしは殿下と真剣にお話ししているのに!」


「申し訳ありません。姫様があまりにも必死なので、おかしくて……」


 ユエンが声を上げて笑っている。ようやくスーの圧力に解放されて息をつくと、至近距離でスーと目が合った。彼女はハッと我に返ったのか、慌てて身を引く。顔だけではなく、全身を紅潮させて視線を泳がせている。

 ルカもフッと吹き出してしまう。


「で、殿下まで!」


「この容姿が、あなたの好みに合って良かったです」


「!? わたしは、殿下の優しく思いやりのあるところもお慕いしておりますが!」


「外見に惹かれたことを、否定はしないのですね」


「ぐ……。それは、とてもお美しいですので……、あっ!?」


 日没になり、テラスの照明がいっせいに灯った。ライトアップされたテラスからは、宝石を散りばめたように輝く中庭の仕掛けも目に入る。


 ルカがそっとスーの横顔に目を向けると、中庭の光景を見つめたまま、再びキラキラと目を輝かせていた。

 予想通りの反応を見て、ルカはテラスでの夕食にして良かったと思いながら、執事に次の料理を出すように促した。


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